89 邂逅
全員でSランクダンジョンに挑む。
俺は3人から出されたその提案に、しぶしぶながら了承の意を示した。一応、戦闘中に消えてしまったら大問題だから、基本的には俺が主体となって戦闘を行うのを条件としている。
彼らは俺に精神的負担をかけないようにこんな提案をしてくれたのだろうけど、俺にとってはセラたちとの思い出作りのようなものだった。
なにせベノムとの勝敗に関わらず、彼らと数年間会えなくなるだろうと俺は予想している。
彼らはそんなこと考えちゃいないと思うが、わざわざ言う必要もないだろう。俺だって正確な数字を導き出せるわけじゃないしな。
「今から行くのは問題ないが……急だな」
「こういうのは思い立ったときに行動したほうがいいんだよ。お前さんも手遅れになったら嫌だろ?」
「そりゃまぁ」
セラはAランクダンジョンをまだクリアしていないから、Sランクダンジョンに入場できないんじゃないか――と思ったが、どうやら俺が一人で周回している間に、迅雷の軌跡たちと共に踏破していたらしい。準備のいいことで。
「私たちのインベントリの中身は全てエスアールに預けておくです。消えたら勿体ないですからね」
スズはそう言うと、リビングテーブルの上にポイポイとポーションやら装備品、お金などを並べていく。あっという間にテーブルの半分が見えなくなった。
「それもそうだな。私もそうしよう」
「お前さん、間違いなく国一番の大金持ちだぞ」
スズに引き続き、シンとセラも同じようにインベントリの中身をテーブルの上に吐き出していく。
俺はテーブルの上が物で溢れ返らないように、せっせと自分のインベントリに様々な物を詰め込んでいった。俺の放り投げたものが、次々に異空間へと収納されていくこの光景は、地球の人が見たら目を疑いそうだな。
セラが取りだした物の中にパンツのような物があった気がするけど、俺は何も言わずにインベントリにしまった。ワタシハナニモミテマセンヨ。
「この件が解決したらちゃんと返すから、渡したものを覚えていてくれよ」
「んなもん適当でいいんだよ。正直、お金に関してはいくらあるかわからねぇ」
「ですです」
などと、シンとスズが投げやりな雰囲気で言って、
「同じパーティなのだし、私のモノは全てエスアールが使ってくれて構わないぞ」
ふふん――と、セラがニヤリと笑みを浮かべながら言う。
セラは俺への信頼を暗に伝えようとしているのだろうが、お前、俺にパンツ渡してるんだぞ? どうやって使えと? かぶれってか?
「ちゃんと返すからな」
ひとまずそれっぽい返答をしてから俺は作業に戻った。
こんな何気ないやり取りも、数日後には遠い昔のことのように思うんだろうな。
インベントリの整理を終えた俺たちは、ダンジョン探索用にしっかりと装備を整えてから家を出た。
物々しい様子の俺たちに気付いた警備兵の一人がこちらに歩いてきたので、シンとスズが対応に向かう。おそらく、これからSランクダンジョンに挑むと話をしているのだろう。
「そういえば、セラたちが警備兵に何か指示したのか? 途中からあの人たち、俺がルールを無視してダンジョンに潜っても何も言ってこなくなったんだが」
「あぁ、私とシンとスズの3人で陛下に直談判してきた。『エスアールの邪魔をするな』とな。必要なかったか?」
「めちゃくちゃ強気だな。まぁ、助かったよ」
「私はともかく、シンとスズはいまや凄まじい発言権を持っているからな。Aランクダンジョンの踏破はそれだけ凄いことなんだぞ? エスアールにとっては大したことないかもしれないが」
「ははは……」
と、そんな会話をしているとシンとスズが戻ってきた。
彼らと話をした警備兵は通信の魔道具でどこかと連絡をとっている様子。上層部に伝達しているのだろうけど、これから崩壊するであろうこの世界で、はたしてその行動にどれだけの意味があるのやら。
「意味はないと思うですが、これからダンジョンに挑むと伝えたです」
スズも俺と同じようなことを考えているようだ。肩をすくめ、鼻から多めの息を吐く。
「これからどうなるかなんて、誰にもわからねぇからなぁ」
シンの言う通りだ。
この先どうなるかなんて、一番状況をわかっているはずの俺ですらはっきりと断言はできない。これまでの経緯と現状から予想することしかできないのだ。
俺に『ベノムを倒してくれ』と言ったクソガキと面と向かって話すことができれば、この世界に何が起きているのかを把握することも可能なのだろうけど。
あの声の主は、最初に迅雷の軌跡がAランクダンジョンを踏破して以降、一度も語り掛けてきていない。もしかすると、俺たちがSランクダンジョンを踏破するとまた何か言ってくるかもしれないが、それもまた予想でしかない。つまり、わからないことだらけのままだ。
6つ出現したSランクダンジョンの中の一つ、レーナスの街方向にあるダンジョンに俺たちはたどり着いた。ゲームで内容を知っている俺も、このダンジョンの中がどうなっているのかはわからない。
ただ、わからないからといって全てを調べるのももはや面倒だ。どこの国に出現する予定だったかなんて、別に知らなくていい。
なにしろ、Sランクダンジョンは俺の庭だ。テンペスト時代、通いに通いまくった場所だ。魔物も、ドロップ品も、地形も、全て頭に入っている。
4人で転移の魔法陣に近づくと、ライセンスカードをセットする石柱が4つ出現した。今回は俺がリーダーとして潜るので、ホスト用の石柱に自分のカードをセットする。
「じゃあ、行くか」
全員がカードをセットし終えると、転移陣が起動。俺たちは光に包まれていく。
「あぁ。……しかし完全未知のダンジョンってのは緊張するな」
「しかもSランクです。油断していると一発であの世行きですよ」
「エスアールも危険な真似はするなよ」
「俺は大丈夫だっての。それよりも自分たちの心配をしておけよ」
スズも前に言っていたが、消える前に死んでしまったらそれこそどうしようもない。
彼らのステータスがあれば、ボス以外であればなんなく対処できるだろうけど、念のため気に掛けておいたほうがいいだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺はダンジョンの中へと転移していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――転移した、はずだった。
「……なんだここ」
灰色の空、灰色の草原。生気を感じさせない景色だ。
まるで白黒テレビを見ているかのような光景に、俺は思わず息を飲んだ。
6つのSランクダンジョンのどれにも該当しない。初めて見る光景だった。
「――っ! セラっ! シンっ! スズっ! どこにいるっ!?」
周囲を見渡し叫んだ。
前後左右どの方向を見ても同じ景色で、彼女たちの姿はおろか魔物の姿すら見当たらない。いったいなんなんだここは?
まさか、全員まとめて消えてしまったのか……?
「セラ=ベルノートはまだ消えていないよ。ただし、君には悪いけどシンとスズの二人には消えてもらった。僕もなるべく力を温存しておきたいからね」
上。
頭上から鈴の音のような声が降ってきた。
視線を上に向けると、そこには小学生ぐらいの中性的な顔立ちをした少年――いや、少女か。
白とピンクのグラデーションになったドレスと、重力を無視したかのように彼女の衣服の周りを漂う淡い桃色の羽衣。肩に掛かるぐらいの髪の毛は、薄いピンクゴールドだった。
しかしそんな華やかな見た目だからこそ、彼女の顔の左半分が壊死したかのようにどす黒く変色しているのが、何よりも際立っている。
「お前は……」
ゆっくりと俺の前に降り立ったその少女を、俺は溢れんばかりの怒気を籠めて睨みつけた。
先ほどの発言――そして、聞き覚えのある声。俺の予想が正しければ、こいつは全てを知っている。この世界のこと、今起きている不可思議な現象のことを。
「どうも初めまして、SR君。僕は君の言うところの『クソガキ』で、君をこの世界に呼び出した張本人であり――この世界を創造した神だ」




