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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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041

グルドゥは自分の愚かな行動を悔やんでいた…俯きながら前髪を掴み、眉根を寄せる。

防衛術で勝ったとして、彼女の上に立てたことにはならない。

性別というハンデがあり、経験や体格など圧倒的にグルドゥに有利だ。

それでも勝負を挑まずにはいられない…そうしなければいつか自分が偽物だということに耐えられなくなる。


追い詰められた自分は、この試合が終わった後になにを思うのだろう。


   ・

   ・

   ・


困ったことになったと、シエールは思っていた。

あのグルドゥの目付きからして…エトワールについての事情を、知っているのだろう。


内密にするという話だったのに、何故こうなったのだろう…シエール側から漏れるはずはない。

学園からの申し出だったことからも、学園側から漏れることもないだろう。


「(では何故?)」


考えるシエールの頭に、浮かび上がる人物。


――― ディアンジュ。


シエールがエトワールを獲得するということは、腹立たしい…しかし他の貴族にはカルネヴァル侯爵家としてさり気なく自慢して、注目を浴びたいし優位に立ちたい。

あの頭が熟れた桃でできた女の、考えそうなことだった。


「(あの時…ニグレット先生に、加護【誓約】をかけてもらえばよかった。)」


後悔しても仕方がない、これはシエールの落ち度だ。


そうなるとこの試合は、彼…グルドゥの体面を保つために必要なのだ。

受けるしかない、受けて真剣に取り組みグルドゥの中にあるわだかまりをぶつけてもらうしかないのだ。


シエールは大きく溜息をついた、正直男子生徒と対戦をして勝てる気がしない。

しかもあの棒の持ち方や足運びは、剣術の経験がある者の仕草だ。

幸いグルドゥの順位は上位だったから、負けたとしても中の上から外れるわけではないだろう。

ならばベストを尽くして、良い試合にするしかない。


シエールは靴の滑り、棒の握り、そして視界に移るものを確認した。


「中央へ、礼!」


グルドゥから、静かな…祈りの様な囁きが聞こえる。


「…僕が本物になる為に。」


聞こえた瞬間に、シエールは口の中へ苦いものが広がった。

冷静な態度、そしてシエールを見ていない、グルドゥは偽物のエトワールを持つ自分と戦っているのだった。


「位置に戻って、構え!」


シエールは覚悟を決めた。

良い試合をするのはもちろんだが、出来れば早い段階で勝敗を決めてほしい。


「はじめ!」


グルドゥは動かなかった。

綺麗な構えだ、腰も入っている…にわかに習ったものではできない堂々とした型だった。

シエールの構えは、軽い重量を考慮した攻撃を躱すための型だ。


お互いに動かないことが続くと、初めに動いたのはグルドゥだった。

棒を低く構え突進してくる。

初撃は下段からの振り上げだったが、すぐに腕を返し上段から右下へと振り下ろす。


ギリギリで躱すシエールに余裕はない、ヴェロニクとはスピードも違えば攻撃のパターンも多い。

そしてグルドゥは膝をうまく使い、上段、中段、下段と様々に攻撃を振り分けてくる。

耳元で棒を振りぬく時の風圧が、勢いよく抜けていく。

この棒でそこまでの音が出せるほどだ、剣も重いのだろう…一撃食らったら終わりだ。


グルドゥと身体を入れ替え、擦れすれのところで剣を躱す。

シエールにはそれが精一杯で、攻撃に転じる余裕がない…それでも、躱し続けていた。


どれほどこうしているのだろう?

口の中は渇き、息があがっている…目の前のグルドゥも、顎まで汗が滴り落ちていた。


「(…持久力?)」


それはシエールにも自信があることではなかったが、多彩な攻撃を繰り出すグルドゥの方が運動量が多いことは確かだ。

なんとか転機を見つけようと、シエールは唾を飲み棒を構え直した。


やはり予想は当たっていた、グルドゥは攻撃に幅を持たせるために全身を使って激しい動きを繰り返し、常に前進していた。

相対してシエールは、ぎりぎりで躱していたのが幸いして動きは少ない。

ただし反射神経と軽い足さばきを必要とするので、疲労が足へと溜まっていた。


一瞬のスキを突かれて上段からグルドゥが棒を振り下ろしてくる。


「(間に合わない!)」


シエールは持っていた棒で、攻撃を受け止めるでもなく左下へと払い流した。

払っただけでも相当な痛みが、手首に走る…そう何度もできることではないとシエールは判断する。


グルドゥは払い流されたまま、床へ棒を打ち付けていた。


――― ガシイィン。


グルドゥの手の中で、攻撃するための棒が大きく震えている。

息は上がり汗も滝のように流れている、当たったと思った攻撃は何が起きたのか躱されてしまった。

このままでは…このままでは…。


「ははっ、ここまでやるのか?」


肩を揺らして笑っているのか、グルドゥは俯いたまま掌で自分の目を覆っていた。

シエールはそのグルドゥの姿に、手負いの獣を重ねて見ていた。


「(しまった…どうせなら攻撃へと転じるべきだった。今の彼は…まともに戦うべきではない。)」


目の前のグルドゥから、力が抜けた。

両手をだらりと落として、俯いていた顔を上げると再び棒を構えて大きく息を吸い込んだ。


「…加護【決闘】。」


その言葉が周囲を包み、シエールの目には六角形の光の粒子がいくつも重ねて見え…そして砕け散っていった。

気がつけばグルドゥの手には棒ではなく、剣が握られていた。

周囲の音が消え、シエールは更なる本気を強いられる羽目になっていた。

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