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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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陽光が建物へと陰を色濃く落とす午後一番に、その馬車達は揃ってカルネヴァル侯爵邸へと滑るように駆け込んできた。

御者が下りるための階段を用意し、扉を開けて主人が現れるのを待つ。

重厚感のある濃い臙脂色のカーテンが揺れる馬車の扉から出てきたのは、正装をしたグルドゥだった。


羊毛で作られた上質な白い生地に金の刺繍が施してある襟の高い上着、その襟と胸元には赤い輝石が縫い留められている。

上から同じデザインのショートケープを羽織り、手には赤く染められた上等の革手袋を着用している。

赤の系譜として恥ずかしくない、バルカロール侯爵位の正装であった。


馬車を降り衣服を整えたグルドゥの後方から、もう一台の馬車から降りてきたフテュール・ジヴロンの正装を着用したヴァーグとアスフォデルが寄ってくる。


「ニグレット先生、ドストラリ先生…本日は無理を言って、申し訳ありません。」


ニグレット先生と呼ばれた、ヴァーグは同情を寄せるような表情を浮かべグルドゥの肩へと手を乗せる。


「…仕方がないことだ。学園で起きた出来事は私達に責任がある、気負わなくていい。」


同じようにドストラリ先生と呼ばれたアスフォデルは、いつもの軽快な口調ではなく苦痛の表情を浮かべたまま言葉を続ける。


「いや今回の事は、私の失態だ。バルカロールを止めることが私の務めだったのに。」


集まった三人の姿には後悔や不甲斐なさ、そして罪悪感が漂う。


――― 何故、あそこまで感情を抑えきれなかったのか。

――― 何故、自分の力を慢心してしまったのか。

――― 何故、居るべき場所を離れてしまったのか。


――― 何故、力のない令嬢を…あそこまで追い詰めたのか。 


記憶を振り返っても、自分の愚かな姿しか浮かばない…何度も心に刻み込まれる後悔が、自身を締め付けていた。

放心したシエールの力ない表情と零れた涙、床に舞い散る髪の毛達が今も目に焼き付き…蘇る。


「どうあっても償わなければならない…男として、貴族に名を連ねる者として。」


グルドゥはあの後、すぐに自分が仕出かしたことを自覚した。


「(私は…一体、何を?)」


赤の系譜に名を連ねるには、正々堂々とした強さを持たねばならない。

その精神に反した自分の加護【決闘】に、グルドゥは後ろめたさを感じたまま成長する。


   ・

   ・

   ・


グルドゥは幼い頃からの環境により、常に優秀であることを求められた。


赤の系譜の頂点…三大公ブリランテ公爵家には一人娘しかおらず、その大事な令嬢は生まれた時から体が弱く部屋から出たことがない。

その為かなり早い段階で、その令嬢には婚約者が決められていた。

二人の間に跡継ぎが生まれれば問題はない…しかしそれでも、万が一は起こりうる。


その為同じ赤の系譜の中でも高位のバルカロール侯爵へ、内々に養子の話が打診されていたのだった。

グルドゥは幼い頃からブリランテ公爵家とも交流を持ち、選りすぐられた高度な教育を施されていた。


周囲の期待と元々の性格から、他者より劣ることを嫌う。

その都度努力して、確実に見返してきた。


そんなグルドゥに、ある日突然加護が発現したのだった。


その加護は【決闘】。

決めた相手と一対一の勝負において、三割程度の有利さを発揮し…更に相手の能力を封じる。


初めてその能力を目の当たりにした時、グルドゥは自身の資質に失望した。

赤の系譜である自分に誇りを持っていた、他者を護る強さを持つ人間になりたいと願っていたのに。


「(この加護は…この能力は、こんな、卑怯以外の何物でもない!)」


常に優秀でありたいと願う心が、このような加護を招いたのか?

赤の系譜の頂点に相応しくありたい、そうでなくても頂点に立つ者を支えることができる人間になりたい。

尊敬する周囲の大人たちに認められたい、そしてこの子こそがと思われることができたなら…。


グルドゥは自分の中で、加護を封印した。

この加護を使わなくても、周囲にとっての唯一になるのだと。


幸いにもその後は加護を使わなくても、グルドゥは優れた能力を発揮することができた。

赤の系譜の同じ位の年齢の子供達の中では比べ物にならない程で、ブリランテ公爵夫人にも可愛がってもらっている。


十歳になりフテュール・ジヴロンを受験した時も難なく試験を突破できたし、最優秀者の称号エトワールも手に入れた。

順調に大人へと成長していると感じていたグルドゥだったが、二つの黒い棘が心の奥に突き刺さってしまった。


ひとつはクラス分けで、フロワヴィフになってしまったこと。

赤の系譜はその性質から、勇敢さや行動力に秀でるティフォンへと振り分けられる者が多い。

なぜ自分が考察を重んじ、知略に富むフロワヴィフなのか?

自分の加護といい、クラスの振り分けといい、自身の在り方へむくむくと疑問が湧き上がってくる。


もうひとつは、エトワールについての噂だった。

誰かがお茶会で聞いた噂程度の話だったが、実はエトワールを獲得する者が別におり、その者が辞退したのでグルドゥの所へと舞い込んできたと言うものだった。

この名誉あるエトワールを辞退する者などいるはずがない、こんなものはたちの悪い噂だ…そう言い切れるだけの自信があれば良かった。


だがその噂の人物は、たとえエトワールに選ばれたとしても受け取らないだろうと思わせる人物だった。


『時限令嬢』


その身に王陛下の懲罰を受け、他者と交わることがない。

彼女についての情報がほとんどわかっていない、謎の人物だった。

噂の真相を突き止めようと彼女を探ろうとするが、ほとんど学園には来ずに在籍はしているという。

このような特別待遇は、成績優秀者に限り許されている。


そのうちグルドゥの周囲で、噂は本当なのではないかと囁く者さえもでてきた。


今まで重ねてきた努力が、手の中からすり抜けて行く。

自分を脅かす者、自分の根底を揺るがす者…周囲の視線に耐えられず、グルドゥはシエールに対し胸の中の不安を広げ続ける者として、黒い感情を蓄積し続けていた。

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