表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

一匹狼の親孝行サンド⑤

 じゃーん、と効果音が聞こえそうな動作で菓子先輩が取り出したのは、小さなプレス機みたいで、大きなホチキスみたいな不思議な機械。開くと鉄板が両面についていて、ちょうど食パンが二枚並べられる大きさ。


「へえ、中はこんな風になってたんだ」

「なんか、ワッフル焼く機械に似てますね」


 私と柚木さんは初めてみたホットサンドメーカーをしげしげと観察する。コードがついているので電気式のようだ。


「そうそう、ワッフルメーカーと作りは同じなの。そうね、プレスができるホットプレートだと思ってくれればいいわ。詳しくは……柚木さんがいいなら、家の中にある材料でなにか作ってみましょうか?」

「あっ、はい。ぜひお願いします。あたし一人じゃ使い方も分からないし。でも材料って言っても、今うち冷蔵庫にろくなモノないですけど……」

「大丈夫大丈夫。たぶん必要なものはそろっていると思うわ」


 そう言いながら冷蔵庫や戸棚を物色して、菓子先輩が集めた材料はこんな感じ。

 八枚切りの食パン。ピザソース、ハム、とろけるチーズ。バナナ、リンゴジャム、板チョコ。夕飯の残りのコロッケとキャベツ。


「これで甘いのとしょっぱいの、両方のホットサンドが作れるわよ~」


 菓子先輩はいつの間にかおそろいのシュシュで髪を束ねていた。割烹着はさすがに持ってきていないらしい。


「何かお手伝いすることありますか?」


 今日は何も役に立っていないので、柚木さんの前で料理部らしいところを見せておきたかった。


「じゃあ、こむぎちゃんは食パンの耳を切り落として。柚木さんはスライサーでキャベツを千切りにしてね」

「スライサー?」

「この、大根おろしみたいなやつだよ。野菜が簡単に薄く切れるの」

「へ~、便利だね。包丁は苦手だけどこれなら使えるかも」


 菓子先輩の指示て着々と準備を進めていく私たち。それにしても、菓子先輩は初めて来た家のキッチンでも、どこに何があるのか初めから分かっているみたいだ。超能力でも使っているのだろうか。菓子先輩がたとえ魔女でも、私は驚かないと思う。


「準備はできたみたいね。じゃあ、焼きましょうか。まずは甘いのから」


 菓子先輩は食パンを二枚メーカーにセットすると、薄切りにしたバナナと板チョコ、リンゴジャムにシナモンをかけたもの、をそれぞれ挟んだ。


「あとはコンセントを差し込んで数分待つだけ。ね、簡単でしょ?」


 焼きあがるのを待っている間にしょっぱいほうにも取り掛かる。今度は先に食パンにピザソースを塗っておいて、ハムとチーズをはさむ。


「包み焼きピッツア風のピザトーストよ。ボリュームが欲しいときは、ピーマンとかトマトとか、ピザの具を挟んでもおいしいの」


 ソースをかけたコロッケには、キャベツをたっぷり。これはもう、作る前から予想できるおいしさ。

 しゅーしゅーと隙間から湯気を漏らすメーカーを見ている間に、あっという間に四種類のホットサンドができてしまった。

 プレスされている線にそって半分に切る。ピタパンみたいな形になって食べやすそう。


「お母さまが味見する分に一種類ずつ残しておいて、あとは私たちで味見しちゃいましょ」


 はじっこがプレスして留められているので、具がこぼれなくて食べやすい。サンドイッチを食べるときに、中身をぽろぽろこぼしてしまう私にはありがたかった。


「ん、あったかいサンドイッチって不安だったけど、板チョコがとけてバナナに合う! こっちのリンゴジャムはアップルパイみたいな味がする! しょっぱいほうもおいしい……」

「たとえば夕飯の残りのポテトサラダやツナサラダも、挟めばおいしいホットサンドになるのよ。いろいろ試してみて」

「はい、ありがとうございます。これ、朝ごはんにもいいけれど、一度に作ってお弁当にもできるから便利だな」


 具がこぼれないし、焼いてあるからパンもふにゃふにゃにならないし、お弁当に持って行くにはぴったりだと思う。これで朝ごはんとお弁当の心配は一度に解消されたわけだけど。


「ねえ、柚木さん」


 私はふと思いついたことを言ってみた。


「お母さんが元気になってお仕事に復帰したら、お弁当にホットサンドを持たせてあげたらどうかな。ホットサンドって中身が見えないから、食べるときにわくわくすると思うし、メモに今日の中身を書いて添えてもいいし……。きっとお母さん喜ぶと思うんだ」


 柚木さんはきょとんとした顔をして私を見つめた。こんな簡単なアイディア、すでに柚木さんも思いついていただろうか。


「それ、ちょっと照れくさいけどすごくいいね。そっか、母が退院してもあたしにできることはあるんだよね……。いない間のことばっか考えてたけど」


 柚木さんが笑ってくれたのでとても安心した。その笑顔は心なしか、私たちが来た頃よりもすっきりして見えた。


「料理部に遊びに来てくれれば、簡単な夕飯のメニューも教えられるわ。もちろん入部も大歓迎」

「今度、教わりに行きます。部活ってガラじゃないから、入部は分からないけれど」

「待ってるわ」


 陽が落ちて、ダイニングの小窓からオレンジ色の夕陽が射し込んでいた。昼間降っていた雨は上がったみたい。夜になるまでの一瞬の、奇跡みたいな時間が私たちを包んでいた。


「あの」


 今なら言えるかもしれない。

 今日柚木さんは私にいろんな顔を見せてくれた。ふだん学校で会っているだけじゃ知ることのできなかったたくさんの柚木さん。だから、私だけ心の奥底を隠したまま、このまま帰るなんてできない。


「柚木さん、私ね。柚木さんが思っているようなかっこいい一匹狼じゃないんだ。ただ友達付き合いがうまくいかなくて、一人になっちゃっただけ。ほんとは一人でなんていたくない、情けなくてかっこ悪い奴なんだ。……ごめんね、昨日ちゃんと言えなくて」

「ええ?」


 柚木さんが怖い顔になった。怒られる。そう思って反射的に身をすくめる。


「真剣な顔して何を言うのかと思ったら……。そんなこと気にしてたの? 早く言えば良かったのに」

「えっ……えっ?」


 柚木さんは気が抜けたようにテーブルにつっぷしたが、私の頭の中ではハテナマークが踊っていた。菓子先輩はのんきにお茶のおかわりを淹れている。


「ていうか、クラスの状態なんて見てれば分かるし。特にあたしみたいに一人だと、人間観察ばっかり得意になるからね~。小鳥遊さんが急に御厨さんたちとうまくいかなくなったのも知ってたよ」

「じゃあ、どうして」


 鋭い人なのかなとは思っていたけれど、柚木さんがそこまで知っていたなんて。でも、だったらなおさら、私のことは幻滅してもいいはずなのに。


「あたしが小鳥遊さんいいなって思ったのは、自分の保身に走るんじゃなくて、御厨さんのために進んで一人になったとこかな。グループって入るときより抜けるときのほうが勇気いるじゃん、あたしが言っても説得力ないけど」


 そうだった。自ら進んで一人に戻るのは、あたたかい場所があるのにわざわざ雪山に飛び出していくようなつらさだった。友達と過ごすあたたかさを知ってしまったら、何も知らず一人だったころには戻れない。コタツの中から動かない猫といっしょ。


「そんなことまで、分かってくれていたんだね……」


 自分の痛みは自分のものだから、だれかと共有なんてできないと思っていた。でも今、柚木さんが知っていてくれたことがとても嬉しい。同じ体験をしなきゃ理解できないなんてこと、なかった。ただ、分かってもらえるだけで救われるんだ。


「あとさ、あたしが今日まで休まず学校行ってたの、小鳥遊さんのおかげでもあるんだよね」

「え、私の?」


 意外な言葉に語尾がひっくり返ってしまう。


「うん。あたし、高校は留年しない程度に適当に通おうと思ってたんだ。家から近いってだけで受験したけど、女子高ってわずらわしいと思ってたし。そしたら小鳥遊さんと同じクラスになって、最初はこの子も一人だな~と思って見てただけだったんだけど」


 恥ずかしい。思わず顔を両手で覆いそうになったけど、菓子先輩がやさしい瞳で私を見ていたから、はっとして柚木さんに向き合った。


「一人でも一生懸命だったんだよね、小鳥遊さん。真剣に授業聞いて、クラスメイトに話しかけられたら必死に返事して。不器用だけど、この子はいつも目の前のことに対して一生懸命なんだなって思った。そしたらあたし、適当に休むとかできなくて、気付いたら毎日登校してた」

「そうだったんだ……。全然知らなかった。柚木さんが見ててくれたことも、気にかけていてくれたことも。気付かなくてごめんなさい」

「あたしこそ、昨日ちゃんと言わなくてごめん。こういうのって照れくさくて。いつも言葉足りないって言われるんだけど」

「そんなことない……ありがとう」


 ずっと一人ぼっちだと思ってた。でも、知らないうちに誰かの人生に関わって、ちいさなきっかけが大きな繋がりになっていた。

 ちゃんと見てくれている人がいること。それはやさしい眼差しかもしれないよってこと。私はそれをずっと忘れていたのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ