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ミリアとマキナ

 その後、マキナにもう敵意はないと判断したアルスは用があると言ってどこかに行ってしまい、ミリアとマキナは二人きりで残されることになってしまった。


 元々そんなに社交的ではない性格のミリアにとって、少し前まで人間に敵意を抱いていた少女と二人きりになるとどう接していいか分からない。そんな緊張を紛らわせる意味もあってミリアは夕食作りに没頭していた。


「はい、夕飯が出来ましたよ」


 ぐぅ~


 ミリアが作って来た豪華なシチューを見てマキナは間抜けなお腹の音を鳴らしてしまった。それを見てミリアはぷっ、と思わず吹き出してしまう。


「良かったです、お腹が空いているということはよくなっている証ですよ」

「むぅ……わらわはせっかく作ってもらったものを断るのも申し訳ないと思っているだけなのだがな」


 そう言いつつも、マキナはテーブルにつくとぱくぱくと夕食を食べ始める。ミリアも自分の分を食べながらそんなマキナを温かく見守る。


 やがてマキナが自分の分を食べ終えた時だった。それまで食べるのに夢中だったマキナはぽつりと尋ねる。


「なあ、おぬしらは何者なのだ?」

「なぜ急にそんなことを?」

「普通ならわらわのような厄介な者をわざわざ助けたりはせぬ。もちろん、知らずに助けてしまうことはあるかもしれないが、仮にそうだとしても兵士が来たら大人しく引き渡すだろう。それにおぬしらから感じる魔力、ただものとは思えぬ。だから一体何者なのかと思ってな」


 マキナの問いにミリアは少し考える。アルスがいない間に自分たちの正体を勝手に話すのは少し気が引けるが、今ならマキナともう少し仲を深められる気がする。そうなればきっとアルスも喜ぶだろう、と思ってミリアは口を開く。


「アルスさんは元々宮廷錬金術師で、賢者の石も発明したのですが冤罪を着せられて追放されてしまったのです」

「何と……」


 それを聞いたマキナは絶句する。ただものではないと思っていたが、まさかそんな人物だとは思っていなかった。

 ミリアはさらにアルスのこれまでのことをかいつまんで話す。


「……という訳です」

「まさかそんな……、それで、ミリアはアルスの弟子か何かか? いやでもアルスは錬金術師でミリアは精霊使いということは弟子ではないのか?」


 首を捻るマキナ。確かにミリアとアルスが同じ系統の魔術を使っていれば弟子に見えるかもしれない。


「はい、私はオルメイア魔法王国第三王女です」

「何だと!?」


 マキナはアルスの時よりも大きく驚いた。百歩譲って錬金術師が追放されることはあるとしても、王女がわざわざ国外で暮らすことは普通ではない。


「おぬしも追放されたのか?」

「いえ……とはいえ、色々あって命を狙われかけたので実質そんなようなものですね。それで私はアルスさんを頼って落ち延びてきたんです」

「それはまた色々すごいものだな」


 ミリアの話にマキナはしきりに感心する。


「アルスのメイドをしているからてっきり弟子か家来か何かかと思っていたが、まさかそんな人物だったとは」

「別にメイドをしている訳ではないですよ」

「でも、メイド服を着て料理や家事を行っているのだろう?」

「確かに……。私はただ好きだからやっているだけですが、言われてみるとそうですね」


 ミリアとしては恩返しという理由はあるにせよ、好きでやっていることでもあったのでそういうことはあまり意識していなかった。そんなミリアにマキナはますます感心する。

 そして少し浮世離れしたミリアの性格を非常に単純な理屈で理解した。


「そこまでするとは、おぬしは本当にアルスのことが好きなのじゃなあ」

「えぇっ!?」


 マキナの言葉に今度はミリアが驚いた。驚いたミリアの頬が急激に赤くなっていく。

 その驚き方にマキナはマキナで逆に驚いた。


「え、まさか違ったのか?」


 一国の王女がわざわざ国外追放された男を追いかけて同棲し、家事までするなんて好意があるとしか思えない。マキナは極めて普通の思考をしていた。


「わ、私はただ姉のせいで王国を追われたのに、死にかけていた私を助けてくださったアルスさんに恩返しがしたいだけで、それでたまたま料理とかするのが好きだったというだけで決してそんな……」


 ミリアとしてはそういうつもりはなかったが、マキナに言われてみると急にそうなのかもしれないと意識して、恥ずかしくなってしまう。否定しようと思ったが、最後の方は聞き取れないぐらいの小声になっていた。

 いつも落ち着いた性格のミリアが狼狽しているのを見てマキナは少しだけおもしろくなる。


「それならわらわはお邪魔だったようだな」

「いえ、決してそんなことは……」


 しかしミリアは「そんなことはない」と断言はしなかった。

 それを見てやっぱりそうなのか、と思うマキナだったがふと先ほどのミリアの言葉が脳裏をよぎる。ミリアの言葉が本当であれば、アルスは王国に恨みしかないはずなのに、今回の戦いでは王国を守る側に立って戦った。人間に恨みがあるからといって全人類を滅ぼそうという気持ちに囚われていた自分とはえらい違いだ。


「そうか、やはり聞けば聞くほどアルスの器は大きいようだな」

「そ、その通りです。私はただアルスさんを人として尊敬しているだけですよ!」


 マキナがぽつりとつぶやいた言葉に少し狼狽していたミリアが慌てて同調する。

 そんな風に二人が少し和やかな雰囲気になっていた時だった。


 突然、こんこんという音とともにドアがノックされる。立ち上がったミリアはラザルたちか誰かだろう、と思ってドアを開けた。


 が、そこに立っていたのは見知らぬ男だった。一見すると普通の旅人のように見えるが、彼の体からはとてつもない魔力を感じる。彼は部屋の中にいたマキナを見て慇懃に言う。


「マキナ様、お迎えに参りました。私、魔王陛下の直臣のシュトーゲンと申します」

「何だって……」


 それを聞いたマキナの表情が一気に引きつっていく。

 そんなマキナの気持ちなどお構いなく、シュトーゲンは言葉を続ける。


「ガウゼルの無能が大敗を喫し、しかも敗兵の中にマキナ様のお姿がないと聞いて陛下は痛く心を痛めていらっしゃいます」

「し、しかしマキナはまだ傷が治っていなくて……」

「はあ、これだから人間は」


 ミリアが言い訳しようとするとシュトーゲンと名乗った男は大袈裟に溜め息をつく。


「陛下に治せない傷なんてありません。それに。あなたほどの魔力があるならマキナ様の傷を治すことぐらいできるでしょう。それをしなかったのはどうせマキナ様が魔物と人間のハーフだからでは?」

「ち、違っ……」


 否定しようとしてミリアは言葉がうまく出なかった。この男の言うことは実際当たっている。

 初対面の時に完治出来なかったのは魔力不足だが、一晩寝れば魔力は回復するし、ミリアの実力なら今のマキナを完治させることは出来る。


 が、ミリアはマキナがアルスへの敵意を消し去ったのを確認してから怪我を治そうと内心思っていた。

 そして真面目なミリアはそういう感情を見抜かれたことに酷く動揺していた。


「結局こいつもあなたを差別しているんですよ」


 が、会話を聞いたマキナはゆっくりとミリアの方へ歩いていく。


「ミリア、例えおぬしがそういう意図で傷を治さなかったとしても、わらわはおぬしの心根を疑ったりはせぬ」

「で、でも私は……」

「恩義があるアルスを第一に考えるのは自然なこと。それにわらわは十分よくしてもらった」


 その言葉を聞いてシュトーゲンは愕然とする。


「何と! マキナ様、もしやあなた様ともあろう方が一時の情にほだされ、人間を滅ぼすという御心を失われてしまったのですか!?」

「わ、分からん! だが人間の中にもアルスやミリアのように信じるに足る者もいるということだ!」


 まだ自分の心の整理がついていないながらもマキナは毅然と反論する。

 それを聞いたシュトーゲンは再び大袈裟に溜め息をついた。そして先ほどまでとは別人のように冷たい声で言う。


「はあ、全く。これだから人間の血が混ざっている出来損ないは。いいでしょう、この女を殺し、あなたを再教育する可能性があるようです」

「何だと……そんなこと、許さぬ、うっ」


 マキナはミリアを押しのけて前に出ようとするが、治りきっていない傷が痛んでその場にしゃがみこむ。それを見て自分のせいだ、と落ち込むミリア。マキナは自分たちを信じてくれたのに、自分はマキナを信じて傷をさっさと完治させてあげることをしなかった。そのことにミリアは心を痛める。


 が、そこに足早に駆け寄る足音があった。


「シュトーゲン! お前がマキナに人間への憎しみを植え付けた元凶だな! 留守中に来たのは許さないが、探す手間が省けて助かった」

「アルス!?」


 戻って来たアルスの姿を見てマキナは不覚にも嬉しく思ってしまうのを感じた。


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