062
プリムヴェールは、目の前に置かれた手紙へと視線を落としていた。
他の手紙と比べて、初めてわかる。
封筒は薄っすらと淡く青い色がつけてある、そしてつなぎ目を縁取るようにさり気なく銀色のラインが引かれてあり光を当てると派手すぎない輝きが返ってくる。
封蝋は青の系譜の頂点を主張するかのように濃く綺麗な青色…その高貴さを失わないように少しだけ金を混ぜた銀粉で輝いていた。
プリムヴェールはこの封筒を手に取ることをためらっていた。
渇いた音と共にテーブルに置かれたというのに、まるで小さな氷の棺の様に感じる。
――― 触れれば、後戻りは…できない。
自分には程遠い…見上げてもその姿を確認できないほどに高い位置に存在する権威を感じる。
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たかが手紙一つに怯えるプリムヴェールへ、シエールは時間を与えはしなかった。
「お爺様が貴女に関係ない…たしかにそうね。」
シエールの肯定に気を緩めたプリムヴェールは、顔をあげる。
しかしそこで見たのは、先程よりもなお冷めた瞳をまっすぐにぶつけるシエールだった。
「では、貴女は何故ブリランテ公爵夫人へ『次期カルネヴァル侯爵』を名乗ったのかしら?」
「それはっ!」
かっとなったプリムベールは、声を大きく張り上げようとした。
しかし今なお追及しようとしている、シエールに自分を主張する好機なのではないか…そう思いなおす。
ソファへ深く腰掛けると、少し足を崩しゆったりとした様子を見せる。
「それはお姉様が、一番よくわかっているのではありませんか?元々お姉様とヴォルビリス様が御婚約され、のちに爵位を継がれる予定だったと思いますけども…お姉様は王陛下の処罰を受けている身。ならば私がお姉様の代わりにヴォルビリス様と婚姻を結び、このカルネヴァル侯爵家を継いでいくのが一番良い方法ですのよ。お姉様には申し訳ないとは思いますが…そうですね、いうなればそれまでの繋ぎという役割を果たしていただいておりますの。私が無事にヴォルビリス様と婚約したあかつきには、お姉様には我が侯爵家のお荷物にならないようこっそりと市井に下っていただく予定です。そうそう、その時は少しばかりの金銭もご用意いたしますわ。」
貴族らしくゆったりと語ると、プリムヴェールは頬へ手を当てにっこりと微笑む。
しかし笑顔を作る時、頬に引きつる様な痛みを感じ現実へと引き戻された。
ディアンジュに張られた、頬は今も熱を持ち腫れあがっている。
そうだ…この話は全てお母様から聞かされていた話だ。
でも本当にそうなのだろうか?
今まで侯爵邸の端とはいえ、この邸宅に住んでいたお姉様を…プリムヴェールが爵位を継いだからといって追い出すことができるだろうか。
そもそもこの話が本当ならば、なぜ最初からヴォルビリス様の婚約者は自分ではないのか?
自分の言葉を振り返りながら、プリムヴェールはどんどん顔色が悪くなっていく。
そんなプリムヴェールに対して、シエールは溜息をつきながら話し掛ける。
「…私への処罰と言うけれど、内容はきちんと把握しているのかしら?貴女ならば…ヴェラヴィ伯爵へ訊ねれば、真実が見えたかもしれないのに。」
知りたいと願い、自分から動いていれば母親の言葉の矛盾に気がついたことだろう。
だがプリムヴェールは都合の良い話が目の前にあるがために、その行動をおこさなかったのだ。
「私と王陛下の約束は、『成人までに加護を発動すること』。それが成されれば私は自由だし、もし成されなければその時点でカルネヴァル侯爵家は爵位を返上しなければならないの。」
プリムヴェールの口が、疑問の形を取る。
「…そ、それは。それは私が爵位を継ぐことで回避できるはずだわ。」
「この約束は、お爺様とお父様も含まれているの。そして…強力な加護の力で護られている。爵位返上を回避しようとして、お父様が加護【誓約】を破れると思う?」
プリムヴェールは、喉まで出かかった言葉を飲んだ。
「更に言えば…カルネヴァルは元々、碧眼翁であるお爺様へ嫁いだお婆様がお持ちだった爵位。それを私のお母様が受け継ぎ、婚姻を結んだお父様が継いだの。」
シエールがプリムヴェールに対し、現在までの爵位を継承した流れを説明する。
それまでの話から、なにが言いたいのか想像がつかないプリムヴェールは少し怪訝な表情をする。
「私のお母様が継いだ爵位、婿養子のお父様が現在継承しているとしても…全く血縁の無い貴女が継げるわけがないわ。」
それまで興味がそがれていたプリムヴェールは、シエールのその言葉に一気に感情を爆発させた。
「そんなのわからないじゃない!私だって養子になった時点で、お父様の子供よ?何故お姉様にそんなことがわかるの…言い切れるのよっ!」
シエールはプリムヴェールの剣幕をよそに、少しだけ目を伏せ紅茶を取り換える様にリューンへとお願いをした。
「…わかるわ。わからない方がおかしいのよ。」
澄ました表情のシエールは、そのゆったりとした言葉と仕草でプリムヴェールを挑発していた。




