表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
61/127

不協和音 Ⅶ

 迫ってくる壁の様な雪崩を前に、頭は焦る事無く冷静に加速した。


 罠にハメられ、危機に陥った時こそ何故、どうやってを考えろ―――エリシアの教えだった。戦略、戦術には常に答えがある。自分が失敗したことには理由がある。その事を冷静に考えれば自然と答えは出てくる。考えを止めないところに勝機があり、それを止めたものから淘汰されて行くのが戦いというものだと教わった。そんな教えがあるからこそ雪崩を前にして思考を止める事がなかった。だからまずは考える。


 何故、自分の前で雪崩が起きているのか。


 それは上層のモンスターの仕業だろう。この状況で人間が意図的に俺に雪崩を向ける理由が解らないし、そんな人間がいるとは思えない。そもそも上層は人間にもモンスターにも辛い環境だ、なのに態々俺を待ち伏せて雪崩を起こす理由がない。となると犯人は自然とモンスターにのみ絞られる。動物たちが俺の傍だと安心感を覚えて集うのと同じように、モンスターは俺に危機感を覚えるらしい。その為“資源”級は逃亡し、“加工物”からは積極的に襲い掛かってくる。じゃあ“金属”級はどうなのか? その答えがこれなのかもしれない。協力的な排除。昨日感じた視線は恐らく俺の脅威度を測っていたのかもしれない。


 生物は上位になればなるほど強く、そして賢くなる。上層という環境で生き抜くには単純に適応するだけではなく獲物を喰らう為の知恵が必要になってくる。生態として馴染む以上に環境を味方に付ける賢さが育っているのかもしれない。観測所では上層のモンスターの情報はあまり手に入らないが、つまりはこういう事が可能な生物が控えているという事だろう。


 もはやここまでくるとなんでもありだ。“どうやって”を検証する必要すらないだろう。理由は単純明快。


 ―――勝てない相手を自然災害で葬る為だ。


 人為的に雪崩を起こす手段なんてこの世界じゃありふれている。魔法で雪を集めれば良い。或いは氷結系のブレスで雪を生み出すのも良いだろう。風を操って雪を誘導するのも良い。積もった所を破砕するのも良いだろう。この世界では手段を考慮する事に意味はない。地球では密室トリックと言われたものも、魔法を使えばあっさりと解決出来てしまうのだから考えるだけ無駄だ。


 重要なのは雪崩が迫る事実、それをモンスターが引き起こしたであろう事、そして《《変異の気配を感じない》》事だ。


 この山はエーテル濃度が高く、環境適応したモンスターが多い。逆に言えば過酷な環境に適応するための種で非常に安定しているという事だ。俺が見たワータイガーみたいな変異モンスターが出没する為の遊びがこの山にはないのだ。違う方向へと進化を、変異を遂げようとするとこの環境から排除される―――つまり、この環境で生きていけなくなるのだ。


 確信した。ここに変異モンスターはいない。いるのは山ほどの殺気立った“金属”の化け物共だ。“金属”でも最上位の怪物となればそれこそ残像を残さない速度で動く事が出来るのは人間・モンスター共通の要素だ。それだけの能力を備えている連中にこの程度が出来ない筈もない。


「うっし、すっきりした!」


 冷静になって考えた結果特に状況が改善された訳じゃないが、頭の中は整理されてすっきりした。これで目の前の脅威にさほど呑まれる事無く対処できる。目の前に白い壁が迫っているという状況は物凄く絶望的で絵面が酷く見えるものの、まだ自分の身体能力を駆使すれば対処できるかもしれないという感覚が染みついている。これは盲目的な信頼だ。自分の肉体にする絶対の自信だ。だけど俺がここから信じられる自分の持ち物なんてこれぐらいしかないのだから、


 それで全力を出すしかない。


 腹が決まれば行動は早い。大剣を形成、深呼吸で濃密なエーテルを吸い込み、刃を前方へと突き出す様に向けた。そうやって構え、心を落ち着けてから一呼吸入れ、剣を上へと向ける。


「大斬撃・白」


 両手持ちへの切り替え、全力の振り下ろし。延長拡大された白い食い千切りが正面から白い津波と衝突し、食い破った。雪崩の中央に隙間を生み出し、左右へと流れる勢いを生み出して―――そのまま、数秒後には生み出された隙間が塗り潰される。普段出している白の斬撃はもっと細く素早くスマートにしたもので、これは雪崩に対処する為に更に拡大したバージョンだ。だがそれでさえ雪崩の圧倒的な質量を前にはあっさりと呑み込まれてしまう。


「まあ、そうだよ……なっ!」


 二発目―――三発目―――四発目。


 連続で食い千切りを放つ。圧倒的な量を前に出来るのはどこまでも特化された質を叩き込む事だけだ。白に白をぶつける事で僅かな隙間を形成し、少しでも雪崩に呑まれるまでの時間を遅らせる。それでもただの延命措置だ。根本的な解決にはならない。だがそれでも僅かに自分の態勢を整え、気合を入れる程度の時間は稼げる。


 故に五発目、六発目を連続で叩き込み、


 前へと向かって跳躍した。既に待機させておいた魔力を足元に形成、食い破った個所、浄化の魔力が残留する影響で勢いが削がれた所を足場にする。そこを蹴る事で体を上へと飛ばし高く、更に高く跳躍する。


 そのまま雪崩の上を取った。


「―――やっぱ広がり過ぎててどうしようもねぇな」


 雪崩を飛び越えて解るのはその範囲。超広範囲、山の斜面を雪崩が津波となって流れている。上層から始まる流れは後方、中層、そして下層へと向けて全てを巻き込みながら下って行く。これを左右へと飛び越えるのは非現実的だろう。理想的なのは飛行して回避する事だが俺にそれが出来るとは思えない。そして上層から中層へと徒歩で移動する場合は丸1日以上かかるし、中層から下層までは更に時間がかかる。俺がロック鳥とか言うずるを駆使しなければそもそもこの山自体登るのに数日かかるというめんどくさい場所なのだ。


 相当派手にやりやがった。或いは俺の事がそこまで怖かったか。


 そんな事を考えながら黒を結晶化させ、ボード状にし、足元に形成する。


 凄まじい勢いで流れる雪崩の上にボードを着地させ、両足でバランスを取るように体を左右へと揺らし、安定させた。凄まじい勢いで流れる雪崩の上、サーフボードの様に形成させた結晶の上でふぅ、と一息付く。


「足元は結構グラつくけどこれでなんとかなるな」


 いやあ、昔サーフィンやってた経験が活きたわ。これをサーフィンと言い張るには多少の無理があるかもしれないが。それでもこの超人的なスペックを持つ体なら無理矢理姿勢を安定させて雪崩を乗りこなす事が出来る。


「がははは! 俺の勝ちだな間抜けめ! ……とか言ってるとフラグ立つんだよなあ……ほら」


 結晶ボードでサーフしながら振り返ると雪崩の中を何かが泳いで来ているのが見えた。特徴的な尾びれだけが雪の中を突き出て上層から此方へと向かって泳いで来ている―――雪崩の中を泳ぐという異常極まりない事をやってのけている姿は一つではなく、複数存在している。そしてそれは此方から百メートル程離れた距離で雪崩から飛び出す様に跳ねた。


 そう、そいつは雪の中を泳ぐB級映画の王者。


 鮫だった。


「す、スノーシャーク……成程、そんな生き物もいるんだな」


 トルネードとかスカイとかいるんだろうかこの世界? そんな事を一瞬だけ考えてしまった馬鹿な自分を叱咤しつつボードを足でコントロールして勢い良く横へと逸らす。後ろから追いつく様に加速してきた殺意の塊が先ほどまで俺がいた場所目掛けて飛んできてまた雪崩の中へと飛び込んだ。間違いない、俺が雪崩を回避したのを見て引きずり込みに来たのだろう。そこまでの殺意の高さが上層のモンスターにあるのに驚きだ。そこまでして俺を殺す必要があるのか? そこまで俺を恐れているのか? それとも別の意図があるのか?


 何にせよ、目の前の出来事は現実だ。


 そしてこの雪の上では到底回避できそうにないのも現実だ。


「オチが見えてきたなあ」


 右手で握る大剣で迫ってきたスノーシャークを両断する。それと同時に足元にスノーシャークが突進してくる。ボードを勢いよく横へとずらす事で回避するが、元々雪崩の上という状況で無理な事をやっているのだ。大きく姿勢が崩される。それを整える為に両足に力を入れた途端、


 四方、雪崩の中から鮫の姿が飛び出してきた。片手に握る大剣を咄嗟に振るって二体纏めて両断するが足元が不自由過ぎて回避も対処も出来ない。


 不味い。


「負けたわこれ」


 次の瞬間、スノーシャークが体に食らいついた。体をボードの上から引きはがすとそのまま雪崩の中へと飛び込む様に引きずり込まれる。肩口を喰いつくシャークの頭に大剣を無理矢理突き刺して即死させるが肩に食いつかれたまま引きはがせない。それどころか雪の中を泳ぐ鮫共が更に集まってくる。確実に殺す為に、更に深みへと引きずり込む為に新たな鮫共が体に食いつくと反撃で殺せる事を気にする事もなく深みに引きずり込まれる。


 息が出来ない。


 雪崩の勢いと厚みが全身に圧しかかってくる。


 それでも死なない。口が開けない。目がまともに開けられない。


 雪崩の勢いと食らいついてくる鮫の重みに体がどんどん勢いと深みに呑まれて行く。ヤバいとは思うがもはやここまでくると抗えない。確実に俺が死ぬのを確認するまでは絶対に放す気のない鮫共にこいつらだけは確実に殺してやると、殺意に対して殺意で返礼するように黒の魔力を纏う。だが直後、それが失敗だと気づいた。


 雪崩の中じゃ呼吸出来ない。


 新鮮なエーテルが補充出来ない。


 つまり魔力を使えばそれだけ減って行くだけだ。状況を打開するだけの魔力をねん出する事が出来ない。それに気づいて魔力の使用をカットするが遅い。唯一状況を改善できそうな手立ては今、自分が使ってしまった。その事実に呆然としながら沈む。


 沈んで行く。


 更に深みへ。


 雪崩のままに。


 どこかも解らぬ闇へ。






「うげえ―――パンツまでびしょびしょじゃん。はあ……」


 髪の毛を軽く纏めてねじってぎゅ、と絞って溶けた雪で濡れた髪を絞る。気分は最悪だった。どれだけ雪崩に呑み込まれていたのかさえ解らない。だが結論から言えば雪崩から抜け出す事は出来た。ただし雪崩から抜け落ちる、という方法で。


 視線を持ち上げれば完全な暗闇が支配する空間にいた。


 雪崩が導いた、というよりは鮫共に沈められた先はどこぞの洞窟だった。雪崩に呑み込まれながら引きずり込まれた影響で今現在の自分の位置が良く解らないのが問題だ。しかも外からの光が一切届かない闇の中にいる影響で、その洞窟がどこが入口でどこが出口かというのも解らない。自分が入ってきた入口は頭上、かなり高い所にある。手を伸ばそうとしても届かないが、魔力や魔法を駆使すれば何とか届くだろう。


 ……ただし、雪崩によって塞がれているが。


 蓋をしている雪の重みをふっ飛ばせば外に出れるかもしれないが、それでまた雪崩が起こるのも面倒だ。一体どこまで流されたのかは定かではないが、上層特有の寒冷化エーテルの存在は感じられない。そうなると自分の今の居場所は下層か中層に限られるだろう。ただそれでも相当流されたという事になる。


「洞窟なんて多すぎてどれか解らんしなあ」


 細かい洞窟を上げればキリがない。チェックしてきた所はどれも大きな所だし。今自分がいる空洞もかなり大きく、奥には通路らしきものが見える。ただし自分がここ数日中にチェックしてきた洞窟ではない為、未発見の洞窟である可能性が高い。


 幸い、デフォルトで暗視が付いているのがこの体だ。光が存在しなくても特に不便する様な事はないだろう。とはいえ、完全な暗闇に包まれた空間を一人で歩きまわるというのはどうしようもなく不安を覚えさせるものでもある。とっととここから脱出して麓の観測所で紅茶でもごちそうになりたいものだ。


「あー、やっぱりパンツびしょびしょだと気持ち悪い……これで良し、と」


 魔力を衣服に通す事で水分などを浄化させる。それによってぐっしょりと濡れていた服装も何時も通りの状態に戻った―――と言いたいところだが、やっぱり雪崩に巻き込まれた影響で所々ぼろぼろになっている。途中でディメンションバッグを守る事に意識を割いていたから道具や装備をなくすような事はなかったが、流石に鮫に噛みつかれて服やジーンズはぼろぼろだ。これが終わったら一度服を新調しないとならないだろう。


「うーん、でもマジでなんなんだあの反応は……」


 上層からの雪崩攻撃。あんなもんが飛んでくるとはマジで思わなかった。雪崩自体はあり得たが、それでもそれを俺へと向けてくる事なんて誰が考慮出来るというんだ。そこまで俺が恐ろしかったのか? それとも何かに入れ知恵された?


 考えた所で答えの出ない議論程無駄な物はないが、それでもここまで熱烈な歓迎を受けると考え込んでしまう。


「ま、何にせよこっから脱出しなきゃどうにもならない話かぁ」


 体の調子がおかしくないかを軽くチェックしてから空洞の奥、どこかへと続く通路を見た。とりあえずこの場所を自分の結晶でマーキングし、出口が無かったらこの場へと戻って最終手段として天井の雪崩の跡をふっ飛ばすという事を考える。


 とりあえず、出口を求めて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 下に洞窟が無かったら詰んでたのでは……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ