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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
3章 王国学園・1年生編
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幕間 闇夜の攻防

 ―――闇を駆け抜ける姿がある。


 隠密性を選び騎乗用の生物を使用せず、両足のみで大地を踏破して行く姿はまさしく疾風という表現に尽きる。実際、黒い姿達を後押しするようにその背後には魔術によって生み出された追い風が発生していた。極小規模、小範囲。しかし移動を助ける様に発生する追い風は僅かとは言え速度を上げるという点で見ればコスパに非常に優れた魔術の一つでもあった。そうやって黒い影は闇の中を駆け抜けて行く。都合6体、闇に紛れる姿は迷う事無くエメロードへの道なき道を進んでいた、己の仕事を果たす為に。


 ―――何故、ギュスターヴは報復行動を行わなかったのか。


 黒い影たちは黒染めの装束で己の姿を隠しながら進んでいる。見つかれば目撃者を排除するなんて甘い事はしない。殺人は証拠だ。殺せばそれだけ痕跡が残る。プロフェッショナルは不要な事を何も起こしはしない。パーフェクトを目指す事が主の目的であり意思ならば、そうあれかし。それはそうなるだろう。


 だから黒い影たちは一切の痕跡を大地に残さない様に疾駆している。その力量は肉体に施された施術を含めて“宝石”と呼ばれる領域にある事は確実だった。完璧を求める。故に完璧な仕事をこなせる人材を運用する。その一手は間違いなく油断も慢心もない、殺しの一手。相手を殺す事を目的として“宝石”級の暗殺者を送り出す事はオーバーキルとも取られるかもしれない。だがそのオーバーキルであれ、職務が完全に遂行されるならそれはそれでいいのだ。


 故に影達は職務を遂行する。その為にエメロードへと向かう。


 主をコケにした者達を皆殺しにする為に。


 ―――そう、ギュスターヴは報復をしなかったのではない。


 報告を受けたのと同時に、報復を行っていた。


 エメロード近辺のマフィアが壊滅したと報告を受けたのは実際に壊滅した翌日、スラム街に潜ませている監視の者からの報告だ。それを受け取った時には既に判断は済まされている。暗殺者たちは音も、痕跡も、そして相手の命を残す事さえも許さずその役割を果たすだろう。“宝石”が6という数字は明らかにオーバーキルだ。


 それは無論、龍姫や侍、無頼の存在を含めてのカウントだ。


 果たして守るべき存在を人質に取られてどれだけ抗えるだろうか? 複数に不意を打たれて生存出来るのはどれだけか? たとえそれが最強の生物であろうと、同格、或いは格上を相手にもっと上の相手を想定した訓練を行い、数を増して囲まれたならば勝てる見込みなど存在しない。数と質の暴力というのは一つ増えるだけでも戦力のバランスを容易く崩す。


 それ故、これは一切、龍姫が気づく事がなく発生した最大のピンチであり、危機だった。


 到達してしまえば最後、死が約束される。軽率な行いに対する罰と言ってしまえばそれはそうだろう。殺したのだから殺される。恨んだから恨まれる。当然の報いだ。悪行には必ずカルマが存在する。それが善き事の為であれ、エゴイズムを通す為であれ、絶対にカルマは発生する。


 その積層が運命となって命を蝕む。


 龍姫にはそれが物理的に見え、感じられている―――。


 運命視。魔眼。或いは龍眼。生命として超越しているが故に感覚が超越している。その悩みや苦しみは単純に心のものではない。生命として超越しているからこそ本能が運命を察知している。引き寄せるべきではないものを引き寄せてしまう。龍という存在全てで分散させるべき業の一切が、圧縮されているとも言える。だからこそデッドエンドを引きやすい。デッドエンドを招きやすい。運命の変動が激しい。


 良縁と巡り合いやすければ、悪縁も引き寄せる。ダイスの出目が極端にブレる。それこそ穏やかで何もない辺境に閉じこもってでもいない限り、振るサイコロはファンブルとクリティカルしか示さないだろう。


 そしてこれは大凶の中の大凶、死へと通じる因縁を一発で引き当てた。だから死ぬしかない。龍姫は人知れず報復のために始末される。その運命が街道を回避し、道なき道を進み、川を越える為に橋を大きく回避して水面を歩行し、その向こう側にある森の中へと入り込み―――。


「―――はいはーい、そこまでそこまでー! ストップストップ! ヘイ! 止まろうぜ! なあ、おい!」


 運命に、待ったをかけた。軽薄そうな青年がパーカージャケットのポケットに手を突っ込んでいる。カーゴパンツと合わせた姿は多少見た目が良い事を除けば特徴と言える特徴のない、普通の青年だ―――今、暗殺者を出迎える様に立っているという点さえ除けば。


 闇を駆ける暗殺者たちはその足を止めた。足元の草地に初めて足跡を残すのはそこに込める力からだろうか。視線は隠しながらも真っすぐに青年を射抜いていた。


「Dr.ヴァーシー・モンスター」


「ヘイヘイヘイ、旦那は元気にやってる? 俺が勝手に抜けて困ってない? やあ、それにしてもキミらの施術イカしてるねぇ! 神経系に筋肉、骨密度も相当弄ってるなあ! 俺が残したデータをベースにもしかしてもうアップデート入れたの? 魔界の連中やっぱすげえなあ、魔族ってこの手の改造とか施術必要ないから技術体系全く違うのに直ぐに理解してくっからなー! ずるいなあー! 俺も魔族が良かったなあ!」


 げらげらと笑う青年の姿に暗殺者は動じず、静かに戦意を沈めた。それは決して戦意を隠した、という意味ではない。静かに、静かに武器を隠す様に。確実に殺す為にその攻撃の予兆を消し去ったという事でしかない。


 この時点で暗殺者は目の前の青年が―――元ギュスターヴの雇われ狂人が敵対していると悟った。そしてその強さよりも恐ろしい狂い具合を理解していた。率先して人体をモンスターにし、モンスターを更に変異させるような怪物を相手に会話が成立しない事なんてそもそも最初から理解していた筈だった。


 なら、何故、足を止めた―――?


 6の内5が散開する。牽制するように正面へライフルを引き抜き構えた―――魔力改造の施されたアサルトライフルは引き金を引くのと同時に無数の弾丸をばら撒き夜の闇に閃光が走る。迷いのない殺意がヴァーシーの姿を襲う。


「はははは、まあ、そうなるよね」


 笑いながらヴァーシーが回避する。銃弾を見てから回避するだけの身体能力は当然、自分自身の体を弄ったことに起因する。それでもその動きが洗練された暗殺者の動きと比べて明らかに不格好なのはヴァーシーが根本の部分で戦う者ではない事を証明している。だからヴァーシーは必死に回避する。その程度の能力しか彼自身には存在せず、戦おうとすれば十数秒で追い込まれるだろうから。


「あぁ、もお、酷いなあ! 元同僚に対してその態度はなくないか!? いいや、まあ、俺も勝手に辞めたのは悪いと思うけど……サ!」


 ぱりん、ヴァーシーの手から瓶が零れて割れる。それとほぼ同時に四方から囲む様にアサルトライフルが火を噴く。高低差を付けた十字砲火は純粋に攻撃が通じる相手であれば逃げ場も防ぎようもない攻撃手段として有効だ。実際、ヴァーシーであればこの攻撃を避ける事は出来ない。


 龍姫であれば単純な肉体強度で耐えるだろう。


 侍であれば弾丸を切り裂き、切り裂いた弾丸をぶつける事で空白を作れるだろう。


 だがその手の技能も能力もヴァーシーには存在しない。高いレベルで存在する身体能力は単純に保険であり、生活を快適にする為のツールでしかない。だからそれを駆使した状況の打開なんてヴァーシーには出来ない。


 彼は元からそういう風であると己を割り切っている。だから打つ手は簡単だ。


 対応できる生き物を創造すれば良い。


 摂理に反する行い。道徳を冒涜する行い。モラルの一切を理解しながら考慮しない行い。生命が生命を冒涜し、創造し、そして使い捨てるという異常性。それをヴァーシーは躊躇する事無く行使する―――そもそも、ヴァーシーという狂人はそれにのみ特化した存在だからだ。


 だからその反応は素早い。ヴァーシーの手から零れた瓶から出現するのは流体金属。リキッドメタルスライム。殺到する弾丸に対する剛性を見せる事でヴァーシーの身を弾丸の十字砲火から守護し、弾く。放たれる全ての弾丸が希少鉱石をベースに作成されたスライムの肉体に弾かれる。


「ひゅー! 容赦ねぇ! だけど、まあ、しょうがないよな! だってさ、俺らもう敵だもんな! いや、俺は別に敵だと思っている訳じゃないんだけどだけどだけどぉ……まあ、しょうがないというか必然というか俺の女神様に手を出すってんなら皆殺しにされてもしょうがねぇよなぁ―――! いやあ―――! 俺、かっこいい―――! 人知れず愛の為に戦う俺、超! 超! 超! かっこいい―――!」


 馬鹿の様な事を狂ったように叫ぶ。だが状況はその間にも動く。銃が通じないと判断すれば攻撃手段は一瞬で切り替わる。魔法によって空気が一瞬で燃焼し、ヴァーシーの肺とその中の酸素を焼く炎が発生する。リキッドメタルスライムでは対処できない炎。


 ぱりん。


 氷原の蝶が試験管の中から出現した。発生する炎を分子振動の制御によって停止させる。ヴァーシーの肺を焼こうとした炎はその口へと届く前に一瞬で鎮火された。その陰で用意されていた剣が首筋を狙い、リキッドメタルスライムによって逸らされた。


 だが斬撃が速く、重い。硬度は伴っていても、技量も質量も薄い液体金属では鍛え上げられた暗殺者の刃を防ぎきれない。斬撃が入り、それに続く様に打撃武器を構える暗殺者たちの動きは徹底している。


 対応だ。


 対応力だ。


 ヴァーシーの恐ろしさは一つ一つの状況、状態、耐性に対して適切なモンスターを運用する事で対応できるという事だ―――だがその判断を下すのはヴァーシー本人だ。複数の武器、複数の道具、複数の手段。そこから最適解を選びだすのはヴァーシーの判断でしかない。故にその判断を上回る数の暴力を繰り出す事で処理落ちを狙う。


 単純にして明解、ヴァーシーを殺しうる唯一無二の冴えたやり方。


 それはある意味、準備されていた裏切りに対するマニュアルでもあった。


 だがその程度、当然ヴァーシーも把握している。


「はは! こわー! こわー!」


 地面からゴーレムの腕が生える。それが剣を弾く。羊型のモンスターが鈍器の衝撃を吸収する。雪原の蝶が空間の温度を一気に落として暗殺者を凍死へと追い込もうとし、純粋な速度を伴った投擲が蝶を散らした。


 触手の怪物が迎撃のために出現する。走る斬撃がゴーレムを両断し触手がヴァーシーの体を守った。虚空に浮かぶマリオネットの腕がヴァーシーの体を操作し回避の動作を作る。羊が焼け落ちてその中から人狼が産まれた。


 咆哮、熱狂、斬撃、打撃、砲撃、重撃。


 連弾、連弾、連弾、連弾。


 狂ったようにピアノの鍵盤を叩く様に音が夜に響く。対応を迫れば加速するようにモンスターが増える。試験管が砕け、足元をタップすればそこから出現し、多種多様の異形がまるで湯水の如く湧き上がってくるのを暗殺者たちは淡々と最適な殺害手段を選ぶ事で圧殺する。


 そう、圧殺する。


 この場において、状況のコントロールを得ているのはヴァーシーではなく、暗殺者たちだった。


 ヴァーシーが作る者に対して、暗殺者たちは典型的な戦う者達だ。


 確かにヴァーシーの創造物達はどれも極悪と言う言葉が似あうだろう―――だが所詮はそれだけだ。恐ろしく、致命的ではある。だが絶望的ではない。生物の範疇を超えない。生命という範疇を超えないのであれば冷静に対処すれば良い。


 見た目は確かに奇抜だ。


 だがそれだけだ。


 生命であれば、殺せる―――。


 その摂理だけが暗殺者たちを突き動かす。殺せるのであれば勝てるという当然の原理。斬撃、打撃、焼却、妨害、俯瞰、重撃。それぞれがそれぞれの役割を担当しながら素早く攻撃手段を切り替える事でヴァーシーの手札に対して対応を迫る。


 それは冷酷無慈悲な殺す為の動き、詰みへと導く為の動き、ヴァーシー単体であれば絶対にどうしようもならない状態。


「は―――」


 だがそんな状況で、頬を刃が掠めるのを感じながらも笑った。肌が焦がされながらも笑った。狂人の笑みではない。勝利を確信しているが故の笑み。そもそもそうだ、待ち構えていたのはヴァーシーの方だ。それを暗殺者たちは理解している。追い詰めるペースを、手札を切らせるペースを上げていても結局はこれは罠だ。


 最後の手札が切られる前に圧殺する、それ以外に勝機がないデスレース。


 解り切った話、これはどちらが先に死ぬかを競うレース。能力を比べてより優秀だった方が生き残る原初の闘争。


 その軍配は、


 あまりにもあっさりと、傾いた。


 黒、黒、黒、黒黒黒黒黒黒―――黒。


 闇よりも濃い黒が這い出る。まるで最初から存在していたかのように、だがまるでこれまでの騒乱を気にする事がなかったかのように、ゆっくりと闇より濃い黒がヴァーシーの足元から這い出る。根源的恐怖を思わせる黒は影の形をしていた。いや、それは最初からずっとヴァーシーの影の形をして同化していたのだろう、この時、この瞬間まで。


 その黒がやる気を出す瞬間まで。


 平面たる黒が立体へと切り替わる。判断は鋭く早い。鉈を握った暗殺者が上段から両断するように斬撃を放つ。黒、金属、そしてヴァーシー。その全てを同時に両断するように放たれた斬撃はしかし、黒に沈み込む様に呑まれ、抜けた。


 それは間違いなく平面だった。平面でありながら立体だった。影という奥行きの存在しない無限の平面が立体という形状で再現されるが故、質量が存在する無限に奥行きの存在する平面という形で存在している。


 黒い、影の底なし沼。それが三次元世界へと侵食する。振るわれる鉈はただ影を通り、振り抜いて何も切らない。その向こう側へと斬撃を通そうとしても斬撃は平面の中を泳ぐだけで反対側へと抜けない。物理法則を逸脱した現象はそれこそ特異能力保有者が形成する異界そのものだと言えるだろう。そう、その平面は底なし沼の影と言う一つの異界だった。


「なぁーお」


 気の抜ける欠伸を零す鳴き声。平面の底、ヴァーシーの足元から影の主が出没する。


「さあ、さあ、さあ、我が最高傑作をご覧ください。これは魔界に君臨したかつての魔王、その遺骸を惜しみなく注いで作成した異端の中の異端、両世界の究極のコラボレーションの奇跡! ナインテイルズ“グリマルキン”! さあ、皆に挨拶をどうぞ!」


「……」


 ヴァーシーの足元から出現するのは黒猫の姿。二股の黒猫の姿。どことなく煩わしそうな視線をヴァーシーへと向け、そして仕方がないと言わんばかりの気配を纏っている。或いはこの場にいる事も、この男といる事も、こんな時間を過ごす事さえも不満でしかないのだろう。


 だが影の王はその暴威を見せる。見せざるを得ない。故に現実を侵略する。面倒そうに四足で立つ二股の黒猫―――その足元、影は尻の部分から七つの尾が伸びている。実体の尾が二本、影の尾が七本。合計九本の尾を靡かせながら一歩踏み出す。


 その姿に大剣が叩き込まれる。


 闇を、影を避ける様に空間の合間を縫ってグリマルキンを狙って斬撃が落ちる。


 重量、速度を乗せた斬撃はもはや一撃が大砲に匹敵するだけの破壊力を有している。たとえそれが身体を強化された存在であろうと、まともに受けてしまえば体が砕けるだけのダメージを受けるのは必然だ。空を裂く切断力はそれが重量物であるからこそ加速する。殺す、その一点において武器というものは設計され、技巧によって完成されている。


「……!」


 それをグリマルキンは回避する。実体の尾を1本使ってヴァーシーを確保し、影尾を2本使って大剣を沈める。跳躍する姿は人よりも軽やかで、力強い。小型であると侮るなかれ、そのつくりは地上のあらゆる生物を想像して超える程密度の濃いものとなっている。


 故に死は黒猫に届かない。斬撃は底なし沼を抜けて振り抜かれる。だが当然それは本命などではない。1撃目、最初の攻撃が沼に沈んだ時点で暗殺者たちは対応策を導き出した。言葉はなく、ハンドサインと足音による暗号会話。態々言葉を口にする必要なんてない。


 そう、彼らはプロフェッショナル。


 怪物の一つや二つ、当然のように殺し慣れている―――。


「なぁおん」


 緩い鳴き声。だがそれに反して反応は鋭く、重い。影尾による迎撃。炎と氷、そしてオートボウガンによる毒矢の連射。素早い連撃が間隔をずらしながら集中砲火される。対応を迫る砲火は一瞬でグリマルキンの影尾を4つ占領する。交差、掲げ、伸ばし、自由自在に形を変える尾が攻撃を飲み込んで消化する。底なしの胃袋が永遠の虚として放たれた攻撃を呑み込み、その合間を縫ってハルバードが2本振るわれる。


 影尾による防御で3本使用される。長い武器はリーチだけではなくその円心運動から来る加速と遠当てが厄介だと理解するグリマルキンが保険に防御を回す。そしてその予想を当然と暗殺者が満たす。加速からの斬撃を放ち大地を抉り走る。


 大地を走る斬撃を放ちながら周囲から40を超える魔法攻撃が迫る。360度全ての方角から集中砲火し、前衛に張った暗殺者をサポートする攻撃が一気に降り注ぐ。


「……」


 だがその間も冷静にグリマルキンが対処する。影尾の質量が増大する。周りの闇を吸い上げる様にその大きさが変動する。それまでは尻尾の形をしていた7本の影が肉食獣の頭部へとその形を変化させる―――そう、さながら七頭の龍だ。形だけであれば龍を模した影尾が伸びて攻撃へと喰らいつく。


 そして食い千切った。物理的に存在しない筈の尾は明確に物理現象に対して干渉する。概念干渉、原理侵食、現実屈折。単純にグリマルキンという1匹の猫が保有する概念の総量が現実よりも重量を持っているというだけの事でしかない。


 それが解っていた暗殺者たちは絶対に安易な行動を取ろうとしない。グリマルキンは既にヴァーシーというハンデを背負っている。絶対に庇いながら行動しなければならないという制約がその戦闘力を大きく制限していた。


 その上で戦闘慣れ、殺し慣れたスキルが明確に有象無象の“宝石”クランの下級戦闘員とは明確に違う。効率的な訓練の上に繰り返されてきた実績、それはもはや単純に暗殺者の存在を物語のモブとして処理するのには不可能なレベルの実力者である事を証明する。


「はーっはっはっは! やるやるぅー! いやあ、皆さんほんとお強いですねもうちょっと手加減しても良いんですよぉぅぁ―――!」


 余計な事を喋ろうとするヴァーシーを引きずりまわす様にグリマルキンが引っ張る。戦闘速度が2倍に上昇する。単純なスペックだけであればかなり高いヴァーシーの意識が戦闘速度について行けてないのは、戦う者と戦わない者の差から来るものだ。


 そして弾ける閃光。


 闇には光を。


 影を消すには光の質量を。


 グリマルキンを消し飛ばすのであればその足元の影を。シンプルな結論から導き出された解答に閃光が影を焼く。影尾を少しでも削れれば問題無しと判断された故の一手、弾幕の中に混ぜられた閃光はどうしようもなく、眩く影を焼いて、その脆弱性を浮き彫りにする。


 一瞬の空白。影尾が焼かれる。光に消え―――焼かれた影が濃くなる。


 照らされた影は消える。成程、道理だろう。


 だが同時に強すぎる光は闇を更に濃くする。


 グリマルキンとヴァーシーに殺到する攻撃は焼かれた直後、一掃された。光に焼かれる事で更に強化された闇は、影尾はその強靭さと質量を増大させた。最初はグリマルキン自身の大きさしか存在しなかった影は周囲の闇を食って増大し、そして炎や閃光によって炙られる事で強化された。


 確かに夜と言う領域は影、闇を操る存在にとって最も有利なフィールドなのかもしれない。だが、こと、この二股の黒猫にとっては逆だ。日中こそ真のフィールドになる。光に焼かれ続ける日中でこそ無限にその影は濃さを増して行く。夜というフィールドは殲滅力を無限に供給される闇によって補う狩り場だ。そして今、光を供給されたグリマルキンの力は増大した。


 イミテーション・ドラゴンテイル。龍頭を模した影尾は質量と力の増大に伴い防御ではなく攻勢へと一瞬で転換する。まるで生きているかのように大口を開けた絶対悪の象徴が喰らいつく。放たれる魔法や矢弾なんて気にする必要はない。そんなもの触れた端から全て沈んで行く。


「っ……!」


 1人目。


 最も近くにいた暗殺者を龍頭が呑み込んだ。終わりのない闇。出口のない沼。沈み続ける漆黒に1人消える。それによって暗殺者たちの連携の幅が狭まる。1人が消えた所でそれで壊滅するほど弱くはない。だが今の一瞬で劣勢である事が理解できる。これは殺しきれない悪夢だ。戦う事を放棄すべきだ。


 判断は早い。


 1人呑み込まれた時点で、最低限の仕事を果たす為に2人が都市の方へ向かい走り出す。残された3人が決死で足止めをすべく近接戦へと持ち込むための武装を召喚する。


「おぉう、判断早いなぁ。いや、ほんと、マジで悪くないよ。でもウチのお猫さま相手だとちょっと意味がないかなあ、なんて!」


 無論、ヴァーシーは通す気なんてない。そもそも森が罠だなんて、気づいて然るべきものだったのだ。それが単純にヴァーシーが網を張っていた場所だと、それまでのモーションが存在しなかったから勘違いしている。


 暗殺者の逃亡に反応するように茨と華が咲き乱れる―――どこぞの森の花園を思い出させるような極彩色の花園が遮る壁の様に生まれた。暗殺者たちの逃亡を阻止するように発情、麻痺、睡眠、毒、あらゆる害意を備えた花と茨が森に咲き乱れた。最初からここはキルゾーンだ。命を生み出し、冒涜するヴァーシーにとってこれぐらいの芸当は手品レベルの遊びでしかない、指向性を与えて命を咲かせる。元々はヴァーシーの仕込みだったのだろうが、


 強化を完了したグリマルキンに、そんな足止めはそも不要だ。


 壁、それが覆う。


 漆黒の壁とも見えるそれは影の津波だ。逃げる暗殺者を追い込む様に、残された暗殺者を吸い込む様に―――一瞬で周辺の影を徴収した影の王は息をつく間もなく一瞬で津波を放った。大地を一掃する様に解き放たれた濁流は一切の破壊を生み出さない。音だって存在しない。当然だ、それは平面にしか存在しない影なのだから。三次元的な干渉を行える方がおかしいのだ。


 だが触れた暗殺者たちは一瞬で呑まれた。


 最初からそんなものはなかった。そう言わんばかりに森の中にあった暗殺者とその痕跡を全て呑み込んで終わらせた。


「……」


 戦闘を終えたグリマルキンは前足を突き出して体を伸ばす様に体を解し、影を元のサイズにまで収めると軽く欠伸を漏らしながら尻尾で絡め取っていたヴァーシーの姿を大地に投げ捨てた。


「いやはや実に実にお見事。だけどそれはそれとしてこのお父様に対する態度もうちょっと改善出来ない!?」


 何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの視線をグリマルキンはヴァーシーへと向けた。


「なんだよその目はよぉ……! 俺はお前を作った―――あ、ごめん! 許して! その目は止めて! でも推しの家に入り浸っている事実は俺死ぬほど怒っても良いと思うの!! ねえ! ずるくない!? あ、でも同じ空間にいるだけで限界になりそうだしなあ、俺……はあ、マイ女神……なんて美しいんだ……」


 ふぅ、と溜息を吐きながら心を落ちつかせたヴァーシーはジャケットのポケットに手を入れ、そこから試験管を複数取り出し、その中身をグリマルキンの影に注いだ。


「感度3000倍乳首ねぶりスライムを暗殺者共の所に流し込んでやろ。えいえい、俺の女神を殺そうとしやがって。ギュスターヴの旦那の所に送り返されるまでこれでも喰らってろ」


 物凄い嫌そうな表情を浮かべるグリマルキンを無視して復讐を遂げたヴァーシーは満足げな表情を浮かべる。


「よーし! これで俺の仕事はおーわーりー! 後は旦那の仕事だし今日は終わりだ! よし帰ろうぜグリマル―――あっ!? 俺を置いて先に帰りやがったこいつ!」


 ずぶずぶと影に沈んで先に都市へと帰って行くグリマルキンを必死に追う様にヴァーシーが移動用の影の中へと飛び込んで行く。


 そしてそこから、全ての姿が消失した。


 まるで最初から誰もいなかったかのように。異常な姿をした森は数分後には生命の法則を逸脱した報いを受ける様に急速に枯れ、証拠を残さない様に戦いの跡を呑み込んで散った。


 まるで最初からそこには、何もなかったかのように。

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― 新着の感想 ―
[一言] 暗殺者達消滅したわけじゃなくて生きてるんですね、この後乳首アクメで正気度下げられた暗殺者たちが送り返されるのか 暗殺者は全員宝石だし賢いクロネコは人造ボスモンスターだし戦闘略のインフレが半端…
[気になる点] 感度3000倍乳首なぶりスライム……?!
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