44.落ち姫と贄の王子は、還る
その日、城下町は大騒ぎになった。
突然空に半透明の人間が浮かび上がったからだ。名のりを受けて、行方不明になっていた贄の王子と、消えたはずの落ち姫が戻ってきたことを民たちは知った。
ゾロは手に持っていた木のスプーンを取り落とした。そのとき、ゾロは所在なく噴水に座って、魚と芋のスープを食べていたのだ。
以前ツィスカが助けたあの口うるさい婆が、王都に店を出したから。あれから何年も経ったというのに、婆老け込むことなくますます矍鑠としている。
空には、この国の闇の歴史であり、落ち姫と贄の王子の真実が投影された。また、消えた歴史とフレージュビリーという落ち姫が何をしたのかも──。
民たちは知らぬことであったが、レンヴァントは、神の間で見たものを"動画”に撮っていたのだ。それをシャンプーの力で空に投影した。
「落ち姫というこの仕組みは、無関係の世界から女性を攫ってきて、この国のために犠牲になってもらうものだ。過去の神や先祖たちは、要らない王子と要らない娘を犠牲にと考えたらしい。心を奪い、操った。だが、その結果、歴史に消えた悲劇があることを知ってもらいたい」
第二王子レンヴァントは、朗々と宣言した。
ゾロが見たときよりも少年っぽさが抜けて、すっかり大人の男性になっている。そしてその傍らにはベールを被った女性がそっと寄り添っていた。
レンヴァントの後ろから、前王と、レンヴァントの異母兄であるオスカーが顔を出す。
二人はいつも横暴で浅慮で、醜悪な顔をして嗤っていたが、今はまるで別人のようだ。いずれも気が弱そうに小さく縮こまっている。今にも倒れてしまいそうなくらい青ざめた顔をして、おずおずと前に出てきた。
それから決心したようにごくりと息を飲み、オスカーは自分が思い出した真実を民たちに告げたのだった。そもそも自分が贄の王子となっていたこと。本来の落ち姫のギフトを無自覚に模倣し行使し、心毒という状態に親子ともども陥っていたこと。
そして、王位をレンヴァントに譲り、彼の治世を支えていきたいということ──。
二人の民からの評判はひどいものであった。反発を防ぐためだろうか。レンヴァントは、本来の二人の様子を投影してみせた。そして、二人がどのように悪の落ち姫に陥れられたかということも。
「僕と、当代の落ち姫ツィスカは、できれば落ち姫を呼ばずとも二朔の獣に立ち向かう方法を模索していく。君たちも一緒に考えてもらえないだろうか」
ゾロは、しばらく動けなかった。けれども、潤みはじめた目を乱暴にこすると、城に向かって走り出していた。
落ち姫ツィスカと贄の王子は、こうして世界に戻ってきたのであった。




