表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

エピローグ

 どうしてこんなことになったのだろう。

 薄暗い非常階段。手の中には、うんともすんとも言わない携帯電話。

 地元の不良仲間は、一人だけ進学校に行ったあたしに遠慮して連絡をよこさない。好きで桃園(こんな)高校(ところ)に入学したわけじゃないのに。


 今のところあたしは一人だ。学校でも、地元でも。

 やっぱり、いきなり気合いを入れた恰好で入学式に出たのがまずかったのか。明るい茶髪を巻いて、メイクも盛りまくった。

 こんな品行方正なお嬢様しかいないような女子高じゃ、あたしみたいなタイプは珍しいのか、クラスでもみんなびびって近付いてこない。


 ちらちらと様子を伺いながら遠巻きにされているのは、檻の中の猛獣になったみたいで居心地が悪い。あたしが立ち上がったり話しかけようとすると、分かりやすくびくっと反応されるのがいたたまれなくて、授業をボイコットして出てきた。休み時間に教室を出てくるとき、あからさまにほっとした雰囲気になったのを背中で感じた。

 あたしだって、一人が好きなわけじゃない。できれば、気の合う仲間たちに囲まれて楽しく毎日をすごしたい。


「あ~あ……」


 もう、学校やめちゃおうかな。もともと勉強が好きなわけじゃなくて、親と教師に強制されて入った学校だし。

 通信制の学校でも通いながら、アルバイトをして。親には怒られるかもしれないけれど、そっちのほうがずっと楽かもしれない。


「逃げるの、かっこ悪……」


 分かってはいるけど。珍獣になったみたいな毎日で、我慢したい理由も、居座り続ける目的もあたしにはない。

 びゅう、と春風がふいて、短いスカートの裾をさらっていった。


「痛っ」


 カラコンを入れている目にゴミが入った。ポケットを探るが、あいにく手鏡は教室に置いてきてしまったようだ。


「あ~、最悪」


 涙目になりながらまばたきをくりかえしていると、非常階段の扉がいきなり開いた。


「あれっ、先客?」


 小柄で、アーモンド型の大きな瞳が猫みたいな女の子が、ずかずかとあたしのそばまで近寄ってきた。

 やだな、これ。泣いていると誤解されたかもしれない。


「あなた、もしかして、さぼり?」

「は? あんたもでしょ」


 自分のことを棚に上げて上から目線なのが気に入らなくて、苛ついた口調になってしまった。


「残念。三年生は模試だったから、今日の授業は終わったところなんだ。私は今から部活にいくところ」


 上履きの色をよく見ると、上級生だった。失礼な言葉遣いを一瞬だけ後悔したが、名前の知らない先輩は気にするそぶりもない。


「部活に行くのに非常階段を通る必要、ある? ……あるんですか」


 敬語に言い直した私を見て、先輩はふふっと笑った。


「ぜんぜんない。ただ、ちょっと久しぶりに寄りたくなって」


 こんなところに寄りたいだなんて、初対面のあたしに平気で話しかけてくることといい、やっぱりちょっとおかしな人なのだろうか。


「ていうか先輩、あたしみたいなタイプによく平気で話しかけられますね」

「え、そう? なんで?」

「髪は染めてるし、メイクもきつめだし」

「あ~、髪! きれいな色だなって思ったんだ。やっぱり染めてたんだね」


 ずるっと、力が抜ける。これで地毛だったらあたしは日本人じゃないだろう。この先輩は天然か不思議ちゃんなのだろうか。――でも。この学校に来て初めてあたし自身のことを褒められた。それがなんだか無性にくすぐったくて、へんな気持ちだった。


「そういえば、うちの部に、あなたと気が合いそうな人がいるよ。見た目もちょっとだけ似てるかな」


 意外だ。この学校にも、あたしみたいな生徒がいるのか。少しだけ、会ってみたいなと思った。


「ねえねえ。どうせ暇なら、部活見学に来ない? ちょうど今、仮入部期間だし」

「はあ……?」


 うっかり出してしまった好奇心を見て取ったのか、先輩はまたしもずうずうしく提案をしてきた。すごんだ声を出しても引く様子はなく、あたしは逆に戸惑ってしまう。


「私、三年の小鳥遊こむぎ。料理部の部長なの。あなたの名前は?」

「あたしは……」


 おいしそうな名前の先輩は、にこっと笑ってあたしの手をつかんだ。

 その手は、びっくりするくらいあたたかかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ