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TS龍娘ダクファン世界転生  作者: てんぞー
3章 王国学園・1年生編
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デスペナルティ Ⅴ

 アレから2週間が経過した。


 ギュスターヴ商会からの報復を恐れる所もあり、この2週間は不眠でリアとロゼの護衛に回った。普段であれば学園にいる間の適当に暇を潰していた時間帯にも、リアたちが感知できない様に気配と姿を消して護衛についた。流石龍の体というべきか、2週間不眠であろうとも特に眠気が襲ってくるような事もない。それこそ丸1か月眠らずともどうもならないだろう。


 そして恐れた報復の様な事はなく、ワイズマンからギュスターヴとの手打ちが完了したという報告があって漸く胸をなでおろす事が出来た。






「―――で、マジでなんもなかった?」


 2週間が経過し、ワイズマンから手打ちが完了したという報告を得てもなお、首を傾げる所があって俺達―――即ち従者組は集まっていた。真面目な話、ギュスターヴ商会がマフィアの元締だったとすれば、顔を完全にぶっ潰した事になるのだ。俺が連中だったら確実に何らかの報復行動を取るだろう。学園の一角、学生が運営するカフェ―――学園内で育てた作物を利用したり実験する為、後は社会経験を積む為等の為に学生が経営するカフェが学園内にはある。


 俺達はそこでちょっとしたティータイムを過ごしながら近況の報告をしていた。クルツ、ハリア、楓、ダン、そして俺。あの時あの場にいた従者は全員揃っている。唯一、ソフィアだけ従者が存在しないので、彼女の関係者だけがここにいない。従者さえいない赤貧貴族という立場は、想像以上に辛そうだなあ、なんて事をそれで思っているが、さて。他の人も俺と大体同様の状況らしく、


「此方は特に何もなかったで御座るなぁ。念のため色々と気も張っていたが、それでも特に監視されるとかそういう事もなかったで御座る」


「あ、自分は旦那様からよくやったって滅茶苦茶褒められたっすね。やっぱ狂ってるよあの方達。次はお嬢様を絶対に連れて行けって念を押されたっすわ」


「お前の家はおかしい」


「そうで御座るかぁ……? 普通の事では御座らんか? 勝ち戦なら経験を積ませるのが定石」


「黙ってろ外国人。特殊ルールで生きている人間は意見を出すな」


 その言葉に楓がしょぼーん、としてしまうが、それを無視してハリアがえぇ、と頷いた。


「此方も動きがなかったです。交代の要員を手配して24時間警護の体制を整えていましたが……それでも何らかの行動は見えませんでしたね。それどころか中央からの干渉も特にありませんでした。本当に驚く事ですが、今回の件はワイズマン卿が完全にギュスターヴの干渉を弾き出す事に成功したようです……ダン、貴方はどうでした?」


 ハリアから視線がダンへと移り変わり、ダンは溜息を吐いた。


「シェリルお嬢様が旦那様からお叱りを受けた。とはいえ、具体的なペナルティの様なものはなかったが……現在、アルド殿下とワイズマン卿の庇護下にある様な状態だ。何らかのペナルティを与えたくても立場上難しいのだろうな」


「お叱り程度かあ……あんま心配する程ではなさそうだな」


「ま、そうなるな……それで貴様の方はどうだ?」


 視線が此方へと向けられるので、手を広げる。


「そもそもうちは1週間2週間じゃ手紙のやりとりが可能な範囲じゃないよ。今頃ここで暴れた事が漸く伝わってるぐらいじゃないかなあ。まあ、不眠でこの2週間都市内をずっと張ってたけど、俺のところには異常らしい異常はなんもなかったぜ」


 広げている手の上に小鳥たちが一斉に集まって止まる。手を降ろしたい所なので腕を前へと持ってくると、そのまま小鳥たちが頭や肩、角の上へと移動してくる。両手は自由になったが、俺自身は一切自由になってねぇんだよなぁ……。まあ、特に気にする程の事でもないから別に気にしないんだが。ただやっぱこいつらちょっと調子乗ってない? 改めて上下関係叩き込むか? 俺も眷属の作成で亜竜を作成できればなー、とか思ったけどやったら一発アウトだわ。


「うーむ……エデン殿がそう言うのであればそうなので御座ろうな」


「動物たちを使役して情報を集められるエデンさんはこの都市1の警戒網を持っていますからね……普通、ここまでコケにされたら報復の一つや二つされても何らおかしくはないのですが。寧ろワイズマン卿がどうやってここまで平和裏に話を整えたのか、其方の方が気になる所ですね」


「政治の話は魔窟」


 うーむむ、と口元を抑えながら唸る。実際のところ、どういう政治的手腕があればあれほどコケにされたギュスターヴの報復を抑え込めるかというのはちょっと解らない。今のところ解っているのはギュスターヴ商会が継承レースの激化に一枚噛んでいて、その上でエスデル国内での影響力をかなり高めているという事だろうか? そんな相手にどうやって足を止めさせたんだろうか。直接的なコネを持っているとか? 或いは本人の弱みを握っているとか? 何にせよ、まともな手段ではないのは確かだ……そう考えるとあの老木の事がちょっと恐ろしくなるな。


「現状私たちで出来る事は引き続き警戒する事ぐらい、ですか」


「まあ、そうなるだろうな。とはいえ流石に2週間も経過して今から何か行動に移すとは思えないがな……。距離的に考えてここから王都まで話が届くのに早馬で2日だ。1週間もあれば何かしらの動きはあった筈だろう。それがないと考えると本当に何もアクションを取らないつもりなのかもしれないな」


「ふーむ」


 悩ましい話だ。起こるべき事が起きてないのだから、そりゃあ何もかも怪しく見えてくるだろう。とはいえ、現状権力のない俺達で出来る事と言えば警戒する事だけだ。


「となるとこの集まりも一旦解散かな」


「っすかねー。結局はどうしようもない話っすし」


「そんじゃ解散解散。それぞれの職務に戻って連絡を取り合う形で」


 ぱんぱん、と手を叩いて体に止まっていた鳥たちを空へと戻す。それに合わせて解散しようと集まっていたカフェから離れようとした所、ダンから少し待て、と声が響く。懐へと手を伸ばしながら数枚のカードをダンが引き抜く。そしてそれをそれぞれ、俺達へと渡してくる。触り心地から中々良い質の紙が使われているのが解る。紙面を確認すれば見慣れない名前が書いてあった。


「これは?」


「招待状だ―――ヴィンセントの処刑へのな」


 ダンがそのまま言葉を続ける。


「悪趣味だとは思うが、それでも子を殺された事に対する怒りを少しでも発散する為に公開式でリンチと処刑を執り行うらしい。それに捕まえた者達も是非、と」


「興味ないで御座る」


 楓は一瞬で招待状を破って捨てた。それをダンが苦笑して去る姿を見送った。


「無論、強制ではない。そしてお勧めはしない。主に伝える必要もない。悪趣味な催しに付き合わされるだけだ」


 その言葉にハリアとクルツも招待状を破り捨てた。


「お嬢、こういうの嫌いなんで」


「殿下には無駄な苦労は必要ないでしょう」


 その言葉と共にクルツとハリアも去って行く。その姿をダンと共に見送りつつ、手元の手紙へと視線を向ける。その中身を素早く確認してからけっ、と声を零して魔力を流し込む。白い魔力の効力によって紙は一瞬で浄化されて存在が希薄化し、消滅する。


「趣味じゃない」


「ま、だろうな。俺の方から断りを入れておくさ」


「おう、そんじゃ」


 ダンへと向かって手をひらひらと振って俺もカフェを後にする。






 ごろり、市内の公園の芝生の上に寝転がる。木の根元には影が差していて日を遮ってくれるお蔭で過ごしやすい。頭の中を満たすのはヴィンセントの処刑の事だった―――当然と言えば当然の話だ。罪を擦り付けた先なのだから、ヴィンセントがその罪を清算するのは決まり切った事だ。そしてそれが貴族の命を奪ったという罪ならば、その分苦しめられるのも当たり前な話だ。そもそもこの世界、この時代、貴族による私刑は割と普通な事だったりする。


 法整備や倫理観の発達が他国よりも早いエスデルだからこそ比較的現代に近い考え方でも生きて行けるのだが、そもそものベースが人権とかの考えが未発達の世界なのだ。


 盗めば腕を切り落とす。


 詐欺なら舌を切り落とす。


 殺人に対しては死を与える。


 犯人にも人権があるとか、罪に対して非道すぎるとか、そういう考え方は基本的にはない。悪い奴は悪い奴で、悪事に対する償いが死や苦痛を伴う事は当然でしかない。ヴィンセントがやった事はマフィアの運営、麻薬の密売、銃器の密売、そして貴族の子弟達をクスリに沈めたり殺したりしたという事。その一部が例え、俺達が押し付けた冤罪だったとして、それ以外にもヴィンセントが殺人を行っているのはほぼ確実だろう。だからこれはヴィンセントが受けるべき、当然の報いでしかないのだ。人を殺したのだから、人を苦しめたのだから、ヴィンセントが苦しむのも死ぬのも必然の話でしかない、


 と―――そう割り切れるんだったら、どれだけ楽だったのだろうか。


 割り切れるはずがない。そんな簡単な話じゃない。人を殺す事を覚悟しても、人を殺せるようになっても、人を殺したほうがいいと判断しても、それでも人を殺す事は決して良い事ではない。殺す感触は気持ち悪いし、人の断末魔は聞きたくないし、殺せばその分憎しみが空気に紛れて浮かんでいるのが見えている。魂が抜けて行く所を見た事があるか? 俺はある。良くある。殺すたびに見ている。どれだけ苦しんでいるのか、どれだけ苦しんだのかが見えているし。


 気持ち悪い。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 何よりそれを受け入れようとしている自分が一番気持ち悪い。吐き気がする。この時代に自分の思考を適用しようとするとまるで自分の心を捻じ曲げる様な感覚に陥る。だが解っているのだ。異常なのは周りじゃない、俺なんだって。正義と悪という概念は既に倫理観の中で培われているのだ、ここの人々の中で。だからそれに俺個人でおかしいと主張したところで何の意味もない。


 それこそ俺はこれからも死体を積み上げなきゃいけないんだ。リアもロゼも戦う力は俺からすれば最低限のものしかないのだから。


 もう既に数百を超える屍を積み上げているのに、今更辛いとか苦しいとか言える筈もない。


 そう、殺したのならその死を背負わなければならないのだ。


 ならヴィンセントを死へと導いた俺の責任はなんだ?


 死ぬことをちゃんと見てやる事だろう?


「ま、そっか。そうなるか」


 招待状の中身は確認した。確認したのは一瞬だけだが内容を覚えるには十分すぎる時間だった。ここから1日程の距離の別の街でどうやらヴィンセントの処刑は行われるらしい。最初は公開リンチ、そのあとに首を吊るす……と書いてあったか。趣味は悪いし、到底理解の出来ない事だ。だけどその憎しみは解る。


 奪われたら何かに憎悪をぶつけないと、人の心というものは簡単に壊れてしまう。不幸を誰かの、何かのせいにしなくてはならない。そうしなければ心の平穏は守れないのだ。そして今回の件は何の同情も出来ない程にマフィア側が悪いのだ。


 それでも、命を奪って当然だと思う世界には吐き気がする。


 そうだ、俺は嫌いなのだ。殺すという考えが、平気で命を奪う世の中が。そしてそれを実行している自分自身に。それでも見て見ぬフリをしないのは、単純な矜持の問題なのだろう。


 もっと楽天的で考えない性格であれば良かったのだろう。だけど幸か不幸か、賢い種族に生まれてしまった。納得のいかない答えにずっと別の答えを探し続ける人生は疲れる。


 いっそのこと、記憶喪失にでもなってしまえば楽だろうに。


「ふぁーあ……眠っ」


 もっと自然のある場所で眠りたい。都会という環境はめんどい。人が多すぎる。自然が少なすぎる。空気中のエーテルが少なくて体が辺境にいた頃程自由に動かない。酸素を必死に奪い合っている様な気分にさせられる。


 どうしてこんな所に来ちゃったのか……今更ちょっとした後悔が胸にある。


 ずっと辺境に閉じこもって生きている方が遥かに楽だっただろうに。


 だけど、リアの可能性を潰すのは嫌だ。実際のところ、元々が賢い娘だったのだ。勉強が嫌いなのは単純に楽しくないから。今、学園と言う環境で多数の友人を作って遊べているリアは勉強も遊びもこれ以上なく楽しくしている。


 その姿がちょっとだけ、俺には寂しかった。


 リアが少し大人になる様な……離れて行くような、そんな感じがして。


 でも結局100年後には今の時代を生きる人間は誰も生きていないんだ。そしてその頃には俺はまだ龍の雛のままなんだろう。これから途方もない時間を数えきれない別れを繰り返しながら生きて行く。


 その事を考えると、ヴィンセントの処刑と死は、始まりでしかない。


 俺はきっともっと慣れるべきなんだろう。


 死と苦痛に。


 隣人の様に愛して抱擁すべきなのだろう、この理不尽を。


 だから俺は見に行くことにした。


 こっそりと、誰にも悟られない様に。


 罪と罰という言葉の意味が現代ではどういう形を持つのか。

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