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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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常日頃からぼんやりと過ごし、揺蕩うように飛び交う会話をすり抜ける。


美しく自分を磨き上げた令嬢達が、寄り添い、心地よい言葉を並べヴォルビリスを褒め称える。

それ以上の美しさと価値が自分にはあり、皆がこぞって手に入れようと囁き合っていることをヴォルビリスは知っている。

学園の生徒である令嬢達に対して明確な感情と態度をとらないようにしているヴォルビリスだったが、ただひとりにおいては別であった。


幼い頃に植え付けられた嫌悪の感情と、行動原理は変わらない。


「…生意気な。誰に向かって、物を言っている。」


普段はどちらかというと、口数が少ないヴォルビリス。

それを物静かで思慮深いと、ヴォルビリスに好意を寄せるほとんどの女生徒は勘違いをしている。


そのままの学園生活を送れば、ヴォルビリスに対する周囲の評価はそれほどひどいものではなかっただろう。

しかしヴォルビリスには、どうしても我慢の出来ない事があった。


――― 『時限令嬢』であり、婚約者のシエール。


自分の婚約者であるにも関わらず、昔から何一つヴォルビリスの意に沿うように動くことはない。

それでいて…ヴォルビリスを見下している様子さえうかがえるのだ。

どうにかして自分が主導権を握りたい、服従させたいと思ってなにが悪いのだ。


「お前は、誰の婚約者でいると思っているんだ?」


ミリュークラスでありながらアヴァンセまで乗り込み、ヴォルビリスが連れ立っているオーティにまで小賢しく振る舞う。

感情を押し殺した表情を見せたり、取り乱したりするのであれば、まだ可愛げがあると思えるものを。

ヴォルビリスは鼻を鳴らし、忌々しそうに続ける。


「このように迷惑な婚約を、承諾している私の立場を考えれば…感謝してもしきれないほどだろう?それなのに昔から、私の言う事をまるで聞き入れようとしない。考えることができない馬鹿ではないというならば、黙って私に従って見せろ!」


普段声を荒げることがないヴォルビリスの冷淡で強い口調に、隣にいたオーティが身を縮める。

シエールやリューンにとっては日常だが、学園ではみることのないヴォルビリスの行動に嫌悪を見せる人物がいた。


「婚約者である令嬢にそのような物言い…捨て置くことはできない。この学園内でこのことを言うのもおかしな話だが、身分で言えば君は伯爵令息…シエール嬢は侯爵令嬢。言葉遣いには気を付けるべき立場だろう?」


それまで口を挟まずにこの場を黙認していたロンサール候が、ヴォルビリスを叱責する。

肌を刺す、張りつめた空気が震えたように感じた。

これも『白雷』の二つ名を持つ、ロンサール候の資質なのだろうか?


「(この者達は、私の言うことを聞くべきなのだ!!)」


ヴォルビリスは口を開き感情を乗せ言葉を吐き出そうとしたが、自分を見据えるロンサール候を見てその言葉を飲み込んだ。


「一度、話を整理しようじゃないか?」


穏やかな口調で顎に手を添え、ロンサール候が提案をした。

こうなってしまえば、貴族としての性質上…一番身分の高いロンサール候へ従うしかない。

騒動の中にいた者全員が、軽く目を伏せ、少しだけ頭を下げた。

それにロンサール候は、了承の意味を含め頷く。


「ヴォルビリス令息、オーティ令嬢…君達二人は、婚約者がいても恋人は別物だと思っている。そう考えて間違いないね?」


オーティは恭しく令嬢として上品に頷き、ヴォルビリスは様子を伺いながらもその行動に倣った。

ロンサール候はその浅い考えに、小さく溜息をつきながら続ける。


「オーティ令嬢、貴女は彼女…リューンが自分の恋人であるヴォルビリス令息との間になにかあるのではないかと疑っている…そしてそれが面白くない。そう言いたいのだね?」


リューンを名前で呼ぶロンサール候に、ヴォルビリスは小さく舌打ちを鳴らした。

自分の所有物であるリューンに対して、親し気に振る舞われるのは不快だった。


そしてオーティは自分の中にあるもやもやとした気持ちの部分を、的確に指摘され…戸惑い、気まずそうに小さく頷いた。

そうだ自分は決して、この元貴族に劣っていると考えているのではない。

貴族として…令嬢としての格も、女性としての幸せもこの元貴族よりは上のはずだ。

ただヴォルビリスの優しい瞳が、この元貴族に向くのではないかと憂慮していたのだ。


「では改めて聞くがヴォルビリス君とリューン…君達の間には、なにかあるのかな?」


「なにもございません。」


「…なにも、ありません。」


リューンは即答し、ヴォルビリスは残念そうにそれに倣った。

ヴォルビリスにとってのリューンは、今まで巡り合った中で唯一自分に釣り合った美しさの持ち主だ。

いずれ自分の物になるとしても、今ではない…無理を通して、多くを失う必要はない。

シエールが来たからには、ロンサール候もリューンに接近することは出来ないはずだからだ。


「よろしい。では私の方から話をまとめさせてもらおう。」


ヴォルビリスとオーティは、この話し合いからの解放が見え…安堵した。

ロンサール候の態度からして、大きな騒ぎになりそうには感じない。

思わぬ展開にはなってしまったが、現状とさして変わらない明日がくるはずだ。


「オーティ嬢、貴女の考え方は自由だ。貴女が婚約と恋人は別だといい、シエール嬢がそれを咎めないと言うならば…この件は不問にしよう。だが貴女が自身の立場を顧みずリューンを責めるには筋が違うというもの…きちんと謝罪をしてほしい。」


つとめて穏やかに話すロンサール候に、オーティは体の力が抜ける。

ヴォルビリスの婚約者である『時限令嬢』が同じ席にいる今、白の系譜として叱責を受けると思っていたからだ。


「…申し訳ありませんでしたわ。」


形だけの謝罪であったが、謝罪は謝罪…オーティはむしろリューンに対しこの場での勝利を確信した。


「良かった…これで私もマグダリン伯爵に悩まされずにすむ。なにしろ婚約者がいるというのに、会うたびにオーティ嬢をどうかと勧められていたからね。貴女に恋人関係にある男性がいるということを、こちらからもお伝えしておこう。」


「えっ…お父様に?いえ、それは…。」


足元が冷えていく気がする…オーティは自分の立場が更に危うくなっていることに気付いた。

白の系譜としての叱責は免れた…しかしマグダリン伯爵家が思い描いていた計画は、オーティの浅はかな行動で潰えてしまったのだ。

ここはテラス、大勢の人の目がなければオーティは今にも足元に崩れ落ちていたに違いなかった。


「そしてシエール嬢、私は貴女にも苦言を申し上げておこう。貴女の婚約者であるハイルヘルン伯爵令息から、身に覚えのない噂話を吹聴されたとして青の系譜に正式に抗議をさせていただく。これには貴女にも責任があるとして、重く受け止めてほしい。」


ロンサール候からの言葉に、シエールは礼をとり謝罪の言葉を口にしようとしたが…それはヴォルビリスによって阻まれてしまった。


「待って、待っていただきたい!何故私が抗議されるのか…理由を教えていただきたい。」


「…覚えていない?」


ロンサール候はヴォルビリスに対し片眉を上げ、少しだけ表情を崩し微笑んだ。


「『婚約者のいる男性とこの様に度々親密に過ごすなどあってはならないことだろう?』と…この発言が私に対してのもので、それに対して私が何も思わないとでも?」


さらさらと常日頃から暗唱している呪文であるかのように、ロンサール候は口にした。


「それはリューンへの言葉で、ロンサール候へ言ったわけでは…。」


ヴォルビリスは嫉妬に駆られ、衝動で口にした言葉を今になって後悔した。

男女間の出来事であれば、いかにロンサール候でもあとから何とかなると軽視していたからだ。


「しかし違うというのであれば、ここ数日…リューンと二人で何を話されていたのですか!」


自分だけが系譜の責任を負わされると感じ、ヴォルビリスは反撃にでた。


「…二人?」


ロンサール候はあきらかな疑問を口にした。

リューンを訪ねる時には必ず誰かと共に行動していた、ヴォルビリスにはその様子が見えていなかったのだろう。


「ヴォルビリス様には、私や他の者が見えてらっしゃらないようですね?」


呆れた口調でシエールは、ヴォルビリスを批判した。


「うるさい、お前には関係ない。」


「口を慎めと言っている。」


先程からの注意を顧みないヴォルビリスに、ロンサール候は強い口調へ変え叱責した。

ヴォルビリスは怯み、動きを止めると共に口を閉じる。


「私はヴァレリア様より『六つの星』へ、再三の勧誘を受けておりました。しかし私は侍女の身でありますので、シエール様の了承があればと…このような場所を設けていただいた次第でございます。」


リューンは今まであったこと、ロンサール候と話していた内容をかいつまんで説明した。


「…『六つの星』ですって?貴方が?」


これには先程から顔色を悪くしていたオーティが、反応した。


「おかしいではありませんか、ロンサール様。この学年のエトワールは私、私にお声がかかるならまだしも…なぜ編入生であるこの元貴族が勧誘されるのですか!」


オーティには自信があった。

その一つがエトワール、学年一優秀な生徒の称号である。


「なにもおかしなことはない。『六つの星』はエトワールに限らず、優秀な者を勧誘する。それに来年には不安定だったエトワールも正しく整うだろう。」


ロンサール候は、暗に来年のエトワールはオーティではなくリューンが持つことになるだろうと仄めかした。

他者からの評価…それはオーティが自分でもわかっていたことを突きつけられる。

顔を真っ赤にして、スカートを持つ手を震わせている。


「待て…何故お前も、このピンブローチをつけているんだ。ふざけるな!」


突然ヴォルビリスが、シエールの胸元へと掴みかかろうと手を伸ばしてきた。

その手首をヴォルビリスの背後から矢のように素早く掴む手があった。


「…カ、カーシス…様。」


異様な威圧感を隠さずに、カーシスは掴んだ手首に力を込めヴォルビリスを睨みつけた。

そのままヴォルビリスは力なく、数歩後ろへと下がると…徐々に目線を下げ項垂れたのだった。

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