93 決意
漫画や小説、映画やドラマでもいい。
物語の主人公が、世界の終焉の間近になって告白したりされたりするシーンがある。別に世界の終焉じゃなくても、死ぬ間際の告白なんかもよく見る展開だ。
今まさに、俺がその日常生活では到底味わえないような状況になってしまっているわけだが、どうにも俺は画面の中にいる人や紙に印刷されている人たちとは違うらしい。
ハードボイルドな雰囲気を醸し出しつつ『俺も愛してる』だなんてとてもじゃないけど言えそうにない。
「と、とりあえず時間が迫ってるし四層に行かないと……」
俺は挙動不審になりながらも、先に進むためにウィンドウをタッチした。
照れるのだ。
どうしようもなく嬉しくて、照れるのだ。
鏡を見なくとも容易に想像できる。今、俺の顔は真っ赤になっているだろう――と。
モテ人生を歩んできていなかった弊害がまさかこんな所に現れるとは、全く予想だにしなかったな。
もちろん、非モテ街道を闊歩してきた俺にだって悲しい気持ちはある。両想いになれた人と別れなければならないのだから、辛くないわけがない。
こんな状況でなく、もっと普通の――フェノンに『恋しています』と言われた時のように、なんの憂いも無かったのなら、彼女の言葉はどんなにうれしかっただろうか。その時は周囲を気にせず小躍りぐらいしていたかもしれない。『よっしゃー!』と叫んでいた可能性だってある。
俺たちを光が包み込み、転移が始まった。
セラがいまどんな表情をしているか知りたいのに、俺は彼女に背を向けて、自分の足元を見ることしかできなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
四層へ移動してからも俺が主体となって戦い、セラは後ろのほうで周辺警戒の役目を担ってくれている。すなわち、しばらくは顔を見られないで済むということだ。
そのうちになんとか顔の熱を冷ますことにする。
そんな俺の試みは成功。もはや生活の一部といってもいいぐらいのダンジョン探索のおかげで、俺はどうにか平常心を取り戻すことができた。
しかし、恥ずかしさが収まったことによって、徐々に悲しみの強さが増してきてしまった。
「……本当、なんでこうなったんだろうな」
魔物を切り伏せながらぼやいた。もちろん、後ろにいるセラに聞こえるような声量ではない。
セラとの別れは、このSランクダンジョンを踏破することで訪れる。
ダンジョンをクリアしようとする俺の行動は自らの首を締めにいっているようなものだが、時間もあまりないようだし、フェノンたちをこの世界に復帰させるためにも、これは必要なことだ。
深く、ため息を吐いた。
倒し慣れたSランクダンジョンの魔物は、視界に捉えてさえいれば身体が勝手に反応してくれるから、考え事をしていようがしていまいが討伐に影響はない。ゲームをしている時のような楽しさも多少ある。
「すまないな、急にあんなことを言って」
魔物を探す俺の背中に、寂しげな声が掛かる。
「いや、嬉しかったよ。ありがとな」
俺は彼女に視線を向けることなく返事をした。
恥ずかしいのもあるし、気まずい気持ちもあるし、なんとなく――今セラを見るとSランクダンジョンのボスを討伐するのを躊躇ってしまいそうだった。だから、視線は意識して前方に固定。
「……そうか、それならば良かった。次の世界では、エスアールの気持ちも聞かせてほしい、かな」
今聞かせてくれ――と言わないのは、俺に気を使っているのだろう。
次の世界では記憶が無くなり、今の自分ではないというのに……健気な奴だよまったく。
「そうだな、今度は俺から……」
「うむ。待っているぞ」
少し明るくなった声色で、セラが返事をする。
俺としても、今の状況でセラに想いを伝えたくはなかったから、彼女の申し出は正直助かった。
なにせ、俺のインベントリには二つの指輪が入っているのだ。
一つはセラに渡すモノ、そしてもう一つは彼女と一緒ぐらい大切な人の指輪だ。
新たな世界で、また彼女たちと両想いになることができたならば、その時に渡そうと思う。
これは、フェノンを差し置いて自分たちだけ幸福を味わうわけにはいかない――ということと、この壊された世界を終着点にしたくなかったからだ。本当の幸福を諦めないために、今幸せを感じるわけにはいかない。
俺たちは四層、五層を危うげなく踏破。
相変わらず魔物と戦っているのは俺だけだが、かすり傷一つ無く、体力も十分に余っている。ボスの討伐は問題なく実行できる状態だ。
ボスに挑む前の、しばしの休息。
ウィンドウに表示されているカウントダウンタイマーは、俺と彼女がゆっくりと話すことができる最後の時間を示していた。
「ボスは一緒に戦ってもいいか?」
水を飲んで一息ついたところで、セラが言った。
いつも通りの口調のようにも見えるが、やはりどこか堅苦しい。これから消えてしまうという恐怖心のせいだろうか。
「それは構わないが……ボスはそこそこ強いぞ? 俺の気持ちを気にしてくれてるなら、もう覚悟はできてるから心配すんな」
まだ真っ直ぐに彼女の目を見ることができないが、俺は普段通りを意識して返事をする。
消えた迅雷の軌跡たちもそうだが、そもそも彼女たちは俺に精神的な負担をかけないために一緒にダンジョンに付いてきてくれたのだ。世界の終止符を打つ役目を、俺に押し付けないために。
だから彼女は、ボスを一緒に倒そうとしてくれているのだと思う。
「なに、私もただくっついてきただけじゃない。あなたの動きはしっかりと目に焼き付いているから、そこそこマシな動きができると思うぞ」
「あー……確かに、セラは飲み込みがやたらと早いからなぁ」
チートだろ、と悪態をつきたくなるレベルで。
危なかったらサポートするか――と頭で考えながら苦笑していると、彼女は「それにな」と話を続ける。
「この戦闘はエスアールとの想い出づくりの一つだ。私は忘れることになるんだろうが、次の世界の私に聞かせてやってくれ。二人でSランクダンジョンのボスを討伐したんだぞ――とな。どちらがトドメを刺すことになっても、恨みっこ無しということにしようじゃないか」
「セラがそれで良いっていうなら、俺は構わないが」
「ならばそうしよう。決まりだな」
嬉しそうに笑って、セラが頷く。
こんな風に普通に話をしていると、案外Sランクダンジョンを踏破しても何も起きないんじゃないか――なんて思えてきてしまう。
全ては夢で、フェノンや迅雷の軌跡たちもひょっこり戻ってきてくれるのではないだろうか――と。
ま、現実はそう甘くないよな。
やはりフェノンたちは消えており、セラもこれから消えて、俺はこの世界にただ一人、取り残されるのだろう。
そしてベノムを倒すことに成功したとしても、誰も俺のことを覚えていないのだろう。
それでも、俺は成し遂げてみせよう。
ベノムを倒し、世界を在るべき形に戻してみせよう。
もう一度彼女たちの笑顔を見ることができるというのならば、安いもんだ。たとえそれが、俺に向けられたモノではなかったとしても。




