29.「返して?」
「はは、どこまでも身勝手な国だろう? ベチルバードは。それでいて、落ち姫に贖いをだなんて言い出すんだから笑っちゃうよ」
シャンプーは片方の口だけを上げて笑った。
「そうそう、それでね。魅了の話だった。これはベチルバードにかぎらず、他国でも同じ現象が起こっている。この世界から召喚された人間、流れてきた人間。いろいろいるんだけどさ、その中の一定数が"魅了"のスキル、あるいはギフトを持っていたんだ」
「この世界の人たちが?」
「そう。なんだろうね。こちらの世界の固有スキルみたいなものなのかなあ」
シャンプーは呑気な感じで言う。
「これはあまり知られていないんだけどさ、の魅了に長期間かかっており、心がそれにあらがっている場合、"心毒”という状態になる。そのまま放置したら、……心が壊れるだろうね」
シャンプーが靖人のほうをちらりと見た。
「あの男は、望んで魅了されているわけじゃないみたいだ。──おや、来たようだな」
「ふふ、ここにいたのね」
遠くから歩いてきていた女は、歌うようにそう言うと、靖人の横を通り過ぎてこちらに近づいてきた。
以前会ったときは肩口あたりでゆるく巻かれていたピンクブラウンの髪の毛は、長く伸びて背中のあたりまである。赤銅色の目は猫のよう。小ぶりの鼻と口は愛らしい。
「シュタットを」
レンヴァントが小声で言った。私はうなずき、"ツー・シュタット”と唱える。
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名前:山田苺(27)
魔法スキル:
クロノヴェール(効果:時を戻す)
チャームウィーヴ(効果:魅了)
ギフト:
シュタット(効果:ステータス開示)
フェイトメルドゥーラ(効果:交換)
その他スキル:なし
異世界名:落ち姫"フレージュビリー”
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「またあんたが邪魔するのね?」
彼女が、フレージュビリーがこちらを指差す。長い爪には淡いピンクのマニキュアが塗られており、つやつやと光っていた。
「ねえねえ、あんたに交換してもらったんだけどさ。やっぱり返してくれない?」
まっすぐに私の胸のあたりを指していたフレージュビリーの指が、つ、つ、と横にずれて、レンヴァントの顔へ移動する。彼女はにやりと笑うと、苺のように可憐なくちびるをすぼめて、言った。
"ツー・シュタット”
「へえ、やっぱりそうだ。会ったことがあるって、そう思ったのよ。あなた、あの王太子サマじゃない!子どもだから興味なかったけど、なかなかイケメンだったのね。
交換したの、もったいなかったわ。それにヤスなんかに目がくらんじゃったのも時間のむだー。確かにお金持ちだけど、中身は空っぽなんだもん。親も小うるさいしねえ。あーあ、もう27歳になっちゃった」
フレージュビリーがぐちぐちという。
「リセットしようっと」
"クロノヴェール”
「やめて!」
周りがぐにゃりと歪む。私は、彼女の、フレージュビリーの腕をつかんで思わず唱えていた。
"クロノヴェール!”
彼女が時を巻き戻す前に!
「……っ!? きゃあああああああああああ!」
フレージュビリーが目を覆って叫ぶ。
彼女の周りが金色の光に包まれていた。私は彼女の腕を掴んだまま呆然としていて、気がつくと同じく光に囚われている。
「千風!!!!!」
レンヴァントに抱きしめられた。そして腕にはふわふわしたものが巻き付いている。
その夜、とある町のとある公園で異常が見られた。
近くに住む四人の男女がまとめて消えたことから、しばらく話題に登ったが、彼らがふたたび姿を現すことは無かった。
こうして落ち姫ツィスカと贄の王子は、ふたたびこの世界から消えたのであった。




