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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
68/127

狼たちの賛歌 Ⅳ

 声が聞こえる。


「助けて」


「助ける」


 懇願する声がする。


「殺さないでくれ」


「絶対助ける」


 彷徨う人がいる。


「誰か」


「ここにいる」


 中央広場へと向かいたいだけなのにまるで邪魔をする様に人が取り残されている。そして人狼が邪魔をしに来る。その度に死体が増える。また人狼が―――街の誰かが死んでいる。そして殺している。殺して殺して殺し続けて、それでも殺す事を止めずに前へ進む。それ以外の行動が今は俺には出来ないから。だから積み上げた死体の山を振り返る事無く、俺だけの特権として与えられたこの肉体で、全てを圧倒して死体をまた積み上げて行く。その度に感謝の言葉と、殺した実感が体を駆け巡る。そうやって俺は進んだ。中央広場までの道を。どれだけ殺したのかを覚える事もなく、そして殺した事実を忘れる事もなく。ただ殺して進んで、誰かを助けてまた殺して。


 それでも1度も傷つけられる事はなく。赤い血が体を濡らしても白く漂白され穢れは残らず。ただ1度として歩みを止められる事はなく―――辿り着いた。


 中央広場には集められた昏睡している多くの人たちと人狼共がいた。先ほどまで街の中で聞こえていた狂った笑い声は無く、武器と防具をセットで装着したそれこそエリートに見える様な人狼共がここには揃っていた。まるで食料か人質の様に用意されている人間。そしてその広場中央、大きく空いた空間、その中央にいるのはイルザの姿だった。


 ただし乱暴され、衣服もなく裸で転がされている状態の。


 犯人は放狼の団、と言われた。ただ目の前のイルザを見ていると彼女が犯人であるようには見えない。少なくとも同じ女子として目の前の姿は見過ごせない。


 イルザを助け、事情を聴き出す為に踏み出そうとすれば即座に武装した人狼共が反応する。踏み込み一気に振り切ってイルザの下へと向かおうとするが、人狼共の動きがこれまでとは違い、良い。まるで訓練された軍人の様な動きで先回り、防衛、攻撃、迎撃の動作を連携させてくる。即ち正面に展開、その後方に槍を展開、イルザを守るように、遠ざける様に布陣してきた。その布陣を前に一旦足を止める。


「元凶なのか? お前らが」


 問う。この人狼には他の人狼共と違って理性の色が強い。特に動きが統制されている様に見えるのは驚異的だ。或いは……こいつらは自らの意思で動いているのかもしれない。そんな考えから問うた。人狼共はその言葉に対して、


「―――肉を食べよう」


 返答は、


「肉を食べよう」


「仲間を増やそう」


「群れをもっと大きくしよう」


「肉がいる」


「強くなろう」


「肉がいる」


「狩りだ」


「狩りが必要だ」


「群れを大きくしよう」


「あぁ、もう、いいよ。喋るな。喋らないでくれ。頼む、黙っててくれ……見るに堪えない」


 本当に、本当に最悪だった。意識や言葉があるように見えるのは表面的な部分だけだ。もう、人狼になってしまえば完全にそれでしかない。人としての意識なんてもうないのだ。あるのはリフレインの様に繰り返される言葉だけで、そこに意思は介在しないのだ。本当に、本当に最悪だった。この人狼たちでさえただの被害者でしかない。この事件は、そして破壊は、その発端以外は何もかもが被害者でしかなかった。目の前の人狼たちも、もはや意味のない言葉を口にしているだけだ。その意味を考えるだけ無駄だろう。


 周囲には昏睡している人達が……まだ狼に堕ちてないなら、助けられる。ただし、それは目の前の脅威を皆殺しにした場合の話だが。そして俺はそれを躊躇してはならないのだ。だから左手で顔を抑え、小さく息を吐く。吐き出しそうな気持ちをこらえながらなんとかこれは必要な事だからと言い聞かせる。そうやって自己暗示をする事数秒、心は整わなくても実行する準備に入る。いうべき言葉は決まっている。


「……さようなら」


 一気に踏み込んだ。同時に正面に壁の様に展開された盾が構えられる。迷う事無く振るわれる白を纏った大剣が盾と衝突し、《《ぎりぎり受け止めない様に逸らされる》》。それは人狼側がここに来て初めて、技量とでも言うべきものを見せた対応だった。これまでの人狼は攻撃に反応も出来ずに即死していた。だがこの人狼は明確に初撃を見て、防御し、反応していた。それだけでこれまで相手してきたモンスターとは格が違う事を証明していた。


 だが防がれたのは初撃。逸らされながらも手首のスナップで刃を返し薙ぎ払う。今度は防ぎきれない様に斬撃を大きく広げて。乗せる魔力を増やし、食い千切りの残像と軌跡をもっと大きく、太く描き、そして実際にその軌跡でなぞった個所を抉り喰らう。それが俺の剣の特性であり、無慈悲理不尽な所。触れれば食い千切り殺す顎の軌跡を生む魔剣。


 当然のように振るわれる薙ぎは防御を盾諸共人狼の腕と胴体を喰らった。一瞬で存在していた肉体を喪失しながらも最後まで役割に徹するように人狼は防御の位置を守る―――そう、死んでいても肉体が残ればそれだけで動きを、視界を阻害出来る。それを理解している熟練した戦士の動き。それが次の仲間へと動きを連携し続ける。つまりは攻撃。此方が振るって生み出した技後硬直に乗せる様に槍と槌が迫ってくる。


「―――」


 反応する。無言のまま、広げた薙ぎを素早く戻して攻撃に対して自分の攻撃をマッチさせる。振り下ろしで手首諸共武器を呑み込んで、そのまま再び横薙ぎで接近しながら上半身を喰らう。そしてその残像の向こう側から大口を開けて人狼が飛び掛かってくる。邪魔だ、そう思いながらそのまま正面から対応するように突撃する。単純な突進を白を纏って放つ。それだけで人狼の歯が体に食い込む事無く、触れた瞬間から浄化され消滅しだす。そうやって繰り出される決死の反撃を無視しながら再び振り下ろす。空間を喰らう斬撃が次の列を消滅させ、イルザまでの道を開ける。


 次の踏み込みでイルザまで届く。そう思考した瞬間、知覚内で音速を超えた動きを察知した。


 反射的にイルザへの踏み込みを留め、そこから斬撃を横へと向かってずらした。瞬間的に発生するのは三度の斬撃音であり、音速で接近した残像が此方の防御に合わせて三度攻撃を重ねたという事実でもあった。これで防御しても攻撃に反応出来なければ、そのまま首を断たれていただろう。それだけの力と殺意が乗っている斬撃。


 だがその速度で動く存在を、俺の目は捉えていた。


「放狼の団の―――」


「う、ぐっ、ウゥゥゥゥゥ」


 低く、獣の様に唸る放狼の団の男―――恐らくは副長だった男が左側に斬撃を放った後の姿勢で存在していた。


「てめ―――」


「うぐ、アアアアアアッ!!」


 その姿は人のままだ。だが上半身は裸で、その体には隙間が見えない程に入れ墨に覆われている。二本の剣を両手に、それを逆手に構えながら体勢を低く―――そう、獣のように低姿勢にして此方へと一瞬で踏み込んでくる。その速度を見て自分の中での最大の脅威が一瞬でこいつへと書き換えられた。人狼共の事を後回しにし、大剣を振るって副長の斬撃に対応する。


 地面スレスレから放たれる低姿勢、低空斬撃はそれだけで対応がし辛い。自分が同じ高さで戦う事を余儀なくされるからだ。上から押し潰される事に対して弱いとも言える戦い方はしかし、速度を伸ばせば捉えられなくなり、純粋に隙が消える形でレベルの高い戦い方へと昇華される。


 受けたくないな、これ。


 直感的にそう思った。普段通り、攻撃のマッチングを優先して大剣を片腕で振るいながら続く連続低空斬撃を弾く。下から掬い上げるように放つ斬撃に結晶化を重ねる事で複数の攻撃を同時に捌く。それで反対側へと抜ける副長の姿を片目で追いつつ、視界の中で残された人狼がその隙をカバーする様に集団戦術を展開するのが見えた。


「チッ」


 素直な面倒さに舌打ちが出る。人狼が追加された事で動きに複雑さが加わる。人狼という森に副長という狩人が混じった。本来の人では見切れないレベルの速度をその肉体に宿し、理性を失いながらもその動きは基本に忠実だった。そしてそれは人狼たちも同じだった。死を恐れず、仲間を信じ、そして武具を駆使して此方を妨害して動く。その主役は地を這う放狼―――そう、彼らは一つの群れとして行動していた。


 或いは放狼の団の時と同じように。何十、何百、何千と繰り返されてきた鍛錬。それが反射神経を通り越して本能に染みついている。だから理性を失って出てくるのは本能の動き。


 団としての動きだった。


 その事実が悲しくて苦しくて気持ち悪くて怒りで頭がどうにかなりそうだった。ただその事実が受け入れづらくて出来る事と言えば、


 本気で戦う事だけだった。


 人狼が壁を作る。薙ぐ様に大剣を振るいながらそのまま死角を踏みつぶして前に出る。生み出される死骸と血の舞―――血風に紛れて狼の副長が迫ってくる。俺の視力だからこそ視認出来る速度で動く姿は真っすぐではなくジグザグに動く事で撹乱し、その合間を人狼が体を膨らませる様に腕と装備を広げて埋める。完全に感覚と視界の一部を副長へとロックオンさせながら姿勢を低く、突貫する姿勢に切り替えて一気に正面―――イルザへと詰める。


 凌辱された女の前に到達し、それを確保する為に片手を伸ばそうとすれば剣が首元まで迫る。やはりイルザは守られている―――いや、確保されている。露骨な妨害に顔を顰めながら体を横へと捻って首への斬撃を回避、そのまま食い千切りを振るう事で剣を砕く。


 割れた破片―――それが指で弾かれて迫る。


 反射的に首を動かして回避する動きに釣られたと瞬間的に思考する。左手で大地を叩いて体を持ち上げた瞬間に斬撃が走る。鋭く切り付けられた手首は僅かに切り傷を刻まれて流血しているからだ。理論は龍殺しやエリシアと一緒。筋力や武器の質ではなく、技量によって傷を刻むやり方だ。これまでの肉体では不可能だったものが、狂い堕ちる事で得た人外の能力を合わせる事で可能としている。


 悲しすぎる事実だ。


 人外に落ちたからこそ“宝石”に届く輝きを得たのだから。


「どうして、そうなったんだ……っ!」


 つっかかったのはあった。あまりいい視線を向けられもしなかった。それでも悪人ではなかった。こういう事になる必要も理由もない筈だ。ただただ、意思に関係なく狂う人の姿が哀れでどうしようもなく、


 そして救う事も出来ずにいて、


 頭がおかしくなりそうだった。


 だから素早く態勢を立て直す。白い大斬撃で纏めて10人薙ぎ払って即死させる。舞う血風に紛れて一気に副長が迫ってくる。その姿に前傾姿勢になるように正面から相対する。薙ぎ、振り上げ、振り下ろし、再び薙ぎから突き。一瞬も足を止める事無く舞う血が地面に落ちるよりも早く居場所を入れ替え突き出しながら連続で攻撃を重ね、弾き合った所を人狼が四方から飛び掛かってくる。振り抜くよりも回避する方が効率的だと判断し手短な人狼の腕を踏み、砕きながら足場にして後ろへと向かって跳躍した。


「ち」


 魔力が副長へと浸透していない―――定期的に武器を交換している。本体へとヒットが成功していないのも響いている。お蔭で副長本人へのダメージが一切なく、そして人狼の群れがひたすら行動を遅延させているのが面倒だ。


 そして、人質だ。周囲には昏睡状態の人々が置かれている。その数はざっと確認して60程いる。それに対してアクションを起こさせないために常時思考のリソースを割きながら範囲を薙ぎ払いすぎないように気を遣うのは、相当難しい事だった。


 何よりも相手の動きだ。


 洗練されている。


 無意識だからこそこれまでの経験と蓄積がノータイムで引き出されている。言ってしまえば俺よりも戦い方が上手い。俺が一番苦手とするタイプの相手だ。ある程度対応できるレベルの身体能力を持つ相手であれば経験差で俺の行動を制限できる。それがこの堕ちた放狼達ではギリギリ可能になる範囲だった。


 だから今一、押しきれない。


 やろうと思えば被弾を無視して突っ切る事も可能だろう。だがその後先考えない動きを取った場合、相手も同じように後先考えない動きを取る可能性が出てくるだろう。その場合、人質たちに何が起きるのかが解らなくなる。


 だから出来るのは、丁寧に、丁寧に1匹ずつ削ぎ殺す事だった。


 斬撃を振るえばそれだけで狼が死ぬ。だがそれによって舞う血風の中に狼は隠れ潜み、襲い掛かってくる。少しずつ、少しずつ数は減らせるだろう。


 だが時間を消費する戦い方はまるでタイムリミットを消耗しているような感覚があった。何か、急がなくてはならない。そんな漠然とした焦燥感が胸を焦がす。だがそれに従った場合のリスクが恐ろしく、それを背負ってでも全てを解決できる程隔絶した実力がある訳でもない。ここで誰か、味方が1人でもいれば好転出来たかもしれないが―――俺は1人だ。


 誰も俺にはついてこれない。


 俺は唯一にして無二。


 即ち孤独。


 1人でここを乗り切るしかない。故に振り下ろし、狼を両断して血を舞わせる。殺すたびに血を被って加速する副長の姿に素早く対応する為に床を蹴り、


「―――が、るむ……」


 呻くようなイルザの声が、戦場に届いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 吐き気を催すほどの悪夢を見た気分 これがダークファンタジー……
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