048
シエールは自分に出されていた、紅茶を手に取り口へと運ぶ。
小さく含みながら周囲にわからないように、隣に座っているリジアンを伺った。
以前にも一度、あったと思う。
あの時はたしか、シエールが初めてディアンジュと対面した時…予想に反してリジアンがディアンジュに気に入られてしまった時だった。
予定と違った反応に、リジアンは同じように紅茶を飲みながら深い思考にふけっていた。
その時はシエールしかおらず特に気にしてはいなかったが、今回は客人の前だ。
これはきっと、リジアンが思考を巡らせる時の癖なのだろう。
完璧を装い、なんの労力もなく様々なことをこなしてゆく…そんなリジアンの癖を発見して、シエールはくすぐったい気持ちになる。
自然と学園ではみせることのない安らいだ気持ちのなか、口元に笑みを湛えていた。
「(この問題達は、きっとうまく収まる。)」
シエールには、そんな確信があった。
リジアンが客人がいるにも関わらず、深く思考にふけっているのだ…悪い方向へと向かうはずがない。
そんな風に考え、再びカップへと口を寄せていると、気まずそうにしていたヴァーグから声がかかる。
「カルネヴァル、遅くなって申し訳ない。今日は学園より、先日の謝罪とその対応について話に来たんだが…色々と進まなかったり、中断されたりで。先に本題であるこちらの話を進めても構わないだろうか?」
改めて告げられ、シエールは小さく頷く。
話してくれた内容は、大きくまとめるとこのようなことであった。
――― 学園における、監督責任を果たせなかったことへの謝罪。
――― 侯爵令嬢に対する、名誉を傷つけたことに対する謝罪。
そして、その賠償と責任者への厳罰処分について。
「えっ?」
シエールは話を聞き、困惑していた。
謝罪はまだいい…表向きにも必要なことだと思うので、最初から受けようとは思っていた。
ただ、賠償と厳罰処分とは?
「どういうことでしょうか?私としては謝罪の必要はありませんが、学園としての立場もあるのだと、お受けしようとは思っていました。しかし賠償と処分?この場合処分は何方に対してなのでしょうか?」
シエールはあくまで賠償の部分には興味はなく、処分の部分が気になっていた。
「…言葉の通りだ。謝罪については、この学園長からの手紙に記されている。私達も自身の力が足りないばかりに、カルネヴァルに対して肉体的にも精神的にも苦痛を与えることとなってしまったことを、心から謝罪させてほしい。」
そういうとニグレット先生はかぶっていた帽子を脱ぎ、胸に当てる。
さっきまで膝立ちになっていたドストラリ先生も素早く隣に並び、同じような形をとり、二人揃って深く頭を下げた。
その姿を見て再びシエールは小さく頭を振る。
「頭を…上げてください。私は気にしていませんし、そんなことは望んではおりません。それよりも先程の厳罰処分についてお聞かせください。」
シエールの顔は曇ったままだった。
その姿から今から話すことは、シエールが望んではいないだろうことがわかる…ヴァーグは憂鬱な気分で、それとはわからないように小さく息をついた。
「今回の処罰は主にドストラリ先生に対するもので、先生も納得されている。内容は今後ドストラリ先生の所有する加護【遮断】を封印するという誓約をしてもらうということと、教科に対する担当を外されることになった。」
言いにくい事を告げるヴァーグに対して、アスフォデルは困ったような表情でシエールに向かって微笑みかけていた。
「私の加護に対する過信が今回の様な事件を招いたのだから、妥当な処分だと考えております。教科に対しても生徒を護れない教員など…その命を預かる者としての資格がないと私自身、十分に理解しております。」
シエールはそんなことを望んではいない…苦手意識はあったものの、ドストラリ先生は良い先生だ。
貴族の身分や悪評というフィルターを通してではなく、生徒たちに、シエールに接してくれていた。
それまで授業に出ていないシエールにも、試験についての説明や見学…けっして特別扱いにならないように配慮をしてくれていたと思う。
なにより最後に必死に加護を唱えながら駆け付けてくれていた姿が、今でも目に浮かんでくる。
「待ってください…私は、私はそんなこと望んでおりません!」
シエールの言葉にヴァーグは、やはりという思いを隠しきれていなかった。
そして当然のように、学園の立場について話し始めた。
「カルネヴァルの気持ちは嬉しい…ドストラリ先生のことを思ってのことだろう?しかしこれは、学園における資質の問題なのだ。国立フテュール・ジヴロンの教員とは、貴族の子息を預ける…信頼に値する者でなければならない。」
理解はできる、しかし納得はしたくない…シエールの気持ちは大きく揺れていた。
いますでにシエールの気持ちなど関係ないと言われたばかりだというのに、どうにかできないものかと…その言葉の綻びを探す。
「ドストラリ先生の資質が問題…とおっしゃいましたよね?ではドストラリ先生の資質の中で、どのような部分が問題なのでしょう?」
口元に手を添え、少し俯きぎみに視線を遠くへと彷徨わせる。
シエールは肩で揺れる髪の毛を、前方へと傾けながら問題を掘り下げていった。
シエールの考える姿を見て、リジアンは何を始める気なのだろうと片眉を上げる。
生徒であるシエールにそんな質問をされると思っていなかった、ヴァーグだったが真面目に考えているシエールを見て真摯に答える。
「…上層部はドストラリ先生が自分の加護を制御できなかったと考えているらしい。」
その返事を聞いたアスフォデルは、慌ててヴァーグを窘める。
「おいっ、そんな内情を生徒に聞かせてどうする?私はもう納得しているんだ、彼女を惑わせるんじゃない。」
アスフォデルに詰められ、ヴァーグも我に返ったように自分が口にした言葉に後悔していた。
そうだ…自分のせいだと思っている生徒に、聞かせるべきではなかった。
ヴァーグが忘れてほしいと口を開きかけた時、シエールが顔を上げ視線を合わせてくる。
「少し、気になることがあります。」
深い色…それでいてどこまでも澄んでいるその碧い瞳には、引力がある。
生徒であるまだ幼さが残る令嬢の、その強い視線に…何故か教員である二人は「何かが変わるかもしれない」そんな予感めいたものを感じていた。




