新入生 Ⅶ
学生の日常というものは一度動き始めてしまえば直ぐに慣れるし、慌ただしくも進んで行くものだ。
初日は俺が付き添って校内まで護衛したが、実際の所このエメロード内部ではその必要がない。安全性は何重にもチェックされているこの都市内部ではそれこそ突発的なテロでもない限りは危険が及ばないし、そのレベルの危険だった場合は護衛がいたところでどうにかなるというレベルでもない。これは過去の名言だが、“テロを完全に防ぐ事は不可能”という言葉がある。その言葉の意味は護衛という役割に集中する事で初めて理解する事が出来た。
最初はどことなく警戒心をあらわにしていたロゼとリアも、1週間もする頃には交友関係を広めて学内で馴染む事に成功していた。元々社交的で人にも優しく、思いやりのある子達だ。自分から踏み出して誰かと話したりする事が出来ればすぐに交友の輪は広げられる事は解っていた。邸宅に戻るとべったりなリアだが、学園にいる間は友達に囲まれて楽しくやっているようで、俺が面倒を見る必要は一切なかった。ちょっとだけ姉離れが始まったような事実に半分は嬉しさを、半分は寂しさを感じていた。
とはいえ、子は何時か巣立つもの。リアの世界が広がり友達との時間が増えて俺から離れるのは当然の話で、別に嘆くような事ではない。誰もが経験する様な悲しみの一つだ。だから俺はそれでいいとして、問題はそれによって増える俺の時間の方だった。
ぶっちゃけてしまえば暇だった。
1人の時間が増えたら冒険者としての仕事をこなす予定だったが、冒険者としてできる仕事はそう多くはないし手取りもいまいちだ。定期的にサンクデルの方から送られてくる仕送りの中に混じっている雇用費の方が遥かにお高いのだ。その上、時間拘束が長すぎると我らのお嬢様を迎えに行く時間と被ってしまう問題もある。辺境に居た頃であればそこら辺の秘境や魔境の一つを単身で攻略して自分の経験値を稼ぐ事も出来ただろう。だけどそういう場所は近場にはないし、基本的には学園で管理されている私有地なので入る事も出来ない。
おかげでそれなりに暇だった。
なら邸宅のあれこれをやってろという話だが、ぶっちゃけクレアが有能だった。流石専門職だけあって彼女1人であの大きな邸宅を完全に管理できてしまっていた。そのせいで俺は見事お役御免、戦闘しか能のない女は学問が支配する街の中で仕事を失っていた。今更リアやロゼについて回るのもなんか違うなあと思う俺は、同様に周囲の安全が確保できて仕事がないと発覚し、例に漏れず無用の長物となってしまった楓と一緒に、せめて腐らない様にしようと考えていた。
そう、暴力担当同士、俺達は仲良くなったのだ。年齢が近いのと同じ職だったのが幸いした。俺は大剣、楓は刀と扱う得物に違いはあるものの、根本的な技術通の交流や新しい武器の試用というものは何時でも我ら暴力担当の心を躍らせる。実際、刀なんて武器レアすぎて触る機会はほぼなかった。楓の持っている業物を借りる事は出来ないが、それっぽく結晶武器としてコピーする事は出来る。それを使ってお互いに手慣れていない武器を持って遊んだり、ちょっとガチったりする程度には仲良くなっていた。
ただ、まあ、それをずっと続けられるという訳でもないので、
空いた時間、何をするか……という話になる。
なので俺は考えて。
時間空いているなら龍の事、調べても良いんじゃね?
そう言う訳で俺は図書館へとやって来ていた。学生、或いはその関係者であれば自由に利用する事の出来るエメロード大図書館は棟が丸々1つ図書館となっている巨大な施設となっており、高さは5階まで、地下は3階まで続いている施設になっている。日本にいた頃は確かに勉強とかで図書館を利用したりもしたが、それでもここまで大きな図書館は見た事がなかった。或いは地球にもこの規模の図書館があったのかもしれないが、俺は知らない。
そしてこれだけ大きな図書館でありながら、中央の天想図書館よりは小さいというのだから、凄まじい。中央に存在する天想図書館はそれ自体が1つのダンジョンらしく、雲を突き抜けて伸びる塔の様な形状になっている。求める本によって人それぞれに道を示して形状を変化させる、異界型ダンジョンになっていて、図書館が出す試練を乗り越える事で求めた本を手に入れる事が出来るというシステムになっているらしい。噂ではかつての王がこの図書館を生み出したという話だが―――まあ、明らかに神話的オブジェクトだよなあ、というのは俺の素直な感想だ。
なお、現在最高踏破層は帝国の“宝石”攻略チームで249層らしい。求めた本はなんでも“神話の真実”だったらしい。それでもまだゴールにはたどり着けずに引き上げたとの事。中々ヤバイダンジョンである。だがそこまで複雑なものを求めなければソコソコ便利な施設でもあるとか。
まあ、そんなものはここにはないので一旦忘れよう。
このエメロード図書館は基本的に学生がレポートや研究の資料を求めて徘徊しているのが良く見られる。テーブルの方へと視線を向ければ本の山の前で課題があ、期日があ、と唸っているゾンビの様な姿の連中だって目撃する事が出来る。物凄い懐かしい気持ちになる光景だ。まあ、レポートは期日内に頑張ってくれ、と心で祈っておく。コツはクラス全体で提出を遅らせる事だ。
何せ、教授が半ギレで提出期限を延ばしてくれるからな!
慈悲のない所はマジでそのままクラス全部撫で斬りにするけど。
図書館の入り口にリアの護衛である事を証明するIDカードと、自分の冒険者カードを一緒に提出する―――これを一緒にやるやらないで割と待遇とか視線が変わってくるのだ。ブロンズ級の冒険者でソロってのは結構修羅の道になる。達成できているって時点で有望株である事が証明される。だからこれで怪しい人ではないですよー、と軽くアピールしてから館内に入る。
さあ、問題はここからだ。
上に5階、下に3階。そして館内の壁にずらっと並べられた本の数々。その中から俺の目的に沿う本を見つけ出さないとならない。これが日本だったら図書館に置いてあるPCで書籍を検索する事が出来るのだが、生憎とそんな便利な機械が存在する筈もない。今更此方に来て数年経過しているが、PCに対する寂しさや懐かしさは日々の楽しさで完全に吹っ飛んでしまっている。あれほどソシャゲとオンゲに注ぎ込んでいたのに全く考える事もなくなってしまった。
「お困りでしょうか?」
図書館に直ぐ入った所で腕を組みつつどうやって探そうか、と考えていた所通りすがりの司書に話しかけられる。制服の上から司書である事を証明する腕章を装着している。眼鏡におさげの少女は清らかに笑みを浮かべている。
「あー、悪い。資料を探しているんだけどどこから手を付ければ良いか解らなくてな」
「あぁ、成程。確かに当館はかなり広いですからね。本を検索する場合は此方をどうぞお使いください。魔力を込める事で検索機構を稼働させる事が出来ます」
そう言って司書が示すのは直ぐ近くの台の上に置いてある本だった。鎖によって台へと繋げられている本はそれなりに大きく、両手で抱える様なサイズのものだ。司書に言われた通り本を開き、魔力を込める―――のに、ちょっと気を遣う。エドワードとの特訓である程度少ない魔力だったら浄化と蝕みを暴発させないが、大容量の魔力を使うとなるとどうしても魔力の性質が発揮されてしまうと分かった。念を入れて本に送り込む魔力を最小限にすると、無事に本が魔道具として稼働した。
「後はここに求めている本や資料のキーワードを魔力で本の中に直接描いてください。それを元にこれが現在収められている書籍から存在するものをリストアップしますので」
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、それではごゆっくり」
小さく手を振って感謝を告げつつ、本へと向き合う。まさかPCに似たような機能を持つ本があるとは、思いもしなかった。だけど考えてみれば科学技術が未発達なだけで、普通に魔導技術は発達しているんだ。人間、行きつく発想が一緒なら生み出すものも割と似たようなものになるのかもしれない……。
「とりあえずはジャブで、っと」
本命である龍の前にまずは亜竜から検索しよう。指先に魔力を留めて亜竜、と共通大陸言語で本に書き込むと、本にびっしりと文字が出現してから不要なものをカットし、様々な本や資料、レポートの纏め等を表示させる。
「ほほう、ほとんどPCみたいな感覚で使えるな。こりゃあ良い」
ただPCと違って色んな目的で使う事は出来ない。本を検索するという機能に特化させるなら確かにこれで十分だろうか。
「亜竜だけじゃ情報が広すぎるか」
更に情報を絞る。亜竜・上位種・生態・姿・挿絵。情報を絞ってみると一気に書籍が減る。それでもまだ100冊以上存在してるのを見ると、亜竜も相当研究されているジャンルなんだなあ、と思える。実際のところ、人類の歴史が亜竜との戦いの歴史だと考えると割と妥当な所でもあるだろう。事実、これまでの亜竜は人類に対して非常に敵対的だったらしいし。それが龍に対する人類からの攻撃が原因だったとしたら……まあ、子孫代々まで良くもまあ、亜竜達は恨みを伝えて来たよね……って感じになる。
俺個人はそんな事しなくても良いと思ってるし、老龍も人類に対して何の恨みも抱いてなかったみたいだし、亜竜の人類に対する恨みは割と見当はずれみたいな部分がある。だから辺境にいる間、遺跡以外でも亜竜とエンカウントする事は一度あったんだが、その時も人間を襲うのを止める様に伝えてしまった。
その話が亜竜全体に伝われば良いんだけどなあ。まあ、流石にそれは高望みか。亜竜には明確に上位の個体と、指揮する個体などが存在するらしい。そういう上位の個体に接触する事が出来れば或いは……って感じだが、今のところ俺がエスデルを出て亜竜の住処へと行くような事はない。出来るとしたら相当先の未来、俺の仕事がなくなり暇になってからだろう。
まあ、それはさておき亜竜で結構反応が出たのは事実だ。
ここからは本命の方を調べるとしよう。
「龍、っと。後は神話か」
龍・神話、と大陸共通言語で書き込む。それでかなりの数の書籍が出てくる。まあ、道徳の本で龍は悪い存在だよ、って描かれるぐらいだからこれぐらいは当然か。じゃあ学生レベルで龍に関するレポートは存在するかどうか?
「結果なし、と」
学生レベルでの龍に関するレポートはない。じゃあ次は研究レベルでの龍に関する資料を探してみよう。キーワードを本に描いて検索を実行させる。
そして出てくるレポートの数は僅か3。これだけ大きな図書館なのに、龍に関する研究レベルの資料はそれだけらしい。流石にちょっと少なすぎないか? 本の前で腕を組みながら考える。それとも龍に触れる事そのものがタブーなのか? 俺自身、身バレを警戒して龍に関する話題を人前で上げた事はないし、誰かの口から龍の話を聞いたような事はない……考えてみれば最大悪として認知されている存在を積極的に調べようとするような事はないか。
それに神話が事実なら既に絶滅している種族なのだから、調べるもクソもないか。
あぁ、いや、でも神話好きとかなら調べるか?
「いや、そもそもの話……パブリックエネミーとなった話の始まりがどこなんだ?」
そういう細かい事、これまで気にした事はなかった。そもそも気にする必要もなかったし、知ろうともしなかった。だけど考えてみれば俺の種族の名誉が奈落の底へと落ちている状況、神々は間違っていると解っているのにノーアクションだし、人類は勝手に俺を憎んで悪者扱いにしているの、被害全部俺が受けてないか?
俺にだけ異様にハードな概念押し付けてないか?
いや、これ身バレする? って聞かれたら間違いなくしませんが……って感じだが。
それでもなあ、あの龍殺しと再びエンカウントされたら秒で見抜かれて、今の実力でも10秒持たない気がするんだよなあ……。多分3合までなら剣をあわせられるけど、4合目で即死させられるかなあ。間違いなく“宝石”の中でも最強格だとは思う。強くなった自覚はあるけど、それでどうにかなる訳じゃない相手だ。なるべくはバレたくない……。
「うーん、神話方面から攻めてみるか」
龍・神話・聖国。
確かソフィーヤの神託によって人が龍を殺す力を得たという話だった筈だ。つまり龍が悪である、龍が人を襲ったという話を広めたのはソフィーヤの神託を受けた連中の筈だ。人理教会……今では確か聖国だったか? あの連中が広めたのだとしたら、龍が悪認定されている事に関する理由や始まりはそこら辺を調べれば出てきそうだと思う。
とりあえず、そこら辺の本を集中的にピックアップする事にした。




