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カルネヴァル侯爵邸の客間では、少しの期待を含んだ沈黙が流れていた。
その場にいた者達のすべての視線は…口に手を添え俯いたまま考え込む、この邸の侯爵令嬢にしてまだあどけなさが残る一番年若い、シエールに注がれていた。
「考えを整理するために、全員での問答をお願いいたします。その前に…この後、少し個人的なお話になるかと思います…ここでのやり取りを決して他言しないと約束していただきたいのですが。」
シエールはそう言うとその場にいる全員の顔を順番に、見つめていった。
バルカロール侯爵家の子息、グルドゥ=バルカロール。
国立フテュール・ジヴロンから教員のヴァーグ=ニグレットと、アスフォデル=ドストラリ。
カルネヴァル侯爵家でシエール専属のメイドをしている、リューン=サンフレア。
同じくカルネヴァル侯爵家の執事で現伯である、リジアンチュス=ヴィリディ。
「もし…不安であれば、私の加護【誓約】で誓っていただくことも出来ますが?」
緊張感が漂う中、ヴァーグが好意で申し出てきた。
しかしシエールは少しだけ、頭を横へ振る。
「いえ、この話は加護による強制力に頼るのではなく…個人の意思でお願いしたいと思っています。その判断をご自分でお願いしたいのです。」
シエールは、姿勢を正しはっきりと言葉を告げる。
「約束しよう!そもそも私の不甲斐なさからこのような事が起きてしまったのだ。シエール嬢に謝罪をしたいのももちろんだが、ドストラリ先生が責任を負い、処罰を受けるなど…耐えられない。罰を与えるならば、私に与えるべきだ。」
一番最初に答えたのは、グルドゥだった。
先程問題発言をしたグルドゥは、その問題が解決するまえに新たな問題が起きてしまった。
自分の行動でドストラリ先生が処分を受ける…できれば、そのようなことは回避したい。
「私達も約束しよう。学園の決定が覆るとは思えないが、できることはやっておきたい。」
この返答は主にヴァーグからだった、アスフォデルの方は期待はしていてもまだ遠慮があるようで、申し訳ない顔でシエールを眺めている。
そして視線を移せば、リジアンとリューンも同じように頷いていた。
シエールは一呼吸つくと、話を始める前にふと気がついた。
「そういえば、ここにいる皆は…私以外は全員加護持ちなのね?素晴らしいわ。」
そういうと小さく微笑む…すると化学反応でも起こったかのように、グルドゥが顔を赤くし俯いた。
客人の三人はもちろんだが、リューンも加護を持っている。
リジアンに至っては貴族であるということから、容易に想像できた。
「では、一人ずつ質問をさせていただくわ。」
シエールは気持ちを落ち着かせて、表情を引き締めた。
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グルドゥは、自分にわかることであれば全て答えるつもりでいた。
「ではグルドゥ様、お持ちの加護について伺いたいのですが…。」
手元にはリューンに渡された、書き取り用の用紙がある。
考えながら用紙にペンを走らせている、シエールを眺めていると頭が働かなくなっていった。
少し伏せた瞳に髪の毛と同じ陽光を集めたような色の長い睫毛が、シエールの碧い瞳にカーテンのように被さっていく。
「まずグルドゥ様の加護について、詳しく教えてください。」
シエールが話している間中見つめ続けていると、顔を上げたシエールと視線がぶつかる。
我に返って内容を思い出そうとすると、余計になにも浮かんでこなくなった。
「…何を、教えればいいのだろう?」
「そうですねぇ…お持ちの加護の能力、その詳細と範囲でしょうか?」
シエールの言葉に、グルドゥは顔を赤くしながら胸を撫でおろした。
助かった…話を聞いていないと呆れられずにすんだのだ。
「私の加護は【決闘】…私が決めた一対一の相手に有効だ。相手より三割程度有利な条件が発現する。今回の場合は多分、私の身体能力の上昇と棒が剣へと変化したことだろう。そしてもう一つ、相手に加護の能力がある場合はそれも封じることができる。」
グルドゥが話す内容に、一番驚いていたのは教員の二人だった。
「それだけの能力を…その年齢で使いこなしていたのか。」
ヴァーグは感嘆の声をあげていたが、アスフォデルは少し悲しそうな表情を浮かべた。
「環境…か。加護はその人物の内面から連動することが多いと聞く。ならばバルカロールが育った環境がそうさせたのだろう。」
グルドゥは自身の身の上に気付かれたことに、驚き眉を下げ少しだけ微笑んで見せた。
「あまり多くは話せないのですが、この国の三大公で赤の頂点ブリランテ公爵の元へ養子の打診が来ていることが要因でしょう。すべての強さを求められ、それに応えようと努力を積み重ねているつもりでした。しかし…私の心の狡さが浮き出たのでしょう、こんな卑怯な加護が発現するなんて。」
話しているうちに次第に表情は陰ってゆき、膝の上で握っていた手に力がこもる。
こんな能力さえ、自分に宿らなければ…いやそもそも自分の弱さがこの能力を引き寄せたのだろう。
誰もがグルドゥの苦しみに、掛ける言葉を失くしていた。
加護としては、強力な能力だと思う…ただそれを欲した経緯を考えると、迂闊にその心に触れることはできない。
その時、小さく溜息をつき頭を下げる。
乱れた前髪を綺麗に整えながら、一歩前に出たリジアンがグルドゥへと膝を折り視線を合わせた。
「貴方のその能力は、卑怯と捉えずに向上心によるものだと考えなさい。確かに現在のような学園内で学力を競うような場合に用いれば、卑怯と呼べなくもないが…子供はすぐに成長する。その先に護るべきものがある時、貴方の力は人を助けることが出来る素晴らしい能力となるはずだ。」
グルドゥはリジアンの言葉に、みるみる瞳を大きく見開いた。
そんな風に教えてくれる大人はいなかった、子供である今だけを見つめ狡さの象徴のような自分の能力を恥じていた。
現にその能力で人を傷つけたのだ…誰にも認められることなどないだろうと。
瞳がうるみ、顔を上げていることができなくなったグルドゥは膝に置いた手の上に額を乗せなにかに耐えているようだった。
くぐもった声が聞こえ、何かを告げようとしている。
「…あ、ありがとう…ございます。」
それだけ言うことが精一杯で、その後しばらく顔を上げることができなかった。




