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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
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不協和音 Ⅵ

 身体能力の高さは天性のモノ故に、後天的に覆す方法は限られる。


 こればかりはもはや才能と呼べる領域がある。どれだけ後天的に鍛えようが肉体由来の限度というものが存在し、それを覆す事は非常に難しい。限界まで体を鍛えた所で種族による差、生まれの差というものが付きまとってくる。故にこの世には肉体の限界を超える、或いはその限界を伸ばして強くなるための手段がいくつか存在する。レベルや経験値なんて概念が存在しない世界故に発達した技術でもある。


 そしてその中で最もメジャーと認知されているのが強化施術になる。


 体を鍛える、道具で補う。それが出来ないのなら当然肉体を改造するしかない。そう、つまりは手術や或いは特殊な技術による肉体のスペック底上げ。それが強化施術と言われるものだ。複雑かつ金のかかるもので言えば手術系統になってくる。骨や筋肉を根本から弄り、優秀な人間の配分や構成に肉体を強化する事で根本的な生まれた才能を克服するというやり方。無論、この手段はリスクがある上に金もかかる。


 故に最も普及している手段が入れ墨だ。


 入れ墨は芸術であり同時に装備でもある。特殊なインクを使って入れ墨を彫る者達は呪術師とも呼ばれ、プロフェッショナルはそれこそ高値で依頼を任せられる。特殊なインクに一定の法則で刻まれた紋様は肉体に対して特別な恩恵を与え、身体能力の向上や肉体強度の補強、エーテルに対する親和性向上など様々な恩恵を与える事が出来る。冒険者のみならず、この世界に於いて旅をし、戦う者にとっては入れ墨は少々値が張るものの、手が届く範囲で付け替えられる装備だ。その為、腕の良い職人の確保は重要な事だったりする。


「―――お、副長イカした入れ墨っすね」


「解るか?」


 その日のガルムは誰が見ても上機嫌だった。その原因が装備の合間、露出した肌、首筋から目元まで届く入れ墨にあるものだというのは見るものが見ればすぐに解る事だった。それまでとは違う入れ墨を彫ってあったガルムにはこれまでにない覇気の様なものが感じられた。ブラッドマントラップ討伐の為に団員たちが集まる中で普段とは違う様子をガルムは見せつける様な姿勢を見せていた。だがそれを不快に思う様な者達はいない。少なくとも副長であるガルムは団員たちに慕われている。


 慕われないトップのいる団というのは当然ながら簡単に瓦解する。そういうトップに付いたところで長続きはしないし、損耗も酷くなる。団員のメンタルケアと関係の構築は管理者の仕事でもある。故にガルムは副長として団員とは良好な関係を築けており、ガルムの変化に気づける程度には団員達もガルムを理解していた。故にガルムの上機嫌と、その元を理解する。


 ガルムは僅かに服を引っ張ってその下に彫られている入れ墨を見せた―――それは腹部を始点とし、首と足元まで伸びる様に描かれた幾何学模様の入れ墨だ。入れ墨は大きければ大きい程効果が強いという訳ではない。それでも力のある入れ墨というものは見てしまえば解る。ガルムがこの日、ブラッドマントラップ討伐に向けて新しく彫り込んだ入れ墨は強力なものだと一目見て解るものであり、団員たちはそれを羨望の視線で見ていた。


「実は少し前に仲良くなった呪術師がいてな。少し値は張ったが払えない額じゃなかったし、手持ちの金でどうにかなるから試してみたんだが……これがイイ感じだ」


 体に力が滾るのを証明するようにガルムは拳を握り、団員たちは二の腕を軽く触ったりして笑い合っている。


「はは、副長がその調子なら討伐は楽にできそうっすね!」


「おう……って言いたいけど楽は出来ると思うなよ。サボるんじゃねぇぞー」


「うえー」


「楽出来ると思ったのになあ」


「何時も通りの副長じゃん!」


 笑い合う様子はこれから死ぬかもしれない戦いに挑むようには決して見えない。死ぬ事はリスクではあるが恐れる事ではない。冒険者や傭兵に良くある考え方であるが故、死に対する忌避感が彼らには薄い。あるのはこれからの戦いを通して名誉を得られるかどうか。そして強敵であるブラッドマントラップを相手に挑む事は、自分達の武名を轟かせるために必要な事だ。そこに文句もなければ恐れすらない。その様子を遠巻きに眺めていたイルザは腕を組みつつふ、と笑みを零した。


 多少入れ墨の出所が気になる部分はあるものの、もぐりの呪術師はそう珍しい者ではない。一般的に出回っていないだけで研究気質なものや、多少危険な部類まで世の中には当然存在くらいしているが、それをちゃんと見極める目をガルムは経験上備えている事をイルザは知っていた。だから特に心配する事はなく、その日覇気で満ちるガルムを見て安心感さえ覚えていた。


「これなら先陣をガルムに任せて良さそうだな……」


 ブラッドマントラップ―――その出現はワータイガーやバジリスクと同時だったとイルザは調べ上げていた。もしこの出現や狂暴性に共通点があるとすれば、ブラッドマントラップの存在自体が一種の罠になるのだろうとイルザは考えていた。恐らくはマントラップ以外の変異モンスターとの抱き合わせが待っているだろう。偵察を行った所であの赤と青のバジリスクは発見されなかった。つまりは姿を隠している可能性が高いため、調べるだけ無駄だろう。


 そうなると出た所勝負になる。被害は間違いなく出る。だが勝てれば名声が残る。


 その為に戦うのが今の世だ。


「まあ、討伐が終わったらお前らにも紹介してやるよ。どれぐらい効果があるかは……これから確認しろって事だ」


「期待してるぜ副長」


「今回は勝てるかどうか解らないラインだしな」


 故に強い誰かが団から出てくる事には歓迎している。だがそれが上手く運ぶかどうかは解らない。だから出来る事は各々が最善を尽くし、そして結果を出す事に全力で尽力する事だけだ。出来る事はあまりにも少ない。だが上を目指し、成功すればもっと良い入れ墨や施術を受けられる。そうすればいずれは“宝石”の団やクランがそうであるように、“宝石”級の強化施術を受けられるかもしれない。


 夢。それだけが彼らを駆り立て、


「―――行くぞ、出発だ」


 底なしの泥沼へと沈んで行く。


 既に毒が回り切っているという事実にさえ気づかず。






 ―――4日目。


 上層の環境を一言で説明するならクソの一言に尽きるだろう。


 まず超低温化によって温度は人体に耐えられない領域に入る。高所による低温化とエーテルの干渉による二重の極寒化環境は雪を氷に変え、一部地域で足の滑りやすさを促進させる。その上で日差しが常に遮られており、光が薄くなるという事が視界の悪さに繋がる。僅かな雲の切れ間から差し込んでくる光が光源となっており、そのせいで常に警戒しておかないとこの環境に適応した生物達の餌食となる。


 ここまでくるとロック鳥では近づけない環境になった。ロック鳥の力ではエーテル干渉を防ぎきれないからだ。だから侵入は中層からに限られ、徒歩で行くしかなくなる。これを普通の人間にやらせるって方が相当難しいだろう、と上層へと踏み込みながら思う。少なくとも普通の人間がここに来るには相当な準備と覚悟が必要になる。それも死を覚悟するレベルのものだ。俺に限って言えばエーテル干渉も特に意識する事なく弾く事が出来ている。


 それでも多少肌寒く感じる。


 吐く息は常に白く染まり、そして軽く唾を吐き出せば大地に落ちる前に凍り付く。そんな異常な環境が上層という場所だった。ここに観測所を設置した人間は本当に命懸けでやったんだろうなあ、というのが踏み込めば解ってしまう。そこに俺は単身、特別な装備もなしに踏み込んでいった。もはやここまでくると野生動物の気配も消えて、残されるのは環境に適応した凶悪なモンスターだけだ。


 それも中層の様にむやみやたら襲いかかってくる連中じゃない。考え、潜伏し、観察し、そして必ず殺せる瞬間を狙ってくる。


 狡猾に、そしてより悪辣に進化しているのが踏み込んでから感じられる視線を通じて解る。面倒だと思う反面、次に自分へと向けられた敵意ある視線が特に変異モンスターのそれではなく、自分達のテリトリーに入ろうとする外敵に対するデフォルト的な反応だと判明したのが相当厄介だと思えた。少しでも油断した姿を見せれば喰いついてくるだろう。


 上層はランドマークらしいランドマークが少ない。ここまでくるともはや頂上までの道と言った方が正しいのかもしれない。とはいえ、上層でこれとなると頂上までの道のりは相当厳しいものを感じさせる。本当に頂上に今の状態で登って良いのか……そのチャレンジを自分に問う必要がある。


「ま、とりあえず挑戦して出来そうならやるって感じで良いだろ」


 深く考える事でもないと判断して上層を調査する為に歩き出すが、これが歩きづらいのなんの。足は深い雪に沈むし、周りからはモンスターの視線が常に向けられている。勝てないと本能的に察知されているが、いつでも奇襲と迎撃が出来るように監視だけはしておくという知性の高さはこの酷い環境で生き抜くための知恵なのだろう。


 それを素直にめんどくせぇと思う。


 正面から突撃してくれれば全部ぶった切って終わりじゃん! と思っているのに、それをさせてくれないのは結構なストレスだ。調査地を確認する為に歩き回っている間も常に感じるのは視線と敵意、なのにそっちへと視線を向けても反応はなく、近づこうとすれば遠ざかる。知恵を得た獣が天敵を理解しているような動きだ。


「めんどくせぇなあ」


 だがその反応で相手は変異モンスターではない事が解る。アレはもっと狂暴で凶悪なものだ。それこそ敵意を発すれば襲い掛かり、それでいて相手の実力を測る事が出来ないみたいな矛盾を備えている。


 言い換えてしまえば《《弱い奴が力を得て調子に乗っている》》みたいな感じだ。


 それを連想した所で足を止めて首を傾げてしまう。


「んー? 今なんか核心に触れた感じがしたな」


 腕を組みつつ上層の冷気に晒される。だが考えは環境に影響を受ける事がなく冴えていた。或いは高密度のエーテル環境であるが故の好調が頭にも影響を及ぼしているのかもしれない。だから近くの奇妙に曲がりくねった木に背中を預ける様に寄りかかりつつ腕を組んで考える。


「ワータイガーも、赤青バジリスクも基本的な事においての力量を測る能力がなかったんだよな……?」


 そうだ、そうだった。ワータイガーは《《俺がいるのに衛兵に襲い掛かった》》のだ。この上層の敵意と視線同様、力を測るだけの賢さがあれば俺がいる所で衛兵に襲い掛かるなんて事はしなかっただろう。だけどワータイガーは攻撃してきた。それは餌の確保を行わなければならないという必死さから来るものだったかもしれない。だが結果から言えばワータイガーは俺の実力を理解する事が出来ずに襲い掛かり、地雷を踏んで殺された。


 そのケースが赤と青のバジリスクにも通じる。


 連中はまるでタイタンバジリスクの護衛の様に出現した。それは恐らくは放狼の団を見て勝てると判断したからだろうが、連中を感知出来て俺が感知できない筈がない。少なくとも中層から上層のモンスター達は俺の事を感知しているのだ。そう考えれば変異モンスターが俺の事を察知できないのはおかしいだろう。少なくとも俺は気配を隠すみたいな技術、あまり得意じゃないのだから、このドラゴンオーラは垂れ流しだ。それを察して上層のモンスター達は襲い掛かってこない。


「つまりワータイガーと赤青バジリスクにはそれを察知するだけの技術がなかったって事だ」


 これが生まれつき備わっている技術か、或いは育ちによって備わる技術だと考えると、上層のモンスターが出来るのに同じランクだと思われるワータイガーやバジリスクが出来ていないのは明らかにおかしい。危機的意識の欠落―――それは本能の欠落だと言っても良いだろう。この俺でさえ明らかに格上の相手を前にすれば本能的にそれを察する事が出来る。今でもあの龍殺しの存在が恐ろしいし、届かないと解る。


 変異モンスターとは生まれの時点で何かがおかしいモンスターの事を示す。後天的に変異が起こる場合でもそれ相応の格というものを身に着けてくるものらしいが、自分が見たワータイガーとバジリスクは……そう、小物だ。


 力を付けてしまった小物。そう言うイメージが強い。偶然銃を手に入れて自分の力に酔っているチンピラ。そう例えると分かりやすいかもしれない。少なくとも連中の死因はそれだ。


「そう言う意味じゃ俺も自分の身の振り方にはちょっと気を付けないといけないなあ」


 龍というスペックにかまけて油断している部分はある。自分の意思を引き締められる所でもっと引き締めておかなければと思う自覚もある。


「しっかし、後天的にモンスターを変異させて凶悪にさせるのって可能なんか? いや、モンスター人間がいるなら不可能じゃなさそうだが」


 或いは、モンスター人間と人造変異モンスターの出所が一緒だったりして―――と思うのは、陰謀論が過ぎるかもしれない。


 どちらにしろ妄想で戯言だ。証拠もないのに盛り上がってしまうのは悪い癖だ。


「時間を無駄にしたしそろそろ探索再開するか―――」


 今日中に上層の調査終わればいいなあ、なんて思いながら探索に戻ろうとした所、僅かな衝撃と揺れを感じて足を止める。地震……だろうか? こっちの世界に来てから地震なんて物を経験したことがないから久しぶりかと思ったが、地震にしては短すぎた。


 だが山での揺れというものを自覚し、一瞬で顔が青ざめた。


「いや、まさかおい」


 上へと視線を向ければ、山の斜面を白い波が全てを呑み込む勢いで迫ってきている。先ほどまで考えている間に感じて来た敵意なんてものは既になく、あるのは轟くような音と破滅的な勢いだけだ。


「嘘でしょ」


 もしかしてこれ、上層一同から俺へのプレゼント? 過激すぎるでしょ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 放狼の団に危機が迫る!(手遅れ) 早く来てエデン
[一言] 上層一同からエデンへの最高にエキサイティングなプレゼントですね………
[一言] エデンちゃん相手に直接戦闘を行わずに雪崩で攻撃だなんて賢いなぁ。
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