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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
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硬貨の重み

「―――おや、今朝はなんか調子が良さそうだね」


「そう見えますか? まあ、体は昨日よりも軽いです」


 朝起きて顔を洗って歯を磨いて―――そんな朝の支度を終わらせてから朝の仕事をする為に色々と駆け回っていると、エドワードと会った。エドワードは俺の働いているそんな様子を見て、顔色は大丈夫そうだと言ってくる。俺も不思議と気持ちよく眠れたからか体の調子は良かった。何よりも家で働いている時間が一番好きなのかもしれない。だからそうですね、と答えた。


「気持ちよく眠れたのと一回眠ってすっきり出来たのも良かったのかもしれません」


 不思議と昨晩は悪夢を見なかった。リアの温もりが俺を悪夢から守ってくれたのかもしれない。罪悪感は消えないけど、それでも気持ちをある程度持ち直すには十分な時間だった。少なくとも昨日みたいにぐるぐると悪い事ばかり考える事はない。今は少しだけ前向きに仕事に向き合えている状態だ。これでまた地獄を経験すれば話は別だろうが、あんな事が早々起こるとは思えないし、心配する必要はないだろう。


「それで……どうするか決めた?」


 エドワードの言葉にそうですね、と一旦区切り、


 冒険者を止めるか否かをエドワードを聞いてくる。それに対する答えは一晩経過した今、ある程度固めていた。だから俺はエドワードの問いに対して、軽くうなずいて返答した。


「もうちょっとだけ……頑張ってみようかと思います」


 その返答を予想していたように腕を組んだエドワードは此方を軽く見つめてくる。


「それは、何故だい?」


「逃げたくないからです」


 答えは以外にもあっさりと自分の口から出て来た。昨日は苦しんで、そしてリアに慰められて、それで考えた結果自分の中で出た結論がこれだった。逃げたくはないから……それが俺が俺に対して求める事だったのかもしれない。


「正直に言うと命を奪うというのは凄く辛いです。思ってたよりも、ずっとずっと辛いです。たぶん、俺が命を奪う事に納得する日が来るとは思えません。獣の命を奪うのはまだ耐えられるけど……昨日みたいに、子を守ろうとする親の姿を見てまた心を傷つけないか、って言われたらやっぱりまた凄い傷つくと思います。それでもきっとこれは逃げちゃいけない現実なんだと思うんです」


 《《ご都合主義のハッピーエンドなんてない》》。


 現実に対して贈る言葉はこうなるだろう。100%納得できる結末なんて存在しないし、誰もが幸せになれる物語でもない。俺が完全なる答えを出す事が出来ないし、結局のところ何をしても、何を考えても、絶対に満足できる現実なんてものは到底到達できるようなもんでもないのだ。だから辛い現実にぶつかるたびに嫌だ、辛い、苦しい、逃げたい―――だから目を背ける。


「きっとそうやって辛かった現実から目を背けていたら一生、辛い事から目をそらして逃げ続ける事になるんだと思うんです」


 昨晩よりは頭がクリアに考えられる―――昨日感じたショックが時間と共にある程度抜けてくれたおかげなんだろうな、と思う。だけど結局はそういう話でもある。感じられた苦しみも痛みも、時間と共に薄れて忘れて行く。その痛みが完全に抜けきるまで人が選べるのは痛みを忘れるか、それとも痛くないフリをする事か。


「きっと俺の反応が世間一般からすると過剰なんでしょうけど……それでも自分が奪った命、自分が殺したという事実、自分がエゴイズムを押し通してしまったという事をきっと覚えていないといけないんです」


 モンスターはモンスターで、人は人。それはそれ、これはこれ。それで物事を分けられたら物凄い楽なんだろう。だけどきっと、人の姿や人に近い行動を取るモンスターを見る度に、俺は人とモンスターの違いに苦しむと思うだろう。だからその度にそれはそれ、これはこれと自分に言い聞かせないとならない。


「それでも、事実と現実からは逃げちゃいけない……そう思いますから。頑張ってみようかと思います」


 リアは俺が苦しんでいる姿を見て、応援してるとか、頑張ってとかは絶対に言わなかった。ただ寄り添って、その上で自分が自分の為に出来る事を探した。俺はリアのその姿に思ってたよりも救われていた。あの娘は俺が思ってた以上に心が成長していた。他人を想える娘に成長していた。無責任な言葉を口にしないように、気を使える子になっていた。まだ若いのに、他人の痛みに寄り添おうとする子になれた。彼女のそんな姿が嬉しかったんだ。そして苦手な事に正面から向かおうとする姿に、俺も決して負けられないと思った。


 妹分には負けられない。姉として。それが俺の結論なのかもしれない。


 せめて、彼女にはカッコいい姉の背中を見せていたい。


 それを聞いてエドワードは腕を組んだまま、ふぅ、と深い溜息を吐いた。その上で手を伸ばして優しく俺の頭を撫でて来た―――思えば、この人は結構良く俺の頭を撫でてくる。親愛を込めるように、それを伝えるように。


「君は―――少し、背伸びしすぎていると僕は思う」


 エドワードは、寂しそうにそう言った。


「背伸びをしている子供の様で……まるで積み上げられた経験を元に言っているようにも感じる所がある。どことなく、言葉に実感があるとも思える。だけどね、僕たちからすれば君はまだまだ未来ある若い娘で、もう一人の娘みたいなものなんだ。最初は拾いものだと思った部分もあったけど……今では君も、立派なグランヴィル家の一員だ」


 だから、


「君がそうやって痛みと向き合おうとする姿、誇らしくも寂しく、そして悲しく思う。そういう事は本来、まだ君が知るべき事ではないし、向き合うべき事でもないんだ。君は少し、大人びているから僕もどこか君に頼ってしまっている部分があったのかもしれない……とはいえ、苦しいなら逃げて良いんだ。痛いのなら泣いても良いんだ。君はまだ子供なんだ。それがまだまだ許される年頃だから存分に逃げて欲しかったんだけど……」


 頭を横に振った。


「恰好悪い所は、リアに見せられません」


「なら僕が言える事は、好きにやっておいでってだけだ。我慢はしなくて良い。辛く感じたら逃げれば良い。ここは君の働く場所であるのと同時に、帰るべき場所だ。辛く感じたら何時だって逃げてきて良いんだ。それを、決して忘れないでね」


 苦しみと別離が出来た訳じゃない。死に対して答えが出た訳じゃない。殺すのは悪い事で、その事実から目を背ける事は出来ないんだろう。だけどまだ折れない以上はまだ進む事が出来る。何時かは向き合わなきゃいけない現実なら、覚悟をもって向き合える時に向き合わないとならない。


 それがこの、決して優しくはない世界で生きる方法なのだろう。俺はそれを漸く理解した。


 苦しみは、抱えて行くものだと。






 冒険者を続ける事にした俺は早朝の仕事をさっさと終わらせた。もう5年間やってきている事なので仕事の内容は暗記しているし、難しい事もない。片付け終わったら熊と馬を呼び出して街へと向かった―――最近熊と馬の間ではどうやら移動のバリエーションを増やす為に新入りを勧誘する動きがあるらしいが、お前ら何かおかしくない? とはよく思う。とはいえ便利な移動手段があるのは事実だし、そこら辺は不問にしておく。これからもこの龍王の旅を快適にしろよお前ら。え? 次は飛行系を仲間にする? そう……。


 野生生物のルールや生態は良く解らん。こいつらワータイガー以上に意味わからん。


 入口の衛兵と一緒に野生動物の概念を疑う時間を終えてから街中に入り、そこから迷わず寄り道する事もなくギルドへと向かう。昼も夜も金と仕事に飢えた者共が集うギルド内へと向かうと、何時も通りの冒険者や飲んだくれの姿の中に、素朴な格好―――つまり、ギルド内ではまず見る事のない村娘の姿がギルドで見られた。


「……アイラちゃん?」


「あ……エデンさん!」


 声をかけてみればやはり、アイラだった。先日村が賊に襲われたもののギルドによって救出されたという所の娘だ。やっぱり見れば見る程特徴の薄い娘だなあ、と思いながら歩いてカウンター前まで近づく。その向こう側では少し困った様子のウィローの姿があった。此方を見つけると少しだけ元気を取り戻す姿を見て、思わず苦笑を零してしまう。


「昨日の話と報酬の受け取りに来たけど……どうしたん?」


「私、その、是非ともギルドで働かせてほしい……と思いましてっ!」


 ぐ、っと拳を握りながらアイラがそう言う。その様子にあー、と声を零した。ギルドの冒険者に救われたから憧れてしまった、と。なんだが既知感のあるパターンだと思った。とはいえ、アイラが目指しているのは冒険者ではなく、ギルドのスタッフの方の様で、


「雑用でも何でもします……なので、どうか、働かせてください……!」


「と、いう様子が今朝から続いていてね。まあ、忙しい訳じゃないから別に邪魔になってはいないんだけど……解るよね?」


 周囲へと視線を向けてからウィローが同意を求める様な視線を俺へと向ける。俺は特殊ケースなのでこの荒くれ共は平気なので両手を持ち上げてさあ? というポーズを取る。


「俺はただの冒険者だしなぁ。そこら辺の人事権がギルドマスターにあるとして、ウィローはマスターにここら辺放り投げちゃえばいいんじゃないかな」


「その本人が今外出中だからね、判断を下せないんだよ」


「……と、いう訳だアイラちゃん。ギルドマスターが戻ってくるまでは大人しく待っていた方が良いよ」


「そう、なんですか? その、迷惑かけてしまってごめんなさい」


「いやいや、此方も職員が増える事には仕事が楽になるし文句はないよ。女性職員が増えるだけでも華やかになるだろうしね……さて、エデン。君の方は昨日の報告と受け取りかな? うん、一晩経過して顔色は良くなったみたいだね」


「その節はどーも。とりあえず受け取らない事には話は進まないので、宜しくお願いしやっす」


「うん。それじゃあとりあえず昨夜の報告、受けようか」


 ウィローの言葉に頷く。すると此方へと向かって床を滑って椅子がやって来た。視線をテーブルの方へと向ければサムズアップを向けてくる冒険者の姿が見えたので、軽く感謝するように手を振って椅子に座った。注意深く観察してみれば、周囲では聞き耳を立てている冒険者たちの姿が見える……どうやら昨日のワータイガーに関するアレコレを誰もが気にしているらしい。こういうの、別に個室でやる訳じゃないんだなぁ……なんて事を思いながら昨日の経験を説明し始めた。


 まずは昨日、街道の衛兵達とあった事、そこにワータイガーが襲撃を仕掛けて来たこと。


 そこから俺が追撃して森の中へと飛び込んで行った所。そしてそこまで話した所でストップをかけられた。


「昨日はさらっと流したけど……君、あの森に飛び込んだのかい? その格好と装備で?」


「そうだけど?」


「えぇ……」


 ウィローどころかギルド全体が引くような姿を見せたので、振り返りながら両手を広げた。


「おい! 美少女相手にその態度はないだろお前ら!」


「外見が美少女でも生態が怪物なら誰だって引くわ!」


「あそこ、奥に進めば進むほど毒虫と毒草の宝庫だぞ? そん中を突っ切ってきたんだろ? 何をどう足掻いても引くわ」


「頼まれても絶対に行きたくないぞ。絶対に赤字になるわ」


「えぇ……酷い……」


 まあ、確かに人間には割と辛い環境かなあ……なんて思ったりはしたが。それはそれとしてそこまで引かれるのはちょっと納得がいかない。俺だって立派に仕事を果たしたじゃん! なのに引く事はないだろ! 引く事は! まあ、俺もアイツら側だったらドン引きしてるだろうけど。


 とりあえずリアクションが収まったら話の続きをする。花畑の突破や、トレント集団突破の話をすると見ている側が頬を引き攣らせてくるのが見ていて面白かった。やっぱ人類には無茶なやり方だっただろうし、それを誘導してくるワータイガーも相当な難敵だったのだろう。やっぱアレ、値段に対して強すぎると思う。


 そこからは後は追いついて、戦って、後処理をして、帰ってきた話になる。そこも全部ウィローに話し終えると、その手元は話していた内容を報告書として纏めあげている最中だったのが見えている。話し終えた所でしばらく書き込み続けるとふぅ、という息と共にウィローが書き終えた。


「お疲れ様エデン。聞いている話、相当な難敵だったみたいだね。たぶん君以外が行くとなると相当面倒な準備と、ワータイガーを逃がさずに処理する事を考えなくちゃいけなかっただろうね……でもその場合は巣へと戻す事もなかっただろうし、巣にいる子供の処理も出来なかったかもしれない。そういう意味では今回の件、間違いなく大活躍だったよ。本当にお疲れ様」


「うっす」


 そこまで褒められるのもなんというか、複雑なものを感じるが。だがここでは命を奪って褒められる場所なのだから当然と言えば当然か。


 胸に軽いもやもやとした物を抱えながらも、とりあえず報告は終わっているし、提出も終わっている。


 残すは、


「さて、それじゃあ報酬の話をしようか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 踏ん切りがついたようで良かった。きっとこれからはもっと強くなれる。
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