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VSエレナⅡ

「なるほどな」

「何よ、その勝ち誇ったような顔は」

「今お前が放った攻撃は重力異常の影響を受けなかった。やはりその魔法は重力を反転させているのではなく、お前が恣意的に重力、というよりは力の向きを操作しているということになる」

「そうかもね。とはいえだったら何だって言うの?」


 エレナは苛ついたように言う。


「それならどういう術式かもう分かったというだけだ。そして術式さえ分かれば解除することが出来る。見てろ、逆詠唱・コントロール・グラヴィティ」

「嘘……」


 俺の詠唱を聞いてエレナの表情が蒼白になる。エレナがどれだけ時間をかけて用意した術式であろうとも、正体が分かってしまえば逆詠唱の前では無力だ。


 エレナの周囲に展開されていた魔法は瞬く間に消滅してしまう。それを見てエレナの表情から一気に血の気が引いた。


 こうなってしまえばエレナを直接攻撃することも、魔法をぶつけることも可能だ。俺が言うのもなんだが、錬金術師は魔道具や事前に用意した魔法がなければ大した戦闘能力はない。


「これで本当に裸の王様になったな」

「くそ……あと一歩だったのに。だが、こんなところで終わる訳にはいかないわ」


 そう言ってエレナは一本の鍵のような形状のものを取り出す。

 俺は思わず嫌な予感がして尋ねる。


「何だそれは」

「ふふ、これは賢者の石の起爆装置よ。正確に言うと、今石を抑えている装置の起爆装置と言うべきかしら。これが起動すればこの離宮も石の暴走に巻き込まれ、あなたも私も全員魔力を奪われる」

「何だと!?」


 その言葉に俺は動揺する。

 もしここで負ければエレナの命が助かる保証はまずないだろう。犯した罪は数えきれないほど。そうであればただ負けるよりは、という思いでそれを起動して王国をめちゃくちゃにする可能性はある。


「取引をしない? お互い、相手のことが死ぬほど憎いと思うけど、私はこれをあなたに渡す。あなたは石を直す。そしたら大臣にでも何でも任命するし、いくらでも好きな給料も領地もあげるわ」

「そんなこと飲めるか!」


 俺は叫んだものの内心は動揺していた。ここで下手にエレナを刺激し、賢者の石が暴走したらどうなるのだろうか。相手がまともな人物であればそんなことはしないだろうが、今の血走った目をしているエレナであれば本当にやりかねない。


 もし俺たちの魔力が全部奪われれば、純粋に腕力がある者が勝つ。もしかすると屈強な近衛騎士により俺たちは全員取り押さえられるかもしれない。それとも、魔力を奪われ過ぎて俺たち全員が意識を失い、ここで野垂れ死んでしまうのだろうか。


 そこまで考えて俺はふと気づく。

 そもそも石の暴走で魔力が全て奪われているのであれば、石の制御装置を遠隔で破壊することは不可能ではないか。それに、石の制御装置が開発出来たのであればエレナの性格上、憎い俺を呼び戻すよりもその制御装置を完成させることを急がせるはずだ。


 それに気づいた俺はほっとするとともに空恐ろしくなる。明らかに敗北が決まった状況でも頭をフル回転させて一時しのぎとはいえはったりを思いつき、堂々とその演技をするとは。これがエレナの言っていた勝利への執念というところか。


「どうした!? 何がおかしい?」


 種が分かった俺の表情には知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいたらしい。


「王女ではなく役者として生まれたら大成していたかもしれないと思ってな」

「……くっ」


 そこへばたばたという音と共にゴーレムたちが倒れる音が聞こえてくる。見るとマキナが素手でロックゴーレムたちを倒していた。

 また、アイシャを抑えるミリアの元にも精霊たちが戻ってきている。


「もう終わりだ、エレナ」

「くそ……あと一歩だったのに」


 エレナはそう言って悔しそうに唇を噛む。しかしなおも彼女は降伏する気はなさそうだった。もっとも、降伏したところで命が助かることはないだろうから当然と言えば当然だが。

 もはやエレナに手札は残っていなさそうなので、最後は魔術師らしく魔法で決着をつけることにする。


「これで終わりだ、アルケミー・ボム」

「マジック・バリア」


 俺が放った爆弾をエレナが防ごうとする。エレナが張った防壁に爆弾がぶつかり、轟音とともに爆発する。爆風と煙で一瞬前が見えなくなる。そしてエレナが張った防壁は轟音とともに砕け散り、エレナ自身も爆発に巻き込まれた。


 煙が収まると、そこには全身に火傷を負い、倒れているエレナの姿があった。


「これで終わりか」


 彼女の遺体を見て俺はようやく息を吐く。元々そこまで魔術師として強力な力があったとは言えない彼女だが、王女という身分とその執念でよくここまでやったものだ。彼女の執念がもっといい方に向けば今頃もっと違った結果になっていただろうに。


 そして、周囲で戦っていた騎士たちも動きを止めた。ケイン王子の首筋に剣を突き付けていた兵士も武器を捨てて逃亡した。


 それを見てアイシャがケインに駆け寄る。ケインは魔力が回復しきっていないせいか弱々しい手つきでアイシャを抱き寄せる。

 俺の元にはゴーレムを倒したマキナが歩いて来る。


「さすがアルスだった」

「マキナもよくやった」


 俺たちは達成感に包まれているが、周囲は必ずしもそうではなかった。腹違いとはいえ実姉と戦うことになったミリアは落ち込んでいるし、戦うのをやめたエレナ派の騎士たちの一部はその隙に逃亡した。騎士や兵士たちもこれまで同僚だった者たち同士で刃を向け合ったこともあり、手放しで勝利を喜んでいる者は少ない。


 さらに俺たちの戦いを聞きつけた他の家臣や兵士、貴族たちが早くも騒ぎを起こしているようで、王宮からはうっすらと騒ぎが聞こえてくる。とはいえ王宮の問題は俺の手には負えないし、どうしたらいいのかも分からない。


 仕方なく俺は再会を喜び合っているケインとアイシャに声をかける。彼に国を任せていいのかも分からないが、今エレナに代わって国を治めるとしたら彼しかいないだろう。


「二人とも、この騒ぎをどうにか収拾してくれ」

「ああ。あなたも助けてくれてありがとう」


 俺に声をかけられて、ケインは思い出したように俺に礼を言う。


「俺は賢者の石をどうにかしてくる。ここは任せたぞ」

「わ、分かった」

「それならわらわも行く」


 王宮に向かおうとする俺についてこようとしたのはマキナだった。


「いや、石は危険だ。それに冷たいようだが、知識のない人間が向かっても役に立たない」


 普通の人でも危険なのに、魔王の力を持つマキナが近づけばどうなるか分かったものではない。とはいえそれを口に出せる場面でもない。


 が、マキナは俺の視線を受けてそれを分かってくれたようだった。


「分かった」



 こうして俺は一人で王宮へ入った。


「うっ」


 王宮に入った瞬間、俺は全身から力が吸い取られていくのを感じる。そもそも俺は技術や知識が人より多いだけで、魔力は大したことがない。このままでは全ての魔力が吸い取られてしまう。まるで貧血で頭がくらくらしている時のようで、油断すると倒れてしまいそうだ。


 それでも俺は自分の剣を杖のようにつき、体を引きずるようにして賢者の石がある部屋まで歩いていく。あれほど栄えていた王宮の中はすでに廃墟のようであった。置いてあった魔法の品は全て黒ずんでひび割れており、誰ともすれ違わない。中には火事場泥棒にでも遭ったのか、荷物が散らかったままになっているところすらあった。


 部屋に近づくと一段と魔力の吸引が強くなり、俺はひからびてしまいそうになる。ドアを開けると、中では俺が作った賢者の石が怪しげな光を放ちながら周囲の魔力を吸っていた。


 早速石を見てみると、魔法の効果を出力する術式が間違っている。石が周辺から魔力を吸うのは石を永久に起動したままにしておくために必要なのだが、本来は空気などから吸える魔力で十分なはずだった。


 しかし吸った魔力を結界に変えて発動する術式に狂いが生じている。本当は少量の魔力を何千倍にもして発動する術式のはずだったのだが、それが失敗しているせいで大量の魔力が必要になってしまっている。


「よし、後は直すだけだ」


 幸い術式の書き換えは魔力がなくても可能だ。しかし魔力をほぼ失っているせいで頭痛と吐き気、そして意識が飛びそうになっており、全く集中出来ない。


「うっ」


 俺は頭を抱えながら術式を見ていく。最初は正しい術式だったはずなのに石が起動しているうちにひずみが生じている場所を見つけ、記憶を辿りに元の内容に戻していく。薄れそうな意識の中、繊細な術式を微調整する。


 少しでも手元が狂えば石が大暴走する可能性も秘めているが、どうにか直し終えた。


「ふぅ」


 すると、徐々に石の力が弱まっていく。良かった、これで直ったか、と思ったところで俺は意識を失った。


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