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シエールの髪の毛は、肩に着かない位の長さで綺麗に整えられた。
短くなった分動くたびに、小さく揺れる白銀の光がきらきらと視界に映る。
流れる髪の毛は綿毛の様に軽く、長かった時のように動きを制限されることもなく心地よい。
まるで昔…リューンが男の子の格好をしていた時の様で、くすぐったい気持ちになる。
鏡に映る短い髪の毛の自分が、楽しくて仕方がなかった。
「リジアン様、少し短く切り過ぎです!御令嬢なのに…これでは髪に留めるアクセサリーも、うまく飾れないではないですかっ。」
元々切り揃えることに反対だったリューンが今にも泣きそうな様相で抗議をする。
「左側の耳の部分が一番短くなっていたので、合わせたまでです。この長さで揃えなければ、がたがたと不格好になりますよ?」
リジアンは自分の仕事に満足しているようで、顎に手を当てシエールを眺めている。
時折手を伸ばしては髪の毛を下から持ち上げ、長さを確認していた。
「しかし…シエール様、やはり鬘を用意してはいかがでしょうか?」
これもまた、幾度目かの提案をリューンはしていた。
リューンの中にシエールに対しての『侯爵令嬢』という理想があるのだろう…どうしても、納得してくれそうにない。
「リューン、心配しすぎよ?私は気に入ってるわ。何か言ってくる者もいるでしょうが、元々良い評判など持ち合わせていないのだから気にすることはないわ。」
椅子から立ち上がり、鏡に向かって右へ左へと身体を捩ってみる…鏡の中の自分は、とても楽しそうだ。
シエールの髪の毛である白銀の色の分量が減った分、碧眼の瞳が際立って見える。
深く透明な青色を覗き込み、おじい様を想い浮かべる…シエールは眩い物を見る様に目を細めた。
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「手紙が届いているそうよ?」
ディアンジュへと呼び出され、リジアンと共に本邸へと足を運んだシエールは開口一番そう言われた。
シエールに起こった出来事については、その日のうちに学園よりカルネヴァル侯爵邸へと報告が入っているはずだ。
その上でディアンジュは、そのことには触れるつもりがないらしい。
手紙をコルシックより受け取ろうとディアンジュが、こちらへ視線を向けた時…シエールの姿を確認して、弾ける様に高らかに笑いだした。
「もう、こんなはしたないことをさせるなんて…。」
笑いが止まらないディアンジュは、自分で笑っておきながら責任をシエールへと転化させる。
息もつく暇がないほどに可笑しくてしょうがないと、ディアンジュは笑い続けていた。
「でもまさか侯爵家の令嬢が、平民の子供の様な頭をして…。これでは恥ずかしくて、どこにも出せやしないわ。」
扇子を開きその隙間から、シエールを眺めるディアンジュ。
愉快なものをみると同時に、呆れかえるようなその言葉には、あきらかに侮蔑の色が滲んでいる。
「私も…そんな方がお姉様だなんて、恥ずかしくて話せません。」
もう幼くはないプリムヴェールは、すでに貴族の子息や令嬢達と度々お茶会へと参加している。
元々『時限令嬢』が姉だなんて不名誉で仕方がないことなのに、その上令嬢としての格までも落としているだなんて…他の友人には知られたくない。
プリムヴェールは友人たちに、姉の事を尋ねられると「姉はあと数年で、侯爵邸を出される予定なので…。」と答えていた。
そうすることで、シエールの存在を無い者のように扱っている。
可愛い顔の額に皺を寄せながら、明らかな不機嫌さを隠そうとはしていなかった。
そんな空気へ割って入るように、コルシックがディアンジュへと届いた手紙を光沢のある布に乗せ丁寧に差し出す。
三通の手紙は、封蝋がしてあるものが二通と…何もないものが一通だった。
それまで興味がなさそうに振る舞っていたディアンジュが、その内の一通を見て歓喜の声が上がる。
「このお手紙…この印璽は!」
残りの二通には目もくれずに、その手紙だけを取り上げ開封すると、差出人を見てまた震えている。
その手紙は、赤の系譜バルカロール侯爵夫人からのお茶会の招待状で…宛先はディアンジュ宛だった。
内容を簡単に読み取ると、今回息子であるグルドゥがシエールにしてしまったことへの謝罪と和解の申し込みだ。
心を尽くしておもてなしをしたいとも書かれており、他にも高貴な身分の方も来られるので、ぜひシエールと一緒に参加してほしい旨が記されている。
元々ディアンジュの出身であるヴェラヴィ伯爵家は、赤の系譜からの派生である桃の系譜である。
そのディアンジュが赤の系譜の高位貴族であるバルカロール侯爵家のお茶会に呼ばれ、もてなされるというのだ…舞い上がり歓喜しても、おかしくない。
「お茶会まで、十日しかないわ…。プリムヴェール、ドレスを仕立てますよ?アクセサリーも合わせなくては!コルシック、仕立て屋に来てもらうように使いを出しなさい!」
今までの気だるい雰囲気からは想像も出来ないほどの勢いで立ち上がると、ディアンジュは歩きながらコルシックへと指示を出す。
慌ててプリムヴェールも後へと続き、部屋を出ていった。
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呆気にとられたシエールとリジアンは、残された手紙を手に取ってみた。
封蝋がない物はエタンセルから…シエールの体調を気遣うものだった。
今までのシエールの傾向だと、次に学園で会えるのはだいぶ先の事だと思ったのだろう。
手紙を出すことを悩んだ末に、どうしても気持ちが収まらずに出してしまった旨がかかれている。
試験の時も随分と心配をかけた自覚はある…あとで心のこもった返事を書かなければと、シエールは思った。
もう一通は…濃い銀色の封蝋に、剣と葉の印璽が押されていた。
手紙は学園の名義で出されており、内容はニグレット先生が書いたものだった。
都合が良ければ明日、バルカロールを連れて先日の謝罪に伺いたいと書かれている。
実はすでにシエールは、グルドゥの来訪を一度断っていた…バルカロール侯爵家からの使者が、伝言を持ってやってきたのだ。
「シエールに直接会って、謝罪がしたい。」
そんなグルドゥからの申し出を、少し悩んだが来訪自体を断ることにした。
その際にきちんと手紙で『謝罪の必要がない』と伝えていたはずなのに…。
今度はニグレット先生と一緒に来るとなると断ることができないうえに、きっとリジアンやリューンも同席したがるに違いない。
シエールは試合が終わってもなお、憂鬱が終わることはないのだと頭を悩ませていた。




