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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
3章 王国学園・1年生編
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幕間 揺るぎないもの

 ―――風に揺れる黄金の麦畑を見た瞬間にそれが夢だと男は気づいた。


 さりとて即座に目覚める様な事はしない。夢は所詮夢―――だがそれが奥底の願望から湧き上がる過去の残滓である事は良く理解していた。故にその瞬間を男は大事にした。何時までも夢は見ていられない。現実に生きるという事は夢を忘れる事でもある。最善、最高の選択を選び続けても夢は到達できるものではない。寧ろ逆だ。現実を知れば知る程夢は遠く、去って行く。そしていつかは夢を見る事もなく忙しさに埋没して行く。


 そう、大人になると夢は見なくなる。そんな暇がないからだ。だから男は自分が夢を見ている事を自覚し、珍しいと思った。日々、スケジュールに追われる身として夢なんか見る事は諦めていたのだ。なのに久方ぶりに夢を見るのは……或いは、吉兆か凶兆の類いなのかもしれないと考えた。だがそこまで考えた所で男はただ、刹那の夢に溺れる様に目を瞑り、自分を呼ぶ声に振り返った。


 振り返れば娘を連れた妻の姿がある。長らく見ていない妻の姿に男は安堵の息を零し、懐かしさを覚えた。そう、懐かしさだ―――懐かしさを覚える程妻とも娘とも会ってはいない。男はその事に僅かながら寂しさを覚えるも、夢の中で再び会えたのならそれで良いと結論を出す。


 そして全てを闇に呑み込ませた。夢はもう必要ない。


 男はリアリストだった。現実を見るのが仕事であり、現実を作るのが仕事だった。


 故に―――目覚めは一瞬で訪れた。


「……雷雨か」


 目が覚めた時には執務室にいた。椅子に座りながら眠っていた事を自覚した男は自身のスーツがよれていないかを確認し、それから視線を部屋の窓へと向けた。その向こう側では暗雲が王都を包み、豪雨と共に雷が鳴っているのを知覚した。酷い天気だとは思うものの、“毒虫”を放つのであれば丁度良い天気でもあるとは思う。


 視線を窓から机の上へと向ければ、そこには報告書等が広げられている。男の計画は順調だった。順調にエスデルという国を侵食している。内側から毒を流し込んでいる。既に玉座に誰を就けるかを選べる段階にまで手が届きそうになっている。後数年……後数年という時間があればこの国のトップを挿げ替え、実権を得られるだろう。


 そうすれば、国は男の物だ。


 男―――ギュスターヴはその事に対する確かなプランの構築を行えていた。問題はそう多くはない。世界の文明水準は低い。人々の考え方や意識のレベルは低い。高い教育水準を誇っていた魔界の文明からすれば相当昔の時代へと迷い込んだような錯覚に陥るだろう―――実際、世界の形態としては近いのだ。早めに世界を渡ってきた魔族の中では一種の転生ともトリップとも感じて遊び感覚がある。


 生物的に魔族の方が上位だ。身体的にも、知識的にも、そして立場的にも。人類の中でも上位の実力者を用意しない限りは魔族の相手をまともにする事は難しいだろう―――それぐらいの差が二つの世界の住人の間にはある。


 だからこそ遊び、ふざけ、真面目にやらない者は多い。


 その中でギュスターヴは《《最も勤勉で真面目な魔族だと言えるだろう》》。


 その視線は間違いなく自分の目的を、果たすべき責務を見据えている。そしてそれもいよいよ大詰めを迎えている。それ故にギュスターヴは視線を再び、窓の外へと戻した。その頭の中は常に次はどう動くべきか、そのあとへとどう繋げるべきなのかを思考していた。だがその中に不安を感じるのも事実であった。


「精密機器に砂粒を流し込まれる様な……そんな感覚がするな」


 歯車はまだ狂わない。だが少しずつ、誤作動を起こす、そんな前兆をギュスターヴは感じていた。彼は目標を達成するのに必要な要素を歯車として認知していた。人材、情報、コスト、作戦……それらすべてがかみ合う事で一つの結果を生み出すと、そうやって物事に必要な構築を行っていた。それは確かに、一つの巨大な精密機器として認識できるだろう。だがその中にギュスターヴは僅かな違和感を覚える。


「まだ狂ってはいない。だが狂いは出そうだ……何が問題だ?」


 都市を覆う暗雲、打ち付ける雨風。それを窓越しに眺めながらギュスターヴは思考する。多くの問題を彼は未だに残していた。成功者の代表とも取れる大商会の主にして犯罪組織の王は決して油断や慢心の様な事はしない。取れる手、勝てる手を着実に打つ事でエスデルという国家における実権を獲得してきた。だがそれに狂いが生じつつあるのを感じ取るのは、長年の経験から来る直感でもあった。


 ―――嫌な予感がするな。


 ギュスターヴはそう思考し、自分にとっての失敗を思い返す。無論、どれだけ優れた人間であろうと絶対に成功し続けるというのは不可能だ。どれだけ想定を重ねた所で想定の範疇を超える出来事は発生する。ギュスターヴにとって真に恐ろしいのはそういう、想定外からやってくる怪物的な奇襲だった。同胞の裏切り、唐突に生えた英雄、或いは自分の見落とし。そういうものをギュスターヴは想定し、しかし自分の落ち度が完全に存在せず失敗するケースを考える。


「そうなると……やはり今回のケースか」


 エメロードのマフィア、壊滅の報。ギュスターヴにとっては完全に予想外の出来事だった。何故ならそんな行動をとる人間が出て来るとは思わなかったからだ。事実、ギュスターヴ商会の力は強く、そしてマフィアの武力も高めた。何がバックにあるのか、それを意図的に匂わせる事で抑止力として機能させている。この状況でマフィアへの攻撃を行おうとする者は自殺志願者以外の何者でもないだろう。


 だが現実に現れた。予想外の出来事だった。ただ、それは良いと判断していた。何故ならこれはまだ対処出来る範疇だからだ。だが良くない。違和感を感じる。何かを見過ごしているという感覚。どうでも良いがどうでも良くないという感覚。


 考えれば考える程それがこびり付く。対処は行った。だがそれに満足していない。


 長い時を生きた魔族の直感とは馬鹿に出来ない事を男は知っている。直感とは即ち思考を伴わない経験則からの判断だ。経験を通して似たような状況、似たような問題に対する最適解を導き出すシステムでもある。多くの事を見た目以上に経験した男は、その直感が引っかかるという点を以って思考を止めずに続けていた。


 この手の判断は後々見返すと大事に繋がっていた事が多々あり。対処は適切に行わなければならない。


 ―――はて、以前に何か似たようなケースがあった気がする。


 ギュスターヴはそこまで思考し、考えを切り替えた。溜息を吐きながら口を開き、


「全く、アポイントメントの一つ入れる事ぐらいしろ」


 虚空に向かって放った様にさえ感じられる言動はしかし音もなく部屋に侵入し、来客用の椅子にいつの間にか座り込んでいた男へと向けられていた。ギュスターヴは振り返る事無くその気配を察知し、その気配のみで誰かを理解していた。故に顔も向けず、どことなくこの国にいる人間では聞いたこともない気安さで言葉を続けた。


「それとも蛮族生活が長くて作法すら忘れたか?」


「単純にその手の作法が面倒で無視しているだけだ。第一、ロッカーという生き物はその手のルールを無視するものだろう?」


「シャヘル、全く貴様は魔界の頃から変わらんな……」


「魔族も魔王も魔神も、早々変わるものではない、そうだろう?」


 ギュスターヴの視線が室内へと向けられれば、そこには黒いコートを羽織った金髪の魔王―――ルシファーの姿があった。大事そうにサックスを片手に抱える姿を見てギュスターヴは片手で頭を抱えた。


「今度はサックスか。前はエレキギターを持ち歩いていなかったか」


「ロックはまだ世界には早すぎる……まずはブルースとジャズを流行らせる所からだ」


「ならお前に必要なのはロッカーの魂ではないだろう」


「それはそれ、これはこれ」


 魔界にいた頃から一切変わらぬ友人の姿にギュスターヴは息を吐く―――しかし溜息ではなく、安堵の息だ。これが商会の人間であれば天変地異を疑うだろう、それほどまでにギュスターヴという男のイメージは鋼鉄、そして氷というもので固められていた。だがそれが今はどうか、ルシファーの前ではただの友人としての表情が見えていた。それも懐かしむような、長年の友人を迎える様な表情だ。


「全く……久しぶりに顔を出してみれば何年ぶりだ? 既に何百年かは顔を合わせていない気がするぞ」


「ま、あっちこっちに放浪しては文献を漁ったり、探し物を求めたりしてな。気づけば数百年という時間は一瞬で過ぎ去っていたとも。大体魔族なんてそういう生き物ではないかな? 長い命があるからこそ無駄な時間を過ごす。我々の文明はそうやって無駄に発展した」


「あぁ、そうして当然の破局を迎えた。だから現在がある」


 で、とギュスターヴが声を続けた。


「久しぶりに顔を出して何用だシャヘル。お前は無駄を好む馬鹿だが、その無駄にはそれなりの意味があった。何もなく顔を出す事もないだろう」


「あぁ、その話だったな」


 ルシファーは何でもない様に、椅子に座ったままギュスターヴに告げた。


「龍を見つけた。本来の姿に戻れず、人の姿で生活してるぞ」


「ばっ―――」


 ルシファーが放った爆弾にギュスターヴが叫び声を呑み込む。冗談にしてはあまりにも性質が悪かった。ギュスターヴが驚くのを見て、ルシファーは当然だと言わんばかりに自慢げな表情を浮かべていた。その姿を見て冷静さを取り戻したギュスターヴは片手で顔を押さえながら軽く深呼吸をし、軽くルシファーを睨んだ。


「馬鹿な、あれは人理教会の愚か者共が絶滅させた筈だ」


「近年まで卵を隠されていたらしい。恐らく未来視を駆使してせめて、最後の希望を残そうとしたのだろうな」


「なんという事だ」


 呻く様に呟く様にギュスターヴはゆっくりと座っていた椅子に深く、座り込んだ。


「保護せねばならない。絶対にだ」


 突然の事実にギュスターヴは脳が揺さぶられる感覚を覚えながらも、それだけは絶対に成し遂げなければならないと断言した。そのほかのタスクを全て捨て去ってでも龍を保護する意味は絶大だった。その存在を守る事が出来れば、将来的に抱える問題の多くが解決するのもまた事実だからだ。ギュスターヴはこのろくでもない友人が決して嘘をつかない人物である事を理解していた。その為、ルシファーの言動に違和感や疑いを持つ事はなかった。


「あぁ、だが彼女だぞ。エメロードのマフィアを壊滅させたのは」


 その言葉に今度こそ、ギュスターヴは崩れ落ちようとして―――背筋を伸ばした。


「放った“毒虫”を戻さねばならん」


「それは此方で対処した。知らせた場合彼女を害する事はお前の本意じゃないだろうからな」


「あー……良かった、今ほどお前と友人であった事を感謝した事はないぞ」


 はあ、と深い息を吐きながらギュスターヴが椅子に背を預ける。その顔は今の会話でかなり老け込んだような疲れを見せていた。が、それも数秒だけの事だ。直ぐに己を律すると表情を戻し、思考を巡らせた。


「彼女、と言ったな。知り合いか?」


「まあな。危険な事にならない様にある程度裏から見守っている。今は貴族の使用人の様な、養子の様な立場で毎日を楽しく過ごしているようだからな。過度に干渉する必要はない」


「そうか……だが、そうか……」


 ふぅ、と心を落ち着ける様に原初の種がまだ残されていた奇跡にギュスターヴは感謝しながら言葉を整える。何をすべきか、何と言うべきか。考えが凄まじい勢いで流れて行く―――当然、それをルシファーは面白がっていた。魔界の友人が非常に生真面目な性格である事は理解しているし、同時に友人が必死に王国を作ろうと努力しているのも知っている。


 それを理解している上でルシファーはここに来ていた。


 龍がいると―――エデンの存在を伝えればどうなるか、という事を理解しながら。


 何をすべきか、どう動くべきか。その考えの間で苦悩するギュスターヴの姿を見て小さく笑みを浮かべた。


「どうする……あぁ、今はギュスターヴだったか? 此方はあまり彼女の幸せや平穏を崩そうとは思わず見守る程度に収めているが」


「無論、守る。保護する。それが第一条件だ! またあの気狂い聖職者共に聞かれてみろ、軍隊を派遣するぞ連中は! 一体何を殺しているのか、それが世界そのものを破滅へと進めているという事さえも理解せずにな」


「原初の種。星の化身。環境ユニット。神々の代理―――この星唯一の正当なる後継者だ。龍と言う種が彼女しか残されていない以上、将来的にこの星の管理を行えるようになるのは彼女だけだ」


 ―――龍、果たして龍とは何か。


 それをギュスターヴもルシファーも、正確に理解していた。それこそ今地上にいるほとんどの人類よりも、ずっと良く理解しているだろう。魔界伝来の知識であるとはいえ、結局のところ世界というのはどことなく似るものである。故に自分たちの世界には欠け、そしてこの世界では奇跡の上の奇跡でのみ存在が許された龍という存在が残されているのを、決して見過ごせるわけがなかった。


 魔界はそれを失ったが故に滅びへの道を歩んだのだから。


「……確か、なんだな? エメロードにいるんだな?」


「あぁ、勿論だとも。優しく、美しく、そして世の醜さに心を痛めるぐらい善良な娘だ」


「は」


 それは、それはなんとも幸福な娘だろうか、とギュスターヴは思った。まるで穢れを知らぬ娘のようだと。だがそれはそれで正しいのだろう。それが死因にもなった種族である事を考えると、馬鹿に出来る事でもない。大事なのは人理教会の抹殺者や龍殺し、ドラゴンハンターにその存在を気取られない事だろう。


「……見に行かなくてはならないか」


「お前自身がか?」


「あぁ……現状がどうであれ、最終目標を考えると一度は会わないと話になりはしないだろう」


「そうか」


 ギュスターヴの言葉にルシファーは満足げに笑みを浮かべると立ち上がり、言葉を残しながら姿を消し去って行く。


「なら心の赴くままに進むと良い―――魔王ベリアルよ。汝、己の欲するがままに務めを果たせ」


 光の中へと消え去る友人の姿を見送り、ギュスターヴは視線を窓へと戻す。


「無論だ、友よ。たとえ貴様が私を謀に組み込もうとも……私は同胞達が新しくこの世界で生きて行くための王国を用意する」


 果たして許される悪行とは存在するのか。


 100を救う為に1を切り捨てる事は正しいのだろうか。


 その答えを―――ギュスターヴ=ベリアルはとっくの昔に出していた。


 たとえ長年の友人が己を何らかの形で騙していたとしても、それを理解してもなお、突き進む。


 それのみが、彼が彼自身に許した事だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり、派遣された暗殺者共は無駄足だった…ってコト!? そして無駄に感度3000倍にされると。知らぬ事とは家 言え、かわいそうに…。 そしてこれが恐らく事件の翌々日くらいの事ですか。 だか…
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