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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第四章 神々の思惑

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96 これから




「意気込んでいるところ悪いけど、先に環境を整えようか。君もベノムに挑むまでに時間が掛かることはわかっているんだろう?」


 いますぐ魔物をボコボコにしてくれよう! と、前のめりになっていた俺を諭すように、ノアがのんびりとした口調で言った。


 たしかに、いまこの世界には何もないな。地面と空があるだけだ。


 睡眠はインベントリの中にある枕があればどうにでもなるとしても、生きていくうえで必要不可欠な食い物がない。ベノムに挑む前に餓死なんてしたら笑えないぞ。


「食事によるエネルギーの補給は必要ないよ。それと、排泄も不要な身体にしておこう。睡眠も不要にできるけど、適度に休まないと身体よりも心が壊れてしまうからね」


 考えていることを読まれてしまった。

 別に、やましいことを考えていたわけじゃないからいいけどさ。


「……そりゃありがたいが、時間に余裕はないんだろ? 寝ないで活動できるならそっちのほうがいいんじゃないか?」


「SR君がSランクダンジョンのボスを一日5体以上倒してくれたら、現状から悪化することはない。君なら簡単だろう?」


「あー……好きなように魔物を用意できるんだったな」


「そうだよ。好きな魔物を好きな数だけ用意しよう」


「ほう……」


 だとしたら、当初の予定よりかなりハイペースでレベル上げができそうだ。四年は掛かると見ていたが、もっと短縮できるだろう。

 魔物を探す必要はないし、経験値の美味いボスだけを相手にすることができる。さらに彼女が口にした言葉から考えると、ゲームではできなかった()()()()()()()()()戦うことも可能なのだろう。


「とりあえず、家は作っておくよ。これぐらいならベノムの破壊から保護するのに、大した力は使わないし」


 そう言いながら、ノアは左手を斜め下の地面に向かって伸ばした。


 すると――、


「おお……本当、あっという間だな」


 所要時間、僅か3秒。大工さんが見たら卒倒しそうな光景だった。

 ホタルの光のようなものがふわふわと辺りを漂い始めたかと思うと、一点に集まり、そして瞬間的に拡大。

 室内は8畳ほどのスペースがありそうな、家というよりも物置に近い感じの木造建築が目の前に現れていた。


 好奇心に従い中に入ってみると、ベッドが一つあるだけ。質素このうえない住環境である。

 ご飯は食べなくても平気らしいから、別にテーブルとかも必要ないもんな。ノアはなんでも創れそうだし、必要があれば出してもらうとしよう。


「もっと大きい家がよかったかい?」


 試しにベッドに腰掛けていた俺に、入口のほうからノアが声を掛けてきた。


「いや、十分だ。早いところベノムを倒したいから、娯楽品とかも必要ないし」


 のんびりとしていても、セラたちとの再会を遅らせるだけだからな。


「……そう。じゃあとりあえず、これを渡しておくよ」


 そう言うと、彼女は俺に向かって右手を伸ばす。

 すると、バサバサと俺の膝の上に布製の黒い何かが落ちてきた。着替えか何かだろうか。


「……これは?」


「君がテンペストをプレイしていた時に身につけていた服さ。武器を作るには少し力が足りないから、先にこちらを創ったよ」


「そりゃまた……チートだな」


 広げてみると、彼女の言う通りこれらは俺が以前ゲーム中に身につけていた物だった。

 俺が愛用していた黒い上下の服。名は『黒の(ひつぎ)』という物騒なものだ。俺、死人じゃないんだが――と言いたい。

 この服は魔法耐性、物理耐性は低いものの、AGIとDEXに補正が掛かる珍しい装備品である。

 見た目もちょっと暗殺者っぽくて、厨二心を刺激されるから好んで身につけていた。


 俺がテンペストで付けていた装備品は、どれもSランクダンジョンのボスドロップで、出現率もかなり低いものばかりである。

 それがポンポンと手品のように出てくるのだから、これをズルと言わずなんと呼べばいいのやら。


「SR君がこの世界に派生二次職の情報を与えただろう? そのおかげでダンジョン探索に精を出す人が増えて、力を溜められたからね。この世界がここまで姿を保つことができたのも、君の働きの成果だ」


 無駄になってしまったと思っていた世界全体のレベルアップも、思わぬ所で役に立っていたらしい。


 というか、


「それで力が溜められるなら、なんでもっと早くからこの世界に職業の情報を与えなかったんだ? 神託みたいなのってできないのか?」


「神託はできるよ。でも、僕が言うまでもなく君が広めてくれたからね」


「俺が来る前の話だよ」


 もしこの世界に職業の情報がきちんと伝わっていれば、フェノンが病に苦しむことも無かったし、ノア自身も力を溜められたんじゃないのか?


 そう思って問いかけたのだが、彼女は首を横に振り「それは無理」と短く答えた。


「なんでだよ。別に職業じゃなくても、ステータス表示こんな簡素化しないでちゃんと表示されてたら、プレイヤーボーナスも誰か気づいたかもしれないのに」


 俺の愚痴るような言葉を聞いて、ノアは肩を竦める。


「ステータスはわざと保護せずに、消滅させたんだ」


 彼女はそう言いながら部屋に入ってきて、俺の隣に腰を下ろす。


「前に僕が『整合性の保たれていない世界』は創れないって話をしたことは覚えているかい?」


「……あぁ、覚えてるよ。そのせいでみんなは俺のことを忘れてしまうんだろ」


 この世界を改めて創りなおすとき、地球の住人である俺は後から入り込むことになるから、()()()()という歴史を創れないとか――そんな話だったはず。


「そうそう。それで、この世界にプレイヤーボーナスが正しく表示されていたとしたら、どうなっていたと思う?」


「……そりゃ、ダンジョンの踏破がもっと進んでるだろ。自然と派生二次職や三次職にも気がつくだろうし、Sランクダンジョンだって――」


 言いかけて、気づいた。そういうことか。


「なるほど……つまり、お前の創造物であるこの世界の住人がSランクダンジョンを踏破できるような力を持っていたら、この世界は早々に崩壊しているってことか」


 俺の言葉を聞いて、ノアは満足そうに頷く。正解らしい。


「この世界のダンジョンはベノムの封印だからね。だからゲームの仕組みを取り入れつつ、ベノムにステータスを破壊させて隠したんだよ。力を存分に溜められたなら二、三人ぐらい保護できたかもしれないけど、ベノムを倒す戦力としては心もとないから」


「おい、俺は一人だぞ」


「君は特別だよ。人の身でありながら神を殺しうる力を持つ、とてもとても稀有な魂だ。だからこそ、僕は身体を壊されながらも長い年月をかけて君をこの世界に呼び寄せたんだから」


 ほんのり笑みを浮かべつつ、ノアが言う。

 彼女は随分と俺を評価してくれているみたいだな。まぁ、そう信じるしかないだけなのかもしれないが。


 おそらくノアも後がなく、縋るしかなくなってしまっているのだろう。俺を召喚するために『身体を壊されながらも』と言っていたし、もし俺がベノムに負けたとしたら次のチャンスは無いのかもしれない。



 次のチャンスがあろうがなかろうが、負けるつもりは一切ないんだがな。




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