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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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白亜の邸に広がる赤薔薇のアーチが連なる庭園…その景色を一枚の絵画のように眺めることができるゲストルームで、フューシャ=ブリランテは紅茶を口へと運んでいた。

庭へと面している壁は全てが開閉できる窓ガラスになっていて、今は開放している。


明るい陽射しと風に揺らされたカーテンにのって、華やかな薔薇の香りが鼻先をくすぐった。


身体が弱く陽の光を長く浴びることの出来ないフューシャの為に、ブリランテ公爵が作らせた特別な部屋と庭。

その庭は赤薔薇が多く咲き誇り、常に上品なその姿を楽しませてくれる。


その薔薇はフューシャの為に品種改良されたもので、この邸にしか咲いていない。

全体を深い色合いに濃く縁取りをした、ぽってりとした丸さに密度と大きさのある赤薔薇。

高級な布地のような触り心地に、薔薇だけでなく果実のような香り。


いつもこの香りと景色にフューシャは、身体を包む込むような感覚で癒されている。


ぼんやりと窓を眺めていると、その行動を注意されるかのように問いただされる。


「フューシャ様、お加減が悪いのですか?」


声をかけられて、現実に引き戻される。


――― 与えられた、お友達(寄せ集めのご機嫌伺い)。


振り返れば必要以上に着飾って、お見舞いと称して機嫌を取りに来る令嬢達。


年数を過ぎれば慣れてくるもので、最初こそ公爵家の姫君として敬われ、互いを大切な存在として扱ってきたはずだったが…最近では利用価値のある駒として社交界の情報を…教えてあげていると思われているようだ。


話の内容は社交界で誰が今一番話題に上がっているかや、突出した貴族の非難めいた陰口や、人の失敗を笑うような内容ばかりだ…関心が向くはずがない。


フューシャはほとんど、邸の外にでないので話題にのぼる方がどのような方かを知らない。

それでいて自分達の会話にあげ、先入観を植え付け…同意させようとしているのだ。

自分達の話の流れにフューシャが沿うことがないと、納得するまで全員で説得し続ける。

そこからは、自分の家に有利になるよう、もしくは自分がよく見られようとする思惑が透けて見える。

…これはもう、一種の洗脳だ。


もうこのやり取りは、うんざりだった。

こんなことならば、令嬢のお友達なんて欲しくない…いっそのこと、本当に起き上がれない位に具合が悪くなり断ることができればいいのに。


しかしそうなれば、大事な人たちにいらぬ心配をかけてしまう。

幼い頃からままならない身体を持ち、必要以上に心配や迷惑をかけてきたというのに…上回る大きさで愛情を注いでくれた人達。


フューシャは表情を取り繕い、おっとりと微笑みを浮かべた。


「申し訳ありません、いただいたケーキが美味しくて…堪能しておりましたの。」


そう言うと令嬢達は、満足げに頷いた。


今日の差し入れのケーキは、城下町で人気のお店のケーキだった。


チョコレートの濃厚な舌触りにキャラメルのアクセントのついたボックス型のケーキ。

黒く艶やかなチョコレートでコーティングされ、アクセントにフランボワーズが可愛くあしらわれている。


一口食べればほろほろと舌の上でとろけ、上品な美味しさが理解できる…しかし、フューシャには味が濃く重くてたまらない。

最近では食べ物の配慮ですら、忘れ去られている。


話に興味がないことを悟られなかったことに安堵したフューシャは、再びカップへと手を伸ばし、少し冷めた紅茶と一緒にケーキの欠片を流すように飲み込んだ。


「そう言えばロンサール様とは、最近いかがですか?」


「(いかがですか…と、問われてもねぇ。)」


先日お見えになりましたと言えば…「お忙しいのに、お手を煩わせているのでは?」と訝し気な表情になるし。

最近は忙しそうであまり、会えていないと言えば…格好の餌食とばかりに喜ばれる。


特に向かい側の席に座っている令嬢、エアポアール伯爵フレーズ令嬢は…その会話になるとフューシャの表情を見逃すまいとじっと、ただじっと見つめてくる。

貴族の礼儀であれば、じっと見続けるのは失礼にあたる…それほどまでに、敵意をむけているのだと思う。


赤の系譜内の令嬢の中で一番の華やかさを誇るフレーズは…フューシャさえいなければ、自分が「薔薇姫」の二つ名を与えられていたはずだと思っている。

そして薔薇姫の名を持つ者の隣に相応しい者は、ヴァレリア=ロンサールその人であるのだと。


じっと貼り付くようにフューシャを観察するその眼差しには、ひとつの感情がこもっていた。


「――― オマエサエ、イナケレバ…ワタクシハ。」


負の感情を感じ取っても、フューシャは表情にだすことは出来なかった。

その時ふっと思い付きのように頭をよぎり、少し角度を変えて返事をすることにした。


「そう言われれば、先日ヴァレリア様がご友人の令嬢を連れて見舞いに来ると言われました。」


普段はフューシャがヴァレリアの名前を口にするだけで不機嫌になるというのに、今日は内容の方が衝撃だったらしい。


「…ご友人の、令嬢?」


フレーズ令嬢のカップを持つ手が止まる。


「フレーズ様はフュテュール・ジヴロンではないので、御存じないかもしれませんが…ヴァレリア様のご学友で…たしかカルネヴァル侯爵令嬢?碧眼翁の孫にあたる方らしいですわ。」


「――― 時限令嬢っ!」


「うそでしょ…ロンサール様が?…よりにもよって。」


「フューシャ様、くれぐれもご忠告いたします。彼女…カルネヴァル侯爵令嬢には、関心を持たれませんように。ロンサール候にも、そうご忠告なさるとよろしいでしょう。」


それから先の話題は、『時限令嬢』と呼ばれる方とその周囲にまつわる不幸の物語ばかりだった。


   ・

   ・

   ・


「待たせたな…フューシャ。調子はどうだい?」


ヴァレリアはゲストルームを足早に横切りソファへ座っているフューシャの元まで進むと、背をかがめて顔を覗き込んだ。

顔を見ると令嬢の表情は消え、気安い微笑みに変わる。


「これでも、随分調子が良いのですよ?それよりヴァレリア様、お客様をお待たせしております。」


「そうだね。」


そう言うとフューシャの隣に並び、シエール達の方へと向きなおす。


「私の学友と、そのご友人達だ。」


ロンサール候の声とともに、頭を下げる。

シエール達は横並びに、公爵令嬢からお声がかかるのを待っていた。


「はじめまして。赤の系譜ブリランテ公爵が娘、フューシャでございます。あまり外にでることがなくこのような場所へお迎えすることになり、申し訳ございません。」


お声がかかった…赤の系譜の薔薇姫と呼ばれる令嬢、傲慢さの欠片もみえず…見ず知らずのシエール達を謙虚に迎え入れているようだ。


「ご紹介ありがとうございます。お初にお目にかかります、青の系譜カルネヴァル侯爵が娘、シエールでございます。お会いできるのを楽しみにしておりました。」


最初に侯爵家の令嬢で今回の招待をロンサール候から直接受けたシエールが挨拶を返す。


「黄色の系譜ゴルデルゼ男爵が娘、ヴェジュと申します。ご招待いただき、ありがとうございます。」


ヴェジュに至っては大好きな華やかさを備えた貴族令嬢を目の前にして、すでに興奮状態だった。

しかも薔薇姫は身内のお茶会にもなかなか顔を出さない、幻の姫なのだ。


「レディ・フューシャにご挨拶申し上げます。エタンセル=ユニヴェールと申します。最近になり准男爵の爵位を賜りましたユニヴェール商会、ヴァグ=ユニヴェールの娘でございます。」


「レディ・フューシャにご挨拶申し上げます。シエール様の侍女をさせていただいております、リューンと申します。本来ならば名乗ることもはばかられるとは存じますが…本日はロンサール様のご好意により同じ席に着かせていただくことをお許しいただきたく。」


エタンセルとリューンに関しては、身分の差が挨拶にもでてくる。

それでもエタンセルは商人として貴族と接することがあるため、そしてリューンは元貴族として礼儀を欠くことなく挨拶をすませた。


「皆さん…せっかくですから、気をつかわれないように。どうぞゆっくりなさってください。」


フューシャの気遣いにより、四人はとりあえずの安堵の息を吐いた。

互いに気を使いながら、椅子へと座ると少しだけ緊張した微笑みを浮かべている。


今日のシエールはいつも学園でつけているヴェールとは違う薄い白藤色のヴェールを着けていた。

ただでさえヴェールを着けていると不信感をあおってしまう。

かといって傷跡をそのままにして訪ねるわけにもいかない…なるべく柔らかい印象になるようにと配慮してのことだった。

しかしその心配はあまり必要なかったかもしれないと、感じていた。


初めて見た噂の薔薇姫は、絹糸のような白い肌と白い髪…そして窓から見える薔薇よりも鮮やかな赤い瞳をしていた。

妖魔や魔性の者を連想する、その容姿に息を飲む者も多い。


「…私の姿に、驚かれたことでしょう?きっとヴァレリア様からはお聞きになっていないと思うから。」


そう言うとフューシャは少し、申し訳なさそうに口元を結びなおす。


自分の元へと来る者は少ない…その上でフューシャの姿を見た者は、ブリランテ公爵の命により口外する事を禁止されるのだ。

慣れ親しんだ、与えられたお友達ですらフューシャの姿を蔑んでいる。

初対面の同年代の令嬢には、耐えられないのではないかと思っていた。


「そういうことでしたら、失礼いたします。」


シエールは機敏に手を動かし、ヴェールを取り去り顔を振る。

傷跡が見えるように、髪の毛を耳にかけるとフューシャに向かって綺麗に微笑んで見せた。

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