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加護を手繰る時限令嬢  作者: 羽蓉
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王城に近い小高い山の上にそびえ立つ、白く美しい城。

建物のほとんどが湖の上に立ち、導かれるように敷かれた道を通らねば邸の中へ入ることを許されない。

周囲の風景から浮き出る程の美しい姿を水面に映し、揺らす…その様子が白いドレスを着た女性が裾を揺らして佇んでいる姿に例え、王国の人々はこの湖上に映る城を「シャトー・デ・ラ・ダーム(貴婦人の城)」と呼んでいた。


その城の広い廊下を、華奢で幼い令嬢が簡素な装いですたすたと歩いている。

歳の頃は十一歳位であろうか…意思の強そうなピンクブラウンの眼差しに、プラチナブロンドの髪をを淡く揺らし、護ってあげたくなるような儚い容姿。


彼女は、隣国グランフルール王国の男爵令嬢であり…エートゥルフォイユ王国、桃の系譜の頂点ラザーレ女侯爵の大切な客人だった。

その関係性は、幼い令嬢の母親まで遡る。


   ・

   ・

   ・


ラザーレ女侯爵は爵位を受け継ぐ前…侯爵令嬢の頃から、国王陛下をも魅了する社交界の華としてその美しさを称えられてきた。


白磁のような肌に、温か味のあるストロベリーブロンドの髪。

指先まで洗練された仕草に、長く金色に縁られれた睫毛に支配者然としたゴールドの瞳。

桃の系譜の貴婦人たちに多く見られる豊満な体つきではないが、女性らしい凛としたスタイルは多くの貴族たちを魅了した。


皆が憧れる社交界の華…侯爵令嬢のラザーレの周囲には、彼女の人脈や権力にあやかりたいと多くの貴族が取り巻いていた。


そんな中でラザーレが一目置き、常に側に置いている容姿の愛らしい令嬢。


美しいプラチナブロンドに、温かな笑みを彩るピンクブラウンの瞳。

おっとりとしていて、決して出しゃばらず…それでいてラザーレに対する敬愛を欠かさない。

ラザーレは身分の違いはあれど、リリベット子爵家令嬢シャルールに友愛を持って接していた。


ある時シャルールは、市場視察に来ていたグランフルールのヴェスタ男爵と恋に落ちてしまう。


高位貴族ではない、子爵令嬢のシャルール。

政治的な思惑で婚姻を結ぶ必要もなく、多数あった求婚にも目をくれずにあっさりと他国であるグランフルールへと嫁いでいった。


ラザーレは、激しく後悔していた。

愛らしく自分を慕ってくれていたシャルール、ずっと手元に置いておきたかったのに。

離れていても、ラザーレとシャルールの友情は続いたが…他国へと身を移し、苦労しているのではないかと常に心配していた。


やがてその後悔は、濃さを増す。

ヴェスタ男爵の娘を産んだシャルールは、出産後の体力が戻らないまま…その年の流行り病で亡くなってしまった。


他国にも関わらず、なりふり構わず葬儀の場にかけつけたが…事実は変わらなかった。

呆然となすすべもなく立ち尽くす…令嬢らしくないその姿から、ラザーレが自分の身分も立場も忘れたのはその時が初めてだった。

陰鬱で静まり返った墓場で、シャルールに良く似た娘が、その場に不釣り合いな鳴き声を上げていたことだけは覚えている。


その後もラザーレはシャルールの面影を辿り、幾度がグランフルールへと足を運んでみた。

ヴェスタ男爵がシャルールを愛していたことは、間違いないが…手を尽くしていたかどうかは疑わしい。


シャルールが残した、彼女の愛おしい部分を多く持つ娘…ラザーレは未婚でありながら、彼女の後見になることを決めた。


女侯爵ともあろう人が、何故他国の男爵家…それも年端も行かない令嬢を可愛がっているのか。

それは彼女の母親と同じ見目の良い容姿と資質を持つことが理由だった。


シャルールの娘は、人の感情の機微に聡い。

それを踏まえて相手をもてなすので、一緒にいると居心地が良いのだ。


――― 貴方にそっくりよ、シャルール。


その資質は母親から、娘に継がれた加護の力によるものだった。


   ・

   ・

   ・


目的の扉の前に来ると立ち止まり、使用人達ならば緊張する動作を軽々と行う。


――― コンコンコンッ。


使用人が内側から扉を開ける。

待っていたのがシャルールの娘だとわかると、数人で目配せをして中へと引き入れた。


通された部屋を除くと、広い窓にかかるレースのカーテンがゆらゆらと揺れている。

淡い光が壁紙にあたり、美しく柔らかいピンクの薔薇色に部屋を染め上げていた。


部屋には商人の団体が大きなトランクをたくさん持ち込み、ドレスや宝石を広げているところだった。

他にも壁際に立ち控える侍女や、ラザーレの取り巻きの貴族夫人達がいた。


その中央のソファにゆったりとその姿を魅せるラザーレは、生まれながらに人々を従わせる気のようなものを纏っていた。

視界に入って来た令嬢を確認すると、手に持った閉じた扇をゆっくりと横へ流すような仕草をみせた。


その瞬間に商人たちの会話は止み、一斉に運び込んだトランクを片付け始めた。

侍女達も手伝い手早く荷物をまとめて、部屋の外へと持ち出してゆく。


荷物が運び出されると、ラザーレは後ろに控える貴族夫人達にも目配せをした。

夫人達はラザーレにわからないように眉を寄せる。

しかし疑問を口に出すことなく、礼を尽くして部屋を退室した。


「リトル・シャルール、何用か?」


二人だけの部屋で、ラザーレの声がかかるまで待ち顔を上げる。


「シャトレーヌ・ラザーレ。カルネヴァル侯爵夫人ディアンジュ様よりのお手紙を預かっております。もう一つは王宮から夜会の招待状です。」


リトル・シャルールと呼ばれた令嬢に向かって、ラザーレは頷く。

ラザーレの了解とともに、令嬢はラザーレの元へ光沢のある布を乗せたトレイを差し出した。

ラザーレの目の前で布をめくり封書を差し出す。


ラザーレは二つの封書の封蝋を、確認した。

続けて外側に書かれていることを確かめると、差出人は伏せてあり情報は最小限にすぎなかった。

主人に無断で中身を確認し、内容を把握しているのではない…この国の季節の流れ、封筒や届けた者の様子、そして様々な人間関係やその背景を把握し的確に情報を導き出す、小さな令嬢にラザーレは満足そうに微笑む。


「そなたの成長は、楽しい事よ…リトル・シャルール、こちらへ。」


シャルールの娘である令嬢は、ラザーレの邸に滞在している時は…あらゆる情報を吸収するために、家令の仕事の手伝いをしている。

年齢に似合わず、その仕事ぶりは目を見張るものがあった。

隣に座るように呼ばれた令嬢は、ラザーレへ渡した手紙に興味を持っていた。


「シャトレーヌ・ラザーレ、カルネヴァル侯爵夫人からのお手紙は…何と?」


あまり愉快な内容ではない事を予感していたラザーレは、顔を曇らせながら封を開けざっと目を通す。

興味のなさを押し殺したまま、令嬢にいきさつを話してやる。


「時限令嬢…ですか。面白いですね、その令嬢がどこまで生き残れるか興味があります。」


シャルールの娘が言っている『生き残る』が生死を問うていることではないことを、ラザーレはわかっていた。

時限令嬢と呼ばれ、爪弾きにされている令嬢が社交界でどこまで生き残れるのか…という意味だ。


ラザーレは満足そうに、隣に座る令嬢をのぞき込んでいた。


「貴方の美しさと賢さは、大きな財産よ。…本当に私の元で学ぶ気はないの?」


ラザーレの生き方のように貴族の女性は強くしなやかに生きていかねばならない…その為には、常に美しくそしてそれを利用していかねばならない。

彼女のように生家の爵位が男爵程度であるならば、なおさらだ。


「いずれシャトレーヌ・ラザーレの元で、学ばせていただきたいと思っております。その頃にこの国の貴族社会がどのように変わっているかが、今から楽しみです。…時限令嬢、是非お会いしてみたい。」


きらきらと輝くような笑顔をラザーレに向ける令嬢は、強い意思を持っているようだった。

ラザーレは微笑みながら、頭を撫でてやる。


「…今は、まだ。」


令嬢は呟く。

今はまだグランフルールの王立の学園で、貴族の子息や王族との縁を紡いでいる最中だ。

計画は順調。

どれだけ、人の心に食い込み先導することができるか…ゆっくりと熟す様を楽しんでいたい。


彼女シティス=ヴェスタ男爵令嬢は、見えない糸を張り巡らすように揺さぶられる運命達を弄ぶことに喜びを感じていた。

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