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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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オーティ=マグダリン伯爵令嬢…彼女は幼い頃から、自分に婚約者が決まらない理由を知っていた。

それは花に囲まれた庭園で、何度も乳母にねだり、繰り返し話し聞かされていた話だったからだ。



王家に次ぐ貴族、赤の系譜の頂点…ブリランテ公爵家には儚くも美しいお姫様がいる。

そのお姫様は生まれつき身体が弱く、お屋敷からでることも、ベッドから起き上がることも、大勢の前にでることもできなかった。

医者の話では、成人まで持つかどうかは今後の環境次第だという。


一人娘であるお姫様を可哀そうに思ったブリランテ公爵は、お姫様が慕っていた少年を婚約者へと据えた。

それが幼少の頃から才覚を現していた、まだ爵位を継承していないヴァレリア=ロンサールだった。

社交界でまさに噂にのぼる王子様のような容姿のヴァレリアとブリランテの姫君の話は、当時の令嬢達の憧れの的となった。

二人は穏やかな愛情を持って、絆を深め、成長していくのだという。


「ここからは、お嬢様の物語です。」


乳母は、声をひそめ…内緒話のように囁く。


「いずれ…そう遠くない未来に、我が系譜の君ヴァレリア様は婚約者もしくは奥方を亡くされます。これは決められた未来…悲しくもありますが、仕方のないことなのです。そうなった時、ヴァレリア様をお慰めし支えていかれるのはマグダリン伯爵家のご令嬢…オーティ様しかおられません。旦那様もその様に考え、これからもオーティ様へご婚約者を立てられることはないでしょう。」


乳母は愛しく尊い者を見つめる様、オーティをのぞき込む。


「白の系譜の輝かしい頂点となるヴァレリア様と、その隣に立つ美しいオーティ様。いずれは二人でこの白の系譜を率い、幸せに暮らすのです。」


乳母の話…自分にも素敵な物語があることに、オーティはうっとりとした表情で頷き答える。


「わかったわ。私も、お姫様になるのね!」


オーティは近くにあった花をいくつか摘み取ると軽く束ねブーケに見立てる、いつか美しい花嫁になることを夢見るのだった。



月日を経て、ヴァレリアを追ってフテュール・ジウロンへ入り…学園生活にも慣れてきた頃、オーティは自分がヴァレリアの視界の中に欠片も映っていないことに気付いた。


年頃の令息が参加するお茶会や、系譜の伝手を使って何度もヴァレリアへ挨拶をし、存在を印象付けるためアピールを繰り返した。

しかし儀礼的な挨拶やその場限りの会話ばかりで、一向にオーティ自身を知ってもらう機会がない。


「(私は…ヴァレリア様と共に、白の系譜を背負ってゆく者。なのに、このままでは…。)」


マグダリン伯爵の期待と、幼い頃からの自分の夢…焦りを感じた時、オーティを優しい言葉で包んだのがヴォルビリスだった。


「今まで貴女のような令嬢に、出会ったことがない。美しく、聡明…人生を共にできる理想の女性だ。」


輝く容姿を持ち『陽光の中の白鳥』の二つ名を持つ伯爵令息、その不運な人生で望まない婚約を強いられている。

まさに王子様のようにオーティの手を取り、心地よい言葉をいくつも並べ、気分を高めてくれる。

そんなヴォルビリスの隣が、とても心地よかった。


「(今はまだ、赤のお姫様がいらっしゃるのだもの。私だって自由でいたい。そしていずれ時が来れば、ヴァレリア様は必ず私を選ばなければならない。それまでは、夢の中のお姫様でいられるヴォルビリス様の側で…。)」


オーティが恋に落ちるのに、時間はかからなかった。

時間があれば二人で過ごす、小さな触れ合いだけでも幸せだと感じる。

学園内でも二人の姿はよく見かけられ、絵になる二人だと生徒たちの羨望の視線を集めていた。


その様子が変わったのは今年の新入生が、入って来た時期だ。


ミリューにヴォルビリスの婚約者が、入学したのだ。

高位貴族で常識のある者は、婚約者のいるヴォルビリスと常に行動するオーティを窘めることもあった。

次第にオーティを取り巻く者達が、距離を取り始めたと感じる。


そしてもうひとつ。

同じ学年に編入してきた、リューン=サンフレアだ。

それまでヴォルビリスの時間を独占してきたオーティだったが、ヴォルビリスの関心がリューンへ移ったと感じることが増えた。

ヴォルビリス自身は、婚約者との関係で仕方なく世話をしているのだと言うが…オーティにはそうは思えなかった。

月の女神のような美しさに、難関の試験を経て編入できるほどの学力。

けっして自分が劣っているとまでは思わないが、胸を張って優位に立てることは身分の高さだけだった。


「(ロンサール様もヴォルビリス様も、なぜ私の物ではないのでしょうか…。)」


自分の物にならない理由が、他の令嬢であるならば…私は自分の力で手にして見せましょう。

オーティは自分の物語を、ハッピーエンドに結ぶためににっこりと微笑んだ。


   ・

   ・

   ・


「理解できていない貴女へ、私が淑女の嗜みというものを、教えて差し上げましょう。」


それまでロンサール候しか目に入っていなかったオーティが、リューンに向けて貴族らしい微笑みを浮かべた。

ゆっくりとリューンの頭頂部から足の先まで眺めると、口元が上がってくる。

たしかに容姿は美しい、だがところどころに粗が見える。

手元は潤いがなく、爪も輝きを失くしている…使用人の手だ。

そしてアヴァンセの制服に合わせるシルクの靴下は、シルク特有の艶やかさが見えず使用感が伺える。

高位貴族に仕えるとはいえ、所詮は使用人なのだ。


オーティは、目上の者が諭すように言葉を紡ぐ。


「いくら学園の方針で身分を厭わないとしても、ロンサール様は現侯爵…あなたがご一緒して良いご身分ではないの。元貴族なのだとしても、今は平民と違わない侯爵家の侍女なのでしょう?ご自分の立場を弁えてはいかがかしら?更に言えば、ヴォルビリス様のご厚意も取り違えているのではなくて?ヴォルビリス様は貴女が不憫であるから優しくしているだけで、使用人である貴女に、興味があるわけでもなんでもない…いわば施しをしたにすぎませんの。」


ゆっくりと話すオーティの言葉は、詩をうたうかのように耳へと届いた。

しかしその内容は、高圧的である。


「マグダリン伯爵令嬢、その位に。」


「いえロンサール様、これは白の系譜の問題です。いくらロンサール様がお許しくださったとしても、このままでは白の系譜自体が軽んじて見られてしまいます。」


くだらないやり取りだとばかりにロンサール候が口を挟むが、その位で止まるオーティではなかった。

自身の感情を、貴族の矜持とすり替えリューンを責める。


そしてリューンの関心を惹きたいヴォルビリスは、オーティが向けた言葉を焦り訂正する。


「オーディ嬢…リューンとは昔からの大切な知り合いなんだ。彼女が辛い思いをしているのであれば、放っておくことはできない。」


「ヴォルビリス様まで、そんなことを!彼女が優しさと好意を履き違えているのは、ヴォルビリス様がしっかりと拒絶なさらないからですわ。」


オーティは先程のロンサール候とのやり取りよりも、感情的にヴォルビリスへと訴えかけた。

普段からオーティを大事に扱ってくれているヴォルヴィリスが、はっきりした態度をとらないことに苛立ってもいた。

良い機会だ…この場ではっきりと、調子に乗っている元貴族へ拒絶を示してくれれば良いのだ。


「いい加減にしていただけませんか。私はヴァレリア様にもヴォルビリス様にも、特別な感情は持っておりません。特にヴォルビリス様には、なにかにつけて干渉され…学園生活においても迷惑を被っております。」


「貴女…ヴォルビリス様のご厚意を、迷惑だなんてっ!」


今まで、リューンが生徒と会話をしているところを見たことがなかった。

まさか伯爵令嬢である、自分に口答えをするなどと思っていなかったオーティは思い余ってテーブルを叩く。



普段声を荒げることもないオーティは、息を乱しリューンを睨みつけていた。

ロンサール候は、オーティの息が整うまで待たずに叩いた手を取りテーブルから降ろす。


「やめておきなさい、マグダリン伯爵令嬢。恥をかくのは貴女だ。」


「いいえ…いいえ、黙ってなどおりません。使用人の口の利き方も教育できないなんて、カルネヴァル侯爵家はなにをしていたのっ!」


自分が間違っているはずなどない、怒りに震えるオーティはリューンの謝罪を求め、糾弾した。




「…貴女が…貴女にシエール様を侮辱されるなんて。」


リューンが、低く呟く。

リューン=サンフレアが、月の女神のようだと言われる理由の一つは感情をあまりださないことにある。

女神のように些事にこだわることなく、常に穏やかであるリューンが今…オーティを冷ややかに見つめ、憤りを湛えていた。

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