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菓子先輩のおいしいレシピ⑤

「何か手伝いますか」


 と台所にいるおばあちゃんに声をかけたのだが、


「いいからいいから。それより菓子ちゃんの様子見てあげてねぇ」


 と断られた。勝手に部屋に入るのは気が引けたが、一人でいるのも落ち着かなかったのでお邪魔させてもらうことにした。

 そろそろと襖を開けると、布団の上で寝ている菓子先輩が見えた。

 菓子先輩の部屋が和室なのも意外。ベッドじゃなくてお布団なのも。八畳くらいの部屋は掃除がゆきとどいていて、勉強机と本棚もこざっぱりと整頓されている。菓子先輩のキャラ的にかわいい小物や雑貨がたくさん置いてあるのかなと予想していたのだが、おじいちゃんの部屋ですかっていうくらい女子高生らしい物がなにもない。


 寝ている菓子先輩を起こさないように覗きこむ。顔はまだ青白いけれど、これでも昨日よりはマシなのだろう。いつもぷるぷるしているさくらんぼ色の唇も、色をなくしてかさかさしていた。

 なんだか痛々しくて、あまりじっと見てはいけないような気がして、目をそらした。ふと、机の上のノートに目が留まる。手に取ってみると、それは授業ノートではなくレシピ帳だった。手書きの、かなり使いこまれた、菓子先輩の字ではないレシピ帳――。ページをめくろうとしたとき、


「う……ん」


 菓子先輩が小さく声をあげながら、寝返りを打った。


「菓子先輩……? 大丈夫ですか?」


 起きるのかな、と思っておそるおそる声をかけてみた。


「うーん……。おばあちゃん?」

「小鳥遊こむぎです」


 私の名前を聞くと、菓子先輩はかっと目を見開き、すごい勢いで起き上がった。


「こ、こむぎちゃん!? なんで……、どうし……」


 急に起き上がったせいで咳き込んでしまった菓子先輩の背中をさする。


「倒れたって聞いて、心配で……。お見舞いに来ちゃいました」

「ええっ」

「そしたらバスがなくなってしまったので、お泊りすることになっちゃいました……」

「えええっ。な、なんですぐ起こしてくれないのよぉ」


 さっきまで触れたら消えてしまいそうだった菓子先輩がすっかりいつもの調子だから、あまりにほっとしてじわっとまぶたが熱くなって、


「具合悪くて寝てるんだから、起こせないでしょっ。いいから菓子先輩は横になっててくださいっ」


 恥ずかしくなって菓子先輩をお布団に押し込んでしまった。


「わ、分かったわよぉ……」


 菓子先輩を助けるまで泣かないって決めたのに涙が止まらない。


「こむぎちゃん……。心配かけて、ごめんね」


 そっぽを向いて涙をぬぐっている私に、ぽつりと菓子先輩がつぶやいた。


「そうですよっ。弱ってる菓子先輩なんて菓子先輩じゃないです。早く元気になってくれないと、ダメなんですから……っ」


 ああダメだ。涙混じりの声になってしまった。鼻をすすったのも、ぜったい菓子先輩にバレてる。


「うん。ありがとう」


 とろんとした声のあとしばらくして、菓子先輩のすやすやとした寝息が聞こえてきた。



 夕飯の時間になるとおばあちゃんが呼びに来た。パジャマ姿の菓子先輩を支えながら居間に向かう。


「おばあさんじゃないんだから、大丈夫よぉ」


 とすねていたが、足取りがふらふらしていて危なっかしくてしょうがない。

 食卓の上は豪華で、鶏の水炊き、里芋と人参の煮物、白菜の漬物、などなどがテーブルいっぱいにずらっと並んでいた。刺身はわざわざ買いに行ってくれたのだろうか。おばあちゃんち特有の雑多なメニューが、歓迎されているようで嬉しかった。


「田舎の農家だから、ごちそうって言ってもばあちゃんこんなものしか作れなくてごめんねえ」

「いえ、すごいです。旅館の夕ご飯みたい」

「菓子ちゃんには、水炊きのダシでおじや作ったから。ちょっとでも食べんさい」

「うん。ありがと、おばあちゃん」

「じゃあ、いただきます」


 野菜はどれも濃くて甘くて、お米も自分の家で食べている味とは違った。水炊きも、ポン酢をかけなくても食べられるくらいおいしい。


「すごくおいしいです。野菜もお米も、味がちがう!」

「ありがとうねぇ。お米はね、山から流れてくる水がきれいだから、このへんのお米はぜんぶおいしいんだよ」

「そうなんですか」

「菓子ちゃん、食べられそうかい」

「うん、大丈夫」


 菓子先輩はちびちびと特製おじやを食べている。おばあちゃんは、心配そうな顔で菓子先輩の食事を見守っていた。


 夕飯を食べ終えてお茶を飲んでいると、にゃーという声がした。振り向くと、アメショみたいなサバトラの猫がしっぽを立てながら近付いてきた。菓子先輩に頭をすりすりしている。


「さっちゃん、おかえり。おなかすいちゃった? カリカリ出てるわよ」

「菓子先輩の家の猫ですか?」

「ううん、うちにも遊びに来るけど、このへんのいろんな家でごはんもらってるみたい。ほんとはうちの子にしたいんだけど、ぷいっとどこかに行っちゃうの」

「へえ……」


 なでようと思って手を伸ばすと、さっと避けられた。菓子先輩のうしろに隠れながら、ちらちらと私の様子を伺っている。


「甘えん坊なんだけど、人見知りで警戒心が強いの。でも初めての人のことは気になるみたいで、自分からは近付かないんだけど構ってくれるのを待ってるのよ」


 なんか、それって。


「ふふ。なんだか、誰かさんに似ているでしょう? こむぎちゃんに初めて会ったときも、この子に似ていると思ったのよね~。だから気になってしょうがなかったの」


 自分でも似ていると思ったことは言わない。猫は私と違って、かわいげのない性格でも許されるからうらやましい。


「さっちゃんっていう名前なんですか?」

「ううん、本名はサバ子」

「えっ?」

「サバトラだから、サバ子。私じゃないわよ、おばあちゃんが付けたのよ。恥ずかしいから私はさっちゃんって呼んでいるの」


 うわあ、なんだか生臭い名前……という顔を隠せなかった。菓子先輩が顔を赤くして言い訳をしている。


「サバ子~。サバ子~。サバ子はかわいいねえ」


 おばあちゃんは孫を見るような目でサバ子のあごをなでている。まあ、本人とおばあちゃんが気に入っているならいいんじゃないだろうか。どんな名前でも。


「うちはみんな猫好きなのよね。おばあちゃん、こむぎちゃんのこともきっと気に入ったわよ。うちの子になればいいのにねえって言われるわよ、きっと」

「まさか、そんな」


 捕まって生臭い名前をつけられるところまで想像した。優しくしてくれたおばあちゃんになんて失礼なことをしているんだ、私は。

 サバ子をなでていたおばあちゃんがくるりと私を見たのでビクッとした。


「お風呂も沸いているからね。こむぎさんが最初に入りなさいね。お布団は菓子ちゃんの部屋に敷いていいかい?」

「は、はい。ありがとうございます」


 菓子先輩は私の態度を見て笑いをこらえていた。あんなに心配していたのに、もう。こっちの気も知らないで。

 サバ子が私を見てにゃーと鳴いた。

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