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薄っすらと雲の広がる白青の空を背に、渇いた風が吹きつける。
王城から広がる城下は、人々の活気で賑わっていた。
大通りに入ると、まずは貴族達が利用する豪華な店達が軒を連ねる。
それらは見る者を惹きつける為に様々な工夫を凝らし、客である貴族達を誘い、好奇心を膨れ上がらせる。
万年寒さが続き薄暗い雰囲気が漂うエートゥルフォイユだが、大通りは違っていた。
パステル調の外壁に金色の縁取りが施されたショーウインドウ、豪華な刺繍をあしらい高級感を出した店特有ののぼり旗等…色彩が洪水のように、視界いっぱいに押し寄せてくる。
ある宝石店では、ショーウインドウを宮殿のテラスに見立ててた。
闇夜を模したグラデーションの壁紙と星々のカーテンに囲まれ、柱の模型や金枠の額縁…その中に様々な宝石があしらわれ輝きを放っていた。
今夜会で注目されている三人の令嬢の絵姿と彼女達をイメージしたデミパリュールが目玉商品だ。
またあるブティックでは、隣国の王太子の婚約にあやかり「愛に包まれたドレス」を展示している。
婚約者である微笑みの美しい令嬢が、好んで身に着けている赤と紺そして白が上品に配色されているドレスを名の知れたデザイナー5人がそれぞれ造り上げている。
丁寧にも隣国の王太子と婚約者の絵姿と、頭文字を掲げて「Y&Cコレクション」などとシリーズ化している拘りっぷりである。
また憧れを安価で手に入れられる、令嬢の名前からちなんだ花に紺色と白のストライプのリボンを絡めたコサージュも人気だ。
またある化粧品店では、入り口に白く大きなテーブルを置き、たくさんのガラスの器にとりどりの花を浮かべ、小さな真珠を数個散らす。
その中央には綺麗に包装されたガラスの瓶が並べられて、澄ました雰囲気を醸し出している。
大きなピンクのリボンでふんわりと包み込めば、愛くるしいセットとなる。
これは桃の系譜の貴婦人が『美しさを留める魔法』と称して愛用している、一番人気のある化粧品の新作商品の見本だ。
このような貴族が好みそうな賑わう店先を十数件通り過ぎると、少し開けた広場へとたどり着く。
ここには三大公爵家が茶会で使用する菓子の注文を、一手に引き受ける菓子職人が経営するカフェがある。
内装外装共に若い令嬢にむけた造りで、カラーを淡いコーラルピンクとペールブルーで纏めてある。
他のケーキ屋やカフェとは違い、このカフェではケーキを注文するとそれに見合った飲み物がついてくる。
ケーキの飾りつけも細部にまでこだわり、見るだけで楽しめるのだ。
その分値段は張るのだが…この店最大の人気の秘密は、五回ケーキを注文すると…このお店のロゴの入った小さめのスプーンがもらえる。
最近若い令嬢達が友人を招き開く茶会には、人数分このスプーンを揃えるというのが流行っているらしい。
広場を過ぎるとその先は庶民が賑わう市場へと、様子を変える。
装飾が華美ではなく、さっぱりとして頑丈そうにみえるところが特徴だ。
旅人が宿泊する宿屋や、定食の店…そして雑貨屋や食品店など、種類は多岐にわたる。
地方の領地が不作だとの噂が度々届くが、ここに影響が及ぶことはない…なんと言っても王都の城下町なのだ。
全ての品物はこの街に集まり、手に入らないものはない。
市場は朝が一番忙しく、昼を過ぎた今の時間はあまり焦って商売をする者はいない。
それでも人々は珍しい物や、土産を求めて店々へ足を止めることはなかった。
人気の揚げ菓子の店を過ぎると、少し人の波が途切れる。
ここから先は職人の工房や、倉庫が立ち並ぶ区域だからだ。
人波を縫いここまで足を運んだ外套を深くかぶった二人は、立ち止まり顔を見合わせた。
「ここから先に少し行った場所に、庶民が通う教会があります。神官の予定は調べてあり、今日はいらっしゃるはずです。」
「…わかった、先を急ごう。」
改めてフードを深く頭歩き出そうとする人物に、もう一人が行く手を遮る。
「本当に、本当に行かれるのですか?…坊ちゃんならば、ハイルヘルンの名を使えば司教を邸へ呼び、簡単に測定できるものを。」
外套がはずれないよう、ゆっくりと振り返り…意見を述べた侍従をぎろりと睨む。
「…差し出がましいことを。申し訳ありません。」
形の整った美しい青い瞳に冷ややかな視線を浴びせられ、侍従は慌てて言葉を飲み込み…頭を下げた。
意図があっての事だとは理解しているが、口を出しすぎたことを後悔し唇を噛む。
外套を深くかぶったヴォルビリスは、侍従の謝罪が終わるのを待ちもせず目的の教会へと足を進めた。
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「(訳あり気な訪問者など、少なくはない。)」
神官はそう思いながら、呼び出しを受けた訪問者の顔を覗き込む。
外套で姿を隠す二人組は、立ち振る舞いから貴族であることは間違いなかったが、神官にとって教会を訪れる者は誰もが平等である。
教えを求め訪ねて来る者に対し、規定に沿った一通りの言葉を並べる。
「ようこそ、ここはレタン様を祭る教会でございます。本日はどのようなご用件で来訪いただいたのでしょうか?」
午前の礼拝の余韻を含んだ祭壇の前で、ヴォルビリスは挨拶をした神官へと身体をよせ小声で用件を告げる。
「…内密で、加護を診断してもらいたい。」
身体を離すと同時に、神官に向かって鋭い視線を向けるのを忘れない。
ここで軽んじられることはだけは、避けたかった。
「それは…。その、ここは庶民も訪れる教会です。そのような用件であれば、もっと…。」
ヴォルビリスは懐から小さな革の袋を取り出し、神官の方へと差し出して手の上に乗せた。
その袋は小さいながらに、ほどほどな重量を感じる。
隙間から覗き込むと、金色の輝きを放つ硬貨が何枚も入っているように見えた。
「……っ。拝見するに、よほどの事情がおありになると。私共でよろしければ、こちらへどうぞ。」
奥へと通されるとわかったヴォルビリスは、鼻白んだ。
身分を明かさなくても、融通さえきかせることができれば…ほとんどのことは思い通りに進む。
教会であってもこの程度なのだ。
そう思った瞬間、脳裏に婚約者の姿が浮かんだ。
怯むことなく、正面からヴォルビリスを見つめ…その心を見透かしているかのような表情。
一瞬にして怒りの感情が込み上げ、顔が熱くなり、頭がずぎんと音を立てるかのように痛む。
神官に案内され通された小部屋は、さほど大きくはないがテーブルにと椅子が二つ…そして小さな本棚が一つだけだった。
テーブルにクロスが貼っているだけ、まだ上等な部屋なのだろう。
ヴォルビリスは侍従を扉の外へと控えさせ、一人で部屋の中へと入った。
促されるまま椅子へと腰かけテーブルへ向かうと、神官は奥に繋がる扉へと姿を消した。。
その間にかぶっていたフードを外す。
息苦しく狭かった視界が、一気に開けたように感じた。
再び現れた神官は、ヴォルビリスを見て息を飲んだ。
ただの貴族だと思っていたが、ここまで美しい面立ちをしているとは思っていなかった。
これはただ事ではないのだと感じ、小さく息を飲む。
神官がテーブルへと差し出した物は、水を張った両手で納まる大きさの銀色の額縁のようなものだった。
「この板の上で、加護を発現していただきます。」
ヴォルビリスはかざそうとした手を止め、改めて神官を見つめる。
「その前に…このことについては。」
ヴォルビリスの言いたいことを察した神官は、頭を振った。
「お布施をいただいたとはいえ、私も神官です。それが約束だというのであれば、必ず守ります。」
そう言われてヴォルビリスは、少しだけ口元を緩めた。
改めて息を吸い込み、銀色の板へと手をかざす。
あの時の気持ち悪い感情を思い出す。
何故…私が求める者は全て、あの婚約者の元に集まるのか。
何故…あの者が関わると、全ての事がうまくいかないのか。
次第に生温い風が足元から込み上げてくるのを感じる。
そうすると目の前の銀の板に変化が生じ出した。
さざ波のように小刻みに揺れると、そのあとに大きく波打つ。
そうして中央へと波がぶつかり合い、やがて波が収まると同時に文字が浮かんできた。
「…加護【孤立】。」
はっきりと見えたわけではない…文字は濃い灰色をしていた。
「あまり聞かない加護ですが、この文字の色合いからして中級の能力をお持ちでいらっしゃいます。」
一般的に加護について大きく四つに分類されている。
――― 恩恵・影響・呪縛・特殊。
学園の教授が使う加護【誓約】は、この中では影響の分類に属する。
加護の名前だけみると、ヴォルビリスの加護は呪縛のように感じた。
外見の美しさで周囲からも羨望の眼差しを受けるヴォルビリスには、似つかわしくない。
「(この加護を得たばかりに、私は今後孤立するということなのか?)」
あまり歓迎できない加護に、ヴォルビリスは自分の将来を憂い…じっと考え込んでいた。
「(これではますます、あの婚約者の良いように進んでしまう。)」
自分だけが孤立し、婚約者の周囲には優秀な人材が集まる…そんな近い未来を思い浮かべる。
なんとも言えない悔しさと絶望感に、思考が囚われていると…やはり足元から生暖かい風がヴォルビリスの身体を包んでいた。
意図はしていなかった…それでも段々とそれは膨れ上がり、迎いに座っていた神官までも覆っていく。
「(違う…この加護は呪縛ではない。この生暖かい風は加護の範囲を示すものだ…ならばこれは影響。他者に影響を与えることのできる加護に違いない。)」
ヴォルビリスは、自分の加護にそう結論付け…目の前に座る神官をじっと伺う。
先程まで少し緊張はあるものの、穏やかな表情をしていた神官はもういない。
今はただ何者かに怯え、自分の身体を抱きかかえて不安をやり過ごそうとする小さな男が一人いるだけだった。
文字の濃さで判断するらしいが、中級とはいえなかなかの影響力だ。
ヴォルビリスは満足して、神官を置き去りにして部屋を出た。
「さあ…面白くなってきたじゃないか、シエール!」
ヴォルビリスははっきりとそう口に出すと、待っていた侍従と共に再び外套を纏い来た道を引き返していった。




