43.世界を渡る
後日談をいくつか予定していますが、本編は全45話で終わります。
お付き合いいただきありがとうございました(;_;)
こんなに長くなる予定はなかったのですが、気づいたら話が当初の予定と変わってしまって時間がかかりました~>< ほかの未完作品も同じパターンなので、少しずつすすめていきます!
午後になってグーラッシュスープを仕込みはじめた。
カレー用の牛肉に塩胡椒をよく揉み込んでおく。玉ねぎとピーマン、それにトマトは1cmくらいの角切り。あちらに持っていくために、便利な多機能スライサーを買ってきておいた。
鍋に玉ねぎを入れてよく炒める。透き通ってきたら肉を加える。次がこのスープのポイントだ。スパイスのコーナーにある「パプリカ」という香辛料をたっぷりと加える。
これは、パプリカを粉末状にしたもの。ただし、日本のスーパーで買えるパプリカとは品種が違うらしい。そもそも、パプリカというのは実は唐辛子の仲間なのだ。でも辛味はなく、それを粉にしたパプリカパウダーも、真っ赤な見た目からは意外なくらい全く辛味がない。
パプリカパウダーは、きれいな赤い色を料理につけるためや、独特の風味をつけるために使われる。
パプリカパウダーを加えたら、ほんの少しのお酢を加えて蒸らす。そして、ピーマンとトマトを加えてもう少し炒める。
そこに、コンソメを溶かした水を注ぎよく煮込んでいく。あとで取り出すけれど、ローリエとセロリの葉も加える。煮立ったらあくを取り、弱火にして1時間ことこと煮込む。
キッチンがいいにおいになった。
香辛料の香り。やっぱりレンヴァントの世界のものに似ている。私は、聖女巡礼の旅のことを思い出していた。
まだ小さかったレンヴァントと、それからゾロが一緒にいてくれたこと。空羊に制御されていたせいで心はいつも凪いでいたけれど、それでも、私の場合は楽しい時間もたしかにあった。弟が二人できたような気安さがあった。
それは、母と二人で追い詰められていた生活や、施設でのどこか空虚な気持ちを抱えていた私にとって、はじめての感覚だった。
そうだ、ゾロは鯛のような魚とじゃがいもを煮込んだスープが好きだったっけ。ついさっきまでいたあの世界にも、彼はいたのだろうか。ずいぶん未来のようだったから、そうだとしたらすっかりおじいさんになっているはずだ。想像できなくって、笑いが漏れる。
苺が重ねがけしたクロノヴェールは、私の傷をすべて巻き戻した。少し離れたところにいたから、幸い私の時間は巻き戻らずに済んだけれど……。
あれから神の間で、私たちが去ったあとの出来事を見た。私が落ち姫として元の世界に戻り、レンヴァントもまたこちらに呼び寄せられ。そのあと、国はずいぶんと荒れていた。レンヴァントの父も兄も、心毒状態になっていたから。
でも、二人とも元々は悪い人間じゃないことを知っている。
レンヴァントとシャンプーと話し合って、私はどこに向かうか決めた。レンヴァントを元の世界に戻す。そして、苦しんでいる人たちを少しでも助けられたら。
召喚されたときはそうは思えなかった。
存在して居るだけでいいのだと言われても本当は怖かったし、帰りたかった。そして戻って来られてよかったと思っていた。でも今は違う。
この平和な世界に来て、大学生として生活しながらも、レンヴァントが元の世界のための知識を身につけていたことを知っている。彼は生まれながらの王族なのだと感心しながらも、そのときは平和なここで二人で過ごせることを幸せに思っていた。
でも、私は今、彼が国を変えていくのを支えたいと思っている。
どうしてだかまだ使える、むしろどんどん強くなっているこの力を、彼のために役立てたい。
世界のためにという崇高な気持ちじゃなくて、好きな人のためにという幼稚な理由ではあるけれど……。それでも、私は向こうで生きていくことを決めた。
そう告げたものの、シャンプーは神の間で、私の心残りを見抜いたらしい。気がつくと住み慣れたアパートの、けれどもがらんどうになった部屋に私たちは倒れていたのだ。
「この世界にいられるのは24時間だけだぞ」
その言葉でシャンプーが、私に、大事な人たちにお別れさせてくれようとしているのだと知ったのだった。
グーラッシュスープは、煮込んだあと一晩寝かせて、さらに煮込むととってもおいしくなる。そこまでの時間はなかった。
私たちの最後のパーティーは夜中まで続いた。明け方、きっとみんなが起きるころには、レンヴァントと私は、二人の赤ちゃんは、この世界から消えているはずだ。




