エレナとの再会
その後旅を続けること一週間ほど、俺たちはついに王都にやってきた。
俺が王都を出た時は人々が賑わう声が聞こえてきたし、王都の門をまたいだ瞬間一気に周りが寂しくなったと思ったが、今の王都は様変わりしていた。
暗く陰鬱とした雰囲気が漂い、人々は皆脅えて肩を縮こまらせながら生きている。また、そもそも人数自体が減っている。賢者の石を恐れて逃げたのか、エレナを恐れて逃げたのか。
そんな訳で王都は王都というよりは捨てられた街のようになっていた。
「これは酷いな。まだ他の街の方が普通に賑わっていたというのに」
「私が出た時はまだ活気があったのですが……」
「私の時はすでにこうだったかな」
俺たちのような少し珍妙な集団が歩いていても、人々は気にも留めない。
王宮に近づいていくと、『この先危険のため立ち入り禁止』と書かれた看板があり、ロープで区切られている。危険も何も、元々王宮に一般人は入れないはずだったのだが。
俺たちが城門に向かうと、門番は少し驚いた顔をした。俺やアイシャは有名人だから無理もないだろう。
「アルスさん……本当に来てくださったんですか」
「そうだ」
門番の言葉に俺は頷く。
すると彼は悲痛な表情で助けを求めてきた。
「助けてください、このままでは王国はおしまいです」
「ああ」
俺は言葉少なに頷く。あまり長々としゃべってしまうと俺がエレナを倒そうとしていることがばれてしまいそうだ。
「エレナ殿下はあちらの離宮におられます。王宮に近づく際はくれぐれもご用心ください」
「分かった」
城門をくぐると、壮麗な王宮が目の前にそびえているが、そこからはほぼ人の気配がしない。たまに虚ろな目をした使用人が中の物を持ち出してどこかに運んでいるのが見える程度だ。
大分離れて歩いていても、体からかすかに魔力を吸われているような気配を感じる。
逆に王宮の主殿から離れた森の中には立派な建物が建っているのが見えた。
「私の離宮が改修されてますね」
それを見てミリアが苦笑する。ミリアの話では普通の家と大して変わらないものだと聞いていたが、今では小さいといえど宮殿のようになっていた。
王都がこんな風になっていてもまだ自分の住むところの改修を怠らないのはエレナらしい。
「よし、行くぞ」
離宮に行けばおそらくエレナと会うだろう。出来れば早めに倒してしまいたいが、エレナが俺たちをどのくらい警戒しているかによって対応は変わる。
離宮の近くには王宮騎士団の者たちが物々しい警備体制を敷いている。しかし魔術師が皆賢者の石の供物となっているせいで、魔力がある者は少なそうだ。
「約束通り、アルスを連れて来たわ」
「うむ。ではアルス一人だけ入るように」
いかめしい顔をした騎士が言う。二人が通されないことは考慮していたが、まさかアイシャまで俺と一緒に入ることが出来ないとは。
俺は少し逡巡する。石が直るまではおそらく殺されることはないだろう。しかしこの三人とはぐれて、万一ミリアの正体やマキナの能力が露見してしまえば戦いになる。戦いになったときに俺だけ離れているのは得策ではない。
「だめだ。四人一緒に通してくれ」
俺の言葉に騎士は顔をしかめる。
「エレナ殿下からはアルス一人を通すよう厳命されている」
「そうか。だがどうしても通してもらいたいんだ」
そう言って俺は彼の手の平に無理やり金貨を数枚握らせる。それを見た騎士ははっとした表情をした。そして小声でささやく。
「ではさっさと通れ」
そう言うなり騎士はその場に尻餅をついて倒れる。
「な、何をする! 止まれ!」
「今だ、入るぞ」
一応騎士としては止めようとしたけど俺が強引に通ったという筋書きらしい。それなら最初から強引に通れば良かったと思わなくもないのだが、こうしてよく分からない茶番で俺たちは中に入ることが出来たのだった。
途中、何度か止まるよう言われたが俺たちはそれを無視して進んでいく。石が直っていない以上、俺と決定的に対立するのはまずいという気持ちがあるのだろう、強引に突っ切ろうとしても押しとどめられそうにはなるが、武器を向けられることはなかった。
やがて俺たちはエレナの部屋の前に辿り着く。
が、さすがにそこには兵士たちが集結していた。
「ここまでだ! これ以上は一人で入れ!」
「うるさい! 四人で通せ!」
「何を騒いでいるの?」
俺たちの口論の音を聞いてエレナがドアを開けて姿を見せる。死んだように静まり返っている王都と王宮の中で、唯一エレナだけはつやつやとした輝きを放っていた。俺が出ていく前と比べて唯一輝きを増していると言っても過言ではない。
そんなに独裁するのが楽しいのだろうか。
「エレナ様!」
慌てて兵士たちがエレナと俺たちの間に割って入る。俺はそれを無視して声をかける。
「久しぶりだな」
「一人で来いって言ったんだけど?」
「賢者の石を直すんだ、それぐらいいいだろ」
「ふ~ん? 思ったより追放先で楽しそうにしていたじゃない、女まで作るなんて。でもまあ何でもいいわ。石を直してきてくれたら元の役職に復帰させてあげるし、好きなだけ女を連れ込んでも構わない」
特に期待はしていなかったが、エレナの口からは一言も謝罪の言葉はなかった。まあ謝られても困るだけだが。
「俺を追い出す時にこうなるとは思わなかったのか?」
「それについてはクルトに騙されたのよ。あいつが自分なら何とかなるって言うから信じたのに。もしクルトが憎いなら事が終わった後に身柄をあげるから好きに復讐するといいわ」
「ちなみに、もし今回の件に片がついたらこんな事態を招いた責任をとるつもりはあるのか?」
「考えておくわ」
そう言ってエレナは薄く笑う。考える気がないのは明白だった。
「そうか。なら一つだけ報酬の前払いを要求していいか?」
「何?」
「お前の命だ」
こうして、ついに俺たちとエレナの因縁の対決が始まったのである。




