王女の恩返し Ⅲ
その後も俺は夢の中で何度もうなされ、目を覚ましては再び眠りに落ちるということを繰り返した。
とはいえ少しずつ悪夢の存在感は薄まっていき、前のように大声を上げることもなくなっていった。
「あれ……もうこんな時間か」
二度寝三度寝を繰り返したせいか、完全に目を覚ましたときにはすでに太陽は高く昇っていた。しかも寝付きが悪かったため、眠気も少し残っている。
が、キッチンの方から漂ってきた香ばしい匂いで一気に覚醒する。見るとそこでは先に起きたミリアが当然のように朝ごはんを作ってくれていた。
「おはようミリア……ってその服は!?」
俺はミリアの恰好を見て声を上げてしまう。ミリアが着ていたのはいわゆるメイドが着るようなエプロンドレスであった。
「おはようございます。置いてあった服の中でサイズが合うものが他になかったのでこれにしました」
確かにラザルが持ってきた服は主に砦で兵士が着ていた服のお古などが多い。いかつい男が多い職場だからか使用人も体格がいい人物が多く、華奢なミリアには大きい服が多かったのだろう。数少ない女性が着ているのがメイド服だったということらしい。
だからといって、よりにもよって王族がメイド服を選ぶことはないと思うのだが。とはいえミリアが望んでいるのであれば俺に異存はない。
俺がそんなことを考えていると、ミリアが少し不安そうに首をかしげる。
「……もしかしてどこか変でしょうか?」
「いや、可愛いと思う」
王宮にいたときメイドを見ても何とも思わなかったが、ミリアのような美少女が着ると、急に可愛らしい服装に見てくるから不思議だ。
まあ、王女がメイド服を着ているという点では変だが。
俺の言葉にミリアは少し頬を赤くする。
「か、可愛い? 私は普通に動きやすくていいかなと思っただけなのですが、ありがとうございます」
確かにミリアが王宮で普段着ているようなドレスは料理するには不向きだろうからそういう意味でメイド服は悪くないのだろう。ミリアの意図を誤解して可愛いとか言ってしまったことが恥ずかしくなり、俺は話題を変える。
「朝ごはんありがとな」
「いえ、元々毎日自分で作っていたので」
ミリアが作ってくれたのはあっさりとしたスープと、パンをチーズと一緒に焼いたものだった。一口口に入れるとカリッとしたパンの食感ととろりとしたチーズの柔らかさが混ざり合う。本当に普段食べていたものでもひと手間加えるだけで味が変わるものだ。
「それで今日は何をします?」
「そうだな、せっかくだしちゃんと家庭菜園を作るか」
「なるほど。でもそんなことせずとも、食べたい時に食べたい物を成長させればいいのでは?」
ミリアはミリアでなかなか極端なことを言う。まあそれが出来る魔力があるからこそなんだが。
「毎回毎回食事の前に魔力をたくさん使うのも嫌だしな。それに昨日種から実をつけるまでを一瞬でやったら結構大量の魔力を持っていかれた。だから常に複数の食材を確保出来るようにしておきたいんだ」
「なるほど。確かに、毎日少しずつ土に栄養を付与して少しずつ成長させていく方がいいですね。多分精霊の力を調節すれば出来ると思います」
さすが、俺がやろうと思ったことは何でも形にしてくれるらしい。精霊は人間とは違う存在であるため、何でもかんでも言うことを聞いてくれる便利な存在ではないらしいが、ミリアの場合その限りではないらしい。
これもミリアの才能によるものだろうか。いや、どちらかというと彼女の人徳だろう。俺は彼女を助けた側なのにも関わらずたくさんの恩義を感じているように、精霊たちも彼女に恩義を感じているのだろう。そんな風に俺は勝手に感心する。
食事を終えた俺たちは家の前の家庭菜園予定地に出る。菜園予定地は数十メートル四方の大きさがあるが、今は端っこに昨日のトマトが植えられている以外はだだっぴろい平地に過ぎない。
「それで何を植えるんですか?」
「トマト、レタス、カボチャ、ポテト、キャロット、オニオン辺りは植えたいな。ちょうど種もあるし」
トマトやレタスについては現物はなかったが種だけラザルの荷車に入っていた。おそらく育てて欲しいという気持ちだったので、その通りにさせてもらおうと思う。
「ちなみにミリアは何か育てたいものはあるか?」
「そうですね……離宮で育てていたホウレンソウがあれば、得意料理がいくつか作れます」
「よし、それも育てるか」
俺は菜園予定地を大ざっぱに七つに区切り、エリアを定める。
「クリエイト・リッチ・サンド」
俺が唱えると菜園一帯の土がぱーっと輝いた。
そして魔法により、栄養のある土へと変化していく。
「すごいです、ノームたちも喜んでいます」
俺には見ただけで土の栄養は分からないが、土の精霊たちは感覚で効果が分かるらしく、ミリアはそれを見て感心している。
それが終わると俺たちは順番に種を蒔いていく。ちなみに俺にもミリアにも農業の知識はないので、一応最低限の間隔だけ空けて基本的には適当だ。それでもエリアが広いため、蒔き終わると俺もミリアも軽く疲労する。
「では後はノームさんたち、お願いします。あまり速すぎず、一日で今の大地の栄養を使い切るぐらいで」
ミリアは精霊たちに細々とした指示を出す。
それが終わると、俺たちは畑の隅に腰かけて風に吹かれながら休憩した。
しばらくすると、畑の一角から小さい緑の芽が見えた。栄養を吸い尽くさないように速度をゆるめにしたが、それでも結構な速さだ。
「楽しみだな」
「はい。色々食材があればもっと料理のレパートリーも広がります」
「ミリアは本当に料理が好きなんだな」
もちろん俺や精霊に喜んでもらいたいという気持ちはあるのだろうが、それにしても元々好きだからこそ出来るのだろう。
「そうですね。でも、それはアルスさんも錬金術が好きでしょう?」
「それはそうだが」
「すごい発明をしたいと言うのと、おいしい料理を作りたいというのは多分似た気持ちですよ」
「なるほど」
そう言われると俺も納得がいく。俺も国のために賢者の石を作ろうとしたというよりは、自分の知識と技術の限りを使って偉大なものを作りたいという気持ちの方が大きかった。全然違うタイプに思えたが、案外彼女とは似たところがあるのかもしれない。
こうして俺はミリアとともにこれまでの研究付けの日々とは一転した穏やかな生活を送り始めたのだった。




