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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
1章 王国幼少期編
26/127

命の値段 Ⅶ

 2日目。


 アンデッドホースに乗って更に山へと向けて走る事数時間。既に山の姿を視界にとらえる事が出来ている。道も資源を運び出す為に何度も馬車と馬によって均された形跡があり、大分走りやすくなってきた。そのお蔭で馬の揺れも収まり、移動速度が上がる。忘れちゃならないが、この馬という移動手段はこの世界において最もメジャーな手段なのだ。これが出来なきゃどこにも行けないと認識した方が良いレベルで。だから馬の上で酔う様な事がなくて良かったと正直、思っている。酔うタイプは相当ひどく酔うらしいし。


 そんな事を考えながら進む道の途中、手綱を握っているエドワードが少しずつアンデッドホースを減速させ始める。まだ山までは数キロ程の距離がある場所で立ち止まる事に首を傾げる。


「あれ、エドワード様? 山はまだですよ」


「少し待ってて」


 そう言うとエドワードが馬から降りて、しゃがんで道を確かめ始める。何度も何度も車輪の通った後が残された、そんな道だが……俺とは違うものがエドワードには見えたらしい。軽く地面を触ってから立ち上がり、腕を組んだ。


「この感じだと1,2時間ぐらい前かな? まだ間に合うかな……」


「エドワード様?」


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと轍の跡が新しくてね……たぶん今朝、僕たちが来る前に誰か馬車を使ってこっちに来てるよ」


 そう言ってエドワードは馬の上へと戻ってくる。だがエドワードの言う事に俺は首を傾げてしまった。確か領主はエドワードに討伐を依頼したし、あの太った領主が欲を掻いて亜竜のいる鉱山に作業員を送り込むとも思えない。となると、必然的にこのタイミングでやってくるのは、


「盗みですか?」


「かな? どちらにしても戦闘準備は忘れずにね。こういう連中は平気な顔をして殺しをするから」


「……はい」


 人が死ぬのを見るのはエリシアが捨て犬共を皆殺しにしてからは一度もない。だが今回もまた、領主が手を付けられない時に来た捨て犬共なのだろうか? それにしてはタイミングが良すぎる様にも感じられる。エドワードもきっと、そこら辺は疑問を覚えているのだろうが、確証を得ていないから口にできてない。俺も胸に妙な胸騒ぎとでもいうべきものを感じながら大人しく馬に掴まっている事しかできない。


 今度は、エドワードが人を殺すのか……?


 そんな事を考えながらもアンデッドホースは脚を緩めることなく走り続けた。


 どんどんと近づいてくる山の姿、そして整備されてくる道路。看板などがついには見えるようになり、目的地が大分近い事を示してくる。






 そして山の麓に到着すると、馬車が一台停めてあるのが見えた。その横にアンデッドホースを付け、降りながら馬車を確認する。同じように降りたエドワードも馬車を確認する。確認したところ、ウチで保有している馬車よりも大きく、そして荷台部分は大きな荷物が載せられるようになっている。後は荷台が隠せるようになっている事か。何かを運び出す気満々という感じだ。


「これは黒ですね……」


「うーん、そうだけどなんだろう、これ……」


 エドワードが馬車を少し離れた場所から確認するように眺めている。


「エドワード様、何か疑問が?」


「いや、ほら、見てよ」


 エドワードが馬車の正面を示す―――そこには存在する筈の馬がいない。


「馬車なのに馬がいないんだ。おかしいだろう?」


「あ、ほんとだ」


「という事は馬以外の労働力を利用しているという事なんだろうけど、透明な生物を使っている訳でもないって事は何か別の生き物を使っている筈なんだけど……さっき、道にはちゃんと蹄の跡があったしなあ。おかしいな、何だろうこの違和感は」


 腕を組みながら考え込む様にエドワードが目を閉じた。ただ、それを長く続けているだけの時間はない。


「エドワード様、早くしないと捨て犬たちが盗掘しちゃいますよ」


「あぁ、そうだったね。確かに今はそっちのが大事か。それじゃあ足跡でも探して―――」


 そこから捨て犬たちを追おう。そう口にしようとしたエドワードの言葉は次の瞬間、山の内側から響く咆哮によって掻き消された。俺にとっては心地よくさえ感じる空気が震える様な感触。それはどことない懐かしさを感じさせるもので、自然と視界はこの先、山の方へ正面―――内側へと続く坑道へと向けられた。


「急ごうか」


「はい」


 短く返答して走り出す。


 一般的に魔術師、魔法使いは貧弱というイメージが強いが、エドワードはそんな事はなく、ちゃんと体を鍛えてある所謂細マッチョタイプだ。その為、普通に走る事も出来るし、体力だってある。その為、並走出来るかどうかを一切心配する必要もなく坑道へと飛び込む事が出来た。


 坑道に飛び込んでまずは外からの光が遮断され、広くくり抜かれた広場へと入る。恐らくはエーテルを燃料として光り続けるランプなのだろう、それを壁に設置する事で坑道内部に光を与えていた。奥へと向かう道は複数。トロッコのレールが続く道を順番にエドワードが見極め、


「こっちに魔力の残滓が続いているね」


「解るんですか?」


「訓練する必要はあるけどね。エデンにはちょっと難しいかなぁ……」


「でも、俺にちょっと難しいって言う時って大抵絶望的なときだって察してますよ」


「じゃあストレートに才能がないって言っておくね」


「うん……」


 察してた。やっぱ才能ないねんな……。その分フィジカルを鍛えるからええわ!


 そこら辺はもう開き直っているところが強い。だから気にしてない―――気にしてなんかいない。


 そう自分に言い聞かせながらエドワードの後を追いかけるように前へと向かって進む。坑道は外と比べると薄暗いが、それでも魔光のランプのおかげで視界の確保が出来ている。そして選んだ道を進んで行けば、自分の感覚でも人と獣の気配を感じられた。これで道はあっている、そう判断して更に走るペースを上げれば、


 坑道が広がった。中継点の様な場所へと出る。


 そこには大小、複数のローブ姿の者どもがいた。エドワードと共に坑道に飛び出すと、ローブの者達が振り返り、此方に気づく。


「ち……侵入者か。領主め、聞いていた話よりも対応が早いな」


「おぉっと、不法侵入である事を隠そうともしないか」


「やるだけ時間の無駄だろうからな」


 リーダー格の男がそう言うと、その背後、坑道の奥からもう一度亜竜の咆哮が轟いた。どうやらこの男達、坑道の奥の方で亜竜とやり合っているらしい。なら別に止める必要もないのか? と一瞬だけ考え、その考えを否定する。犯罪は犯罪だ。戒めるものを戒めないと人はどんどん堕落して道を踏み外してしまう。こういう連中はそこに際限がないのだ、止めなきゃならない。


「……所でエドワード様、実は飛び出さず隠れて奇襲した方が良かったのでは」


「うん、でもエデン飛び出しちゃったし」


 横から突き刺さるジト目にやや俯きながら答える。


「……ご、ごめんなさい」


「次回からは気を付けようね」


 あ、焦り過ぎた。そう心の中で密かに反省しつつ、心は前よりも軽く、明るくなっていた。亜竜の咆哮を聞いたからだろうか? 懐かしさとは別にどことなく勇気が心の内に芽生えるのを感じていた。とはいえ、それに振り回されてはならない。自分の気持ちを抑え、拳を握って構える。相手は全部で4人。咆哮からすると更に奥にもっといるように感じる。少なくとも自分の知覚にはこの倍近い数が奥にいるように感じられる。


 故に俺とエドワードの2人でまずはこの4人を相手にしなくてはならないのだが、エドワードがあのエリシア並みの実力だと考えれば、難しくなさそうだと考えた所で、


「お前らが、ここで引き返すってなら地獄を見ずに済むが?」


「君たちこそ、ここへの不法侵入は死罪だよ。まだ何もしてないなら助かる道もあると思うけど?」


 警告を送る男に対してエドワードが警告を返し、ローブのリーダーが頭を横に振った。


「愚か者共め……予定にない戦闘だが、消すぞ」


 男がその言葉と共にローブを脱いだ。そこにあったのは男の体で―――ぼこり、と音を立ててグロテスクな変形が始まった。


「―――は?」


 思わず目の前で繰り広げられる光景にそんな声が漏れた。何せ目の前では人間がぼこぼこと音を立てながら形を変えて行くのだから、当然だ。2メートルにも満たなかった男の体は音を立てて赤く皮膚が変色し、服を突き破りながら巨大化して2メートル半ほどの巨体にまで成長する。角を二本頭から生やし、丸太の様に太い両腕、そして口から覗く牙は明らかに人のそれではない。


 だが変化は男1人ではなく、その背後でリーダーの合図を待っていた他の連中にも発生していた。リーダー同様にぼこぼこと肉体が音を立てながらグロテスクな変形を見せる。その異様過ぎる光景に俺だけではなく、エドワードさえも言葉を失って眺める事しかできなかった。


 1人が全身から毛を生やし、背骨が曲がるようにやや前傾姿勢になりながら顔は犬の物へと変貌し、全身から蒼い毛を生やし始める。手は鋭い爪を生やし、足は獣のそれになった。残りの2人は両腕を地面につけ、骨格そのものが人ではなく犬の様なものへと変化し、気づけば全身から毛を生やして黒い狼へと姿を変貌させている。


 そうだ、全員変形、或いは変態していた。


 人からそれ以外の生物に。明らかに摂理を無視した様な、そんな冒涜的な変化が目の前で発生した。エドワードはその景色を前に、頭を横に振った。


「オーガ、コボルド、ハンターウルフ……ありえない、まさか理性を残したままなのか」


 エドワードが口にするのはどれもモンスターの名前だ。確認するように1人1人確認し、理性がある表情と動きをしているのを見て否定するように頭を横にもう一度振った。だがにんまり、とオーガの男が笑みを浮かべた。


「博識だな? だが深く考える必要はない、どうせここで死ぬのだからな」


 そう言ってオーガがローブの中から到底隠し切れない筈の大きさはある―――それこそ俺よりも大きな半月斧を引き抜いた。同じように格納空間でも設置されているのだろうか、自分の落ちているローブから盾とメイスをコボルドが引き抜く。それを合図に、俺はエドワードの数歩前へと移動し、エリシアにならったように半身を前にする様に構えた。


「エドワード様、どうします?」


「……いや、すまない。少し動揺してしまった。だけどもう大丈―――」


 視線をエドワードへと向けた瞬間、横から斧が顔面に衝突して体がふっ飛ばされた。


 戦いに開始のゴングなんてものはない。戦う、そうきめた瞬間がスタートである事をすっかり忘れていた。会話を待つ筈もなく、オーガは容赦なく半月斧を俺に叩き込んできた。弾丸のように吹き飛ばされた体が坑道の壁に衝突し、肺から息を叩き出されながら深呼吸をした。


「痛いぞ此畜生……!」


「……死なない?」


 斧を振り抜いた状態のオーガが驚いたような表情を浮かべるが、振り抜いた状態で停止したままだったのが悪かった。足元の地面が隆起し、それが天井へと伸びてオーガを天井と床で挟み込んで圧殺する。そうやって隆起した大地を迂回するようにハンターウルフが飛び込んでくる。その動きをカットする為に吹き飛ばされた壁から一気に加速して接近し、噛みつかんとする姿に両腕を差し出し、


 噛ませる。


 鋭く尖った人を噛み千切る牙が服の下に隠れた両腕に食い込―――まない。肌に牙が僅かに沈んでも、押したら沈む程度の進みでしかない。それ以降はまるで鋼鉄に噛みついているような感覚と共にハンターウルフの牙が完全停止する。


 その姿を吹き飛ばすように全身に魔力を漲らせ、シンプルに拳に込める。察知したウルフ共が即座に腕を離して距離をあけ、盾を構えたコボルドの背面へと一瞬で避難する。


 ウルフを追撃する筈だった風の刃はコボルドに防がれ、隆起した大地が内側から粉砕される。内側から多少汚れてはいるものの、傷の浅いオーガの姿が出現する。首を二度、回すようにこきこきと音を鳴らすと残された大地を裏拳で粉砕してくる。


 その姿を確認しつつエドワードと共に数歩後ろへと下がる。もう相手から視線を外す様な事はしない。相手を殺す殺さないとか、そういう事を考える余裕もない。此方が殺す気でやらなければその瞬間に殺してくるような相手だ。


「エドワード様?」


「コンビネーションプランAで行くよエデン」


「了解です」


 だが俺達だって馬鹿じゃない―――ちゃんと、一緒に戦う事前提の戦術だって考えてきている。故に、正面を見据え、武器を構え直し、隊列を組んでくる相手の姿を確認し、もう一度拳を構えた。これが初の実戦になる。想定とは全く違うシチュエーションだが、


 ……少しだけ、興奮してた。

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