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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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064

――― 「フォイユの輝きが、貴女と共にありますように。」


シエールはプリムヴェールに対して祈った後に,、もう一度義妹に対しうっすらと微笑みを浮かべた。

硬直する彼女を最後まで見届けることをせずに、ソファを立つと部屋をあとにした。


これから後…義妹のとる行動は手に取るように思い浮かぶ。

シエールはすぐ後ろにいる、リジアンに向かって視線を流した。


「リジアン、あの子の影は踏んだの?」


リジアンは足を止め、シエールの問いを自分の中で噛みしめていた。

暗にリジアンの加護の話をしているのだと気づき、眉を寄せる。

少しの沈黙のあと、リジアンは重々しく返事をした。


「仮に踏んでいたとして、そのことをお嬢様へ話すかどうかは私が決めることです。」


「気を悪くしたのなら、ごめんなさい。ただこの後のことは、大体予想がついているの…だから答え合わせがしたかっただけ。もしリジアンが嫌でないのであれば、私の予想を聞いてくれるかしら?」


シエールはそう言うと少しだけ子供の様に笑い、再び図書室へと足を向けた。


シエールは前を見つめ、廊下を歩く。

自分は侯爵家代理として、青の系譜の領民を困らせるプリムヴェールを「子供のやった事」という一言で許すことはできない。

学園入学前で礼儀が備わっていないとしても、次期侯爵を騙り、他の系譜の侯爵夫人へ無礼を働いた義妹。

例え仮の家族だとしても、爵位の高い貴族だとしても、相応の罰を受けてもらわねばならない。


   ・

   ・

   ・


部屋に残されたプリムヴェールは、後ろへ控え観察をしているリューンを気に留める様子もなく…ただただ、手紙を見つめていた。


冷たい色をしている、青い封蝋の手紙…お姉様はこの手紙に、プリムヴェールの処遇が書かれていると言っていた。

きっとなにか良くないことが書いてある…という事だけは、理解できた。


「もしかしたら、お姉様の脅し…なのかもしれないわ。」


見えない物に怯える気持ちを振り切り、唇を噛みしめて手紙を手に取る。

手に取った手紙は、見た目と同じ様に少しひんやりとしていた。

テーブルから持ち上げると同時に、手元から何かが滑り落ちる。

それはアイボリーの紙に小さな紫のロベリアの花が書かれ、青味がかった紫の封蝋で留められている。

金色で書かれた文字から、お父様から邸の執事へ書かれた手紙の様だった。


「(そうよ、お父様なら碧眼翁が何を言ってきても庇ってくれるはずだわ。だって私はカルネヴァル侯爵令嬢…大事な跡取りなのだもの)」


お父様の手紙を見て、勇気が湧いてきた。

まずは良くない内容が書かれているであろう、碧眼翁の手紙から開けてみることにした。


一度開封している封蝋は、力を込めなくても簡単に開くことができる。

上質な便箋なのだろう…つるつるとした表面に、ブルーブラックのインクで書かれた大き目の角ばった文字が並ぶ。


宛先はカルネヴァル侯爵、お父様宛だ。

てっきりお姉様宛に、事実を大げさに話しているのだろう…位に考えていた。

もう一度封筒を見返すと略称ではなく、『ノヴァーリス公爵 ディアモン=ノヴァーリス』と書かれてある。

それだけでこれが公式な、青の系譜から紫の系譜にあてて書かれていることがわかる。


焦る気持ちを抑え、再び手紙の内容へと戻る。


初めは近頃の天候に触れ、季節を感じさせる挨拶が書かれていた。

その後は政治的な見解や、領地の状況の確認、他の系譜の貴族の動向などが書かれているようだった。

難しい話を読み飛ばし、プリムヴェールは自分の事が書かれている文章を探す。


二枚目に移り、数段読み進めると…ブリランテ公爵の名前が出てきた。

先日の茶会の経緯と、カルネヴァル侯爵令嬢からの無礼な発言に対し謝罪と相応の対処を求められたと書いてある。

細かく書いていることはプリムヴェールには理解できず、もっと何か具体的なことはないのかと読み進めると…目を疑うような文章に動きが止まる。


「…私を、私を養子に出す?まさか、私を養子に出せというのっ!」


青の系譜ノヴァーリス公爵から、紫の系譜に対し命を出したこと…それは無礼を働いたものに対し、相応しい処遇であった。


「次期侯爵を名乗り、三大公間での諍いを引き起こしたとして厳命する。その令嬢を我らが系譜以外の家へ養子に出し、二度と次期侯爵を名乗れないよう貴族として正しい教育を施すよう言い渡すように。」


プリムヴェールは理解していなかったが、この内容の裏にはもう一つの含みがある。

文章中に『言い渡すよう』とある…これは養子に出す先が侯爵よりも格下であるようにということも同時に伝えていたのだった。


「まさかっ!そんなことが許されると思っているの?いくら碧眼翁が命じたからといって…そうよ、お父様!お父様ならば私を養子になど納得するはずがないわ。私がいなければ、このカルネヴァル侯爵家の跡継ぎはいないのだもの。」


慌ててもう一つの手紙を拾い上げ、開封する。

プリムヴェールは自分でも気がつかない位に動揺し、便箋を開く手が震え…読むまでに時間がかかってしまった。


カルネヴァル侯爵であるダズールからの手紙は、執事のリジアンへ宛ててだった。


「碧眼翁からの厳命により、今回の責任をとり紫の系譜で徴収した税の一部を青の系譜へ献上することとする。具体的な金額を算出してほしい。当面の間領地の交通整備は保留とし、蓄えを切り崩しながら、領民へと分け与えることとする。またけじめとして…ディアンジュは、コルシックが目覚め回復し歩き回れるようになるまで自室にて謹慎とする。また今回の問題を引き起こしたプリムヴェールは、養子へ出そうと考えている。赤の系譜、青の系譜に関わりのない伯爵家以下の爵位で適当な家を見つけてほしい。詳しい話は碧眼翁の手紙を同封する。その後は侯爵家代表として、彼女の働きに期待している。」


ここで書かれている『彼女』とは、お姉様のことだろう。


プリムヴェールは何度も手紙を読み直し、唇を噛みしめた。

便箋に書かれている文字、封筒の署名と封蝋…どこを見てもお父様の手紙に間違いない。


次第にプリムヴェールは、眉間に力を込め、目の吊り上がった怒りの表情へと変わる。

感情を抑えられず、身体が震える。


――― 『屈辱』


その感情に気がついた時、悪態をつこうとする前に涙が零れた。


「嘘よ、こんなの嘘に決まっているわ。侯爵家の令嬢である私が、こんなことで養子に出されるなんて…お父様も碧眼翁に騙されているんだわ。…だって、だってこんなことお母様が黙っているはずが…。」


自分の呟きに、はっと我に返る。

そうだ…お母様がこんなことを、お許しになるはずがない。

ずっとプリムヴェールが次期侯爵になることを望み、そうなるべく育ててくれたのだ。


プリムヴェールは二通の手紙を、乱暴につかむと一目散へと扉へ向かう。


「お母様に会わなくては。」


令嬢としての作法も忘れ、プリムヴェールは大股で足早にディアンジュの自室へと向かったのだった。

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