90 救いのない未来
ちょっと説明っぽく見えるかもですがお許しを……
「僕の名前はノア。聞きたいことはたくさんあるだろうけど、今もかなり無理して話をしている状態なんだ、時間はあまりないと思ってくれるかい?」
ノアと名乗った神を自称する少女は、流れるような動作で指をパチンと鳴らす。すると何も無かった俺と彼女の間に、無機質な真っ白いテーブルと二脚の椅子が出現した。彼女はそのうちの一つに腰掛ける。
「……お前が話せる時間はどれぐらいあるんだ」
俺は彼女の対面に座る気になれず、その場に立ったまま問いかける。
こいつが善なのか悪なのかもわからないのに、迂闊に近づきたくはない。
「そうだね……10分ぐらいは頑張ろうかな。SR君がSランクダンジョンを踏破した後なら、いっぱい話せるけどね」
10分……短いな。
だとすれば、このクソガキが本当に神様なのかとか、この色を失った空間は何処なのかとか、お前は何歳なんだとか、聞くだけ時間の無駄だろう。
頭をフル回転させて、必要な事柄だけを聞き出そう。
と、その前に。
「お前は――ノアはどこまで知っている、何を知っている」
神様相手に横暴な口調だとは思うが、こいつ相手に丁寧な話し方をする気にはなれなかった。
俺が問いかけると、彼女はテーブルの上に肘を突き、手を組んでから自信ありげに笑みを作る。
「全てを知っているとは言わないけど、君の疑問に答えるぐらいの知識はあるよ。これでも、神だからね」
「……そうかよ」
異世界ファンタジーの世界に足を踏み入れることでさえ驚きだったというのに、まさか神と話すことになるとは……人生何が起こるかわからんな。
俺は深呼吸するように深く息を吐いた。
「セラは消えていないと言ったな? あいつはどこにいる」
「時空の狭間を漂っているよ。君との話が終わったら、一緒にSランクダンジョンに転送するから安心してくれ」
時空の狭間って……まさにファンタジーだな。
まぁ、彼女が無事ならそれでいい。
「お前は以前、『ベノムを倒せば元に戻る』と言ったな? フェノンたちはベノムを倒せば元に戻るのか? このイカれた世界は直るのか?」
「そうだね、正確には創りなおすんだけど。君の仲間であるフェノンやシリー、他にも消えた人物は全て元通りさ。ベノムさえいなければ……僕が力を取り戻すことができれば、可能だ」
「そうか」
それを聞いて、とりあえず安心した。
俺がベノムを倒すことさえできれば、全て解決する。救いはあるということだ。
「この壊れた世界の原因はベノムにあるのか?」
その質問に、ノアは困ったように眉間にシワを寄せ「どこから話そうか」と呟く。おそらく、全てを話すのには時間が足りないから、掻い摘んで説明しようとしているのだろう。
「まず君の知るテンペストに出てくる『覇王ベノム』。こいつは正式な名前じゃないんだ。ゲームに合わせただけの、偽りの名前だよ」
ノアは一息吐いて、真っ直ぐに俺の目を見る。
「正しい名前は『破壊神ベノム』。創造神たる僕と相対する存在だ。この世界にあるダンジョンは全て、破壊神ベノムを閉じ込めるための封印なんだよ。ダンジョンを踏破することで、封印が解除される仕組みになっている」
ベノムが破壊神? ダンジョンが……封印?
「お前、俺に神を倒させようとしてるのか? それに、封印だとしたら踏破はマズいんじゃないのか?」
「君にはそれだけの力がある。それはテンペストの中で確認済みだからね」
そう言って俺を持ち上げてから、やや早口になりつつもノアはダンジョンのことを含め、俺にこの世界の仕組みを説明する。
曰く、ダンジョンによる封印は時間稼ぎ程度のものでしかないと。ベノムを倒さなければ、滅びを待つしかないのだと。
曰く、ベノムはノアの創造物しか破壊することができないと。そしてノア自身も、身体の半分がベノムに破壊されている状態らしい。
曰く、Sランクダンジョン――つまり最後の封印を解けば、この世界から俺以外の人間はベノムによって消されると。
「だから王城の奴らを操って、ベノムに消されることのない別世界の人間を呼び寄せたってわけか……」
「操ったわけじゃないよ。そうなるように仕向けただけさ」
「似たようなもんだろ」
そして思わず、俺は深くため息を吐いた。
きっと俺も、彼女に操られている人間の一人なのだろうと気づいたからだ。奪うために、与えられたのだとわかったからだ。
「お前、やり方最悪だな。この世界に愛着を湧かせるために、わざと俺に一年過ごさせたんだろ」
「……そうだよ。君が本気で『帰りたい』と願ったら、元の世界へ戻れるようにする契約だからね。そう思わせないようにしたんだ」
「契約? 誰と?」
「地球の創造神だよ」
地球に創造神なんていたのか……。
なんとなく、神話の話とかでたくさん神様がいるんだなぁとは思っていたけど。
いかん。話が脱線しつつある。
というか情報量が多すぎて、頭の中が混乱してきた。メモを取りながら話を聞いておけばよかったと今更後悔してしまう。
おそらく、こいつと話を始めてからもう10分近く経過している。
まだ聞きたいことは山ほどあるが、残りの時間は最終確認に使わせてもらおう。
「とにかく、Sランクダンジョンを踏破して、ベノムを倒せばいいんだな?」
それならば、元から予想していた展開だ。
ノアの話を聞いた今も、俺が成すべきことは変わらない。ベノムを倒し、世界を元の姿に戻す。
「うん。Sランクダンジョンを踏破した後は、この世界に及ぶベノムの影響力が拡大する。僕も潔くこの世界を保護するのを諦めるから、君のサポートに尽力しよう」
「保護ってことは……お前は今もベノムからセラたちを守っているのか?」
「そうだよ。君が必要ないと思うなら、すぐにでも保護をやめるけど」
「……いや、頼む」
せめて最後に、セラと話をさせてほしい。再会の約束を、させてほしい。
俺の言葉に頷いたノアは、悲しそうに眉を八の字に曲げつつ、口を開いては閉じる――それを数度繰り返した。なぜか俺がさきほど頭に思い浮かべた『再会の約束』という言葉を反芻している。
そして、
「君に一つ、言っておかなければならないことがある。言わないでおこうとも思ったけど、フェアじゃないから」
泣き出しそうな表情でそう口にした彼女に、俺は内心ビクビクしつつも「なんだよ」と問いかけた。
ノアは視線をテーブルに向けたまま、呟くように言う。
「ベノムに壊された世界は、一度0になる。新たに世界を創造する場合、『整合性の保たれていない世界』は仕組み的に創れないんだ。破壊神に壊されている状態の時は、ある程度許容されるけど」
「……? 物理法則を無視した世界は創れないとか、そういうことか?」
「そうだね。矛盾のない世界――と言ってもいい」
「まぁ、そりゃそうだろうけど。それがどうしたんだよ」
疑問を口にすると、ノアは唇を強く噛み締める。
見ているこちらの顔が引きつってしまいそうなほど、痛々しい。
「君は……僕の創造した魂じゃない。あくまで僕の創った世界に、後から入れ込むことしかできないんだ」
ドクン――と、心臓が大きく跳ねた。
頭の中に、最悪の未来が思い浮かぶ。
「僕の創る世界に、君の居る歴史は刻めない」
顔からサッ――と血の気が引いていく。
自分が立っているのか、横になっているのか、起きているのか、寝ているのか、それすらも朧気になっていてわからない。
「君の記憶を持つ人を、僕は創造することができないんだよ」
折れるなエスアール!(´;ω;`)
がんばれエスアール!(´;ω;`)




