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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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そっと指先でソファへと触れ、その感触を確かめてみる。


使われている布地は高級な物で、織り込んである糸の感触は感じられず元々から一枚の布であったように滑らかだった。

グルドゥがクッションへと埋もれて楽しんでいるところを見ると、そちらの素材もかなりのものらしい。

そして天井を滑る青いオーガンジーはまるで天の川のようだ…きめ細かく光沢を放ち室内を飾り立てていた。


シエールはゆっくりと部屋の造りを観察していた。

カルネヴァル侯爵邸にある『秘密の部屋』と同じ製作者かもしれないと思うだけで、指先が震えるだけでなく胸が熱くなる。


「そろそろ貴女もこちらに掛け、話をはじめようか。」


落ち着いた微笑みを向け、ロンサール候がシエールへと着席を促す。

その言葉を聞き、シエールではなくグルドゥが慌てて姿勢を正した。


座面の柔らかさを考慮して、制服の裾を抑えながらゆっくりと座る。

『秘密の部屋』と同じ心地よさを感じながら、シエールは深く息を吐いた。


「ふふ、話など後回しにしたくなる気分だな。」


グルドゥは、ソファとクッションがいたく気に入ったらしい。


「シエール嬢は、このようにくつろげる空間を想像できるのだな。このまま埋もれていたい…。」


少しうっとりとした表情で、目を伏せクッションへと顔を寄せる。


「グルドゥは、置いておこう。」


ロンサール候がばっさりと切り捨てた後、シエールに向かって話し始めた。


「この『六つの星』は創設した当時から、所属の審査が厳しくてね…三つ条件がある。」


ゆっくりと膝の上で手を組み、ロンサール候が語る。


「まずはその当時の責任者が相応しいと思えるかということ。この場合は私だが…私は君を面白いと思った。とても面白い、だからこそ所属して欲しい…とね。まず貴女は初対面の私に、噂に関する事や侯爵家について色々と不躾な言葉を告げられたはずだ。それなのに貴女は癇癪を起したり声を荒げたり、表情や態度に出すことなく自制を保つことができた。人の感情はね、『怒り』が最も自制することが難しい。表面でごまかせても、心の中ではずっと燻っているはずだからね。このことで私は、貴女が自分の誇りよりも安寧を尊ぶ…諍いを好まない人物だと判断した。」


試されていたことはわかっていたが、この様に受け取られていたとは…今まで受けた事のない他者からの評価は、落ち着かない気持ちにさせられる。


「二つ目は、権力を振りかざさない事。この学園は、貴族と平民が同じくして学んでいる。このコミュニティの中だけでなく学園生活を送る間は、必要以上に爵位を振りかざすような者を認めていない。まず現侯爵である私にすり寄ってきたり、媚を売る様な仕草をする様な者ではだめだ。中には一人…突然しなだれかかってきた者もいたな。婚約者のいる私にあからさまなものだ。そういう者は、その言葉、その仕草、その目線でわかる。しかし貴女はしっかりと礼節を護っていた。そして貴女自身が権力の被害者であり、友人に平民もいるらしいと聞く。ならばこれも問題がない。」


シエールは驚いていた…つい最近の事まで細かく調べられている。

グルドゥからの情報もあるだろうが、そのようなことがあればリジアンが気がつきそうなものだ。

つまり、これは学園内で行われた調査ということか。


「そしてもう一つは…。」


ロンサールはソファの背もたれへと引っ掛けてあったマントを探り、ある物を取り出した。

真鍮でできた薄い円盤状のものを取り出すと、シエールにも見える様に目の前に出す。

そこには薔薇の透かし彫りがしてあった。


「(この模様にも、見覚えがある…。)」


全く同じではなかったが、秘密の部屋の鍵と同じ様な模様だった。

ロンサール候は膝の上に円盤を置くと、その上に手をかざした。


「ヴァレリア=ロンサール。」


ロンサール候が名乗ると、円盤はかすかに震えたように見えた。

その直後円盤の縁より光が零れ、ロンサール候の手の動きに合わせて宙に浮かんだ。


円盤は二枚に分かれ、その間に薄い膜が張ったような透明な球体を浮かべていた。

球体は柔らかくその姿を少しずつ波打たせながら、漂っていた。

穏やかな水の中のあぶくの様なそれは、不思議とこの夜の部屋に溶け込んでいる。


「これはあることを確認するための装置なんだ。グルドゥから、この中へ手を入れてみてくれ…ああ、指先だけでかまわない。」


それまで傍観していたグルドゥは、自分のことだと悟るとソファより立ち上がりロンサール候の元まで近寄った。

腕を伸ばし、ゆっくりと指先をあぶくの中へと差し込む。


すると指先から白い靄の様なものが絵の具を水へ落とすかのように広がり、次第に真っ白になったかと思うと白い光を放った。


「(二回、光った?)」


瞬くように、素早く二回光ったことをシエールは見逃してはいなかった。

これにはロンサール候も真剣な表情で、顎へ手を添え考え込んでいるようだった。


「ど、どうなのでしょうか?」


二人の沈黙に不安を募らせたグルドゥは、はしたないとは思いながらもロンサール候の返答を催促した。


「いや、問題ない…ようこそ『六つの星』へ、グルドゥ。」


我に返ったロンサール候は、グルドゥへ軽い挨拶をすませるとシエールの方へと身体を向けた。

円盤を一度閉じ再び開くと、シエールをまっすぐと見つめるロンサール候の瞳があった。


「さあ、貴女の番だ。」


シエールはグルドゥと違い落ち着いていた。

秘密の部屋と同じ細工…それがシエールを害するとは思えない。


そっと指先を差し込むと、暖かさを感じる。


グルドゥと同じ様に白く靄が広がっていくと、その光はグルドゥよりもはっきりと二回大きく輝き、やがてきらきらと輝く粒子をその中へ閉じ込めて輝き続けていた。


「ああっ、ふふふ…やはりな。いやいや期待通りだ、ありがたいな。」


ロンサール候は、言葉では嬉しさを滲ませていたのにその表情は…今にも泣き出しそうだった。


「二人とも合格だ。『六つの星』へようこそ。詳しいことは明日、所属の全員が集まった時に話すとしよう。」


合格したことによって、この話は終わりだとばかりにロンサール候が立ち上がる。

慌ててグルドゥは、気になっていたことを問いかけていた。


「ヴァレリア様、先程の装置は何を判断するものなのですか?」


「ああ、『六つの星』にはね…絶対加入を許してはいけない系統の加護があるのだよ。二人は白く輝いただろう?だから問題はない。」


失念していたと、ロンサール候は答える。


「それではシエール嬢も、いずれ…間違いなく加護を発動するということでしょうか!」


「…申し訳ない、そうは言い切れない。もし発動したとしても、その系統の加護ではないということしかわからないのだ。」


「そう、なんですか…残念だな。もしかしてそこまでわかるのかと。」


ロンサール候は、眉尻を下げ微笑みを湛えていた。


「(これは嘘?…いや必要なことを、あえて話していないということかも。)」


シエールは自分が身に着けているヴェールの奥から、ロンサール候がグルドゥへ向ける感情を探っていた。

あきらかにそれだけでは説明がつかない部分がある、シエールはそう感じていた。

色だけで良ければ、あの光と粒子はなんなのだろう、ロンサール候は全てを教えてくれたわけではないのだろう。


ロンサール候はグルドゥの肩へ手を添え、励ましているようだった。


しかし首を挙げ顔の角度を変えると、その視線はシエールを貫いていた。

その鋭い視線にロンサール候の二つ名『白雷』を思い出し、シエールは身を竦ませる。


避ける様に床へと視線を落とすと、多面体の淡くほんのりと灯された白い光を食い入るように見つめていた。。

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