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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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038

王宮の大広間くらいあるのではないかという部屋を、シエールは初めて見た。

高い位置に天井があり、光を取り込むためのガラスの窓がいくつも取り付けられている。

その窓から差し込む光の筋達は、窓枠の形に切り取られ降り注ぐ。


すでに生徒たちは集まっていて、小さく何個かの集団を作っていた。

見たことがない顔がけっこう並んでいることと、胸当ての色が違うことで、半数がティフォンの生徒なのだわかる。

シエールとエタンセルは手に持った薄い革の手袋を持って、集団からそう離れない位置で集合の合図を待った。


「ねぇ、………を着けてないのではないの?」


普通の会話とは違う声量で、ひそひそと話す令嬢の背中が目に入る。


「噂では醜い痣があって……。」


「いや…でも、あの……の色は見間違えないわ。あぁ、恐ろしい。」


明らかにシエールの話だろう…気にしない素振りを続けていると、遠慮がちだった視線がどんどんとあからさまに変わる。


「あれが噂の大罪の傷だわ。私ならあのような傷が顔に残るくらいなら、死んだ方がましだと思うわ。」


シエールの気持ちが理解できないという様に、不穏な言葉が飛び出してくる。


「あんな傷があるというのに、御婚約者はあのハイルヘルン伯爵家のヴォルビリス様らしいわ。」


傷がなくても、あんな愚かな婚約者は願い下げだと思う。


「ええ、存じております。あのように美しい殿方…私なら恥ずかしくて、自分からご辞退申し上げますわ。」


できればシエールもあのような自分勝手な婚約者辞退をしたいのだが、王命が許してはくれない。


すでにシエールに直接話し掛けているように、はっきりと聞き取れるまでに令嬢達の噂話は盛り上がっていた。

シエールは悟られないように、小さく溜息をつく。

ヴェールを外して参加した次点で、それなりに覚悟はしていたはずだったがこうも興味本位に囁かれるとは。


シエールが相手にしないのをいいことに、会話はどんどんと下世話になっていく。

シエールの隣でエタンセルが涙目で慌て始めたので、シエールは仕方なく行動にでることにした。


「失礼、御令嬢方。…あまり他人をじろじろと眺めるのは、マナー違反だと教わらなかったのかしら。どちらの貴族の方か存じませんけど、社交の教養が足りないのではなくて?」


シエールは言葉に感情をのせることなく、淡々と話し掛けた。

シエールに声をかけられた令嬢たちは、視線を彷徨わせながら唇を噛みしめていた。


…反論することはできない。


いくら『時限令嬢』だと蔑んでいたとしても、学年の中では一番高位な爵位を持つのだ。

その上特例登校の条件を満たしているということは、学力でも学年の上位三人に入るのだから。

視線を逸らしたまま憎々し気な表情を浮かべている令嬢達の後ろから、身を躱しながら一人の令嬢が前に出てきた。


「そんな大きな口を叩き、涼し気な顔をしていられるのも今のうちですわ。試験が始まれば私の剣捌きで、瞬く間にこの綺麗な床とお友達になれましてよ?」


面白そうな口調で語りながら前へ出てきたのは、ヴェロニクだった。

ヴェロニクが出てきた瞬間に、エタンセルの表情も変わる…明らかに敵として意識をしている顔だった。


ヴェロニクは持っていた革の手袋を、もう片方の手のひらへ小気味よく叩きつけながら口端を持ち上げた。

その行儀の悪さを目にして、シエールは表情にこそ出さなかったが嫌悪感が湧き上がる。

ヴェロニクは自信たっぷりにシエールへと、話し始める。


「貴女は知らないかもしれないけど、私はこのフロワヴィフの中で…。」


ヴェロニクの言いたい事について、シエールはすぐに予想がついた。

まだ話している最中に、エタンセルへと振り返り告げる。


「行きましょう、エタンセル。」


シエールはエタンセルの背中へそっと手を添えると、今来た方向とは違う方へと歩き始めた。


「待ちなさいよ。人の話を最後まで聞かない人が、よくもマナー違反だなんて…聞いて呆れるわっ!」


顔を真っ赤にしたヴェロニクが、シエールの背後で吠える。

シエールは視線だけ振り返り、大声を出して取り乱すヴェロニクへ返事をした。


「伯爵位でありながら、侯爵位の令嬢に許可もなく話しかける貴女に言われたくはないわ?貴族として、無礼なことをしているとという自覚はないの?」


冷ややかにシエールが告げると、ヴェロニクは大きく口を開きやがて涙目になりながら言葉を飲み込んだ。

これ以上の話がないのだとわかると、シエールはエタンセルへひとつ頷き、場所を変えようと歩き出した。


   ・

   ・

   ・


ニグレット先生とドストラリ先生がやってきて、今日の剣術試験の注意点を話していた。

大人しく耳を傾けるふりをして、シエールは先程あった出来事を思い出していた。


フロワヴィフの女子生徒の中で、一番のヴェロニク。

そのヴェロニクは熱しやすく、感情を手玉に取ることは容易い。…そんな相手は太刀筋を誘導することも、また容易いのだ。


防衛術においては、フォロワヴィフよりもティフォンの生徒の方が順位が上な者が多いはず。

ならばはまず、ヴェロニクを倒す。

そして順位が低い男子を倒していく。


――― 目標は中の上。


その位まで順位を上げれば、今の登校の頻度を護ることができるはず…そんな計画を頭の中で張り巡らせていた。

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