88 召喚された意味
夢を見た。
仲間たちが、俺にサプライズで一周年記念を開催してくれた時の夢だ。
あの人生の絶頂といっていいほどに楽しかった時のことは、1ヶ月以上経ったいまでも鮮明に思い出すことができる。
だが、夢の中には実際にいたはずのフェノンやシリー、そしてライカの姿は無く、4人でのパーティだった。
俺がグラスを片手に、楽しそうにシンと話しているのが見える。スズとセラも、食事を口にしながら会話に花を咲かせていた。この違和感しかない光景に、誰一人として気付いた様子はない。それが、俺にとっては不気味で仕方がなかった。
俺は彼らの頭上から叫んだ。
違うだろ、と。
消えた3人を取り戻していないのに――世界は壊れているというのに、楽しそうにするな――と。
しかし、彼らは反応を示さない。俺の声は、届かない。
やがて、すぅ――っと空気に溶けるようにスズが消える。次にシン、そしてセラが消え、リビングのスペースにはとうとう俺一人だけが残った。
一人、グラスを手に持った俺が、こちらに視線を向けた。
俺の姿をしたソイツは嘲笑うようにクツクツと笑い、こちらを見上げているのにもかかわらず、見下すような目付きで言った。
「結局、誰も救えなかったな」――と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……嫌な夢だ」
ベッドの上でパチリと目を開けた俺は、身体を起こすことなく視線を窓へと向ける。カーテンの隙間から部屋に明かりが差し込んでいた。
「泣き疲れて寝たんだろうな……いい年こいて、何やってんだか。3人がここまで運んでくれたのか?」
のそのそとベッドから起き上がり、カーテンを開ける。空の様子から察するに、どうやら朝らしい。色々な疲労が蓄積していたとはいえ、丸一日眠っていたのだろうか?
窓の外には、相変わらずダンジョンと兵士の姿が見える。
徐々にその人数が減ってきているように見えるのは、はたして勘違いか、人員を削減しているのか、それとも――消えたのか。
「……こんな壊れた世界、早く終わらせるべきだ」
窓ガラスに額を付けながら、呟いた。
記憶を改ざんされ、仲間が消えたのにも気づけないだなんて、つらすぎるだろ。とらえようによっては、目の前で消えたのを認識している俺よりも、悲しいと思える。
「あんなセラたちを、もう見たくないんだよ……」
Aランクダンジョンが踏破されてから俺が接してきた彼女たちは、はたして俺の知る彼女たちと同一人物といっていいのか、もうわからなくなっていた。
都合よく歴史を歪められ、思い出も何もかも無かったことにされている仲間たちを、平気な顔をして見ることなんてできない、したくない。
「かといって、俺の手で終わらせるのもな……」
Sランクダンジョンを踏破することで、さらなる世界の崩壊が起こるのではないかと、俺は予想している。
その時、今はまだこの世界に残っているセラたちもおそらく消えてしまうだろう。
つまりSランクダンジョンの踏破は、彼女たちに向かって銃の引き金を引くようなものなのだ。
実際に人を殺すわけではないのだけれど、それでも、躊躇いは生じる。
深いため息を吐いて窓ガラスを曇らせていると、聞き慣れたノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」と力の入っていない声で返事をすると、セラがゆっくりと扉を開けて部屋に入ってくる。
「物音が聞こえたからな、起きたのかと思って。少しは疲れがとれたか?」
「あぁ、自分で思っていたよりも疲れていたらしい。セラたちがここまで運んでくれたんだろ? ありがとな」
運ばれているのにもまったく気付かなかった。完全に熟睡していたのだろう。
「それぐらい気にするな。シンとスズはリビングでくつろいでいるから、顔を洗ったらみんなで朝食にしよう。一日食べてなかったから、腹が減っているだろう? 腹に優しい物を作ろうか?」
「いや、普通に食えるよ――ありがとう」
「そうか、食事を準備して待ってるからな」
「わかった」
それで会話は終わり、セラが部屋から去っていく。
記憶が改ざんされていても、セラの人格は昔と変わらず優しいセラのままだった。
いっそのこと、完全な別人格になってくれていれば、躊躇いなくSランクダンジョンに向かえるのに。
「あいつらにも、きちんと意見を聞いておくべきだよな」
知らないほうが幸せなのか、知っておいたほうが幸せのか。
いや、どちらも幸せじゃないんだろうけどさ、彼女たちならば相談ぐらい聞いてくれると思うのだ。それに、セラは俺との約束を相変わらず守ってくれている。ならば、俺も彼女を裏切るようなことはしたくない。するべきじゃない。
せっかく集まってくれていることだし、食事がてら3人に話してみようか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「よし! ならばボスのとどめは私が刺そう! 私の手でこの世界を終わらせようじゃないか」
「縁起でもないこと言うなよ……俺たちが消えるのは、あくまでエスアールがベノムとやらを倒すまでの間だけだろ?」
「そういえばそうだった」
「まったく……というわけで、そんな大事な役目は男である俺に任せておけ」
「黙るですよ寝坊助。まだ夢の中にいるですか? Sランクダンジョンのボスともなると、強敵であることは明白です。消える前に死んだらどうするですか。ここは遠距離から魔法で攻撃ができる私が適任だと思うです」
相談した結果がこれだった。なぜ嫌な役目をとりあってるんだこいつらは。実は心の奥底に殺戮願望を秘めていたりするのか? というか、
「誰も俺の話を疑わないんだな。自分で話しておきながら言うのもおかしいが、容易に信じられないような話だと思うんだが」
顔を洗い、朝食をとるためにダイニングにいくと、すでにセラ、シン、スズの3人が席に着いて俺を待っていた。
食事をとりながら俺はまるで懺悔でもするかのように、これまでのこと、そしてこれからのことを話した。
このまま記憶が改ざんされ続ければ、いつかお前たちは俺の知るお前たちではなくなってしまいそうだと。
この問題を解決するためには、先に進む――つまりSランクダンジョンを踏破する必要がありそうだと。
そして、その結果。きっとお前たちは消えてしまうだろう――と。
かなり深刻な話をしたのにもかかわらず、俺の仲間たちの表情は暗くない。むしろ明るく見えるのだ。
「私はあなたを信用すると、約束したからな!」
「お前さんには助けられてばかりだったから、恩返しできる機会ができてほっとしてるよ」
「よく相談してくれたです。私たちは仲間なのですから、一人で背負い込む必要はないですよ」
昨晩あれほど涙を流したというのに、暖かい言葉を向けられて再び涙腺が緩みそうになった。
本当に……本当に優しい仲間たちだ。俺なんかには勿体ないと思ってしまう。
「ありがとう、そう言ってくれると助かる」
「いいんだよ。結局、大事なところはお前さん一人に任せてしまうことになりそうだしな。そのベノムってやつは、やっぱり強いのか?」
俺がなぜベノムを知っているかについては、職業の秘密を話した時と同様に聞こうとはしてこない。答えが返ってこないということを理解しているのだろう。
「強いよ。勝てない相手じゃないが……正直、確実に倒せるとも言い難い」
「エスアールに不可能であれば誰が挑んでも負けるですから、その時はいさぎよく諦めたらいいですよ。私たちも無理を言うつもりはないです。探索者になった時に、死ぬ覚悟ぐらいしてるですからね」
「無論、あなたが負けるとは微塵も思っていないがな」
「ですです」
こいつら……ポジティブ過ぎないか? 自分が消えてしまうかもしれないというのに、いくらなんでも前向きすぎるだろ。
そんな風に彼らの態度を疑問に思っていると、シンが「それにな」と口を開く。
「お前さんはダンジョンに入り浸っているから知らないと思うが、記憶が曖昧になったせいで各地で混乱が起きてるし、中には急に叫び出した奴もいるらしいぞ。だからお前さんの言う通り、この世界は壊れているんだと俺も思う。そして、早急に解決すべきだってな」
なるほど。
彼らがやけに積極的なのは、そういう理由があるからなのか。
「……俺に命を託すことになるんだぞ? お前たちは、それでいいのか?」
「託すのが他でもない、お前さんだからな。それに、Sランクダンジョンを踏破したからといって、俺たちが消えると決まったわけじゃないだろ?」
そう言ってシンは、ニカッと歯を見せて笑う。
いつもなら『このイケメンが!』と嫉妬に狂うところだが、今はその表情が頼もしく見える。
しかし、励ましてくれている彼には悪いが、俺はシンたちが残るとは思えない。
今になってわかったのだ。
俺がこの世界に召喚されたのはフェノンを救うためではなく、この世界を元に戻すためなのだと。
そして俺は、ベノムを単独で討伐しなければならないのだと。




