王都遊覧 Ⅲ
当初に不安がなかったと言えば嘘になるだろう。
だがグレゴールは優秀なガイドだった。的確に見たいもの、知りたいものへと俺達を誘導してくれ、楽しませる事の出来るおっさんだった。実際のところ、この業界に入ってそれなりに長いのだろう、客が何を求めているのかを文脈から察する能力があった。それに加えてこの王都に関しては博識で、此方の疑問に対して答える能力があるのも良かった。
お蔭でブティックの後の散策も非常に楽しめるものになった。ブティックで俺の服や、アクセサリーを漁った後は軽くオススメされた店で午後のおやつを堪能する事になった。流石王都のスイーツというだけあって、使われる素材の質も量もエメロードと比べると上がってくる。口いっぱいに溢れる甘味は辺境の生活では果物や蜂蜜以外では中々摂取出来ないものだった。この中央へと来て一番満たされているのはもしかして食欲なんじゃないかなあ、という事を考えたりもした。
そしてそれが終われば一旦ツアーは終わる。なにせ、ディナーはホテルの方で用意されているのだからいったん戻らないとならないのだ。ともあれ、これで一旦ツアーを終えてホテルに戻り、ホテルに戻ってディナーを楽しむ事になる。
ホテルで用意されていたディナーはバイキング式のディナーだった。これは文化として実は結構珍しく、基本的にコース料理などがメインの文化なので好きに取る事の出来るバイキング式は中々見る事がないのだ。そもそも見栄を張る貴族の食文化なのだから、見栄えが良く、そして豪華である事が基本だ。その中でバイキングという形式は言ってしまえば見栄えは圧倒的ではあるが少々意地汚いとも言えてしまう。だがこれにあえて手を出し、そしてホテルは成功させていた。ホテルのレストランでは飾られた料理がずらりと並び、その一つ一つが職人の手によって用意された最高のクオリティを約束されたものだった。基本的に自分が取るバイキング形式に対して、指示を出したらそれを取ってきてくれる人員も置いて、手を煩わせない様にするという動くのを面倒に思う人への配慮もある。
まあ、言ってしまえば対策を施した上で富裕層に向けたバイキング形式だった、という話だ。
そもそも普段からそれなりに良く食べる俺には大好評。色々と食べ比べる事が出来るロゼとリアも少々食べ過ぎなぐらい食べてしまう程度には美味しかった。カロリー計算するのが怖いなあ、なんて事を口にしながらその日の王都遊覧は大好評のうちに終わった。
―――と、ロゼとリアだけならこれで終わりだ。だが俺の王都遊覧にはまだ続きがある。
普段よく着用しているジャケットやシャツ、ジーンズを脱いで脚を通すのは背中の大きく空いた黒いドレスだ。つくりは余り凝らずにシンプルなデザインにしているのは、俺自身の素材が良いという事を良く自覚しているからだ。本人の素材が良い場合、余り凝ったデザインの服装を着ると逆に忙しい印象になるという話をどっかで聞いた影響だろう。今更ながらこんなざっくりと背中の空いたドレスを着る事に抵抗感はないか、と言われるとない。
寧ろ自分を美しく着飾る事にちょっとした快感を覚える―――まあ、これだけ面倒なのは早々したくはないが。ちょっとだけ化粧をして、角にイヤリング代わりのジュエルアクセサリを付ける。靴だって何時ものブーツじゃなくてハイヒールだ。手にだって長手袋を装着している。
ドレスコードが求められる場所においての最高のドレスコード。金だってそれなりにかかっている格好、夜、食事を終えて疲れ切ったロゼとリアが眠ってしまった10時過ぎ、俺はそんな恰好で同じくドレスコードを整えたグレゴールによって夜の王都の街を案内されてある場所へと到着していた。
「しっかし、お嬢ちゃんも悪い遊びを知ってるもんなんだなぁ」
「実は王都にこれがあるって聞いた時、ちょっと勝負してみたかったんだよなぁ。ドレスコードには困りものだけど、まあ、元々リアやロゼと一緒に夜会に参加できるようにその手の服は持ってたしな。ついでに言えば今日の買い物で更に充実したし」
「主役を食っちまいかねないとは思うけどねぇ」
グレゴールの軽口に笑い声を零しながらその建物の前に立った。夜の中でひときわ明るく輝く場所―――そう、それは国営カジノだった。
ギャンブル! 酒! 女! 人間が身を崩す違法ではない三つの要素! 酒と女……になるのは既に経験しているから後はギャンブルで3大ダメ人間要素をコンプだ! 辺境にも、エメロードにもこの手の施設は存在していなかった。だが流石王都というべきか、駄目な人間の為にこの手の施設が用意されているのは凄いと思う。まあ、単純に貴族向けの娯楽施設だろうが。
娼館もカジノもこの都市にはある。エメロードは学業の都市だから娼館しか置いてないが、此方は多くの貴族、それも大人が来る。その中には単純な娯楽では暇をする連中も出てくる。そういうのに向けてこの手の施設は存在する。なにせ、天運にでも愛されていない限りギャンブルでは安定して勝つ事も出来ないのだ。それなりのスリルを味わえるこの手の施設は退屈を殺すには丁度良いだろう。
まあ、そんな訳で俺はグレゴールに案内されてカジノまで来ていた。流石にリアとロゼをこんなダメ人間の見本市に連れてくるのは憚られるので、こうやって深夜に出てくる事となったのだが。
カジノの入り口には警備として虎人が立っている。スーツに着替えた虎の男たちは整えられた見た目とは裏腹に、凄まじい力を秘めた戦士たちだ。まあ、俺の方が強いが? と心の中でマウントを取るのを忘れずにカジノの前までやってくると視線が向けられてくる。ゆっくりと此方を観察すると邪魔する事無く頭を下げる。
「どうぞ、ごゆるりと」
手をひらひらと振る事で返答とし、そのままカジノへと入った。
そして臭ってくる欲望の臭い。
金! スリル! 堕落! 酒! 煙草! 吐き気がする様だ。この入り混じった臭いはカジノと言う空間だからこそ形成出来るもんだろう。煌びやかなロビーを抜けた先にはスロットマシンやルーレット、現代でも見る様な様々なギャンブルが用意されている。現代であっても余り馴染みのないものばかりだが、海外旅行した時にどこだっけか……ラスベガス、そう、ラスベガスだ。あのあたりで遊んだ以来だ。相当昔の話なのでまるで記憶にない。その分、新鮮な気持ちになって遊べるだろう。
「相変わらず御盛況なもんだ」
「来た事があるのか?」
「高級娼館とカジノの案内はちょくちょく頼まれる定番だよ。昼間のお嬢ちゃんと廻ったコースのが寧ろ珍しいかもな。こういうストレートな遊びの方が人間、やっぱ好まれるぜ」
「せやろなあ」
まあ、不健全な遊びな方が人に好まれるのは何時だってそうだろう。世の中、ガチャでキャラを出す事じゃなくて回す事そのものに快感を感じる様な変態だって存在するんだし。まあ、それはともあれ、近くのカウンターまで向かったら予め用意しておいた金をチップへと変換する。換金する金額はざっと50万程。これでも日本円換算で大体500万になるのだ、相当な金額をチップに変えたと言っても良いだろう。
そのチップをトレーに乗せて、グレゴールに渡す。
「荷物持ち宜しく」
「いや、別に構わないけどよお」
「そっから5万持ってって良いから」
「お、話が解る嬢ちゃんじゃねーか」
まあ、元々学費用に溜めた金なんだ。生活費で細々と使っているが、消費しきる予定もないしこれぐらい使うのは別に問題はないだろう。チップへの変換を終えた所でん-、と声を零しながらカジノ内を見渡す。通りすがりのバニーが運んでいる酒のグラスを手に取って、軽く口を付けながら悩む。
「どこからいこっかなー」
「バカラ、ブラックジャック辺りが手堅くてオススメだぜ。というか俺も混ざって遊びたい所なんだけど」
「他人の金で賭けられるって解った瞬間元気になりやがったなこいつ。いや、だけどそこら辺は却下で。手堅すぎてあんま楽しくないんだよなぁ」
「お、ギャンブルで破滅する奴の言動じゃねぇか」
「うるせぇ」
グレゴールの言葉にそっぽを向いてから頭を悩ませる。ぶっちゃけ、俺の運命力というか、運の強さを確かめるのも目的の一つなんだよね。動体視力である程度ずるが出来るスロットはまだしも、バカラとブラックジャックはある程度頭の良さも使えるしなあ。となると、やっぱりルーレットか? アレはイカサマがない限りは完全に運になるし。
「ちなみにここのカジノは神様との契約によってイカサマが不可になってるし、不正は軽い神罰によって処罰されるから物理的に実行不可能だぜ。へんな事を考えているなら止めた方が良いと思うぞ」
「あぁ、うん。それは考えてなかったから大丈夫。個人が持つ運命力、天運のみで勝負なんだろう? 一番得意なフィールドだわ」
「ほんとかよ……」
「まあ、見てなってば」
疑いの目を剥けてくるグレゴールの視線を受け流しつつ向かう先はルーレットのテーブルがあるコーナーだ。ぶっちゃけよう、ある程度の運気の流れであれば俺だって見極める事が出来る。だから我がドラゴン・アイを使えばイカサマではなく、普通に運の流れが乗ってる所で勝負が出来るかもしれないのだ!!
『それは不公平なので禁止なのだ』
嘘だろ神様!? 生態技能じゃん!!
『駄目ですの。許可したら生態技能使い放題になるからね』
運命の女神からノーを貰ってしまった。がーんだな。出足を挫かれた。というか見ちゃ駄目なのか。
『駄目です。運気弄るのもアウトなので駄目です。ソフィーヤが許可しても私がしません』
はい。
「そこまで念入りに言われたら素直に天運に賭けるか……」
「おーい、ぶつぶつと何言ってんだ?」
「あ、いや、ちょっと考え事してただけ」
あははは、と苦笑いを零してグレゴールから逃げながら適当なルーレットのテーブルを選ぶ。テーブルについているディーラーはどうやらそこそこ歳のいったベテランの様に見える。まだ誰もいないテーブルらしく、近づくと笑みを浮かべる。
「これはこれは美しいお嬢様、勝負等いかがでしょうか」
「無論。カジノに来て勝負もしないなんてありえないしな。ルールは基本ので?」
「えぇ」
ディーラーの言葉にほーん、と呟いてグラスの中身を一気に飲み干す。やって来たバニーガールにグラスを渡し、テーブル前の椅子に足を組んで座る。そんな俺の横にグレゴールが立ったまま覗き込んでくる。
「ま、基本は赤か黒で賭けて調子と流れを見極める感じだよな……初手は5枚ぐらいが良いんじゃないか?」
チップ1枚1万、合計で手元には50枚―――グレゴールに奢る分を考えると45枚ある。
ルーレットで手堅く賭けて行くなら赤か黒、50%のラインで少しずつ資産を増やしてゆくのが賢いだろう。ただ、まあ、それは面白くないんだよなあ。だからグレゴールが持っているトレーの上からチップを20枚ほど取って、
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な―――」
『赤の48!』
『いいや、黒の48だ』
『今日は赤の流れだと思う』
『いや、黒でしょ。エデンちゃんも黒。これは間違いなく黒の流れ』
『一理ありますね』
天の保護者共が煩い。ノイズを脳内から排除するように連中を無視し、適当な番号の上に乗せる。あまり良く確認しなかったが、色は赤で、数字は38。完全に天の声を無視した采配となってちょっとだけにっこりとしてしまった。オラクルを通して変えろって声も聞こえてくるがガン無視。ギャンブルで遊びたいのならお前ら降りて来い。
「宜しいのですね? 豪快な賭け方、私は嫌いではありませんよ」
「良いよ良いよ。後グレゴールは煩い」
「いや! だってよ!! それはないだろ! やるなら6だよ6!」
グレゴールの悲鳴がルーレットの稼働と共に漏れる。ディーラーの手から放たれたボールがルーレット台を滑り、回転しながらポケットの周囲を旋回する。神々によって見張られた純粋な運のゲーム、自分が一体どれくらいツイているのか、見るにはちょうど良い物だと思う。
ルーレットは回る。
回り、回って、ボールが転がる。
徐々に勢いをなくすボールはポケットへと向かって落ちて行き、何度か跳ねながら転がって―――最後に、赤の38のポケットに落ちた。
「お、勝った」
的中ど真ん中。グレゴールも、ディーラーも奇跡としか思えない的中に黙り込んでしまったが、ディーラーはすぐさま表情を作り、祝福してくる。
「おめでとうございます、インサイドベット1点賭け……倍率36倍での払い戻しとなります」
「お、いーじゃんいーじゃん。俺の運も結構捨てたもんじゃないな」
まあ、初手でグランヴィル家に拾われる様な運だ。俺は自分の天運が割と強い方だとは思っていたし、これぐらいならまあ、負けないか。徐々に額を上げてどこで崩壊するか試すのも楽しそうだな。
普段とは違う焼け付くようなスリルににやり、と笑みがこぼれ、
「俺に全賭けしてもいいんだぜおっさん?」
グレゴールに悪い笑みを向けた。
いやあ―――楽しい夜になりそうですね、神々の皆さん。




