表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
2章 青年期学費金策編
45/127

ワータイガー Ⅵ

 帰ってくる頃にはもう既に暗くなっていた。


「ただいま」


「おかえりエデン!」


 馬から降りて屋敷に近づくと、俺の帰りを直感的に察したリアが走って飛び込んでくる。両手を広げてリアを受け入れると、そのまま抱きついて一回転するようにリアを回した。笑い声を零しながら腕の中に小さく、柔らかく、そして軽い命の感触を感じて安堵する。ああ、生きている……そしてこの世で一番守りたい命でもある事を理解させられる。だがそれは同時に逃げだと思う。


 誰かの為に殺す事を正当化する―――それは単純に逃げだ。相手を言い訳にする事だ。


 だからリアを降ろして、笑顔で頭を撫でた。降ろされたリアはそんな俺の様子を見て、両手で頬を挟んできた。


「エデン、大丈夫? 顔色が悪いよ?」


 一瞬で自分の状態の悪さをリアは一目見ただけで察した。それほどに隠すの下手かなあ、と思いながら軽く苦笑を零した。俺が変な事に悩んでいる姿を、リアだけには絶対に知られたくはなかった。だからリアの頭をもう一度撫でたらその姿を持ち上げ、肩車する。角をハンドル代わりに握ってくる事にはいまだにモノ申したいが、まあ今は寛大な心で許そう。ちょっとだけふらふらしながら歩くと肩車しているリアが喜ぶんだが、これまだあと数年はやりそうだ。


 流石に15になったら卒業……してくれるよな? リアは年齢と比べてやや情緒が発達していない、というか幼い所がある。純粋培養な所があるのが原因だと思うが、それでもそれは家族に愛されて育ってきた事の証だ。あまり、世間の毒に濡れて穢れて欲しくはない部分だ。


 そんな事を考えながら屋敷中庭までやってくると、エドワードとエリシアが帰りを迎えてくれた。


「お帰りエデン」


「今日は初討伐だったでしょ? お疲れ様」


「もう全員にバレてるじゃないですかやだぁー!」


「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」


 激しく体を揺らすと妙な声が上の方から聞こえてくるものの、それを見てエドワードとエリシアは笑っていた。はあ、と溜息を吐きながらサムズアップをびしり、と浮かべた。結果は上々だ。その詳細を語る必要はないが、ちゃんと結果は出してきた。


「ちゃんと討伐してきましたよ―――ワータイガー。色々と処理や手続きがあるから賞金の受け取りは明日になっちゃいますけど。それでもちゃんと仕事は完了出来ました」


「おぉ、凄い。アレは後二週間もすればサンクデルが専任の討伐隊を編成する事を考えてた奴だよ。アレがソロで討伐できるなら“金属”は名乗れるレベルの実力だ」


 “金属”といってもピンキリなのだろうが、それでも“金属”クラスでアレと張り合えるのだと考えるとやっぱり“宝石”は別格なんだろうな、と思う。それこそ“宝石”クラン規模だと戦争を起こしたり単体で都市を落としたりするようなレベルになってくるらしい。“宝石”の中でも最上位の部類は単独で国を落とした事さえもあるらしいので、“金属”級の実力があるから一概に上位戦力に入れたとは言えないだろう。まあ、ここら辺は油断せずに自分の腕前を磨きたい。実際、強くなるための鍛錬や体を動かす事自体は好きで、楽しい。そこは才能に恵まれている。


「さ、晩御飯の準備はもうできてるからエデンちゃんもお腹空いてるでしょ? 早く食べに行きましょ」


「私もお腹ペコペコ」


 リアを肩から降ろすとリアが駆け足でダイニングの方へと向かって行く。エリシアは苦笑しながらリアの後を追うように歩き、そして俺とエドワードが取り残された。俺も、ゆっくりと歩いてダイニングへと向かおうと思ったが、エドワードがちょっといいかい、と声をかけてくる。


「食事の後、ちょっと話したいんだ。良いかな?」


 エドワードの言葉に頷いた。やはり勝手にリアの学費を稼ごうと思った事、怒っているのかな……。ちょっとだけエドワードと話す内容に戦々恐々としつつも、俺も今日一日は相当エネルギーを消費した事実がある。エリシアとアンの作る料理を学ばせて貰っているが、未だにその実力に追いつける気は一切しないレベルで美味しいんだ。今夜の献立は何かな、と楽しみにしつつ俺もエドワードと一緒にダイニングへと向かった。



《center》♦《/center》



 それから食事を終えて軽く落ち着いてから、エドワードに呼び出された。もう既に夜は更け始めており、リアは食事を終えた事でウトウトしだしていた。彼女を寝かしつける為にエリシアが離れた所で、エドワードに呼び出されて中庭のベンチに向かった。


 中庭のベンチにエドワードに並んで座り、空を見上げた。


 排気ガスも、工業化によるスモッグもない空―――そんな夜空は一切の穢れも曇りもなく澄んでいる。夜空には美しい星々が浮かび、俺の知らない星座を描いている。幾つかの星は方角を知るために学んでいる。コンパスという便利な道具があるのは事実だが、それはそれとしてコンパスの通じない地域もある。その為、基本的なレンジャー技能として星を見て自分の位置や方角を知るすべを学んでいた。それは現代の日本の生活では全くに役に立たない事であり、この世界では非常に重要な知識でもあった。


 日本では便利だったのにここでは一切使えない知識、ここでは重要だけど日本では全く使えない知識。結構増えたな、なんて事を夜空の星々を見上げながら思う。世の中に占星術なんてものがあって、天に浮かぶ星々から力を借りて行使する術まである。きっと、この夜空の様に綺麗に輝くんだろうな……なんて事を考える。


「あー、エデン」


「はい」


 エドワードがしばらく保っていた沈黙を破るように名前を呼んだ。それに対して俺もちょっと、恐れるように応えると、参ったなあと呟かれた。


「うーん、僕は別に君を叱るつもりなんてないんだ。だけどリアにこういう風に喋った事はないからね……ちょっとどういう風に話を切り出せば良いのか困ってるんだよね」


 苦笑するように言ったエドワードも、まだ親としては未熟なところがあるという事だろうか。考えてみればリアはかなり優しく、良い子だ。はしゃいで困らせる様な事はするが、悪い事は一切しない、そんな純粋な少女なのだ。そう考えるとリアでは中々叱ったり注意する経験が不足してしまうのかもしれないなあ……なんて、考えた。


「まあ、リアは良い子ですから」


「そうだね、リアはかなりの良い子。こう見えても僕は中央じゃ陰険眼鏡って呼ばれてたし、エリシアも剣鬼なんて呼ばれてたりしたんだけどね。僕たちの血を継いでよくもまあ、あんなに優しい子が生まれて来たなあ……なんて今更思っているよ。まあ、エデンを拾ってきた時点でやっぱり僕らの血を引いてるなあとは思ったけど」


「それ、どういう意味ですか??」


「ははは」


 昔の2人の話を聞いている限り、相当のトラブルメイカーだったことには間違いがないのだろう……本当に過去、何があったのか気になる。聞けば聞くほど相当破天荒な生活を送っていたようだし、地位も権力もそれなりにあったらしい。それを全て投げ捨ててこの辺境で零細貧乏貴族をやっているのだから人の軌跡というものは不思議だ。何時か、細かい話まで聞きたい所だ。


「さて、エデン」


「はい」


 エドワードは少し、困った様に頭を掻いてから再び口を開いた。


「―――冒険者、辞めないかい?」


「……」


 核心に近い言葉をいきなり突き刺してきたエドワードの言葉に、横に座って星空を見上げたまま固まった。なんて、言葉を口にしようか数秒程考えてから捻りだす。


「その、やっぱり迷惑に……?」


「いいや、そういう意味じゃないよ。解っているでしょ、エデン。冒険者みたいな荒っぽい職業、君には決して似合わないって」


 その言葉に口を閉ざした。エドワードの言っている事は事実だ。冒険者という職業に幻想を抱いていた部分はあるが、その内容も理解出来たし、予想していた。だが実際、自分のエゴイズムで命を奪ってみた感触は―――違った。殺す、命を奪う、可能性を閉ざす。そのダイレクトな感触が強く両手に伝わってきた。かっこつけていても事実は変わらない。生きようとした命、それを奪ったんだ。その重みが自分の想像以上に苦しかった。だからエドワードの言葉が正しい。冒険者は俺に合っていない。


「……そんなに顔に出てました?」


「表情は変わってないよ。それでも解るぐらいには君と接していたさ。だからもう一度言うよ。冒険者を辞めなさいエデン。君がこれ以上1人で出て行っても良い事は起きないだろう」


「……」


「意地悪とか、そういう意図は決してないんだ。僕は純粋に君を気にして言ってるんだ。学費の事だって気にする必要はないし、君の生活費が僕達から出ている事も気にする様な事じゃない。確かに、君は賢い。他の同世代の子達よりも多く考えて、多く見えている。だから君が金勘定の事を考えてしまうのもしょうがない話だと思う」


 だけどね、とエドワードは言葉を続ける。


「君は優しすぎるんだ。誰かを、何かを傷つけるには」


 優しすぎるのではない。俺が根本的にこの世界にとっては異邦人だからだ。俺は日本で育った。現代の日本人。武器を握る必要もなく、誰かを殺す必要もなく、動物の解体だって業者等で行うから命を奪う感触を一生味わう必要のない場所、環境で育ってきたから。だから俺に、命を奪うという事は全く馴染まない。それを理解しているし、基本的人権という言葉と概念が常に脳内に張り付いている。だから馴染めないのだ、この世界の根本的な法則に。


「本当は武器を持たない方が良いんだろう。だけど君には才能があって……君がそれを振るうには性根が優しすぎると知る頃には、教え過ぎた。才能もあった。だから辞め時を失ってずるずると君に強くなる方法を教え過ぎてしまった。完全に僕と彼女の失敗だった。君は、もっと普通の女の子としてリアと一緒にいるべきだったんだろうと思う」


「それは、違います」


 視線を地面へと落とし、ぽつりと呟く。


「鍛えるのは楽しいんです。強くなる実感も楽しいんです。少しずつ、前できなかった事を達成して行く事、自分がもっと上を目指せるという実感が本当に楽しかったんです。だからそこは本当に感謝しているんです」


 ―――でも。


「でも?」


「解らないんです。今日、ワータイガーを討伐してきました」


「うん」


「だけどワータイガーは子供たちの父親でした。巣まで追跡したら巣には死にかけの子供と、死んでいる母親の姿がありました。ワータイガーがアレほど人に執着していたのは栄養のある餌を求めての事だったんだって、見れば解ったんです」


「……」


「凄く、人間らしかったです。子供たちの為に内臓を零しながらも立ち上がったんですよ、アイツ。その上で死ぬって解ってて子供を守るために俺に立ち向かったんです。俺は傷1つもなくて、アイツは傷1つ付ける事出来なくて。どう足掻いても負けて死ぬって解ってるのに、子供を守るために必死に罠を張って、その上で正面から戦いを挑んで死んだんですよ」


 それを見てたら、解らなくなった。


「殺す、覚悟はしてるつもりでした。悪い奴でした。殺す事はいけない事だから……人を傷つけてはいけないから。人を、傷つける事は悪い事だから。だからあのワータイガーは間違いなく悪だったんです。邪悪だったんです。アイツは放置してりゃその内もっとたくさん被害を出していたに違いない、そういう奴だったんです」


 人を殺しちゃいけない。


 その考えが俺がブレスを吐くのを止め、龍殺しが……たぶん、俺を見過ごした理由なんだろう。あの時、今になって解る。あの龍殺しなら俺を真っ二つにできた。なのに跡が残る程度で斬り捨てたのは俺が誰も殺さず、殺そうとしなかったから。だからあの龍殺しは俺を見逃してくれたんだ。だからあのワータイガーは殺さなきゃいけなかったんだ。


「だけど悪だと思っていたワータイガーは子供を、家族を守るために必死なだけだったんです。その姿に人間とどれほどの違いがあるんですか? 人と獣の愛に差があるんですか? 家族を守ろうとするのは悪い事なんですか? 人も人を傷つけるし、獣は人を食らうし、獣も守るために人を殺す。なら……アレほどリアルな人間性を見せつけて来たワータイガーは、本当に悪だったんでしょうか? アイツは死ななきゃいけなかった。だけど殺した時の事を考えると―――」


 言葉が見つからない。


 覚悟とは往々にして薄っぺらいものだと理解出来てしまった。だけど本当に、殺して全部終わり! お金ゲット! それだけにしか思ってなかった。だけど見せつけられたものはなんだったんだ? アレがモンスター? 本当に? 第一俺みたいなやつがいるんだ、中身が人間のモンスターだっているかもしれないじゃないか。


「俺は―――俺は、何をしたんでしょう」


「……」


 エドワードは答えない。その代わりに、ゆっくりと頭を腕に抱くと、それを膝の上に降ろしてくる。そのままゆっくりと角を避けるように頭を撫でてくれる。それに目を瞑って受け入れる。昔、まだ子供だった頃。父親に頭を撫でられた事を思い出す。思えば、この人は家ではずっと父親として俺にも振舞っているような気がする。


「そうだね……難しい、問題だね」


 エドワードが呟く。


「命の奪い合いは……究極のエゴイズムだと言っても良い。奪う必要があるから奪う。それで究極的に結論が出来てしまう。僕もエリシアも、結局は優先順位を作ってそれに合わせて物事を処理しているんだ。だからとても簡単に命を奪えてしまう」


「優先順位……」


「うん……僕にとって一番重要なのは家族の安全と平和だ。だからその為であれば外敵に対して一切躊躇するつもりはない。エリシアもそうだ、だから僕も彼女も一切敵に慈悲をかけることも、情けをかける事もしない。僕たちはそういう意味ではかなり簡単に敵を殺せてしまう。きっと、相手にも相手なりの事情や背景があるんだろうけどね」


 だけど、と言葉を区切る。


「全ての物事はそれはそれ、これはこれ……そうとしか片付けるしかないんだ」


「……」


「結局のところ、辛いなら武器を置くしかないんだ。そしてエデン、君は僕が知る限り特にそういう適性を持たない子だよ。リア並に、ね。戦う才能だけなら見たことがない程あるだろうに、賢く、適性を持たないから誰よりも苦しむ。きっと君は武器を握らずに生きて行く方が似合っていると思うよ。だから僕が君に言える事は剣を置いて、学費の事は忘れなさい、ってだけなんだ。別に家宝を売った所でそこまで困る様な事じゃないんだ。君が気にする様な事じゃないさ」


 だが120万―――日本円換算で1200万円相当の家宝を売り払うというのは相当貴重なものを売るという事だ。


 それをポンと売り払う用意が出来ているのはきっと、前々からそういう風に計画していたって事なんだろう。だけどきっとそれはグランヴィルにとって、とても大事なものだろうと思う。思い出はいずれ色褪せて行くだろう。だが物は消えずに永遠に残っていく。それを失わせてはいけない、と思うのだ。だけどそれもまた俺のエゴイズムだ。


 果たして、そのエゴイズムは命を奪う程重いものなのか―――?


「さ、今夜は全部忘れてゆっくり眠りなさい。きっと疲れているだろう……ゆっくり眠って、ゆっくり考えて、ゆっくり結論を出すと良いよ。今は何も見えなくても君なら何時かは答えが出せるさ」


 エドワードの言葉を……今は受け入れる事にした。体に蓄積された疲れを取る為に、今はただ、休むことが必要だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] そこまで深く悩むか?とも思いましたが、人と獣双方とコミュニケーションができる者として、また最後の龍として、悩むべき問題なのですね。 向いてないのはそうですが、いつかは向き合わなければならな…
[一言] ダクファン味が濃くなってきた。がんばれエデンちゃん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ