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マキナの告白

 すると、不意に家の外からこちらに近づいて来る足音が聞こえてきた。それも複数である。もしや先ほど敗れた魔族の残党か何かだろうか。


「俺が見にいく」


 俺は小声でつぶやくとドアに向かって歩いていく。やってきたのは兵士たちであったが、ラザルたちのような俺が知っている顔ではない。今回の戦いには王国からの援軍も来ているだろうから知らない顔がいてもおかしくはないが、何の用だろうか。


 俺が様子をうかがっていると彼らはまっすぐこちらへ歩いて来てドアを叩く。


「何だ?」


 俺はそう答えてドアを開ける。彼らは俺の正体を知って何か聞きに来たのだろうか、と緊張が走る。

 が、兵士たちの用件は俺の予想とは少し違っていた。


「先ほど、この辺りで我ら王国軍と魔族軍の大規模な戦いがあった。何とか我らは勝利したが、敗北した魔族軍は付近に散らばるように敗走していてな。この辺りにも結構な数逃げ込んだようなので捜索していたところ家があったので立ち寄ったのだ」

「そ、そうか」


 話を聞く限り彼らは俺の正体を知らないらしい。たまたま残党狩をしていたら家があったので立ち寄った、という程度の認識だろう。それを知って俺は少しほっとする。


 実際、戦場から一番近くの身を隠すのに適した場所はこの辺りの森である。そして森に逃げ込んだ魔物がここで暮らしている俺を襲ってもおかしくない。幸運なことに今のところ出くわしてはいないが。


「この辺に逃げてきた魔物を見かけなかったか?」


 兵士は何気ない調子で尋ねる。その言葉に俺は今部屋の中にいる少女のことを思い浮かべる。

 俺は彼女を殺すのは嫌だと思った。しかし兵士に対して「魔物を見てない」というのは確証がないとはいえ、嘘をつくことになる。魔族軍に参加して人間に対して敵意を持っている魔物のハーフを兵士に突き出す、という行為は何も不自然なことではない。


 それでも俺は何となく彼女を憎めなかった。そして出来るなら助けたい、と思った。そこにはっきりとした理屈はない。一番弟子に裏切られた直後に甘いな、と思わなくもないが、だからこそ一期一会を大切にしたいと思ったのかもしれない。


「……いや、見てないな。こう見えても俺はそこそこ腕が立つからな、敗北した魔物なんか襲ってきても返り討ちにしてやるぜ」


 俺は兵士を心配させないよう、努めて明るく振る舞ってみせる。

 元々兵士も本気で心配していた訳ではないのだろう、俺の言葉を聞いて安堵の表情になる。


「そうか、まあ魔物も這う這うの体で逃げていったからな、お前さんを襲う余力はなかったのだろうよ」

「みたいだな」


 こうして兵士たちは引き上げていった。それを見て俺は自分が疑われていたという訳でもないのにほっと溜息をつく。



「……どうして、嘘をついたのだ?」



 そんな俺を見て少女はぽつりとつぶやく。先ほどまで和気あいあいと食事していた彼女とそれを見守っていたミリアだったが、気が付くと固唾をのんでこちらに注目していた。


「別に。さっき言っただろ、お前を傷つける気はないって」

「でも、兵士にわざわざ嘘までつく必要はないのではないか? 正体の予想は薄々ついていたのだろう?」

「まあそうだな。でもお前は何となくそうしたくなかったんだ」


 俺の言葉に彼女は最初驚いていたが、やがて何かを考えこむ。

 そして意を決したように言う。


「そうか……あんなに敵意を向けたのにそこまでしてくれるとは。ならばこちらもそれに応えなければなるまい。こほん、改めて助けてくれたことに礼を言おう。我が名はマキナ」


 こうして、マキナは彼女の驚くべき生い立ちを話し始めたのだった。


「わらわは王国と魔族領の国境沿いにあるとある村に生まれたが、生まれた時から父親がいなかった。母親も女手一つでわらわを育ててくれたが、時折わらわを憎むような目つきで見つめてくる。さらに村の人も他の子と違ってわらわにはよそよそしく、他の同年代の子たちと関わらせようとしなかった。わらわは十歳になるころまでそのことを不自然と思いつつも原因を知らなかった」


 マキナと名乗った少女の生い立ちは俺が思っていた以上に闇が深そうであった。魔物に襲われた村で、その魔物が生ませた子供がいればこのような扱いになるのもやむをえない。むしろ石を投げられなかっただけましとすら言えるのかもしれない。


「そんな中、わらわはある日たまたま村の他の子供と仲良くなった。村の大人はよそよそしくても、子供は何でわらわと付き合っていけないのか理解していなかったらしくてな。ふとしたきっかけで仲良くなってしまったのだ」


 子供のころはそういう空気みたいなものがよく分からないことはある。親から「あの子と遊んじゃダメ」て言われても言うことを聞きたくないこともあるし。


「そんなある日、わらわはその子と二人で村の外まで遊びにいった。大人たちには内緒で、ちょっとした子供の冒険気分だった。そこでわらわたちはたまたま遭遇したはぐれゴブリンに襲われたのだ。その時のことは必死だったからはっきりは覚えておらぬのじゃが、気が付くとわらわの前には血まみれのゴブリンが倒れていた。そしてその子はわらわを恐怖の眼差しで見つめていた。やがてわらわは自分の姿が変異していたことが分かった。こんな風にな」


 マキナが言った時だった。突然彼女から溢れんばかりの魔族の気配が発されるとともに、髪の毛を突き抜けるようにして角が生えてくる。


「……」


 大体分かっていたこととはいえ、実物を見せられると俺もミリアも絶句してしまった。

 が、マキナの方はそんな自分の身体には慣れているのだろう、すぐに角を引っ込める。すると、魔族特有の濃密な気配もすぐに消えていった。


 だが、あらかじめ分かっていた俺たちでさえこんなに驚いたのだからそうでない村人たちの驚き、いや恐怖はもっとすごいものだったのだろう。


「そんな時、その子の鳴き声を聞きつけた村の大人たちがやってきて、その現場を見てしまった。それからは酷かった。突然武器を持った大人に襲われ、捕まったわらわは村の中央の広間に引っ立てられていった。するとそこには同じように村人たちに捕らえられていた母の姿があった。そして村人たちはわらわたちに石を投げ、周囲に薪や枯れ葉を集め、火をつけて焼き殺そうとした」


「……」


「そこからは再び記憶はない。気が付くと、わらわの周りには村人たちが倒れており、側にはわらわを恐怖の眼差しで見つめている母の姿があった。わらわは母と一緒に逃げようとしたが、母はわらわを捨てて逃げていった」


 村人たちに殺されそうになったことよりも、母親に捨てられたことにマキナは一番傷ついているようだった。無関係な人に何をされても堪えないが、信頼されている人に裏切られると人は傷つくものである。俺はマキナの人間に対する憎しみの理由を理解した。


「呆然としているわらわの元に現れたのがいわゆる父だった。父は姿こそ人型だったが、うまく言えぬが全く人間的ではなかったな。父は近くで倒れている人間たちを指さしてこう言ってくれたのじゃ。


『見たか? これが人間たちの愚かさだ。このような者たちは生きている価値がないとは思わないか?』と。


わらわはそれに強く同意した。

『このような種族がいる限り世の中は悪くなる一方だ。だからマキナ、父とともにこやつらを滅ぼさないか』と。

そしてわらわは父とともに人間を滅ぼす活動を始めたという訳だ」

「なるほどな」


 確かにここまで強烈な体験があれば、元々普通の女の子であった彼女が復讐にとりつかれるのも無理はない。


 マキナの話を聞いていくつか引っ掛かることはあったが、それを今指摘しても仕方がない。問題は復讐の心に凝り固まった彼女をどうするかだ。


 俺も人間は救いようのない生き物だと思ってはいるが、そうでない人もいる。そんな人々を含めて全滅させるのは恐らく間違っている。そしてマキナもそのことに思い至っているのではないか。


「マキナは、今でも人間を滅ぼしたいか?」

「うむ」

「本当にそう思っているか? なぜならマキナは自分の母親が巻き添えを喰らったからこそ村人に怒り、信頼していた母親に裏切られたからこそ失望した。ということは母親や、あとは友達になった子に親愛の情があったということだろう?」


 俺の言葉にマキナは少し動揺する。


「そ、そのような気持ちを抱いたのが間違いだったということだ!」

「じゃあ今俺を殺したいと思うか?」


 俺の言葉にマキナははっきりとためらいの色を浮かべる。


「……。だ、だが、それは今命を救われたからであって、借さえ返せばいつでも……」

「本当に殺したい相手だったら借があってもなくても殺すだろ」


 俺の言葉にマキナは沈黙した。

彼女の心は今はっきりと揺らいでいる。話を聞く限り、元々はごく普通の人間性を持っている少女だったはずだ。だったらその状態に戻すだけでいい。


 とはいえ、そこまで踏み込むには俺たちの関係性はまだ浅い。何せ出会って一日しか経っていない。


「まあ、しばらくはゆっくり考えてくれ。どうせ傷が治るまでここを出られないんだ。ならその間に色々考えてもいいだろう?」

「……分かった」


 マキナは言葉少なに頷いた。

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