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ディアンジュが暴れ回ったその日のうちに、リジアンが事態を収集し情報を集めまわったおかげで、だいたいの内容は理解できた。
できれば自分でバルカロール侯爵家へ赴き、ディアンジュの非礼を詫び詳しい話を聞かせてもらいたかったのだが…この顔だ。
ヴェールで隠しきれないこの痣は、謝罪の目的を払拭するほどに相手の動揺を誘うだろう。
シエールはバルカロール侯爵夫人とグルドゥに宛て、時間をかけ丁寧に謝罪の手紙を書き上げた。
本来だったらこういう事も侯爵であるお父様が、自ら手掛ける業務だろう。
しかしお父様は長く領地へと籠っており、家族が領地へ赴く事すら堅く禁じている。
その代わり王都での様々な案件に対応する手段として、カルネヴァル侯爵家へ仕えている中でも最も優秀なリジアンとコルシックを置いているのだ。
あれ以来ディアンジュは、自室にて謹慎をしている。
コルシックとシエールが倒れた後…邸の使用人がお抱えの医師を呼びに行った際に、一緒に王都警備隊の数人を連れてきた。
高位の貴族であるカルネヴァル邸での流血騒動に、警備隊の者達は自分たちだけでは抱えきれない重さを感じていた。
そこで解決の目処が立つまで暴行を加えたディアンジュを然るべき場所で監禁するよう忠告してみたが…話を聞きつけたディアンジュの実家であるヴェラヴィ伯爵が、自分の責任下でおとなしくさせることを条件にこの件を保留にさせていた。
カルネヴァル侯爵家側としても、このままにしておく気はない。
コルシックが倒れ、ディアンジュが謹慎をしている今…邸を回しているのはリジアンだが、実際に表に立つのはシエールになる。
重く圧し掛かる責任が頭の奥で響くかのように、シエールは眉間に皺を寄せ痣で鈍く痛む部分を覆っていた。
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「何故呼ばれたかは、わかっているのでしょう?」
シエールが話し掛けた相手は、頬が赤く腫れあがったプリムヴェールだった。
当事者から事情を聞こうと部屋に呼んだのだが、まさかプリムヴェールまで頬を打たれているとは思っていなかった。
普段表情を変えない訓練をしているシエールでさえ、わずかに目を見開いてしまった。
自分がこんな目に合うなんて思ってもいなかったプリムヴェールは、シエールのその反応さえも気に入らなかったようだ。
「誰よりも醜い顔をしておいて、よくも私にそんな反応ができるわね。」
本来ならベッドから起き上がれないほどの被害を受けているシエールに対し、ひどい言いようだ。
「それに何故私が、お姉様に呼ばれなくてはならないの?なにもかも…こうなってしまったのはお姉様のせいじゃない!」
両手をテーブルに叩きつけて苛立ちを隠さないプリムヴェールに、シエールは自分の調子を崩すことなくゆっくりと説明をした。
「今回の事…ディアンジュ様がしたことに対してのバルカロール侯爵家への謝罪、そして王都警備隊に対して状況の説明。すべては私の名前でなされることだわ。ならば私が全ての事を把握しておかなければならないの。」
シエールは途中立ち上がりそうになったプリムヴェールを留まらせ、言葉をかぶせて最後まで伝えきった。
ゆっくりと紅茶を口へと運ぶ。
相手のペースを変え、自分のペースを押し通す。
そうすることでシエールは、プリムヴェールに対して自分の方が優位であることを示した。
「はっ!何故それをお姉さまが?この邸の女主人はお母様よ!」
シエールはプリムヴェールの主張に返事をしなかった。
それができないのだから、シエールがこうしているのだ。
「そもそもバルカロール侯爵家へお茶会に呼ばれた時だって、お姉様の名前が出ていたわ。元々お姉様が仕組んだのではなくて?それにお母様がお部屋から出られないことにしても、不当だわ!お姉様がこの執事に命じて、そうさせているのではないの?」
プリムヴェール言葉、どれをとってもまとまりのないものばかりだった。
自分に都合が良く、わからないことは「何故、何故」と騒ぎまくる。
それもそのはずだ、あの母親を見て育つのだから同じように騒げばなんとかなると思っているのだろう。
「プリムヴェール…貴女、何故ばかりなのね?」
姿勢よく座るシエールは正面から、プリムヴェールを見つめる。
思い返せばこのように真っすぐプリムヴェールと話したことは、初めてだった。
言葉が少しでも通じる相手ならば少しはましだ、すでに感情的にシエールを敵とみているプリムヴェールとの話し合いは時間がかかるだろうとシエールは感じていた。
鳴りやまない頭痛…それにつられるように窓の景色がどんどんとその湿度を重く暗くしていっていた。




