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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
1章 王国幼少期編
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グランヴィル家の日常 Ⅸ

 ゆらりゆらり馬車に揺られながら来た道を帰って行く。


 また御者台の上で景色をぼーっと眺めながら帰り道を進む。来るときは街の事でわくわくしていたが、今は神々と龍の関係についてずっと頭を悩ませていた。神殿で降りたオラクル、その内容を考えている。ソフィーヤの言葉がずっと頭の中に残って消えなかった。ソフィーヤは愛していると言った。人理の神が、だ。そして俺に生きていて欲しいと願った。そんな願いがなくても俺は生きるつもりだった。だけど神様にそう言われるのは……何か、おかしい。


 龍族とは、一体なんなのか?


 それが俺には解らなかった。


「……」


 謎が増えたと思う。ソフィーヤと龍の関係、そして彼女が向けた俺への慕情。そこに関係性が今はまだ、見いだせなかった。だから困惑しているし、自分の身の振り方を考えられなかった。とりあえずはここで、グランヴィル家の従者として生きて行く事に俺は一切の疑問を持っていない。正直ここで生きて行けるのは幸運だし、これ以上ない幸せな環境だと思っている。だからそれに否はない。


 だけど本当にそれだけでいいのだろうか?


 他に、やるべき事があるんじゃないだろうか?


 そういう疑問がずっと頭の中でぐるぐると巡っていた。神が俺を敵視しないおかげで、俺が自分から龍だってばらさない限りは見つかる事もないだろうというのは良く解った。だから恐ろしいのは龍殺し達と聖国の人達だけだ。だから俺の命はそこまで脅かされていないものだって解る。だけど……だけどそれだけ良いのだろうか?


 そんな事を考えていると、


「第三の魔法の話をしようか」


「……?」


「まあ、聞いていてよエデン」


 御者台、横からエドワードが言葉を挟み込んできた。


「第三の魔法、それは先天術式、或いは先天魔法。地域や場所によって加護や祝福なんて呼ばれ方もするね。これは生まれた時点で最初から保有している術式で、君の体を巡る遺伝子、或いは魂に術式が保存されている術式なんだ。だから事前の準備は必要ないし、コストか道具が必要な場合は道具さえあればそれだけで成立する、ある意味紙式よりも便利で発動が楽な魔法になるよ」


 いきなりどうした。そう思ったが、講義内容は有意義なので耳を傾ける。


「いいかい? この先天術式ってのはまずは模倣がほぼ不可能なんだ。遺伝子や魂に刻まれた魔法をどうやってコピーするんだい? そこまで見通す目があれば話は別だが……それにしても書き出すとなれば数万というページを必要とするだろうね。人間にそれだけの規模の術式を処理する脳味噌はないんだ。だから先天術式のコピーは不可能で、これは遺伝するんだ」


 コピー不可能の魔法というのは汎用性がないという事だ。誰もが使えないのなら魔法としての価値は個人にしかなく、強さ以上の価値がないからだ。


「そうなんだ、先天性の術式は親から子へと遺伝されやすく、強く、珍しく、そして特徴的な物ほど希少な血族とかによって保存されて行く。そして受け継がれて行くんだ。解るかな、エデン? 君にも先天性の術式が刻まれている事を」


 エドワードの言葉に頷く。そこはなんとなく理解していた。


「強力な術式程重ねられてきた年月の違いが出るんだ。そしてそれは一目見れば解る。エデン、君の魔力、それ自体が1つの古い歴史のある魔法なんだよ。君が纏う魔力は……そう、とてもとても古い、それも古代から続く息吹のようなものを感じられるのさ。歴史に詳しく、そして叡智を求める僕ら叡智の神の信徒か、魔導を極めんとする魔導の神の信徒にしか解らない事だろうけどね」


 受け継がれてきたものがこの体には流れている。それはきっと龍という種族が残した最後の宝物なのかもしれない。既にこの世を去った龍という一族、種族、その最終である自分にだけ残された彼らの足跡。それがこの体の内に流れる術式なのではないだろうか?


「君の体に流れる術式はきっとその一つじゃないだろうね。とてもとても強力で、比較できない程に古い。だけどそれは、意図をもって受け継がせて来たという事でもあるんだ。そして先天性の術式というのはね、歪みやすいんだ」


「歪みやすい?」


 うん、と言葉が来る。


「ストレス……負の感情とかで魂が歪むとね、それに合わせて術式そのものが変質するんだ。世代を経て適応するようにね。だけどエデン、君の魔力を見てみなよ」


 エドワードに促され、片手を持ち上げて魔力を放出してみる。まだまだ魔力の修練は始めたばかりだ。だが体から湧き上がる魔力を何とか手だけに意識を集中させれば、掌から白と黒の魔力が沸き上がってくるのが見える。それを受けてエドワードはそう、それだ、と言う。


「とても澄んだ色の魔力だ―――それ自体が1つの神秘なのに、まるで歪んでいる様子も。ねじ曲がっている様子もない。僕は思うよ」


 間違いなく、


「君はちゃんと望まれた子だったんだ。愛されて生まれて来た子だと思っている」


「……俺が、望まれて、生まれてきた」


 ソフィーヤの愛している、生きての言葉を思い出す。森の遺跡の宝卵と、守るように広がっていた遺跡を思い出す。この体に巡る魔力そのものが龍族から受け継がれた一つの贈り物であるという事を自覚する。猶更、解らない事だらけだ。だけど解らない事なりに……俺という存在は意外と愛されて、望まれているんだという事だけは理解出来た。そしてエドワードが不器用なやり方で俺にそれを教えようとしている事も良く理解できる。


「うん、だから君が悩んでいる事は口に出してくれないと解らないんだ。君はきっと、僕が思っている以上に特別で、複雑な事情がある子だと思っている。エメロア様は何もおっしゃってくれなかったけど……きっとそれ自体が1つの答えなんじゃないかと思っているんだ」


 庇われているのを自覚する。人理の神だけではなく、叡智の神も俺の事を庇ってくれている。どうして、俺はまだ何も分かっていないのにそうやって庇ってくれているのか。神と龍の間では一体何が起こったのだろうか? 絶対に、何かあったのだろう。だがそれを知る術が今は存在しないのだから、俺には何も解らない。だけど段々と自分の中で、知りたいという気持ちが溢れてくる。自分に受け継がれたもの、その意味を知りたいという気持ちが。


「エデン」


「はい」


「君は……実は自分が何であるのか、解ってるでしょ?」


「……はい」


 その答えにエドワードは苦笑した。


「だけどね、僕は別にそれを責めたりはしないよ。誰だって道に挑むときは恐怖を感じるものだ。灯りのない道を進む事をためらうのは誰にだってある事なんだよ……そして君は今、灯りのない道を進んでいるんだと思う。先が見えず、どこにいるのかも見えず、敵が誰で味方が誰なのかも分からない……そんな道に迷い込んでいるんだろうね」


 それを、エドワードは責めない。


「だから、全部落ち着いて、信じられるようになったら教えて欲しいかな……それまでは、待っているから」


 そう言って頭を静かに撫でてくれるエドワードに、目を瞑って受け入れた。俺が思っている以上にこの人は俺の事に関して、勘づいているのかもしれない。単純に俺が隠すのが下手なのかもしれない。だけど俺には現状、この幸運と優しさに甘える事以外にできる事がなかった。だから感謝する、心の底から。グランヴィルと言う優しい人々と出会えたことを。この善き人達の為にも、俺はこの世界で出来る事をやらなくちゃいけないと、改めてそう思い始める。


 だから、ちょっとだけ勇気を出して、


「エドワード、様」


「なにかな、エデン」


「俺、龍の事、もっと、知りたい。いっぱい、知りたい」


 その言葉にエドワードは少し目を大きくすると、笑い声を零した。


「ははは、勿論だとも。良いよ、全然。何も問題はないよ。龍族の事を語るとなると創世記から語り出さないとならないからなあ! 学説によって色々と役割とかも変わってくるし、幅広く研究されている処だよ。いやあ、語り出すとなると論文とかを取り寄せないとなあ……中央図書館に久しぶりに手紙を送ろうかな!」


「エドー。テンション上がりすぎよー」


「おぉっといけない、いけない」


 ……実はオタク気質なのかもしれない、この人。


 でもテンション爆上がりしているのを見るとやっぱりエスデルという国の気風がそのまま反映されたような人だと思える。


 御者台からだらりと降ろした足をぶらんぶらんと振るいながら遠く、グランヴィル邸まで続く道をぼーっと眺める。結局、答えは一切出なかったが、それでも多少心の内は楽になった。龍は悪であるという認知が一般的だが、誰もがそう思っている訳ではない……というのは少なくとも俺の心に救いをもたらした。ただ誰もかれも信じて良いという訳ではない事実に変わりはない。それでも、グランヴィル家は……この身が龍である事を説明しても大丈夫そうに感じられた。


 何時か、俺が勇気を持てたら。


 その時は俺から自分の事情を話そうと思う。ただそれまではもう少しだけ、こうやってぼかした形でいたいと思う。


「じゃあこのままエデンの先天魔法に関する講義の続きをしようか! 実は実験したい事や確かめたい事があってねー。最近はエリシアの押しが強くて僕の方の時間を奪われている形だけど、君も先天魔法の強さを知れば絶対に魔法修練の方に興味を持つから。というか強い先天魔法があるなら下手に他のジャンルに手を伸ばすよりはこれ一本伸ばすほうが相当強くなるよ」


「駄目よ、エド。エデンは天性の肉体を持っているのだから立派な戦士に育て上げるのよ」


「お父様もお母さまもエデンが従者になる事忘れてる……」


「根本的、に、貴族という、立場が、苦手な、人達……!」


 うん、まあ、それは、


「そうだね」


「そうねー」


 エドワードとエリシアがうんうん、と頷きながら肯定する。


「いやあ、だって領地をもって開拓地の運営とか……面倒じゃないか? お金があればその分確かに人生が豊かになるのは事実だよ? だけど他人の為に国の為に人生を楽しくもない方法で消費するのってこう……虚無じゃないか?」


「自分の人生だからなるべく自分が楽しいと思う事の為に使いたいわよねー?」


「貴族適性、ゼロ」


「だからこんな辺境で好き勝手やっているんだよね」


「知ってる? 誇りじゃ人生は豊かにならないのよ」


 も、元騎士が言って良い言葉じゃねぇ……!


 でも、まあ、辺境で楽しくやっているグランヴィル家の姿を見ているとそういう風に枠に縛られず生きて行く事の楽しさと素晴らしさは解る。その代わりに生活が決して豊かであるという訳ではないが、それでもこの家では笑顔が常に絶えないのは事実だった。


 野菜は自分で育てるし、肉は狩猟に行けば集める事だってできる。生活必需品は街で購入し、襲い掛かるモンスターは自衛で何とかする。楽な生活ではないが……それでも、中央での生活を捨てた自由さがこの辺境での生活にはある。そんな人達だからきっと俺の事情も受け入れられるんだと思う。


 だから俺も、この人たちを見習うべきなのだろう。


 足をぶらぶらと降ろしたまま、晴天を見上げる。天空に座す神々の思惑は一切解らない。俺が一体なぜ生まれ、そして求められるのかは解らない。だけどきっと、俺は龍たちには望まれた命だという事だけは理解できた。悪龍だとさげすまれ、憎まれ、狙われても、それで良いじゃないか。元々ある価値観だって結局のところはそれを自分が受け入れるか否かの話だ。


 元宮廷魔術師と元騎士が中央での全てを捨てた、自由気ままな辺境生活を選んだように、


 俺だって悪のレッテルを張られても、それ以外の生き方を選ぶ事が出来るだろう。


 振り返り、グローリアを見て、此方へと向けられる笑みを見た。きっと彼女に俺の考えている事や、ここで語られている内容の全てを理解する能力はないが、それでもこの2人に育てられている愛娘なのだから。きっと、2人の様に自由な娘に育つだろうと思う。


 それで良いんじゃないかな。


 折角、異世界にいるんだ。


 テンプレとか、評判とか、王道とか。


 そういう事に一切縛られずに生きる方法だってあるんだ。


 だったらそれでいーんじゃないだろうか。


 肩から力が抜けた事を自覚しながら、この世界で生きて行く事に今日一日で、前よりも前向きになった。そして思う、知りたい事が出来たのだ。だからその目的を叶える為にも、


 もっと、頑張ろうと―――自分が楽しく、頑張ろうと。


 きっとそれが正解なんだろうと。

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