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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
1章 王国幼少期編
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命の値段 Ⅷ

『―――良い、エデンちゃん? 戦いとはイニシアチブの奪い合いよ。有利を奪い合う。そして先に有効打を差し込んだ方が勝ち。国を焼く魔法も、全てを切り裂く剣も、敵を殺すのに強すぎるわ。必要なのはジャストで殺せる火力。十分な火力と致死性。それを見極めて差し込むの。それで戦いには勝利出来るわ』


 今更ながら、そんなエリシアの言葉を思い出した。


 戦闘とはどれだけイニシアチブを奪えるかというのに肝がある、と。素早く動いて先手を取る。相手の苦手な距離を維持する事。自分の強みを押し付ける事。それら全てがイニシアチブの取得動作―――つまり有利を得て行くという戦い方だ。自分にとっては有利な事、相手にとっては不利な事。これを押し付ける事で自分の方へと勝利の天秤を傾かせ、最終的に致命の攻撃を相手に差し込む事が戦い方の定石である、と。


 だから戦いはまず最初にどういう流れで勝利するのか、というのを構築する所から始まる。これに関しては既に対亜竜用に事前相談してある。今回はそれを対モンスター用に運用するだけという話だ。


 先ほどのやり取りで俺の肉体が異様に堅い事を理解したモンスターたちは陣形を取る。先頭でコボルドが盾を構え、後続への攻撃をガードする姿勢を見せる。その背後にオーガが控え、左右にハンターウルフが構える。攻撃に対してコボルドが対処しつつ中央突破する陣形だろう。恐らくは俺という邪魔ものを押しのけて接近する為の陣形だ。実際、厄介なのはエドワードの方で認識は正しい。


 とはいえ、此方もやる事は既に決定している為、動きは素早く作る。


 魔力を込めた拳を全力で掲げてから―――地面に向かって叩き下ろす。全力の拳が岩盤を破壊し、破壊された大地を巻き上げながら魔力の付与が行われる。即ち白と黒、二律背反の魔力が暴れるように巻き上げた土砂の浸食を開始する。それを事前に発生すると解っていたエドワードが風の魔法を素早く数種類発動させる。


 エドワードは魔導の天才だ。魔力のコントロール、制御、そして融合までやってのける。複数の紙式魔法を同時にコントロールしたり、既に発動させた魔法に別の魔法を組み込んだり合流させる事で魔法の規模や破壊力、種類をその場で変更するという異形の技術を備えている。


 だから当然、俺の魔力を巻き込んで魔法発動なんて事も出来る。


「合体魔法!」


「クリスタルガスト!」


「エドワード様これ言う必要ありました!?」


「カッコいいでしょ?」


 そんなやり取りをしながら結晶風がモンスターたちを襲う。コボルドが盾で防ぐが、風の勢いそのものは殺せない。モンスターたちの全身を軽く刻むも致命傷はない。だがそれで良い。既に目的は果たした。後は時間を稼ぐのみ。


 コボルドを筆頭にモンスターたちが三方から同時に攻め込んでくる。対処する為に前へと飛び出す。


「コボルドを宜しく」


「拝承しましたっ!」


 拳に魔力を込めて正面からコボルドへと殴りかかる。人外としか表現できない膂力から放たれる一撃は人体を容易く破壊するだけの威力がある。だがそれを正面から受ける様な愚をコボルドは犯さない。盾で攻撃を受ける瞬間にずらし、そのままカウンターで勢いを乗せてメイスを首に叩き込んでくる。ごーん、と響く衝撃に軽く頭が揺れるのを感じるが今度は殴られることを覚悟していただけに体を浮かされる様な事はない。


「ふんっ!」


「何だこいつは……」


 下がらない。コボルドだけを押し込む様に拳を連続で放つ。一撃、二撃、とコボルドが拳を盾でカバーし、その間に横をオーガが駆け抜けて行った。その姿が抜ける前に肘を軽く叩きこむが、当然のようにダメージはなく、その隙を突いてコボルドのメイスが顔面に叩き込まれる。


「ごぶっ……ぺっぺっ! ちょっと口に入っちゃった」


 顔面にメイスを喰らって大きくよろめきながらも口の中に入った鉄の感触を吐き出す。それをメイスを振るったコボルドが驚愕の表情で見ていた。一歩下がって拳を構え直しながらコボルドの盾への浸透率を頭の中で計算しながらコボルドを確認する。相手は警戒するように盾を前に出した。既に後ろの連携してエドワードを崩そうとする連中とは合流する気をなくしていた様だ。


「お前は……お前は何だ? 一見魔族の様に見えるが、その存在強度は異質だ。まるで次元の違う存在を殴っているような感覚だ」


「さあ、なんだろうなっ!」


 話の途中で殴りかかる。それをコボルドは盾で受け止めようとして、


「なっ―――」


 ―――盾が砕け散る。


 盾の強度を考えれば砕ける様な事はまずありえないだろう。だが数度拳を逸らした事によって魔力が蓄積し、それに浸食されて強度と材質が変質していた。それによって衝撃を受けた盾は容易く砕け散ってしまう。それによってフリーになった拳をストレートにコボルドへと叩き込む。盾を構えていた腕へと一撃叩き込み、その破壊力で腕を弾く。破壊、折る程の結果を生み出さないのは俺が傷つけることを躊躇っているのか、或いは想像以上にモンスターという存在の強度が高いのか。


 どちらにせよ、攻撃手段は殴る、魔力を込める。それだけだ。


 だから厄介な敵をエドワードへと通さない事だけを意識して拳を振るう。


「チッ!」


 露骨に舌打ちしながらメイスと片手でコボルドがこっちの連撃を全て捌き切る。そこからは明確に訓練された軍人の様な技量が見えた。エリシアの様に何度も何度も繰り返し体に馴染ませた動き。効率化を重ねて最短で最大の結果を出すように計算された動きはまだ1年しか戦闘訓練を受けていない俺では絶対に届く事の出来ない高みだ。


 事実、コボルドの防御に対して一切の隙を見いだせていない。それどころか防御の合間にコボルドのカウンターが飛んでくる。此方が付き出す拳を最低限の動作で回避しながら片手で弾き、脳震盪を狙うように顎や頭にメイスが飛んでくる。それを回避しようとすればコボルドの脚が動いて此方の脚を引き、体勢を崩してくる。


 落下する所にメイスが振り下ろされ、地面とメイスのサンドイッチを叩き込まれる。


 だがダメージはない。脳も揺れない。生物としての構造がまるで違う。その程度では鱗一枚傷つける事が出来ない。ぼろぼろになって行くのはロゼに借りた服装だけで、それ以外はまるでダメージを喰らう様子もなく、地面に倒されて追撃を喰らった所で素早く転がって、地面をたたいて飛び起きる事で復帰するも、起き上がった此方を見るコボルドの視線に迷いはない。


 完全に俺を抑え込む算段だった。実際、その判断は正しいかもしれない。


 結局のところ、エドワードも人間だ―――体力には限度がある。


 三対一という構図はエドワードが高速で複数の魔法を展開して敵を抑え込めても、体力を大いに消耗する行動だ。そのまま戦闘を続行すれば遠くない未来に潰されるだろう。それを解っているからこそコボルドは焦りはしない。


 ゆっくりと着実に、確実に潰せるように手を打とうとして踏み出し、


 ぴきり、と音が鳴った。


「なんだ、これは」


 コボルドの動きが停止した。その視線は己の腕とメイスへと向けられ、その表皮に黒い結晶が生えているのが見えていた。黒い結晶はパキパキと音を立てながら少しずつコボルドの腕を侵食して行く。それが見えた瞬間が勝機だと判断し、一気に飛び出す。言葉もなく加速し手を前に伸ばす。それが即死手段であると悟ったコボルドが大きく飛びのき、下がった。


 それを見て足を止め、振り返った。


 これで何をするのか、コボルドは一瞬で理解した。


「その小娘から離れろォ―――!!」


「もう遅い」


 背面から聞こえてくるパキパキ、ぴきり、という音を無視してエドワードを襲撃する三頭へと向かった。両面に展開したハンターウルフが居場所を入れ替えながらエドワードを牽制し、その影を利用しながらオーガが斧を本命打としてエドワードに叩き込もうとする動きは体力と精神、その二つを削りながら追い詰めて行く戦い方だ。それをエドワードは純粋な格闘能力と高速で発動させた妨害用の魔法、足元を転ばせる段差の生成や風のクッション、木の根による妨害を組み合わせる事で相手の進路をふさぎ、行動を中断させ、そして魔法の合間に掌によるカウンターを叩き込む事で体力を温存しつつ時間を稼いでいる。


 そう、時間を稼いでいる。


 俺達に本命を叩き込む必要はない。


 最初に魔法を放った時点で勝利は確定している。後は時間を稼ぐだけだ。


 そしてコボルドが声を放ってももう遅い。オーガがギリギリ振り返るが、それよりも早い、身体能力任せの跳躍突進でオーガの背面から頭を両手で掴んだ。


「お前ッ」


「これで処女喪失かぁ……酷いもんだ」


 そんな言葉を吐きながら魔力をオーガの頭に込めた。放出は出来ないから出来るのは魔力の付与だけ。だけど俺の魔力は特別性だ。浄化と蝕みの二種類。コントロールも出来ないから注ぎ込んだ瞬間からその効力が発揮される。既にオーガはその種を最初の風に乗せて受けていた。本人が気づかない間に死の種は体内で成長を続けている。


 それを頭に流し込む魔力をトリガーにして一気に連鎖発動させる。


 魔力を流し込んだ直後、肘を叩き込まれて引きはがされ、体が落下する前に回し蹴りを喰らって吹き飛ばされた体が岩盤に叩きつけられる。だがその直後からオーガの体が震える。


「お、ぉ、ぉ、ぉぉ……」


 苦しむ様に声を放ち、体を震わせながら動きが硬直し始める。


 腹から黒い結晶が生える。


 それが全身を覆い始め、肉体や内臓、骨という部位を全部結晶へと変換して行く。最後まで声を震わせながらオーガの肉体全てが結晶化し、最後には砕け散って塵になる。


「クソ、なんて奴だ……ぐっ、お前ら、逃げ……報告をっ……」


 オーガに続いて、戦闘中に何度も接触していたコボルドが全身結晶化した。


 それをエドワードの両面に展開した狼共が言葉を失うように眺め、素早く距離をあけるように離れた。


「ふぅ、さて、僕はあんまり戦ったり殺したりするのに積極的じゃないからね……君たちが何者で、何故ここにいるのか。それを話してくれるなら君たちに既に付与されているエデンの魔力、解除してあげても良いけど?」


「冗談を言うな。吐かせた後で領主に突き出すつもりだろう。結局は死ぬ時期が違うだけだ」


「なら他に選択肢はないな」


 狼たちが警戒を解かずに視線を俺とエドワードへと向ける。絶対に突破するという殺意を感じさせる迷いのない視線だ。それを受けてエドワードは頭を横に振った。


「逃げる算段を付けるか……しょうがないなぁ」


 エドワードの魔法が発動し、この坑道へと通じる入口が風の壁によって封鎖された。それは一瞬でモンスターたちの逃亡を塞ぐものであり、それを理解していた狼たちは一瞬で接近してくる。


 俺へと向かって。


 既に連中の牙は俺には通じないと判明している筈だ。なのに狼たちはエドワードではなく迷う事無く俺に食らいついてくる。早すぎる狼の動きに対応する事が出来ずに首と腕に噛みつかれるも、その状態から魔力を一気に流し込む。口先から黒く変色して行く肉体を狼たちは眺めながらも、身じろぎせず―――そのまま、結晶化するのを認めるように動きなく、最後に砕け散った。


 ぱりん、と音を立ててモンスターたちの残骸が坑道の床に転がる。それを見て、エドワードが頭を横に振った。


「情報を漏らさない事を優先して死ぬ事を選んだか……動き込みで間違いなくどこぞのプロフェッショナルだったとしか思えないなあ、これ」


「滅茶苦茶、怖かったですね」


 かなり必死だったから細かい事までは考えられなかった。だがオーガもコボルドもハンターウルフも、モンスターとは思えない気迫と知性の高さを見せた。コボルドは動きの一つ一つが確実に詰めて殺すという堅実なスタイルだったし、オーガも味方を信じて戦っていた。ハンターウルフも逃げ道も助かる道もないと解った瞬間自殺する事を選んだ。あまりにも強く、そして早い判断だ。


 と、そこで暖かい感触を頬に感じた。埋没していた意識を引き戻すと、正面には膝を折って視線を合わせてくれるエドワードの姿があった。両手で頬を包み込み、人肌の暖かさを教えてくれる。


「大丈夫かい、エデン? 生き物を殺すのはこれが初めてだろう」


 殺した。人だったものを。それをあまり意識していなかった。必死だったのもあったが、必要な事でもあった。でも俺が頑張らなきゃエドワードが死ぬ可能性だってあったのだ。その事を考えたら怖い、なんて言ってはいられない。


「思ってたよりも衝撃は、薄かったですよ。恨み事とかなかったし、なんか人の姿していなかったですし……」


 人じゃなくてモンスター、そう思えば罪悪感は少し薄れた。


「本当にキツかったら僕に言うんだよ? 僕だけで何とかできるし」


 きっとそれは嘘だ。亜竜だけだったらどうにかできたかもしれない。だけどそこに人の知性と理性を持ち、連携を取る人よりも優れた身体能力を持つモンスター達が襲い掛かってきたら……流石のエドワードでも、対応しきれないだろう。他の誰でもない、俺がエドワードを守らないとならないんだ。この人をちゃんと家に帰してあげないとならない。


 それが今の自分の役割だ。だから大丈夫だと頭を横に振る。


「行きましょう、やりましょう。俺は強いので」


 えっへん、とコミカルに胸を張ると、エドワードが頭を撫でて来た。


「そっか……じゃあ、頼らせて貰うよ」


「どうぞどうぞ、最強なので人類程度には負けませんから」


 エドワードの様な優しい人は絶対に無事に家に帰さなきゃならない。だから怖くない。辛くない。大丈夫、俺はやれる。


 でも……夢には見そうな気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読むとサブタイトルの『命の値段』って正にこれしかないって感じ。 モンスターとはいえ初めて生命を奪ったエデン、気丈に振る舞うも「夢には見そう」とちょっと弱気。エドワードが察して心配して…
[良い点] 安易な無双では無く、リアルな戦闘シーンが描かれている所が素晴らしいです。 [一言] 生まれて初めての殺人。 でも、これが最後の訳がないんですよねえ、哀しいことに……。
[一言] 魔物トリオは何しに来たんだろ……
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