ワータイガー
翌日。
前日はギルドで色々と忙しかったりして全くワータイガーの問題に取り掛かる事が出来なかった。まあ、それも事件が平和に解決したから良かったと言えるのだが。村の事件はさておき、俺がリアの学費を稼がないと物凄い申し訳ない気持ちになって中央に行く事は事実なので、さっさと金を稼ぐ必要があった。その為、朝からワータイガーの出現地域へ、つまりはトール街道へと向かう事にした。
今日は先日のアドバイスを聞き入れる事にしてホットパンツで出る事にした―――スカートじゃない、とリアが滅茶苦茶憤るのは正直どうにかして欲しい。添い寝するとそれで機嫌を直すのもどうかと思うが。ともあれ、今日こそはトール街道へ。そう思って廊下に出ると、
「エデン、賞金稼ぎは良いけどあまり無理しちゃ駄目だよ」
「ウィローの奴秒で報告しやがったな」
廊下で出待ちしていたエドワードにそんな小言を貰ってしまう。なので逆にエドワードに指を突き返した。
「ま、待っててくださいよ! リアの学費は俺が稼ぎますからね! マジで!」
「はっはっは、楽しみに待ってるよ」
「あー! それは絶対無理だって思ってる顔! 言いましたからね! 言いましたからねっ!!」
指をぶんぶんと振ってからふんっ、と声を放って屋敷を出る。今日も乗り物を召喚する為に遠くへと良く響く指笛を放てば、地平線の向こうからアニマルズが走ってくる。本日も馬と熊とでデッドヒートが繰り広げられたが、決め手は熊の妨害キックを完全に見切った馬が紙一重で回避しながらカウンターを決めた事だろう。
そんな馬に騎乗してトール街道へと向かう。
トール街道は中央へと繋がる街道の一つだ。そもそも辺境がかなり大きく広い土地なので複数の街道が存在しているのは当然の話だ。そしてトール街道はその内、主流の街道の一つになる。この周辺から中央へと向かう為には森を突っ切るか、迂回するしかない。だが森を迂回するルートを取ろうとすると旅程が数日延びてしまうだろう。だから森を切り拓き、その中央に通したのがトール街道だ。
トールという人物が主導で作った道なのでトール街道―――地球の神話にもそんな名前の神が出てくるが、それとはまったく関係がないのが地味に面白い。
ともあれ、そういう事で両脇を森に面した真っすぐな街道がトール街道という場所だ。ここら周辺の流通を担っている重要な街道であり、中央への経路である。その為ワータイガーというモンスターの出現はかなり迷惑な話になる。だからこその高額賞金首であり、素早い討伐が望まれている。
騎乗してから二時間ほどで漸く街道の入口にまでやって来れた。街から繋がる街道を北へと向かって移動して行くのでそこまで手間ではないが、重要度的に何時討伐されてもおかしくはない状況なのだ。早めに現地に到着して相手を探したい所だった。入口に到着した所で見えてくるのは両脇に広がる鬱蒼と茂る森の様子であり、その中央を突っ切る街道の姿だ。
魔導式の外灯が森の間を通る所だけ設置されており、ここを通るものは夜であっても外灯の灯りによって守られる為、浅い範囲であれば森の暗闇からの完全なる奇襲を防ぐ事が出来るようになっている。そして今手配モンスターが出現している事もあって入り口には領主から派遣されている衛兵の姿が数名あった。どれも見たことのない顔だ。たぶん別の街から派遣されている衛兵たちなんだろう。
俺が衛兵たちを見つけるように、向こうも俺を見つける。なので手を上げながら馬から降りて近づいて行く。
「ども」
声を上げて挨拶すると、笑みでの頷きが帰ってきた。
「やあ……君、1人かい? 流石にこの先は1人で行くのは危ない。用事があるなら迂回するかキャラバンで移動した方が良い。ここは今危険なモンスターが出没しているからね」
見た目だけなら少女。それも美少女。筋肉だってついているようには見えない。そりゃあ見かけたら忠告するのは当然か、と思いながら事前に用意していた言葉を浮かべる。
「あ、俺ギルドからワータイガーの討伐に来たもんなんで。見た目はこれですけど魔族なんで大丈夫ですよ」
「魔族か。それなら見た目にはよらないか」
「はい、これ懸賞金受け取れるように作ったばかりの奴ですけど」
バッグからカードを取り出して冒険者の身分を証明すると、不承不承という様子で衛兵が頭を頷かせた。そうすると数歩下がりながら他の仲間たちと軽く相談するように視線を合わせ、此方へと視線を戻してくる。その手の中には何か、玉の様な物が握られている。
「一応、だけどこれを君に渡しておくよ。これは信号用煙幕、それが街道内で上がれば一番近くの仲間が君を即座に助けに行くから」
「あざっす、貰っておきます」
煙幕を受け取り、それをバッグに突っ込む。まあ、心配はされているけど俺の鱗を突破できる程の強さはないと思うんだよな。根本的にこの鱗を突破するのに“金属”では不十分というか、生物としての格が足りない。だからワータイガーを相手に心配する様な事はない。これはたぶん、一方的な狩りになるだろうな、と思っている。
「良いかい? ワータイガーの奴は狡猾だ。奴は行動パターンを絶対に絞らせて来ないんだ」
「パターンを絞らせない? ギルドで確認した時は少数の時に出現するって事でしたけど」
「それは少し前までの話だね。最近はキャラバンで移動してても被害が出るようになったよ」
「マジっすか。ちょっと話、聞いても良いですか」
その言葉に衛兵は頷いた。話をしていない他の衛兵たちは街道の入り口をハルバードや剣、盾を手に警戒している様子だった。常にだれかしらがガードに入らないと駄目な状況になりつつあるのだろうか? 衛兵は此方に視線を合わせると話を続けてくる。
「あのワータイガーは異様に頭が良いんだ。最初ははぐれている人や少数の旅人を襲っていたんだ。だけど奴は段々と人を殺し、食うたびに知恵を付けて行った。そして最近ではキャラバンや集団の中で弱そうな奴を選別して殺すようになってきたんだ」
そう言うと衛兵は振り返り、森を指さす。
「ほら、あの森って木が大きく、葉も多いだろう? だから昼でもかなり中は暗いんだ。その為に外灯があるんだけど……ワータイガーの奴はその範囲外から潜んで獲物を狙い、視認できる範囲外から一気に奇襲してくるんだ。実は仲間が既に数人やられている」
「聞いてた話よりも面倒になってますね」
「だろう?」
振り返った衛兵は肩を振る。
「森のどこかに巣があるんだろうけど正直な話、大規模な討伐隊を組みでもしない限り見つかりそうもなくてね。あの森自体がモンスターの巣でもあるから探索しに踏み込むのも中々難しくて」
外灯がある範囲と街道だけなら安全確保は楽だ。だが森の中はモンスターの国だと言える様な環境になっているのだ、流石にそこで隠れる事を覚えた狡猾な賞金首を探すのは骨が折れるだろう。やるとしたら森を焼くか、大規模な討伐隊を編成して徹底してやるか……段々と冒険者で処理出来る範囲から逸脱してきている感じはする。
「ともかく、被害が出る度に少しずつ奴も成長しているみたいだ。君もそれが解ったら危ないから挑戦するのは止めた方が良い」
「と、言われましてもねー」
やれやれポーズを取ってしまう。お金は必要なのだ。そして俺は奴に勝てるだけの自信はある。少なくともエリシア以下ならまあ、何とかなるだろうと思う。未だに自分の中で最強ランキング最上位は龍殺しがランクインしているが、未だにアレに匹敵する威圧感とか気配を感じたことはない。そんなものを森からは感じないし、まあ、行けるだろの精神は構えている。それに俺が一人でほっつき歩いていれば確実に襲ってくるだろうなあ、とは思っているし。
俺、見た目だけならか弱いからな!
とはいえ、衛兵が物凄い真面目に此方を心配してくるのは、ちょっとこそばゆい。この人も職務に真面目に取り組んでいるんだろうなあ、と真剣に俺を説得する事を考えている姿を見て、
―――迷わず鎧を掴んで引っ張った。
「おぁ!?」
間抜けな声が衛兵の口から漏れるのと同時に、ほんのコンマ5秒前まで頭があった空間を、鋭い爪が振り抜いて行った。それはまさしく衛兵が説得しようと考えた瞬間、俺へと意識を集中させた瞬間、周りへの気配を察知できない意識の隙間に滑り込まれた一撃だった。狩猟者の一撃。神速とも言える一撃は赤い体毛に覆われた、巨木を思わせる様な剛腕から放たれたものだった。
だがこれで終わりじゃないな、というのは超直感的に捉えていた。だから衛兵を引っ張ったアクションをそのまま後ろへと向かって流す。衛兵を一回転させるように後ろへと放りながら目の前で発生する追撃を拳で迎撃する。呼吸する間もなく、魔力を練り込む時間がない。
だが純粋な筋力だけで剛腕ともやり合える。右手は衛兵を逃がす為に押し出して、だから左半身を前に出すように左手を上げ、防御するように左腕を盾にした。剛腕の衝撃を逃がす為に足元を固定し、体を破壊力が突き抜けて行く。
その衝撃に足元が砕け、パーカーのフードと裾が後ろへと向かってなびいて行く。だがその一撃、硬直を発生させるものによって漸く襲撃者の姿が視認出来た。
それは赤い、血の様に赤い色の毛皮を全身に纏った虎人間だった。虎人がケモ度2~3に対してこいつは4~5といった所だろう。虎人の様に服を着る事もなく、全身を惜しげもなく晒し、そして防具を必要としない強固な毛皮によって肉体を守られている。その瞳はぎろり、と視線だけで人を殺せそうな程に強く、鋭い。
だが攻撃は受け止めた。衛兵も守れた。均衡は一瞬。
深呼吸を差し込んだ。
取り込んだエーテルを魔力へと変換しながら踏み込む。左腕を押し込む様にワータイガーを押し出そうとし、その姿が後ろへと向かって跳躍した。右手の中に結晶大剣を生み出しながら追撃する為に此方も追う。
「ぐるるる……」
ワータイガーは奇襲が失敗すると察知するや否や、警戒しながらも反応する事に失敗した衛兵たちに一歩踏み込んだ。一瞬でターゲットを殺せる方へと向けたワータイガーの悪辣さに舌打ちしながら飛び込む様に衛兵の方へと向かって大地を蹴り、次の瞬間には自分の行動の失敗を悟った。
《《踏み込みはフェイント》》だ。
踏み込みは重く見せかけた軽いもので、その体は一瞬でバネが跳ね跳ぶように森へと向かって地面を滑った。失敗を悟った瞬間には滑空するように衛兵たちの前へと向かって飛び込むのをキャンセルする為に大剣を地面に突き刺して体を急静止させ、
その姿勢のまま二律背反・白を大量に結晶に纏わせた。
その時ワータイガーが大地へと一度着地し、その腕を大地に突っ込んで岩盤を引き抜く様にひっくり返した。壁が存在しないのであれば生み出せば良いと言わんばかりに生み出された大地のプレートを前に、
「大斬撃・白」
体はブレーキをかける為に浮いたまま、大地に大剣を突き刺した状態で体を回転するように捻って斬撃を放つ。
二律背反・白を利用した必殺斬撃。対多数用のリーチと範囲を広げた《《2つの必殺技の内の1つ》》。白を刀身に纏い、斬撃そのものを延長させるように空間を薙ぎ払い、浄化に特化した白の魔力で浄化、分解斬撃を放つ。魔力の性質上、斬撃と浄化の特性そのままに相手の防御力を無視するので物質が受けた時点で分解、切断される。その軌跡はさながら光る雪の粒子の様にさえ見えるだろう。
だが角度が悪い。
体を無理矢理止める為に地面に突き刺した動きが始動だった事、そしてワータイガーがご丁寧に遮蔽物を用意してくれた事実。それが必殺の瞬間を奪い去った。遮蔽物であるプレートを真っ二つに粉砕しながら着地するが、手ごたえが無さすぎる。完全に着地した状態で放てば殺せるだけの自信はあったのだが、プレートを両断した先に見えるのは森の奥へと去って行く赤い残像だけだった。
「ありゃあ警戒されたかな、俺……」
軽く舌打ちする。いきなりで会えたのはラッキーだったが、こんな風に逃げられるのはちょっと嫌な感じがするな。あのワータイガーが効率的な狩猟を学習する程賢い個体だというのなら今、俺が危険だと覚えた奴は絶対に俺の前には出てこようとしないだろう。
つまり今を逃せば限りなく狩り辛くなる。今なら森の中へと突っ込めば焦って逃げるワータイガーの足跡や痕跡を探して追跡できるだろうし、俺の感覚を頼りに追跡する事だって可能だ。このタイミングを逃せば恐らく次回なんてやってこない。
となると選択肢は一つしかない。
ワータイガー追跡戦、開始だ。




