幕間 ガールズサイド
まあ、なんだかんだで俺も女子歴8年ぐらいになった。
当初は女の子の体!? ドラゴンだったはずなのに!? 擬人化要素!? 俺娘で!? 属性力高くない!? ……なんて事も思ってたりもした。だがグランヴィルの人々がとても優しくて、丁寧で、そして慈悲深くて。女子の体や生活なんて絶対に無理でしょ、と、思っていたのも何年も前の話だ。この手の事は習慣にしてしまえばそれで解決してしまうというのは、この数年間の人生でよーく理解した。化粧も下着も服も、やってればその内慣れるもんなんだ。これまでやらなかっただけで。たったそれだけの話なんだ。だから手を染めちゃえば慣れる事も難しくない。
今じゃ女物の服を着る事だって違和感を覚えないし、下着だってちょっと可愛いものを選んだりする事を考える。或いはそれは根本的な考え方が男だった時から変わったのが原因なのかもしれない。あの頃は自然と男らしい恰好、自分らしい恰好を選んでいた。だが今の俺は見た目が女の子なのだ。だからその姿に合わせた格好を選ぶのは当然の事だ。だからまあ、体に馴染むという話をするとなるとブラジャーを付ける事も、女性用下着を付ける事も、スカート姿になるのも別段違和感はない。
ただ、まあ、この体になって困った事は増えた。
それは、
「―――好きです! 俺と付き合ってください!」
「男は無理」
このようなトラブルに巻き込まれがちな事、だろうか。
エメロード学園校舎、グラウンドの一角。目の前には花束を手にした男子生徒がいる。どこぞの貴族なのだろうが、こうやって強引ではない手段を取ってアプローチしてくるのは悪くはない。だが根本的に男を恋愛対象として見るのは無理なので、希望を持たせる事もなく一瞬で斬り捨てた。それを遠巻きに眺めていた連中が拍手しながら喝采している。中々に外道な連中ばかりだが、まあ、学生なんて大抵そんなもんだ。何度目の出来事だろうか、そう思いながらその場から離れる。慰める気持ち以上に面白がろうとする連中が群がっているのを見るとちょっと可哀そうに感じてしまうが、好き嫌い以前の話だ。
やれやれ、とポーズを取りながら振り返った先にはリアとロゼの姿があり、話し終えたのを見て近づいてきた。リアはともかく、ロゼの方は面白がっているのが表情に見えた。近づいてくると手を出してくるので、それに合わせて手を出せばぱん―――と手を叩いてきた。
「相変わらず人気あるわね、この魔性の女め」
「勘弁してくれよ……俺は男にマジで興味ないの。好意を向けられた所で困るんだよ、一切興味ないしそういう目で見られないから」
「今月入ってもう2回目だよ、エデン。先月は先月で3回告白されてたし」
「脳味噌が砂糖菓子の連中ばかりだよここ」
溜息を吐きながらグラウンドを護衛対象の2人と共に去って行く、春から夏へと変わって行くなんでもない日。そんな俺を悩ませているのはそう―――恋愛問題だった。
本当にクッソ面倒な話だが、俺はなぜかモテていた。モテ期の到来を疑うほどの超モテ時代。これで相手が女の子だったら文句なしだったのだが。残念な事にお誘いの言葉をかけてくるのは決まって男子生徒ばかりだった。悲しいなあ、今の俺はどこからどう見ても美少女であって、イケメンではないのだ。なるべくイケメン方面でいたいとは思うのだが、性別的にそれは無理があるってもんだ。
俺だってな―――! 女の子にモテたかったんだけどな―――!
まあ、無理を言っても仕方がないだろう。俺、美女だし。
やれやれと呟きながら軽く肩にかかった髪を後ろへと流しながらリアとロゼと共に学園を出る。二人の少し前を歩きながらくるりとターンを決めて振り返りつつ、
「さーて、このまま素直に帰る? それともどこかで寄り道すっか? ま、俺はどっちでもいいぜ」
「うーん、そうね。このまま帰るのも嫌だしどっか軽く寄っていく?」
「エデンを着せ替えしたい気分」
「決定ね」
「ハロー、俺の意思。今どこ? 今すぐ帰ってきてほしい所なんだけど」
「リゾートへバカンスに行ったわ」
「成程、そりゃあ帰ってこないわ」
はあ、と溜息を吐きながら気分よさげに進むお嬢様達と歩く。まあ、決して悪い気分ではない。着せ替えをするとは言うものの、俺自身それに対してそこまで忌避感があるという訳でもないし。女の身になって良かったと思える事の一つは、ファッションの幅が広がった事だろうか。未だに最適なファッションというものを理解しているとは言い難いが、それでも自分の見た目が良いだけに色んな服装が似合っているというのは良く理解している。
そしてそういう服装に着替えるのは、まあ、そんなに悪くはないんだ。
これは明確な価値観の変化だろう。体が変わったら楽しめる範囲が広がった、と言える事だろうか? かつては楽しめなかった事が楽しめ、そして見えなかった事が見えてくる。視野が広がったというよりは今の自分に適したものが変わったと言えるだろうか。まあ、それでも基本的には男っぽいファッションのが好きなのだが。当然、馴染み深い方が好ましい。
それでも別にチューブトップとかホットパンツとかミニスカートとか、嫌いって訳じゃない。
あれはあれでいいもんだと思う。
「しっかし俺になんで告白するっかねー。もっと良い物件はあるだろうに」
「違うわよ、エデン。回りが貴族だらけだから貴女みたいな所に目が行くのよ」
「んー?」
歩きながらぼやくと、ロゼから返答が来る。彼女は解らないかしら、と視線を向けるまでもなく言葉を続けてくる。
「エメロードの学舎にいる人間は大半が貴族よ。それは厳格なルールで縛られた生活を送る人々で、このエメロードの学舎にいる間はそのルールから少しは抜け出せているのよ。でも、それでも根幹と言えるルール……将来や婚約結婚といった事は意識しなければいけないわ。だから貴族の子女は身持ちが固いのが基本よ。エデンだってそこら辺意識してガードしてくれてるでしょ?」
「当然」
リアとロゼは辺境出身であり非常に能力が高く、そして見た目も良い。そういう事で割と男子の視線を受ける所がある。それを嫌がる時それとなくガードしたり、強引なお誘いをお帰り頂くのは俺の仕事だったりする。最初の月は牽制やら探りやらで接触してくる男子も少なかったが、流石に2か月も経過するとお近づきになりたい奴が出てくる。辺境最大の権力者であるヴェイラン辺境伯と懇意になりたい奴なんて沢山いるんだから。
「逆に言うと私みたいな人はガードが入るって事よ。まあ、それでもやらかす娘は毎年出てくるらしいけどね。流石に処女かどうかを実家に帰った時に検査するのは酷いと思うけどね。だけどごもっともでもあるわ」
だけど、とロゼが続ける。
「エデン、貴女は使用人よ」
「家族」
リアの強い言葉が横からロゼに叩きつけられ、ロゼが数秒程黙る。
「……エデン、貴女はグランヴィルの一員よ! 貴族ではない!」
言い直した。
「貴女は私やリアとは違ってフリーよ、フリー。しかも顔も良いし、肌も髪も特にケアもしてないのに艶々だし……いや、ほんとなんでそんなに艶々なの……なんか一緒に生活してるだけで私も特に頑張らなくても調子が良くなるの微妙に怖いんだけど」
「俺、最強生物ですから」
たぶん俺の体からマイナスイオンとか出てるんだよ。そういう事にしておけ。むん、とポーズを取りつつ茶化してそっかー、と呟く。
「俺、安い女に見られてんのか」
「後はエデンって他人に対して距離近いよね。良くアルド君と肩組んだり、クルツ君にエデンバスターをかけるけど」
「バスターは許してあげなさい……だけどそうね、普通に距離感が近い辺りが割と感覚を狂わせるわよね、貴女。それに校内でもそこそこ活動してるでしょ?」
「まあ」
ぼりぼりと頭を掻く。
最近ではソフィアが学生課でバイトを、学生依頼を小遣いの為に受けている。言っちゃえばギルドでやっている事と似たようなシステムだ。ただし学園内での仕事専門みたいな。ソフィアが貧乏なのは知っていたが、お小遣いの類はこうやって学生の仕事を処理する事でなんとか稼いでいるらしい。ちなみに依頼主は貴族なので、割と収入は良いとか。ただあの娘、他に頼れる人がいないからとよく泣きついてくる。
なので何時の間にか、学園内でソフィアと一緒に西へ東へ学生の問題解決や依頼解決に走らされる時がちょくちょくある。まあ、どうせリアとロゼが勉強している時は暇だからと手伝ってしまったが、お陰でイイ感じに校内では顔が売れている。
「それが悪いんか……?」
「知っていて、顔が良くて、性格も悪くなくて、それでいて貴族でもないのよ? 平民相手なら“お手付き”だって普通って考える様な奴がいる社会にいるんだから、そりゃあ当然ワンチャンあるなら挑戦するって事よ。それにエデンって他人との距離感が近いから多分、誤解されやすいし」
「そうかぁ? そうかなー? そうかも……」
良く解らん話だなあ、とは思う。とはいえ自分の行動を男として見てみれば解るか。美女が肩を組んできて笑ったり、一緒に遊んでくれる上に名前を呼んでくれる。あぁ、そりゃあ女性付き合いの薄い人ならもしかして気があるんじゃね? ぐらいには思ってしまう事もあるか。となるとこれ、俺が悪いのか?
えぇ、と零しながら頭をがくり、と下げる。それにくすり、とリアが笑う。
「でも私、エデンはそのままで良いと思うよ。変に気を遣ったりするの、エデンらしくないと思う」
「もしかしてあまり良く考えずに動くのが俺らしいと思ってない??」
「違うの?」
「違わない」
「そこ、馬鹿やってないの。着いたわよ」
そう言っている間にブティックに到着した。そう、ブティックだ。辺境では仕立屋だったが、此方ではちゃんとしたブティックが何店もあるのだ。流石貴族たちが自由に暮らす都市だと思える。入る場所は適当でも、どの店も貴族を相手に商売する為にそれなりのクオリティで商品を用意してくるのだから。店内に入ると、店員が笑顔で近づいてくるが、それを片手で制して好き勝手やりたいとサインを送る。
ウチのお姫様たちは接待とかされるの、あまり好きじゃないんだ。
「それにしてもほんと、エデンってその手の話がないけど―――」
「無理無理、男は無理。嫌いって訳じゃないけど、恋愛感情として好きになる要素がない。俺、どっちかってっとレズビアン。女の子と恋愛したい」
「親友からカミングアウトされる身になって?」
「今更だろ」
「いや、まあ、うん」
何故だか解らないが納得したロゼが売り場を見て回るのを横目に、俺の方はと言えば……ちょっと考える様に腕を組んでいた。
―――この場合、レズビアン趣味になるのかなぁ?
体は女で、女を好きになればそれは同性愛者だ。この世界であっても珍しいし、あまりオープンな概念でもない。場所によっては普通に迫害されるもんでもある。そういう考え方は世界が変わろうがあまり変化のない話でもある。問題は俺が女ではあるものの、俺の心の大半の部分はまだ男性的であるという事だろうか。
女性としての生活、問題ない。化粧も洋服だって楽しむし、そこには疑問を覚えない。だけどそれと女性的な意識とはまた別の話だ。女性的な感覚を身に着けてはいるが、考えの根っこが男なのだから、好悪の判断はそっちの基準で行われるのだ。だから俺は女の子が好き。同じ男を恋愛対象として見る事は出来ない。そりゃあ抱き着かれてドキドキするって事はもう慣れ切ったから早々ない話だが、それでもふとした時に中身が男である俺が女の事一緒に風呂に入ったりして良いのか、とか思う時はある。
難しいし、未だに中々煮え切らない話だ。
まあ、こっちは深く考えずに楽しめる分だけ楽しんでしまえば良いや! って結論が出てるのが良い事だけど。
「エデンエデン、夏も近くなってきたしサマーワンピースとかも着てみない? エデンはやっぱりこういう服が似合うと思うんだ」
「ワンピースかあ……ワンピース似合うかぁ?」
「大丈夫大丈夫、黙っててつば広帽子を被せればどこの令嬢かって思えるぐらいきっちりキマるから!」
「ロゼ???」
お前の俺に対する意見が大体解った。
「というか夏までまだ数か月はあるだろ……」
「遅い遅い! トレンドを掴むなら今からやらなきゃ駄目よ」
「流行というのはシーズンが始まった時にはもう既にノってるもんだよ!」
「お、おう」
真の女性陣はそこら辺の意識が強い。こういう所を見ると俺は女になり切れてないんだなあ、というのを強く感じさせられる。まあ、別に完全に女でも、完全に男じゃなくても別に良いんだが。どっちつかずであっても特に困る様な事は現状ない。
まあ、それはそれとしてわくわくとした表情でリアが見てきている以上、逃げる選択肢はない。リアの手からワンピースを取り、つば広帽子をロゼから受け取り、試着室へと向かう。こうやって買い物や着せ替えに付き合うのも初めてじゃない。
それに俺だって自分をもっと良く見せる様にするのは、楽しい。
まあ、見た目が美女だって事もあるからだろう。
試着室で着替えを手にして鏡に映る俺の姿は美少女から美女の間の年齢を丁度成長している最中の女の姿だ。普段は勝気な表情を浮かべがちだが―――手にしたワンピースに着替えて帽子を被り、ちょっと表情を落ち着けて見せれば、まるで深窓の令嬢みたいになる。
人間、体が変われば考え方ややる事も変わってくるもんだ。
軽くこほん、と咳ばらいをしてから勢いよく試着室のカーテンを開き、ポーズを取る。
「どうかしら?」
言葉遣いもちょっと改めてロゼとリアの前に出た所で、
「うーん、素材が良すぎて服が負けてる。60点」
「エデンらしくないからやっぱり40点」
「採点厳しいなぁ!」
辛口の評価にけらけらと笑って試着室の中へと戻る。
時は春。
少しずつ季節は夏へと向かって進んで行く。俺達は学生時代という一生に1度しかない経験を過ごして行く。少しずつ変わって行く自分自身と他人の関係の中、あの春以来大きな事件もなく、穏やかな日々が続いて行く。
新たな服を受け取り、試着室の中で着替えながら思う。
こういう平和な日々が、何時までも続けばいいのに、って。




