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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
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不協和音 Ⅱ

 ―――環境とエーテルの関係をおさらいしよう。


 モンスターの成長と進化に密接に関わっているのは地域におけるエーテル濃度であり、エーテルが濃い場所程強く、そして多様なモンスターが生まれやすくなる。元々はただの動物であったモンスター達はエーテルによる変異を引き起こされた結果人に害をなす生物になって、それが種として定着したのが今のモンスター達だ。つまりエーテルが怪物の姿になったとかそういう事実ではなく、純然たる営みを行う生物であるのだ。じゃあ根本的な話としてエーテルとはなんだ? という話になってくる訳だが、細かい事はまだ判明しておらず、エーテルが何であるかという疑問に神々は答えようとはしない。


 故に一つの答えとして人が掲げるのが、エーテルとは星―――大神の呼吸なんじゃないか、という説だ。それを我々は取り込む事で魔力へと変換し、方程式を以って魔法を行使する。それは即ちエーテルとは変化する物質であり、万能の素でもあると。故にこれを喰らう事で人もモンスターも進化、変異する事が出来る。事実としてエーテルの濃い空間の方が強く育ちやすいと良く言われているし、実例もある。


 そして人の多い密集地程エーテルは薄く、そして秘境や辺境等の人の少ない環境程エーテルは濃い。その為、人がいない辺境はモンスターの処理に常に追われている―――今かかっている話だ。だがこれにも極々細かい例外があり、エーテルがその濃度をどの場所であっても減らして行く環境があるのだ。


 それが空だ。


 つまり地上から離れれば離れる程、エーテル濃度が下がって行く。こういう事からエーテルとは空気よりも重い物質だと言えるのかもしれない。ただそういう性質がある為、標高の高い山の山頂付近になればなる程エーテルを必要とする生物は少なくなり、低酸素と低エーテル環境から逃げた生物が山の麓には集まりやすい。そう言う事から高高度の方が安全というケースもある。


 ただこのタウロ山はそのセオリーから外れる場所であり、辺境特有の高濃度エーテル環境が山頂まで続いているという不思議な場所になっている。環境属性と結びついた結果発生する純エーテル生物や、環境に適応したモンスター、そして高山を住処とする珍しい生き物たちで溢れるタウロ山は、まともな道が少ない事を含めてかなりの魔境だと言えるだろう。その上このタウロ山では年中雪が降っている。その影響で足元も心もとなく、なれない人間はあっさりとこの山に呑まれて死んでしまうだろう。


 その為、調査をするだけでも一苦労だ。専門の調査チームが年中タウロ山の観測と調査を行っているが、それだって比較的に浅い層だけだ。深い所や高い所となると、専用の装備と人員が必要になり、非常に金がかかる話になってくる。


 そう、少なくとも普通の人間にとっては。


 ―――まあ、俺には関係のない話だ。


 片道数日かかる道もロック鳥なら数時間の距離だ。街道を、探索地を超え、圧倒的な速さで現地へと到着し、その景色を目にする。


「ほほー、遠巻きには見えていたけどやっぱり雪山ってのは真っ白なもんなんだなぁ」


 ロック鳥の背の上からタウロ山の麓をぐるっと回るように観察していた。麓はまだ木々が生い茂っており、山へと近づけば近づく程やせ細っていく。やがてそれが雪の範囲に入る事で植生が変化して、種類の違う木々や形の違う草が生え始める。急激な環境と植生の変化はこの辺境では度々見られる光景だ。空から見るとその変化が綺麗に見える。やっぱり現実とは思えない環境の変化の仕方をしている。


「えーと、確か観測所が麓にあるはずなんだっけか……あったあった」


 タウロ山南方にロック鳥で回り込みつつ地上の様子を窺っていると、望遠鏡を屋上に設置した3階建ての建造物を発見する。恐らくあれが観測所だろう。少しだけ距離をあけてロック鳥を着陸させるのは、相手を驚かせないための配慮だ。流石に普段から会っている冗談が通じる人達とは違い、俺の事を知らない人達相手には少し配慮した方が良いだろう。だから少し距離をあけて着地して、歩いて観測所の前まで進む。


 扉を三度ノックし、


「おーい! 誰かいるかー? サンクデル辺境伯に頼まれてタウロ山の調査に来たもんだ」


 ややどたばたとした音が観測所内部から聞こえてくると、勢いよく扉が開いた。眼鏡を装着し、茶髪があっちこっち跳ねているコート姿の研究員が姿を見せた。


「サンクデル様の使者だって!? お待たせして申し訳ない。中へどうぞ外は寒いでしょう」


「邪魔するぜ」


 観測所に入る前に振り返り、バッグから干し肉を取り出すとロック鳥の方へと投げる。それを嘴で掴んだロック鳥は目を細めながら前足を使って器用に噛み千切りながらちょっとずつ食べて行く。その姿を背にしながら観測所に入る。中でも大きな魔導型ストーブが部屋全体を温めていた。中に戻った観測員はコートを脱ぐとラックにかける。観測所はどうやら地下もあるらしく、下へと向かう階段も見えるが……今はそれを無視し、案内される部屋の中央、そのテーブル前の椅子に座る。


「街からここまで遠かったでしょう? 珈琲か紅茶どちらか飲みますか?」


「あぁ、いや……断るのも悪いしそれじゃあ紅茶で」


「はい、少々お待ちを」


 ケトルに雪を詰め込んで溶かすやり方、汚染とか環境の汚さとかを一切考慮しない世界だからこそ出来るやり方なんだろうなあ……なんて事を紅茶を用意している間に見てて思った。視線を紅茶を準備している観測員からテーブルの方へと移すと、テーブルの上にはタウロ山の地図が貼ってあるのが見えた。足を組みつつ地図を確認してみるが、結構詳細にマッピングされているらしく、道やランドマークが描かれてある。


「中腹にも観測所があるのか。とはいえ麓だけでも結構広いな……」


 麓をぐるっと回るだけでも1日はかかるだろう。俺がロック鳥に騎乗して回ったらかなり時間は短縮されるだろうが、その場合は見落とすものが出てくるだろうし避けた方が良いだろう。ともなるとエリアの移動とかでしかロック鳥の出番はなさそうだ。それでもいるだけ便利なのだが。


「お待たせしました。ここら辺は良質なシロップが取れまして、それを結晶化させることで砂糖に似たものを作る事が出来るんです。お蔭で紅茶に砂糖モドキを沢山入れられる事がこの職場での特権でして」


「ほほう、それはそれは」


 ありがとう、と告げながら受け取るカップは温かい。龍の体は暑さにも強ければ寒さにも強い。その影響で別に雪の中で半ズボンだろうと別に平気なんだが、ビジュアル的に心配されるのは解っていたので、今日は購入したばかりのスキニージーンズを履いて来ているし、露出対策は完璧だ。これにはあの冒険者ガールズも文句は言えないだろう。え、中が寒そう? そう……ジャケットで隠れてるから問題ないでしょ。


 紅茶は観測員の言う通り砂糖が入ったような甘さをしている。ちょっと癖のある甘さだが、気になる程ではない。感謝して口を付けつつそれで、と話を切り出す。


「辺境伯は最近、辺境の各所で見られる変異型モンスターを気にしている。俺はその調査と存在した場合の討伐を任されてここに来ている。もし何か解る事があるなら教えて欲しい」


「変異型モンスターの調査と討伐ですか……? いえ、この様な地に単身で来られるのでしょう、“宝石”の方々は姿や形にとらわれないという話ですからきっと私の心配する様な事ではないのでしょう」


 “宝石”と勘違いされているみたいだが、訂正しない方が話も早いし、口をカップに付けて黙っておく。観測員も納得した様子で頷きつつ腕を組み、考え込む。


「調査ですか……おーい、エレン。山の方で何か妙な事あったか?」


「あの山で妙な事なんてないでしょー。カールはー?」


「麓付近での濃度はフラット、おかしなこともないぞー」


 上の方から男と女の声がしてくる。他にも当然ながら観測員がいるらしい。まあ、当然の事だろうけどよくもまあ、こんな場所で仕事してられるよな……という感じはする。とりあえず、紅茶の味を楽しみつつふぅ、と息を吐く。


「麓付近では特に不審なモンスターや痕跡は見つからない、と」


「えぇ、麓付近は私達が一番調査出来る場所でもありますから他の皆がそう言う限りは間違いなく麓付近に異常はないと思います。ここから登った浅層付近に最後調査を行ったのが半月前なので、あまり変化はないと思います」


 そう言って観測員が地図の上のポイントを示して行く。


「タウロ山は大きく分けて麓・浅層・中層・上層と山頂で別れています。このうち麓、浅層は比較的に調査がしやすく何度も足を運んでいる他、今表に出ている者達もいます。ですので調査する上でここは飛ばしても良いと思います」


「他にもいるんだ?」


「はい、ここは合計で8人の所員が勤めています。現在は5人がフィールドワークに出ています。内、1名は現在中層の第三観測所の方に居ます。私たちの中で一番の腕利き、フィールドワークを得意としている者です。話を聞くのなら彼が一番でしょう。ここに第二観測所が……ここに第三観測所があります」


 地図の位置を示して行く。バッグから紙を取り出すと軽く地図をスケッチしようとするが、手で制される。


「地図のコピーを渡すのでお持ちください。ただ出来たら帰りに返却をお願いします」


「ありがとう」


「いえ、山の調査となりますと此方も無視できる事ではないので。特にサンクデル様の依頼となりますと此方も全力を出さないといけませんからね。それに……」


「それに?」


 聞き返すと観測員が笑った。


「サンクデル様の肝煎りの方となれば普段私達が見れない所まで行けるでしょうから、ついでに観測を頼めるかと思いまして」


 観測員の言葉に軽く笑い声を零してしまうが、その逞しさは嫌いじゃないかった。だから素直に観測員から地図のコピーを受け取り、確認しつつディメンションバッグに入れ、他にも観測用の小道具を幾つか受け取る。そこから地図に書いてある一部のポイントや、地形の話に入る。


「浅層および中層は実はそこまで環境が複雑ではありません。私達でも準備さえすれば踏み込める範囲のエリアです。その為、第二観測所が浅層に、そして第三観測所が中層にあります。ここら辺が最も生態が多様、生物にとって資源が豊富なエリアになる為、野生動物やモンスターの類が比較的に多いですので、注意してください」


 指は中層の第三観測所から上層へと滑る。


「ここにも一応、第四観測所があります。ですがこちらは基本的にあまり使われず、行けるのも1年に1度あるかないかぐらいになります」


「それほどまでに行くのが厳しい、と」


 観測員が無言で頷いた。


「中層までは比較的に行きやすいというのは上層と比べた場合の話です。中層でも吹雪はありますし、低温による凍死の危険性もあり、そして足元が雪で埋もれていて滑ったり足がハマったりする危険性もあります。ですがタウロ山における環境の過酷さは上層に入ってからが本番になります。この上層からは特殊なエーテルが環境を構築していて、その為凍るんです」


 凍る? と首を傾げながら聞き返すと観測員が肯定する。


「はい、《《魔力が凍るんです》》。冷属性方面に偏ったエーテルが環境を支配している影響で、エーテルに触れる全てが低温化します。その為、厚着をしていても物質の温度が直接下げられるから意味を成しません。対抗する為にはエーテルという物質そのものに対する抵抗力を必要とします。無論、これは魔力抵抗力という形で応用できますので、魔力や魔法に対する抵抗能力で身体機能の凍結を阻止出来ます」


「成程、確かにこれは魔境って言われる訳だ」


「体内魔力の凍結による氷結晶化も発生するので、体内の魔力に気を付けていないと体内で氷の魔力結晶が生まれ、それが内臓等を傷つける場合があります。その対策として常に魔力を消費しながら新たに生成するか、或いは自分に対する干渉そのものを遮断する必要があります。そういう理由から上層部の探索は非常に困難を極め、長時間の探索も不向きなエリアです。しかもこれは頂上へと近づけば近づく程強まります」


 上層部のマッピングはおおざっぱにだけ行われているようで、中層や下層等と比べると書き込まれている情報が少ない。それでも観測所を設置したのは意地なのかもしれない。


「ここ」


 上層と頂上、その中間点にある雲の部分を指す。


「ここでは雪ではなく雹が降る事もあり、その影響で落雷が発生している事があります。もし頂上まで行けるのであれば、この雲のところはなるべく早く抜けた方が良いでしょう。とはいえ、雲から頂上までの観測なんてもう数年単位で行えていませんから現状、どういう状況になっているかは解りませんが……」


「いや、情報助かった。サンクデル様には5日ぐらいかけてしっかり調査してきて欲しいって頼まれてるから何かあったらその都度観測結果と一緒に戻ってくるよ」


 流石領主、お金はたんまりあるから払いも良いしこれだったら5日ぐらい調査依頼に消費したって何の問題もない。観測員もその言葉に大きく頷いて喜びの表情を見せる。


「ありがとうございます。取り掛かる所を決めていないのなら、フィールドワークに出ている同僚たちを探す事を勧めます。今外に出ているので一番新鮮な情報を握っている事でしょうし」


「あぁ、ありがとう。紅茶も美味しかったよ」


「いえいえ、此方こそ仕事を手伝わせてしまったようで申し訳ありません」


 その言葉に手を振って終わらせながら観測所から出る。外で待っていたロック鳥の首筋を軽く撫でてから振り返り、切っ先が雲に埋もれて見えないタウロ山を見上げた。


「お給料分、しっかりと働くぞロック」


「くぇー」


 ギルドや放狼の団、あの後のバジリスクの買い取りとかもちょっと気になるけど緊急性はこっちのが高い。今は一度それを忘れ、集中する事にする。


 雪山探索の開始だ。

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