硬貨の重み Ⅲ
「ははー、これが飛行手段を得るって事か。最高に気持ちいいな」
ゲームで言えば後半に入らないと手に入らない筈の飛行手段だが、考えてみればそういう常識にとらわれる必要もない。移動する上で最も早く、便利なのは飛行だ。地形を無視し、そして気流に乗る事で地上の数倍の速度を出す事ができる。この世界においても飛空艇は数少なく、その為に最高級の移動手段となっている。それこそ保有できるのは大規模な商会か、或いは王族ぐらいだろうか。だがそれは大量の人や物資を輸送するという前提での話だ。個人を飛ばすだけなら飛行可能な生物の背を借りれば良い。
今の様に。
馬と熊が上下関係を解らせたロック鳥は巨大な鳥だ。伝承では象すら食らうほどの巨体を持つと言われるロック鳥の体毛は白と茶が入り混じっており、人を3人程度だったら楽々と背に乗せて飛べるほどの力強さを持っている。その生命力の高さと速度は地上のあらゆる生物を振り切って千里をかける―――飛行可能な生き物とはそれだけで強く、他の生物の上位に立つ。
現代における戦術で航空爆撃が有効なのはもはや有名だ。届かない高度からの攻撃に対処できる生物は少ない。そしてロック鳥はそれが可能な生き物だ。地上の生物では到底敵うはずがないのだが……何故かこいつは熊と馬に負けていた。
どうして?
「……まあ、いっか。お前も良く付き合ってくれるな」
「……」
ロック鳥が顔を僅かにずらして視線をこっちへと送ってくる。その視線はしっかりと上下関係を叩き込まれた若造のもので、“あの連中どうにかなりません? ねえ?”みたいな感じの視線をしている。まあ、俺もあの謎生物共はどういう生態をしているのか良く解っていない。そもそも乗り物募集したら勝手に野生から生えてきた生き物なのでどこから来たのかさえも把握していない。いや、そこら辺マジで謎なんだわ。しかも大体どこにいても呼び出せばやってくるし。
お前らマジでなんなんだ? まあ、それを考えた所で解る訳もないので別にいっか、って感じはするが。
そんなどうでも良い事を考えながら空を行く。
地形を無視できるというのはそれだけで大きなアドバンテージだ。お蔭で地上の危険や障害物を無視して真っすぐ目的地まで飛ぶ事が出来る。その影響もあって本来であればもっとかかるであろう移動時間も、大幅に短縮する事が出来る。荷物そのものはディメンションバッグに詰め込んでしまえば良いという事もあって俺とは非常に相性の良い騎乗生物だった。荷物はバッグの中だから乗せる人の事しか考えなくて良いのだから。
そんなこんなで俺がタイタンバジリスク討伐の為に目指しているのは辺境北西部、アルヴァの岩場と呼ばれる場所だ。細かい話をすると北西から更に西へと向かった辺りなのだが、ここら辺の細かい話はしていた所でしょうもない。街からはそれなりの距離のある場所で、行くとなると一部の探索地を経由する必要が出てくる。
そう、辺境での移動とはそれだけで大変なのだ。探索地へと繋がる道は明確に道ではなく、安全も確保されていないから場合によっては追いはぎだって出てくるし、モンスターだって街道に顔を出す事もある。探索地にも明確な道がないから事前に地図を入手した上で自分で安全確保しなきゃならないし、探索地に到着した後は帰り道を進まなきゃいけない。これから行くアルヴァの岩場は良質な石材を確保するための領主がある程度道を造成して整備してある場所だから、行くだけはそれほど難しくはないものの、草原地帯を抜けなくてはならないからソコソコ到着に時間がかかる。
だが地上のモンスターなどを無視できる空路であれば、そういう面倒な部分は全部カットできる。ロック鳥様様である。
そういう事で飛行して1時間、あらゆる地形を無視して目的地近くまでやってきていた。エーテルと自然に溢れる辺境という土地は環境というものを激変させる。トール街道とその横に広がる森林を見れば解るが、濃いエーテルというのは環境やその生物に対して影響を与えやすい。解りやすく言えば変容や進化、変異の類を引き起こしやすく、動植物に対する成長促進効果があると言えば良い。その為、辺境では人も動物も植物もモンスターも、強く育ちやすい。
当然環境そのものへの作用もあるから、草原がいきなり森へと切り替わり、それが荒れ地へと変貌するというのも良くあることだ。原因が何かといってしまえば土地や環境特有の属性がエーテルと結合した結果がなんやかんや、というのが学説らしいものの、それを知った所で賢くなる以外のメリットは特にないので割愛する。
故にこの岩場も特殊なエーテル環境によって唐突に生まれた場所の一つであり、そこに適応したモンスターが多く生息している。それでも利用されるのは、良質な石材は建材として重用されており、人口の拡大や生活領域の拡大に伴って石材の需要は増えて行くからだ。特に辺境の様に開拓最前線の土地となるとその需要はかなり高くなってくる。つまりそれだけ件のバジリスクは厄介な事になっている、という事だ。
そんな岩場の付近に到着すると、岩場の全容が見えてくる。草の大地がごつごつとした荒野と荒地へと変わって行く境目へと視線を向ければ、そこには数台の馬車が置いてあるのが見えた。もしかして石切り場の利用者だろうか? そう思うものの、見えてくるのは武装した集団だ。その姿にあちゃあ、と声を零す。ロック鳥の首を軽く叩いて降下準備に入らせる。
「先を越されたかなあ、これ」
当然ながら同業者は他にもいるのだ。クラン規模で狩りに来ている連中かもしれない。そう思って確認の為にロック鳥を降下させながら背の上から軽く手を振る。一瞬、襲撃かと身構えていた者達は背に少女が乗っているのを見て武器を握る手を緩めずとも、警戒した様子のまま即座に攻撃に移らないようにした。
「すいませーん、タイタンバジリスクもう狩られちゃいました?」
ロック鳥の背から降りながら地面に足を付け、近くにいた男へと質問を投げかける。装備の様子からすると戦闘に特化したタイプで、金属の軽鎧を装着し、左手には大盾を握っている。ロック鳥から降りて話しかけてきた此方に驚くような姿を見せるも、
「お、おぉ……いや、これから狩りに行く予定なんだが? アンタはなんだ……?」
俺を見て首を傾げている辺り、辺境の新参だろう。少なくともグランヴィル家に仕えている俺の事を知らない人間はここら近辺にはいない。俺とロック鳥を何度も交互に確認する男の様子に、片手をあげて挨拶をしつつ、
「じゃあ俺が今から狩りに行っても問題ないよな?」
「あ、いや、それは……」
目の前の男はロック鳥を見ながらどう返答したらいいものかを悩んでいる。周辺からの視線もロック鳥に集中しており、あの巨大な怪鳥を刺激したくはないという意思が見て取れる。大丈夫だよ、こいつ馬と熊に負ける程度だから。まあ、人間ぐらい丸のみにできそうだけど。見てくれよこの顔を、滅茶苦茶威厳を保とうとして可愛いだろう?
「すまない、タイタンバジリスクの討伐であれば此方が先約だ。手を出すのなら此方の後にして貰えないだろうか」
そう言って男の背後から出てきたのは金髪をハイポニーに纏めた女の姿だった。動きやすさを重視した鎧姿はハードポイントだけを採用し、残りは革鎧で補っている。腰には長剣を装着した女性は背筋も真っすぐ伸ばした綺麗な女性だった。俺とは違ってちゃんと肌を全部防具やタイツ、長袖で隠している辺りちゃんとした人だと解る。
「“放狼の団”の団長を務めるイルザだ、宜しく頼む」
「エデン、宜しく」
手袋に包まれた手でお互いに握手を交わす。
「見ての通りタイタンバジリスクは我々で狩る予定だ。これから手を出す予定だと言うのなら手を出さないでいて貰いたい。見ての通り此方は狩るのに相当準備を整えさせて貰った」
周辺を見れば大盾を持った団員たちが多くみられる……恐らくそれが石化対策の装備なのだろう。馬車を5台保有しているのを見る限りソコソコの規模がある団だし、準備を整えて来たというのも嘘ではないのだろう。しかしギルドで姿を見かけなかった辺り別のところから流れて来た連中か、俺が出払っている間に情報を得た者だろう。参ったな、バジリスクの賞金も割とあてにしていただけに取られるのは痛い。
とはいえ、ここで知るか馬鹿! 俺の獲物だ! とか言って突撃するのはマナーが無さすぎる。
「ならせめて見学させて貰っても良いか?」
「邪魔をしないのなら此方としては構わない」
イルザは軽く頷いてから快い返事をくれる。良かった、対応は硬いが悪い人ではなさそうだ。
「ありがとよ」
返答に感謝を伝えると回りから野次が飛んできた。
「どうせ嬢ちゃんの出番はないんだから、馬車の中で俺と休まないか?」
「別に終わった後でも良いぜ」
男所帯というか、周りを見渡すと男の数が多い。女性の傭兵だろうか? はこの団長を含めて数人程度だ。まあ、職業的に女性が少ないのはしょうがないが、無遠慮に下品な視線を向けられるのは正直イラっと来る。なので足元にあった拳サイズの石を軽く蹴り上げ、それを手に掴んだまま圧縮して握りつぶす。
握力で手の中のそれを砂に変え、手の隙間からさらさらと零して行くのを見せつければ周囲の男共が一瞬で黙った。その様子にロック鳥が首を傾げながらこいつら正気か? みたいな視線で周囲を見ている辺り、周りの雑魚よりもこのロック鳥のが賢いのである。でも、まあ、根無し草のモラリティと知能なんて大体こんなもんか、と納得する。
「ウチの団員が不愉快な気持ちにさせたようだな、すまない―――貴様らも目の前の相手の実力を測る能力を付けろ! ……全く、規模が大きくなるのも考え物だな」
そう零すとイルザは戦闘準備の為に別の馬車へと向かって行く。それを見届けてからまだ、自分に視線が集中しているのを察してロック鳥の首筋を撫でる。ロック鳥は首を傾げながらやりますか? やっちゃいますか? という感じの視線を送ってきている。
「そういう血の気はいらない。血を見るのは嫌いなんだ」
「くぇ」
うっす、と頭を下げてくるロック鳥の頭を軽く撫でてから一団から離れるように馬車群の外に出て、連中が準備を整えている姿を遠目に眺める。
「なんというか……モラルが低いなあ」
「くぇ」
「それともこれが普通なのか? いや、たぶんこれが普通なのかなあ」
「くぇぇー」
冒険者のクラン、ってよりはどちらかというと傭兵団に姿が近いように見える。種族の混成は薄く、装備はより戦闘向けで練度があるように見える。馬車が複数あるって事はそれだけ儲けているという事でもある。とはいえ、見かけたことのない集団って事はウチのギルドではなく別のギルドか中央辺りからやって来た連中って事になる。辺境の冒険者の質が高い事はよく理解しているだけに、こういう見たことのない連中がどこまで出来るのかというのは解らないし、興味はある。
中央の冒険者の質とは果たして、どんなもんなのだろうか?
「だけど、そうか……こっちでは競合しなくても他所では競合する可能性もあるんだな」
高額賞金首のソロ討伐。素材も賞金も俺1人で独占できるし、ここには“宝石”がいないから俺一人で美味しい所総取り出来ると思っていたが、こういうケースもあるんだな、と呆然と眺める。少なくともちゃんと準備が整えられて挑戦しているのであれば普通にタイタンバジリスクは狩られるだろう。リアの学費の当てにしていただけに結構がっくりと来る。
「……」
「くぇ?」
「いや、何でもないよ」
脅したのにまだこっちに好色な視線を向ける奴がいる……。
というか横にロック鳥がいるのにそういう風に視線を見れる奴、性欲やばない? どういう脳味噌してるんだ。だがこれでギルドで注意された内容が良く解った。足回りの露出、ちょっと改善するべきかなぁ、と流石にこういう視線を向けられると考えてしまう。俺の格好に関するリアの趣味に関しては諦めて貰おう。流石にこんな視線がずっと刺さっているのはちょっと気持ちが悪い。
人間、実害がないと学習しないんだなぁ……。
まあ、上は1枚羽織っているしこれでいいけど……ズボンはどうするか。ホットパンツやミニスカートはこうなると論外だし、ロングスカートは動きづらいので絶対に嫌だ。というかひらひらしすぎて俺のイメージじゃないわあんなの。やっぱりズボンだズボン。ここは安直にジーンズでも良いと思うが、ちょっとカッコつけてダメージジーンズなんても良いかもしれない。
タイラーでダメージジーンズ、扱っていないかこの後で調べてみよう。
そう考えながらタイタンバジリスク討伐の為に動く放狼の団を関わる事無く、眺めていた。




