新入生 Ⅱ
学園の入口まで来ると明確に大量の学生が集まり、登校している風景が見られた。その数は優に数百を超えているだろう。マンモス校という概念は見なくなって久しいが、この景色を見れば前世で見た学園や大学のキャンパスの景色を思い出す。そうそう、こういう景色をしてたよな、大きな大学って。
まあ、日本の大学ではチャリオットと魔導バイクが並走する様な事はないんだが。
なんで並走してるのぉ?? まあ、いっか……。深く考えたらいけない事だと大体察したので素直に忘れる事にしておく。良く考えたら各国の貴人じゃなくて奇人がやってきている可能性すらもあるのだから。そう思うと急にリアとロゼの事が不安になってくるな。
そんな事を考えながらも何時の間にか正面玄関前まで到着していた。ここから先は校舎内で、俺が付いていても良いが……そこまでべったりくっついている意味もないだろうとは思う。
「確か最初にオリエンテーションだろ?」
「うん、多目的ホールでやるって。従者や護衛は基本参加禁止、待機は問題なしって」
「その後で1限だろ? んじゃ俺は1限が終わるまでは適当にそこら辺ブラついて時間潰してるよ。何かあったら呼んでくれれば直ぐに行くから」
「ま、そんな必要はないと思うけどねー」
ロゼの言葉に頷く。少なくとも護衛を必要とする事は起きないだろうと踏んでいる。
「じゃ、行ってきまーす」
「ういうい」
手を振るリアに手を振り返しながら見送る……ちょっとだけ情緒が幼い所のある妹分が、少し位は大人になってくれるかなあ……なんて事を祈りながら。でもリア、偶にびっくりするぐらい大人っぽい表情を見せる所がある。そこら辺のアンバランスさが偶に気になるのだ。普段は幼い少女の様な快活さで、だけど理解を求められる時は淑女の様で。なんか、歪な成長をしているような気がする。まあ、それも学園生活を通して色んな人や思想に触れる事で変わって行くだろう。
何せ、学園生活とは共同体での社会活動だ。
ごく狭い家庭というグループから出て、自分以外の価値観、文化に触れる事で他者という存在が大きく自分の世界に入り込んでくるのがこの学園生活だ。今までは父親と母親の庇護があった世界も、絶対に触れなければならない理解の出来ない価値観まで出てくるのだ。そりゃあ今までと比べると非常にストレスの多い世界になる。だがそれが成長と、大人になるって事でもあるのだ。人は何か、耐える事を覚える事で大人になる様な部分があると、俺は思っている。
ま、言っちまえば色々と経験する事で大人になるって話だ。
「ま、しばらくは余裕か」
ディメンションバッグはリアに預けてある。だから必要な道具は全部ポケットなどに入れてある。この不便さは久しぶりだと感じる。ポケットから取り出すのはルインがプレゼントとしてくれた、帝国製の懐中時計だ。腕時計やスマートフォンが存在しないこの世の中で、時間を確かめる事が出来る手段は少ない。金のない平民であれば陽の高さで大体察する必要があり、貴族たちはこういう道具を使って時間を管理する。
まあ、それでも《帝国製》は地上世界における一つの最高ブランドだ、特に機工類に関しては。積極的に大金を支払って魔界産の技術を取り入れる事で世界で一番進んだ技術を獲得し、その廉価版を販売する。それでなんか滅茶苦茶儲けているらしい。帝国製の懐中時計ともなれば正確な時間を刻む精密機器になるだろう。それも高級品だ。ルインがそんなもん支払えるか? 無論、無理だ。
日頃の感謝にルシファーの金で買ったらしい。
そろそろお尻ぺんぺんの一発でも叩き込んだ方が良いんじゃないかアイツ。
まあ、大事な商売道具の一つと今ではなっている。これを見ればオリエンテーションの終わりが正確に解る。こういう時に技術の便利さを感じるもんだ。
「ま、結構余裕あるか」
邪魔にならない様にエントランスから離れつつさて、と軽く体を解す。ぶっちゃけこの暇な時間の間に出来る事はそこそこある。なんなら街に一度戻ってルシファーの所で一杯飲んでくるのもありだ。少なくともオリエンテーションは1時間かかるし、その後で1限目の講義にリアとロゼは出るが、ソッチはそっちで更に1時間ぐらいかかるだろう。そうなると合計で2時間ほど時間が出来てしまう。その間は完全にフリーで、暇だ。
休むぐらいの事は出来るが、何か仕事をするには短すぎる時間だ。ぶっちゃけここのセキュリティに関しては心配する必要もない。何故なら軽く自分が気配を探るだけでも、“宝石”級の気配が2、或いは3程感じられるからだ。一部俺に対して気配を向けて誘って来ているのが解るが、俺としてはそんなもん相手したくないし特段興味もない。それよりもこの時間をどうやって潰すかを考える方が遥かに有意義だ。
「運動場が開放されているしそっちで軽く体でも動かしてくるかー?」
学園の一部施設は一般向けに開放されている。例えば運動場は複数存在し、一部は学生専用だが一般用に開放されている運動場もある、無論、マナーが悪いと出禁判定を喰らう事もあるらしいが、マナー良く使えているのであれば問題はないらしい。なら俺もこっちに来てからあまり運動できてないし、軽く体を動かしておくべきかと考える。
いくかー。
なんか、暇な間にやれる事を増やしておくか、と考えておく。
―――多目的ホールには既に結構な数の学生の姿があった。
「既に結構席がとられてるね」
「そうね、2人で座れる所を探しましょ」
広いホールに敷き詰められた大量の椅子、そしてそこに座る同じ制服姿の学生たち。どことなく制服を改造している人もいれば、ぴちっと着こなしている人もいる。そこに個性が見られてちょっと面白いなぁ、なんて事を考えてしまう。エデンはどことなくこういう人が多い所を見慣れている部分があるみたいだから驚かないだろうが、私自身はこういう経験はあまりない。だからここまで同年代の人がたくさんいる空間というのは不思議で、ちょっと怖くも感じられた。
「ん-、ここら辺で良いわよね」
「真ん中ぐらいでちょうどいいしね」
何故か埋まる前と後ろの方。真ん中の方だけぽっかりと穴が開く様に場所が開いている。失礼、と声をかけながら椅子の合間を通って真ん中あたりまで進み、ロゼと並ぶように椅子に座る。時間は……ちょっと解らないけど予定よりも早めに動く事を意識しているし、問題はなさそうだと思う。だけどこうやって私達がこんな集団の中にいるというのは、ちょっと不思議でもある。
本当に故郷を出てこんなところに来るなんて、昔は思ってもいなかった。でも勉強に本気を出した事、本気になれた事、今更後悔なんてものはない。
そう考えている間も人は増えて行く。色んな肌の色、人種、関係なくこのホールに集まっている。オリエンテーションの為に集まっているとなると全員が新入生なのだろう。こんなにたくさんの学生が一度に入学できるなんて相当大きな学園なんだなあ……というのは流石に見れば解っちゃうけど。それでも未だに自分が、この多くの学生の中でも最上位に位置する学力を持っているというのが信じられない。
「私、本当に学年2位なのかなあ」
「確か特待枠は3枠までだったかしら?」
ロゼの言葉に頷く。
「学園1位の人は普通に支払って入学したから、特待枠で一番成績が上だったのは私だね。だから特待生トップは私! 一番賢い」
「偉い偉い」
「むえー」
頭をロゼに撫でられる。エデンは年上だから私を妹の様に扱ってくるけど、ロゼまで私の事を妹扱いしていない? 一応誕生日の順番だと私の方が年上なんだけどなあ……。でも学年として本当に最上位の成績を取れている事に、個人的には驚きが隠せないのは事実だ。今、自分の前にはいろんな人種の人々が集まっている。全員がより良い教育と、そしてもっと上を目指す為にここに集まっている。本気で勉強しようって考えている人達なんだと思っている。その人たちを差し置いて自分が最上に並んでいるというのはちょっと違和感がある。
私、そんな頭良かったっけなあ、って。まあ、実際に良かったんだけど。それでもこの人たちよりも良い成績で入学できたんだから、そのプライドを胸に頑張って行く必要はあると思う。少なくとも私は妥協する為にこっちに来た訳じゃないんだから。
「この後の授業、なんか不安になるなあ」
「リアはずっとエドワード様とかに勉強教えて貰っていたものね。私も家庭教師から教わっていたし、ここにいるほとんどの人たちもそうじゃないかしら? 基本的に学校、学園という一緒に学ぶ環境にくる子が初めてなのが大半だと思うわよ。だから心配する必要は特にないと思う」
「そう? その割にはロゼは割と落ち着きあるけど」
「まあ、私はそこら辺人前に立つ練習とかしてるからね。ほら、私は領地を継がなきゃいけないし。領主としての心得とか、色々勉強してるのよ。何故かエデンがスピーチの授業受け持ったりしたのには驚いたけど……」
本当にエデンの知識の深さは意味不明だ。全く常識を知らないと思えば、学問に関しては色々と深く進んだ知識があったりする。ただ彼女が本当は龍であると考えれば、そこら辺も納得が行くところなのかもしれない? 何せ伝説の生き物なのだ。だったらなんか色々出来たとしても不思議ではない。
なんて思っていると、
「お―――っほっほっほ!」
「あ、チャリ女」
「朝見た人だ……」
高笑いしながら今朝チャリオット通学していた人がホールに入ってきた。アレで本当に新入生なのはちょっと自分の常識を疑―――今、頭の横のロール回転しなかった? 高速回転してなかった? した? そう……見なかった事にしよう。当然のように最前列の席に座りながら足を組む姿は、物凄く特徴的でホールの視線を一身に集めていた。
「失礼、横に座らせて頂いても良いかな?」
「え?」
そんな風に正面からなんとか視線を逸らそうと頑張っている時、横から声がかかった。視線を向ければ制服姿の男子生徒―――金髪の短い、爽やかな王子様の様な容貌の人が此方に微笑を浮かべながら尋ねてきていた。
「女性の隣というのは少々畏れ多いんだけど、ここからが一番前が見えそうなんだ」
「あ、私は良いですよ」
「ありがとう」
エデンのが顔が良いかなぁ。なんて失礼極まりない事を想いながら横に座る許可を出し、視線を再び正面に戻す。なんか今度は中年のおっさんを椅子代わりに座っている女子生徒が増えてない……? 気のせい? ドリルと中年椅子が並んで最前列に座ってない? 気のせいにして良い?
「やっぱり私不安を覚えて来た」
「奇遇ね、リア。私もよ。心の平静さを保てなさそう……あ、流石に注意を受けてる」
警備員がやってくると椅子になっていた中年がホールの外へと連行される。椅子を失った女子生徒はどうやら普通の椅子に座る様だ。どうして最初からそれが出来なかったんだろう。何か強いこだわりでもあったのだろうか?
そんな拘り嫌だな……。
良く周囲を見渡すと割とアクの強い奴はいる。制服の上から白衣を着ている人とか、そもそも上半身裸の人とか。本当に君たち貴族なの? って言いたくなるような連中ばかりだ。
「もしかして中央って怖い場所なのかなぁ……帰りたくなってきた」
「あ、あははは……いやいや、彼ら、彼女らはたぶん特別個性的なだけだと思うよ」
「え? あ、ありがとうございます」
「いやいや……君の言いたい事は解るからね……」
「そうね……」
私たちの学園生活、本当に大丈夫―――? そんな気持ちでオリエンテーションが始まるのを私達は、待っていた。




