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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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037

シエールは初めて見る光景を、眩しそうに見回していた。

学園内ではちょうど昼食をとっている時間帯なのだろう、大勢の学生達が移動したり、陽の当たる場所を探したりしている。


シエールが歩いている廊下からは、女生徒達がベンチに座り持ち寄ったお弁当を広げている姿がみえる。

柔らかな日差しの中で楽しそうに集まる女子生徒達は、見ていて微笑ましい。

それ以外にもテラスへ移動し、昼食をとろうとする生徒や、教務室へ帰る先生たちが慌ただしく廊下を行き来していた。


入園式を覗いて一度しか学園へ足を運んでいないシエールは、改めて多くの学生がいることに戸惑っていた。

慣れない環境の中、逃げる様にニグレット先生がいる教務室へと急いで足を動かしていた。


   ・

   ・

   ・


「そうか…カルネヴァルは知らないかぁ。」


教務室へ着く直前に、ニグレット先生を見つけることが出来た。

先生へ用件を告げると、苦笑いを浮かべて近くを通りかかった生徒にエタンセルを呼んで来てくれるように頼んでいた。


――― 防衛術の準備室へ、連れて行ってほしい。


シエールの頼みに対して、ニグレット先生は困ったような表情を浮かべる。

非常識なことを頼んだのであろうかと、シエールは不安になっていた。

後から気がついた事だが、防衛術は女子生徒と男子生徒の準備室が別々になっているらしい。

さすがに女子生徒の準備室へ案内するのは躊躇われたのだろう…シエールは恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちで固まってしまっていた。


エタンセルが呼ばれシエールを見つけた時、彼女は顔を輝かせて全力で走り寄ってきた。

勢いに押されて、半歩足を下げてしまう。

弾む息を整えると、エタンセルは丁寧に学園内を説明しながら準備室まで案内してくれた。


準備室へ到着し室内へ入ると、中は見たこともない光景だった。

照明は明るく、ある程度の間隔を空けて十数か所に、大きな姿見が設置されている。

その周囲を天井から重厚感のあるカーテンで仕切られ、覆い隠すように囲まれている。

姿見の前にトルソーと足を置く用のスツール、そして休憩するための椅子までも揃っている。


「(…一体、ここで何をするのだろう?)」


シエールは、素朴に疑問を持った。

シエールが実際に見たことはないが、これは高級な貴族が仕立て屋を呼んでドレスを仕立てる時に使用するのではないかとすら思った。


「カーテンが閉まっておらず、荷物が置いていない場所ならどこを使っても構わないそうです。」


入り口で立ち尽くすシエールに向かって、エタンセルが後ろからおずおずと声をかけてくる。

シエールが戸惑っていることに、気が付いたのだろう。


「あっ、よろしければ私がお手伝いいたしましょうか?」


エタンセルは自分が持っていた荷物を置き、シエールへと向き直った。

きっと防衛術の実技の初日は、皆一人で着替えができずに混乱したのだろう…エタンセルもシエールが困っているのではないかと思っていた。


「いえ、大丈夫。ひとりで着替えられるわ。」


シエールはエタンセルへ軽く手を上げ、遠慮する意思を示した。

エタンセルは軽く驚き食い下がるように手伝いを申し出たが、シエールは丁寧にその申し出を辞退した。


カーテンを閉め一人の空間になると、シエールは自分の荷物を広げた。

そして勢いよく制服であるワンピースを脱ぐと、順番に着替え始める。

幼い頃からクローゼットの中で練習してきたのだ、この位の事で戸惑うはずがない。


ゆったりしたブラウスに、ベージュのパンツを着用する…あとは小道具だけだ。

革で出来た胸当ては一人で着けることは出来ないので、その他の物を身に着けるためにシエールは椅子へと腰かけた。

スツールへと足を上げ踵を預けると、膝から下に硬質な布で出来た足当てをつける…両側面でボタンでしっかりと固定をタイプの物だ。

ウエストには同じように、濃い茶色の厚い布でできた幅広のベルトを巻く。

きつめに巻くのが、これを着用するときのポイントだと、リジアンは教えてくれた。

身体のあちこちに小さな痛みを感じながら、シエールは自分の支度を整え終えた。


カーテンを開けると同時に支度のできた、エタンセルがシエールを見て驚いていた。

本当に貴族の、しかも侯爵家の令嬢が、一人で着替えができるとは思っていなかったのだろう。

そしてもうひとつの理由、シエールがヴェールを外していたからだった。


さすがに防衛術で剣術の試験をするのに、ヴェールをしていては視界を遮られる。

着替えの最中にも、シエールは何度か考えなおしたが…結果、外すことに決めた。

ある程度の順位に食い込まなければ、シエールの登校の頻度に関わってくるからだ。


エタンセルと話して、互いの胸当てを交互に着けることになった。

シエールはエタンセルに着けてもらっている間、長い髪の毛を高い位置に纏め更に広がらないように三つ編みにする。

交代してエタンセルの胸当てを着けるために背後へとまわったとき、エタンセルが恥ずかしがりながら声をかけてきた。


「あの…初めて見ました。その、シエール様の瞳…宝石みたいで、すごく綺麗な青なのですね。」


いつもはヴェール越しなので、表情もわからないほどだったが…初めてまともに見たシエールの瞳は、吸い込まれそうなほど透明で深い青だった。

褒められ慣れていないシエールは、どう対応していいか分からずに軽く御礼だけを伝える。

しかしその直後胸当てを編み上げていた手に力が入り、危うくエタンセルを締め落とすところだった。

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